第6章 今後の防衛庁・自衛隊のあり方 

2 各国のミサイル防衛への取組と日米共同技術研究

各国のミサイル防衛への取組

 国際社会において弾道ミサイルの拡散が進む中、米国をはじめとする各国がその脅威に対応するため、様々な形でミサイル防衛に取り組んでいる。ここでは、ミサイル防衛の研究、開発、運用を推進している主要な国や機関の取組について紹介する。

(1)米国
 米国のミサイル防衛の歴史は古く、弾道ミサイルの誕生とほぼ同時に開始されたが、現在のBMDシステム構想の原形はレーガン政権時代の84(昭和59)年に始まったSDI(Strategic Defense Initiative)構想に端を発している。以来、歴代政権はミサイル防衛に取り組み、現在まで累計約10兆円を超える投資を行っている。現在のブッシュ政権は、ポスト冷戦の安全保障環境の変化を強く意識して、ミサイル防衛を国防政策の重要課題1として位置付け、02(平成14)年6月には対弾道ミサイル・システム制限(ABM:Anti-Ballistic Missile)条約2からも脱退し、ミサイル防衛体制の構築を推進している。米国のミサイル防衛計画の概要は次のとおりである。
 弾道ミサイルの飛翔経路は、1)発射された直後でロケットエンジンが燃焼し、加速しているブースト段階、2)ロケットエンジンの燃焼が終了し、慣性運動によって基本的に宇宙空間(大気圏外)を飛行しているミッドコース段階、3)その後大気圏に再突入して着弾するまでのターミナル段階の3つに分類できる。現在、それぞれの段階に適した迎撃システムが考えられているが、それぞれの対処方法にはメリット・デメリットがあるため、米国は、様々なシステムを組み合わせ、相互に補って対応する多層防衛システムの構築を目指しており、可能なものから早期に配備することとしている。
 ブースト段階において弾道ミサイルを迎撃するために、航空機に搭載したレーザーシステム(ABL:Airborne Laser)を用いた空中配備型のシステムが計画されており、ミッドコース段階で弾道ミサイルを迎撃するためのシステムとして、地上配備型ミッドコース防衛システム(GMD:Ground-based Mid-course Defense System)と海上配備型ミッドコース防衛システム(SMD:Sea-based Mid-course Defense System)がある。GMDは、固定式のミサイルサイトやレーダーサイトからなる。また、SMDでは、イージス艦を使用して弾道ミサイルを探知、ミッドコース段階で迎撃することとしており、現在、イージス・システムの改修のほか迎撃用のミサイル3の開発、イージスレーダーの改良などが進められている。
 
弾道ミサイルに対する多層防衛の例と米国の取組の変遷

 その一方で、これらとは別に、2004年度(米会計年度)から、ブースト段階又はミッドコース段階の上昇段階において弾道ミサイルを迎撃するためのシステムとして、陸上・海上・宇宙配備型のシステム(KEI:Kinetic Energy Interceptor)の研究開発に着手している。
 そして、ターミナル段階で弾道ミサイルを迎撃するためのシステムとして、地上配備型のシステムである終末段階高高度地域防衛システム(THAAD:Terminal High Altitude Area Defense System)、地対空誘導弾ペトリオット・システム(PAC-3)などがある。THAADは、空輸が可能で大気圏内だけでなく大気圏外でも迎撃できるように、PAC-3は、空輸が可能で大気圏内の近距離で迎撃するように設計されている。
 また、長射程の弾道ミサイルを早期に探知するには、長距離センサーや広範囲にわたる監視網が必要となる。このため、米国では既に人工衛星による監視を行っているが、監視範囲・精度、情報伝達などの点でさらに性能を向上させた赤外線センサーを搭載した新たな衛星システム(STSS:Space Tracking and Surveillance System)を整備する計画のほか、地上配備や海上配備のレーダの整備の計画が進んでいる。
 
2004〜2005年米国ミサイル防衛の初期配備の決定と米国2005年度予算

 このように、米国が計画している多層防衛システムは、様々なシステムから構成されており、これら複数のシステム間の連携を行い、瞬時に最も効果的な迎撃手段の組み合わせを実行することが必要となる。このため、システム全体の戦闘管理システムについての研究開発も進められている。
 02(同14)年12月に決定された初期配備のミサイル防衛システムの内容は、1)長距離ミサイルをそのミッドコース段階で迎撃する地上配備型ミッドコース防衛システム(迎撃ミサイルを最大20基)、2)短中距離弾道ミサイルを同じくミッドコース段階で迎撃する海上配備型ミッドコース防衛システム(イージス艦(要撃用)を3隻、イージス艦(探知用)を10隻、迎撃ミサイルを最大10基)、3)短中距離弾道ミサイルをターミナル段階で迎撃する地対空誘導弾ペトリオット・システム(PAC-3)を本年末までに緊急時に展開できるよう配備するというものである。さらに、陸上・海上・宇宙配備のセンサーの能力向上・利用がBMDの初期的配備の内容に含まれている4。この決定にあわせて、米国が英国とデンマークに対して両国に配備されている早期警戒レーダの改良について要請したところ、昨年2月に英国は受諾した。

(2)NATO
 現在、NATOは、ミサイル防衛について3つの研究を同時並行して進めている。第1に戦域に展開するNATO軍防衛に関する戦域ミサイル防衛調査研究(ALTBMD-FS:Active Layered Theatre Ballistic Missile Defense Feasibility Study)、第2にヨーロッパ本土の防衛に関するNATOミサイル防衛調査研究(MD-FS:Missile Defense Feasibility Study)、第3にNATO−ロシア戦域ミサイル防衛相互運用性研究(NATO-Russia TMD Interoperability Study)である。ALTBMD-FSは、本年中に終了する予定であり、その後、10(同22)年頃までに取得方針、整備計画などの具体的内容について研究を行う予定である。MD-FSは02(同14)年プラハNATO首脳会議において実施が決まったものであり、05(同17)年中にとりまとめる予定となっている。また、NATO−ロシア戦域ミサイル防衛相互運用性研究は、02(同14)年5月にNATO−ロシア理事会によって実施が決まり、システム間の相互運用性に関する研究などを行っている。本年3月には、第1回NATO−ロシア戦域ミサイル防衛指揮所演習が行われたところである5
 NATOにおけるミサイル防衛については、脅威認識の統一や迎撃に関する意思決定の仕組みなどが今後の課題とされている。

(3)英国
 英国は昨年6月、米国とBMDに関する了解覚書(MOU:Memorandum of Understanding)を締結し、その附属書の中で、英国にある早期警戒レーダ6の改善について、米側への協力を約束している。また、同年7月には米国ミサイル防衛庁と英国防省の窓口となり、また英米産業界の間でBMDの構想や能力について意見を交換する場として官民合同のミサイル防衛センター(Missile Defense Centre)を立ち上げた。
 このように英国は米国とBMDについて積極的に協力しているが、英国自身のBMD導入について決定を行ったわけではなく、今後、弾道ミサイルの脅威やBMDの効果、さらにはNATOが行っているALTBMD-FSの報告なども考慮し、BMD推進の可否について決定を行うこととしている。

(4)オーストラリア
 オーストラリアは、昨年12月、BMDは弾道ミサイルの脅威を無力化し、それによって弾道ミサイル開発国の意図を挫くものとして、米国の弾道ミサイル防衛計画に参加することを決定した。現在、具体的な参加形態については、決まっておらず、両国間で協議中であるが、その可能性として、早期警戒監視における協力の拡大、海上配備型又は地上配備型センサの配備又は設置に関する協力、BMD関連技術分野における協力などが挙げられている。

(5)カナダ
 カナダは57(昭和32)年以降、北米大陸の防空に関して、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)7を通じて米国と協力してきた。カナダはミサイル防衛についても米国と協力関係を広げようとしており、昨年5月北米大陸におけるミサイル防衛への参加に関して、米国との間で正式な協議を開始し、本年1月には、カナダ国防相・米国防長官の間でミサイル防衛協力に関する政治的意思を確認するための書簡の交換を行った8。この書簡では、カナダと米国の協力可能分野を明らかにするとともに、NORADが、北米大陸におけるミサイル防衛においても、重要な役割を果たすことが出来る旨確認している9
 カナダは、米国との協議を踏まえ、宇宙の軍事化への懸念などに関する国内議論の動向にも配慮しながら、参加とその形態に関する決定を本年の秋までに行うこととしている。

(6)イスラエル
 イスラエルは、88(同63)年から米国とアローシステム(Arrow System)の共同開発を進めてきたが10、91(平成3)年の湾岸戦争時、イラクから多数の弾道ミサイルによる攻撃にさらされたことから、アローシステムの共同開発を国の最優先施策としてきた。アローIIシステム(Arrow II System)については、95(同7)年から11回の飛行・迎撃試験を実施しており、うち10回成功している。00(同12)年3月には初の実戦部隊が編成され、世界で最初に実戦配備されたBMDシステムとなった11
 アローIIシステム(Arrow II System)は、ミサイル(Arrow II)−地上レーダ(Green Pine)−射撃統制装置(Citron Tree)から成り、短距離弾道ミサイルへの対処能力を持ち、最大射程は約100Km、迎撃高度は約10〜50Kmと言われているが、イスラエルは、より長距離の弾道ミサイルに対応できるようその改良を米国とともに進めている。

(7)ロシア
 ロシアはプーチン大統領就任以降、米国をはじめ西側諸国との協調路線を維持している。米国との関係においては、01(同13)年12月の米国による対弾道ミサイル・システム制限(ABM)条約からの脱退の決定に対して冷静な反応を示し、02(同14)年5月「新たな戦略関係に関する共同宣言」12などでミサイル防衛の協力を確認している。
 この宣言においては、ミサイル防衛に関する米ロ協力の内容として以下の3つが挙げられている。1)ミサイル防衛のプログラムや実験に関する情報交換、ミサイル防衛の実験を視察するための相互訪問、ミサイル防衛システム習熟のための視察などミサイル防衛の信頼性と透明性を高める一連の措置を履行し、また、早期警戒情報の交換に関しても取り組む、2)ミサイル防衛に関する共同演習の拡大、ミサイル防衛技術の共同研究・開発のためのプログラムの探求などミサイル防衛で協力するための可能な分野を研究する、3)ロシア・NATO理事会の枠内で欧州のミサイル防衛に関する実際の協力の強化の可能性を研究する。
 また、現在、ミサイル防衛分野での信頼醸成と透明性の向上を図るとともに、両国間協力に関する法的問題点について具体的な検討を行っている13
 なお、ソ連崩壊後、米ロ間の信頼醸成措置として開始された、宇宙配備型センサーに関する米ロ共同研究開発プロジェクト、いわゆるRAMOS(Russian-American Observation Satellite)プロジェクトは、今後の事業の不確実性などの観点から本年に中止が決定される見込みである14
 NATOとの関係においては、上記のとおり、NATO−ロシア戦域ミサイル防衛相互運用性研究を行っている。

(8)インド
 インドは、ミサイル防衛が協調的な安全保障と安定を促進するという見解を米国と共有している。本年1月には、両国で「戦略的パートナーシップにおける次なるステップ15」を発表し、ミサイル防衛などについての対話拡大に合意した。



 
1)昨年1月の「核態勢の見直し」(NPR)においては「非核(通常)と核攻撃能力」「防衛(ミサイル防衛を含む)」「国防基盤(国防産業など)」が新たな3本柱とされている。

 
2)72(昭和47)年に米ソ間で締結され、自国防衛のための対弾道ミサイル・システムの配備などを制限した条約。

 
3)迎撃用ミサイルには、キネティック弾頭と呼ばれる自律機動する特殊な弾頭が収められる。キネティック弾頭を直撃させることで、弾道ミサイルの弾頭内に格納された大量破壊兵器をできる限り確実に破壊する。

 
4)米国は、ミサイル防衛システムの研究開発や配備については、その時々に技術的に可能なシステムを配備しつつ、漸次能力向上を図っていくこととしており、これを進化的らせん型(スパイラル)開発手法と称している。

 
5)「NATO-Russia Council Theatre Missile Defense Command Post Exercise(TMD CPX)」(NATOホームページ) 「First ever NATO-Russia missile defense exercise」(同上)

 
6)冷戦期の1963年に弾道ミサイル脅威に対して英国、米国及び西欧の防衛のために早期警戒情報を伝達するために設置されたもの。英国の指揮下にあり、その情報は英国と米国で共有されている。なお、今回のレーダ能力向上は、英国防衛のためではなく、米国のミサイル防衛のためのもの(「Government receives Missile Defense request from US」(英国国防省ホームページ)。

 
7)「NORAD(North American Aerospace Defense Command)」-カナダと米国間の協定により、57(昭和32)年に創立された。北米大陸の空域の警戒、管制及び要撃を任務とし、航空機、ミサイル及び宇宙飛翔体を対象とする米国とカナダの共同組織。司令部はピーターソン米空軍基地に所在する。

 
8)「CANADA AND BALLISTIC MISSILE DEFENCE」(カナダ外交貿易省ホームページ)。

 
9)「Canada-U.S. Exchange Letters On Missile Defence」、「Letters Exchanged on Missile Defence」(カナダ国防省ホームページ)。

 
10)イスラエルと米国の間で「アローミサイル実験等に関する了解覚書(MOU)」を締結。

 
11)「ARROW Weapon System」(イスラエル国防省ホームページ)など。

 
12)「Joint Declaration on New U.S.-Russia Relationship」(米国務省ホームページ)。

 
13)「ロシアとミサイル防衛問題」(RIA・ノヴォスチ 2/24)。

 
14)「Missile Defense Agency Fiscal Year(FY)2005 Budget Estimates Press Release」(米国ミサイル防衛庁ホームページ)。

 
15)米国のブッシュ大統領とインドのバジパイ首相は、本年1月に「Next Steps in Strategic Partnership with India」を発表した。この中では、ミサイル防衛のほかに、民生用原子力、民生宇宙技術開発及びハイテク技術の貿易に関する協力拡大についても合意されている(米ホワイトハウスホームページ)。


 

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