第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

6 南アジア


1 インド


(1)全般
 インドは、多くの国に囲まれ、7,600kmにわたる長大な海岸線を有する国土に、中国に次いで世界第2位の10億を超える人口を擁し、南アジア地域で大きな影響力を有する国家である。インドは、アジア・太平洋と中東・ヨーロッパを結ぶ海上交通路における重要な位置に存在しており、東端に位置するアンダマン・ニコバル諸島はマラッカ海峡に近接するなど、海上安全保障におけるインドの役割への期待も大きい。
 インドは、国内に多くの異なる民族、宗教、言語、文化を抱えつつも、複数政党制による自由選挙によって選ばれた政権が国家を運営する世界最大の民主主義国家である1。また、わが国をはじめとする主要な先進国と、自由・民主主義・市場経済という多くの基本的価値観や制度を共有している。
 1990年代より経済の自由化や改革を進めているインドは、高い経済成長を維持しており、中間所得層は3億人に上るとの見方もある。同国が経済改革の速度を上げることで、中国に並ぶ持続的経済成長を達成することも可能であるとの見方もある2。近年、インドにおける情報通信技術(IT:Information Technology)産業の発展は目覚しく、また、好調な経済発展を背景に、多角的かつ積極的な外交を推進しており、国際社会におけるインドの存在感は確実に高まっている。

(2)国防政策
 インドは、国家安全保障政策として、国益を守るための軍事力および最小限の核抑止力の保持、テロおよび低強度紛争から通常戦争および核戦争までの多様な脅威への対処、テロや大量破壊兵器などの新たな脅威に対処するための国際協力の強化などをあげている。
 核政策については、インドは、最低限の信頼性ある核抑止力と核の先制不使用政策を維持し、98(平成10)年の核実験の直後に表明した核実験モラトリアム(一時休止)についても継続するとしている。また、03(同15)年1月に公表された核戦略において、核兵器、ミサイル関連部品、技術輸出管理の継続と核分裂性物質禁止条約の協議への参加や核兵器のない世界を目指すコミットメントの継続への言及がある一方で、生物・化学兵器による攻撃を受けた際には、核による報復の選択肢を保持する旨定められた。
 インド軍は、陸上戦力として12個軍団約110万人、海上戦力として2個艦隊約34万8,000トン、航空戦力として19個戦闘航空団などを含む作戦機約990機を有している。インドは、現在、空母1隻を保有しているが、新たに国産空母1隻の建造計画を進めるとともに、後述のように、ロシアから、空母1隻を改修後に導入することとしている。

(3)対外政策
ア 米国
 98(平成10)年の核実験後冷却化していた米国との関係は、ブッシュ政権下で大きな進展を見せている。9.11テロ後の米国による対インド経済制裁解除などを経て、01(同13)年11月には、バジパイ首相(当時)が訪米した際の米印共同宣言で、両国関係を質的に変化させていくことが確認された。安全保障分野における対話は継続的に実施され、04(同16)年1月、米印両国は、両国関係を「戦略的パートナーシップ」と位置付けていくことを念頭に、弾道ミサイル防衛に関する対話の拡大とともに、原子力の平和利用、宇宙開発、ハイテク関連貿易の3分野での協力の拡大に合意した。
 昨年6月、ムカジー印国防相とラムズフェルド米国防長官は、米印の防衛関係は「変化しつつある両国の互恵的関係の重要な柱である」という認識に基づき、武器の共同生産やミサイル防衛での協調などの両国の軍事協力拡大に道を開く10年間の防衛関係の指針「米印防衛関係の新たな枠組み」に署名した。さらに、同年7月、シン印首相は米国を公式訪問し、ブッシュ大統領との間で、両国が宇宙、民生用原子力エネルギーおよび軍民両用技術などの分野において協力する「グローバル・パートナーシップ」確立への決意を示す共同声明を発表した。本年3月には、ブッシュ米大統領が、米国大統領として6年ぶりにインドを訪問し3、シン印首相との間で民生用の原子力協力をはじめとする多くの分野で戦略的に両国の関係強化を図ることに合意した。これを受けて、米国防省も、海洋の安全保障を含め、インドとの安全保障協力の推進を表明した4
 NPT未加盟国ではあるものの、インドは「核技術」拡散の歴史がないインドを「責任ある核技術国」と評価し、インドの原子力施設の大半をIAEAの査察下に置くことと引き換えに民生用原子力協力を約束した米国の決定に対しては、エルバラダイIAEA事務局長が、「核拡散防止の枠組みを強化するタイムリーな一歩である」とのコメントを発表するなど、前向きな評価がある。他方、米国議会内には、米国の不拡散政策の基本であるNPT体制との整合性を疑問視する意見も存在している。米印間の本合意の行方については、ロシア、フランス、イギリスもインドに対する原子力協力を表明するなど、国際社会の関心は高い。
 米印間では共同軍事演習などの軍事交流も活発化している。02(同14)年、マラッカ海峡において米印海軍による共同パトロールを開始したほか、昨年9月には両国間で過去最大規模となる「マラバル」海軍合同演習を実施した。同演習には、両国の空母も参加するなど、米国との合同演習は質・量ともに充実傾向にある5

イ 中国
 インドは、中国との間では国境問題を抱えており、また、中国の核やミサイル、海軍力を含む軍事力の近代化の動向に対して警戒感を示しているものの、両国首脳による相互訪問を行うなど、対中関係の改善に努めている。03(同15)年6月には、バジパイ首相(当時)がインドの首相としては10年ぶりに訪中し、温家宝(おん・かほう)首相との間で、両国間の軍事交流の拡大を含む「二国関係及び包括的協力に関する宣言」6に署名した。また、03(同15)年11月には上海沖で初の両国海軍による共同演習も実施された。さらに、04(同16)年3月の曹剛川(そう・ごうせん)中国国防部長のインド訪問に際し、両国は軍事交流の拡大に合意し、これに基づき、04(同16)年12月には、約10年ぶりとなるインド陸軍参謀長の中国訪問が実現したほか、昨年1月、両国の外務次官級による初の「戦略対話」が開催された。両国は、昨年4月の温家宝中国首相のインド訪問時に、「平和と繁栄のための戦略的・協力的パートナーシップ」7の樹立に合意したほか、昨年12月には、インド洋で海軍共同演習を実施するなど、その関係を進展させている。

ウ ロシア
 従来から友好関係にあったロシアとの間では、毎年首脳が相互訪問するなど緊密な関係を維持している。00(同12)年10月、「戦略的パートナーシップ宣言」に署名して両国関係を強化し、T-90戦車などの同国からの導入や超音速巡航ミサイルの共同開発を進めてきた8。04(同16)年1月にはロシアのイワノフ国防相がインドを訪問し、1990年代より交渉が行われていたロシアの退役空母アドミラル・ゴルシコフの売買契約が締結された。また、04(同16)年12月にはロシアのプーチン大統領がインドを訪問し、装備品の共同開発を含む両国間の更なる軍事技術協力について協議した9。昨年は、10月に、インド国内およびインド洋において両国の陸・海軍による大規模な共同軍事演習を行うとともに、12月にはシン印首相がロシアを訪問し、軍事兵器の第三国への無断輸出を禁止する知的財産権保護協定を締結した。
エ アジア諸国
 1990年代半ばより、インドは、「ルック・イースト政策」を採り、ASEANを含む東アジア諸国との関係強化を図っている。02年(同14)年には、ASEANとの間で初の首脳会議を開催するなど、経済および対テロ分野などでの協力関係を進展させており、03(同15)年10月には、「東南アジア友好協力条約」(TAC:Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia)にも署名した10。昨年12月に開催された第1回東アジア首脳会議にも正式に参加している。歴史的な友好国である日本については、インドの「ルック・イースト政策」の「扇の要」であるとし、「グローバル・パートナーシップ」に基づき、経済や安全保障を含む多くの分野での協力を実施している。本年5月には、ムカジー国防大臣が訪日し、額賀防衛庁長官との間で、共同ステートメントを発表し、この中で、防衛協力の分野における対話や協力を深化させることなどで合意した。


 
1)同国のイスラム人口は1億人を超え、インドネシアに次いで世界第2位と見られる。

 
2)2006年2月IMF(国際通貨基金)年次報告など。

 
3)ブッシュ大統領は、インドは米国の「ナチュラル・パートナー」であると言及した。

 
4)米国は、同協力の目標はインドに見合うだけの防衛力を整備し、能力や技術を提供することであるとし、F-16やF-18戦闘機売却の用意についても表明している。

 
5)昨年11月には米印空軍合同演習が、本年1月には米印陸軍共同演習が行われた。また、04(平成16)年7月には印空軍が米軍主催の多国間空軍演習にも参加している。

 
6)未確定国境問題の解決に向けては、相互に特別代表を任命することで合意した。また、本宣言の中で、インドは、「チベット自治区は中国の領土の一部である」と認めている。

 
7)本合意の中で、中国は、シッキム州がインドの領土であることを認めるとともに、両国は、未画定国境問題の早期解決に向けた努力を継続することに合意している。

 
8)04年11月には、インドは同ミサイルの艦上発射実験を実施した。

 
9)同大統領に先立ちインドを訪問したロシアのイワノフ国防相は、インド側と第5世代戦闘機などの共同開発に取り組む用意があることを表明している。

 
10)同時に、「印・ASEAN包括的経済協力のための枠組み協定」、「テロとの闘いに関する印・ASEAN共同宣言」に署名した。


 

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