第2章 わが国の防衛政策の基本 

1 防衛大綱策定の背景


(1)国際情勢の変化と軍事力の役割の多様化
 冷戦終結後、国家間の相互依存関係が深化・拡大し国際協調・協力の進展などにより、世界的な規模の武力紛争が生起する可能性は、07大綱策定時と比較しても、一層遠のいている。
 一方、領土、宗教、民族問題などに起因する複雑で多様な地域紛争が発生している。また、01年(平成13)年9月の米国同時多発テロ(9.11テロ)に見られる国際テロ、大量破壊兵器や弾道ミサイルなどの拡散・移転、海賊行為などの各種不法行為や緊急事態などの新たな脅威や多様な事態への対応が各国および国際社会の差し迫った課題となっている。
 このような中で、国家間紛争の防止には、従来の抑止力の維持は引き続き重要であるが、国際テロ組織のような非国家主体などは、従来の抑止の考え方が必ずしも有効に機能し得ないものとなっている。
 また、一国のみで安全保障上の問題を解決することが一層困難となっており、国際的な安全保障環境の安定を図ることは、各国にとって共通の利益となっている。そのため、各国はこれらの問題解決のため、軍事力を含む各種の手段を活用し、諸施策の連携と国際的な協調の下、幅広い努力を行っている。その中で軍事力の役割は、従来からの武力紛争の抑止・対処に加え、紛争の予防や復興支援など多様化してきている。
 こうした中、米国は、国際協調を考慮しつつ、テロとの闘いや大量破壊兵器などの拡散といった問題への対応のための各種活動を行っており、これらの活動によっては、従来の同盟関係とは異なる有志連合(Coalition)という国際的な協力の枠組みが機能する例が見られる。
(図表2-2-1参照)
 
図表2-2-1 新しい安全保障環境の特徴

 このようなグローバルな変化の中で、わが国周辺地域は、民族、宗教、政治体制、経済力などが多様性を有するとともに、複数の主要国が存在し、利害が錯綜する複雑な構造を有し、統一、領土問題や海洋権益をめぐる問題も存在している。また、この地域の多くの国々では、軍事力の拡充・近代化が行われてきている。このような中で、特に、北朝鮮は大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発、配備などを行うとともに、大規模な特殊部隊など非対称な軍事力を維持強化している。さらに、中国は、政治的・経済的にもこの地域の大国として着実に成長し続けており、軍事面でも、近年、核・ミサイル戦力や海・空軍力の近代化を推進するとともに、海洋における活動範囲の拡大などを図っており、このような動向については今後も注目していく必要がある。
(図表2-2-2参照)
 
図表2-2-2 わが国周辺の情勢

(2)科学技術の飛躍的発展
 情報通信技術をはじめとする科学技術の進歩は、単に戦闘力の飛躍的な向上のみならず、より根本的に軍事力の変革をもたらし、各国の防衛戦略にも大きな影響を与えるものとなっている。

(3)自衛隊の活動の拡大とわが国の緊急事態対処態勢の整備
 不審船事案、原子力事故や各種自然災害への対応など、各種不法行為や緊急事態への対応、さらには国際的な活動においても、国連平和維持活動のみならず、国際的なテロリズムの防止と根絶に向けた国際社会の取り組みへの協力、イラク国家再建に向けた取り組みへの協力など、自衛隊の活動は多様化し、拡大している。また、こうした各種事態の対応などを通じて、警察などの関係機関や地域との連携が強化されてきている。

(4)わが国の特性
 わが国は、ユーラシア大陸の大国と近接し、大陸東北部から太平洋への海上交通路の出口を扼(やく)する戦略上の要衝(ようしょう)に位置している。また、細長い弧状の列島で、長大な海岸線と多くの島嶼(とうしょ)を有しており、このような中で、狭隘(きょうあい)な国土に多数の人口を抱えるとともに、特に都市部に産業・人口が集中し、経済の発展に不可欠である重要施設が沿岸部に多数存在するなど、地勢面において安全保障上、脆弱(ぜいじゃく)性を抱えている。また、地形、地質、気象などの条件から、各種の自然災害が発生しやすい。
 さらに、市場主義、自由貿易体制などの経済システムに基盤を置くわが国の安定、発展のためには、国際的な安全保障環境の安定が不可欠である。とりわけ、わが国は、原油の9割近くを中東に依存するなど資源の多くを海外に依存していることから、海上交通の安全確保および海洋の安定的利用はわが国にとって極めて重要である。

 

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