第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

5 東南アジア


(1)全般
 東南アジアは、マラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通の要衝を占めている。この地域の各国は、政治的安定と着実な経済的発展に努めるとともに、域内外の各国との相互依存関係を深めてきた。一方、この地域には、南沙(なんさ)群島などの領有権をめぐる対立や、少数民族問題、分離・独立運動、イスラム過激派などが依然として不安定要素として存在しており、船舶の安全な航行を妨害する海賊行為も発生している。そのため、この地域においては、テロ対処、海賊や海上武装強盗の取締りなど、各国の抱える安全保障上の課題に応じた軍事力などの形成に努めているほか、艦艇の新規導入などによる海軍力の整備や新型の戦闘機の導入などの近代化が進められてきている1
 同時に、この地域においては、テロや海賊のような国境を超える問題への対応のための多国間の協力も進展している。各種のASEAN会議において、テロ問題が継続的に協議されており、昨年7月のARF(ASEAN Regional Forum)閣僚会合では、テロや国境を越える犯罪に対する闘いにおける協力強化にあたっての情報の共有や交換などに関する声明が採択されている。また、04(平成16)年7月、マレーシア、インドネシアおよびシンガポールの3か国は、マラッカ海峡の海上テロや海上武装強盗などの警戒のため、3か国の海軍が互いに連携を取りつつ各々自国の領域をパトロールする「調整されたパトロール(The Trilateral Coordinated Patrols)」を開始し、さらに、昨年9月には、沿岸3か国の航空機によるパトロール(Eyes in the Sky)も始動させている。
 また、04(同16)年9月以降、マレーシア、シンガポール、英国、オーストラリア、ニュージーランドによる「5か国防衛取極め」(FPDA:Five Powers Defense Agreement)の枠組みで対海上テロ演習が実施されている。わが国が提案・主導した「アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP:Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)」2については、04(同16)年11月に採択され、本年6月、わが国を含め締約国数が10か国となり、同年9月に発効することとなった。同協定に基づきシンガポールに情報共有センターが設置される予定であり、今後、同協定の下での関係国間の協力強化が期待される。
 
図表1-2-19 東南アジアにおける兵力状況(概数)

(2)ASEANの動向
 ASEANは、99(平成11)年のカンボジア正式加盟により、「ASEAN10」を実現させ、近年、経済・貿易分野に加え、地域の平和・安定強化など各種の分野において加盟国間の協力を進展させてきている。同時に、ASEANは、日本、中国、韓国をはじめとする域外諸国との関係強化も図っている3。ASEANの最も古いパートナーであるわが国は、03(同15)年12月、「日本・ASEAN特別首脳会議」を東京で開催し、日・ASEAN関係の新たな指針となる「東京宣言」と同宣言の具体策を列挙した「日本・ASEAN行動計画」を採択した。また、04(同16)年11月には日・ASEAN間で、「国際テロ対策協力宣言」4を発出しており、昨年12月には、共同声明において、日・ASEANが「戦略的なパートナーシップ」を深化・拡大させる決意を再確認している。
 このようにASEAN加盟国間の関係や域外国との関係が深化する中で、将来の東アジア共同体構築に向けた議論5が高まりを見せ、昨年12月には、クアラルンプールにおいて、ASEAN諸国および日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランドの16か国の首脳が出席し、「第1回東アジア首脳会議」(EAS:East Asia Summit)が開催された。「東アジア首脳会議におけるクアラルンプール宣言」においては、同首脳会議がこの地域における共同体の形成に重要な役割を果たし得るとの見方が共有される6とともに、政治・安全保障上の問題についての戦略的対話や、金融、経済、エネルギー安保、開発格差是正のための協力を促進することなどが表明された。

(3)安全保障面での協力関係
 東南アジア諸国の多くは、5か国防衛取極めに基づく共同演習や東南アジア・大洋州間の共同演習を行うのみならず、伝統的に、米国と安全保障面での協力関係を築いてきている。
 米国は、シンガポールを「主要な安全保障協力パートナー」と位置付けている。昨年7月、両国は、「防衛および安全保障分野でのより緊密な協力パートナーシップのための戦略的枠組み協定」を締結し、反テロ、大量破壊兵器の拡散防止、防衛技術協力、共同軍事演習・訓練、政策対話などの分野における協力の一層の強化に合意した。
 フィリピンと米国の間では、00(平成12)年以降、両国間の大規模な演習である「バリカタン」が再開されている。なお、本年2月に行われた「バリカタン06」においては、演習参加予定の米海兵隊員などの一部が、直前に発生したレイテ島地滑り災害の救援活動に派遣された。
 タイと米国は、82(昭和57)年より、大規模な二国間演習である「コブラ・ゴールド」を行っており、00(平成12)年以降は多国間演習となっている。昨年に引き続きわが国自衛隊が参加した本年5月の同演習では、国連平和維持活動(PKO)に焦点があてられた7
 03(同15)年には、米国はフィリピンとタイに対し、「主要な非NATO同盟国」8の地位を付与している。
 インドネシアとの関係では、スマトラ島沖地震・インド洋津波災害において、米国は、エイブラハム・リンカーン空母打撃群などをこの地域に急派し、インドネシア国軍とも連携して、各国の被災民救援活動を主導した。また、米国は、昨年2月、92(同4)年以降中断していたインドネシアに対する「国際軍事教育訓練(IMET:International Military Education and Training)」を再開9する意向を表明し、同年11月には、インドネシアに対する武器輸出の再開を決定した。
 ベトナムに関しては、昨年6月にファン・ヴァン・カイ首相(当時)による米国訪問が実現し、ブッシュ米国大統領との間で、両国関係を新たな発展段階に押上げることに合意した。さらに、IMETに関する署名も行われ、両国の軍事協力面において大きな進展が見られた。
 また、本年6月には、ラムズフェルド米国防長官がベトナムを訪問してファム・ヴァン・チャー国防相と会談し、両国の軍事交流を拡大することで合意している。
 また、00(同12)年以降、米太平洋軍が主催し、東南アジア諸国をはじめ、国連や国際機関なども参加する多国籍活動立案・能力増強チーム(MPAT:Multinational Planning and Augmentation Team)プログラムが実施されている。これは、大規模な災害などの際に、多くの国が軍隊などを派遣し救援任務にあたらせる場合などを想定して、あらかじめ派遣が想定されるスタッフの間で、人的交流や標準作業要領の議論などを進めておくことを目的とするものであり、同プログラムの経験は、スマトラ島沖地震・インド洋津波災害における被災民救援活動などに寄与してきたとされている。

(4)南沙群島
 南沙群島は、南シナ海の中央に位置し、約100の小島と岩礁からなる。この群島の周辺は、石油、天然ガスなどの海底資源の存在が有望視されるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でもある。この群島に対しては、現在、中国、台湾とベトナムが全部の、また、フィリピン、マレーシアとブルネイがその一部の領有権を主張している。この群島をめぐり、88(昭和63)年には、中国とベトナムの海軍が武力衝突し一時緊張が高まったが、その後、大きな武力衝突は生起していない。しかし、中国に対しては、92(平成4)年の領海法制定、95(同7)年のミスチーフ礁における建造物構築やその後の同建造物拡充などに関して、各国が反発している。また、99(同11)年には、マレーシアが新たな建造物を構築しているとして、フィリピンが抗議を行うなど、ASEAN諸国内での立場の違いも存在する。
 この問題に関しては、当初、中国は、二国間交渉を主張してきたが、その後、関係国全体として平和的な解決を目指す動きも見られるに至った。ARF閣僚会合の議長声明においても、この問題の平和的解決を図る各国の努力を歓迎する旨、毎年言及されているほか、ASEAN諸国は、新たな礁の占拠禁止などを内容とする「南シナ海における地域行動規範」草案を取りまとめた10。他方、02(同14)年11月、ASEANと中国の首脳会議で、領有権問題の平和的解決へ向けた「南シナ海における関係国の行動宣言」11が署名された。
 近年、中国は、主権問題を棚上げした形で、同群島海域での資源開発を優先するよう関係国に対して積極的に働きかけている。04(同16)年9月、フィリピンとの間で南沙群島海域での共同油田探査に合意したのに続き、昨年3月、フィリピン、ベトナムとの3か国で南シナ海における石油・天然ガスの共同探査を開始することに合意した。また、昨年7月には、ASEAN外相会議において、ASEANと中国の間で南シナ海海域での資源開発に関する共同作業部会の設置が決定されている。しかしながら、南沙群島をはじめとする南シナ海では、依然として領有権をめぐる各国の主張は対立していることから、引き続き関係国の動向や問題解決に向けた協議の行方が注目される。


 
1)近年の各国による空軍力強化の例として、03(平成15)年にはインドネシアがSu-27、Su-30戦闘機の、マレーシアおよびベトナムがSu-30戦闘機の契約をロシアとの間で行っている。また、シンガポールは、昨年12月にF-15戦闘機の購入契約を米国と締結している。

 
2)海賊に関する情報共有体制と各国協力網の構築を通じ、海上保安機関間の協力強化を図ることを目的としている。ASEAN10か国と日本、中国、韓国、インド、スリランカ、バングラデシュが交渉に参加した。本協定は、10か国が署名後、締結のための国内手続きの完了を寄託先であるシンガポール政府に通告してから90日後に発効するものであり、わが国は昨年4月に通告を行った。

 
3)ASEANは域外諸国に対し、ASEANの基本文書の1つである「東南アジア友好協力条約」(TAC)への加盟を呼びかけてきた。同条約への加盟は、東アジア首脳会議参加資格の1つとなり、中国とインドは03(同15)年10月、日本は04(同16)年7月、ロシアと韓国は同年11月、ニュージーランドは昨年5月、さらに、オーストラリアが同年12月に同条約に加盟している。

 
4)同宣言は、「テロリズムを、如何なる宗教、人種、国籍と関連付けようとする如何なる試みも拒否する」とし、テロとの闘いにおける努力の有効性の向上に向けて日・ASEAN両者間で、テロ資金対策の強化、出入国管理強化、情報交換の強化、テロ容疑者引渡しのための条約・法整備、多国間協力の発展に関する協力強化などを含むものである。

 
5)「東アジア共同体」とは、小泉首相が02(平成14)年1月にシンガポールで提唱した概念であり、東アジアにおいて、貿易や投資など経済面での連携・緊密化を深め、地域統合を目指すものである。

 
6)同時期に開催されたASEAN+3首脳会議では、ASEAN+3が共同体形成のための「主要な手段」であると表明された。

 
7)本年5月の同演習には、タイ、米国、日本、シンガポール、インドネシアが参加したほか、約10か国がオブザーバー参加した。

 
8)「主要な非NATO同盟国」とは、米国の「1961年対外支援法」と「1987年ナン修正法」により定められたもので、指定国に対し装備品の譲渡など、軍事面での優遇措置を与えるもの。米国との緊密な軍事協力関係を示す象徴的意味合いも大きい。

 
9)IMETは、米国の同盟国および友好国の軍関係者に対し、米国の軍教育機関などへの留学・研修の機会を提供するもの。76(昭和51)年に開始。インドネシアに対しては、東ティモール独立の是非を問う住民投票後の騒乱を受け、99(平成11)年以降中断していた。

 
10)「南シナ海における地域行動規範」草案は、99(平成11)年のASEAN・中国事務レベル協議において提案され、作業部会において協議が継続されているが、細部について意見の隔たりが大きく策定に至っていない。

 
11)「南シナ海における関係国の行動宣言」には、南シナ海における問題を解決する際のおおまかな原則について明記されているが、政治宣言であり、法的拘束力はないことから、より具体的な行動を定め、かつ法的拘束力を有する「南シナ海における地域行動規範」の策定に努力する旨も明記されている。


 

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