第3章 わが国の防衛と多様な事態への対応 

3 核・生物・化学兵器への対応

 近年、核・生物・化学(NBC)兵器とその運搬手段及びこれらの関連資機材が、テロリストや懸念国などに拡散する危険性が強く認識されている。このような大量破壊兵器が使用された場合、大量無差別の殺傷や広範囲な地域の汚染が生じる可能性があり、これら兵器の不拡散への取組が、わが国を含む国際社会の平和と安定にとって極めて重要な課題となっている。95(平成7)年の東京での地下鉄サリン事件1や01(同13)年の米国での炭疽(たんそ)菌入り郵便物事案2の発生は、これらの兵器が移転・拡散している証左である。

(1)基本的な考え方
 わが国でいわゆるNBCテロが発生し、これが外部からの武力攻撃に該当する場合、防衛出動によりわが国を防衛するために必要な対処や被災者の救援などを行う。また、NBCテロが発生し、一般の警察力で治安を維持することができない場合、治安出動により関係機関と連携してテロを行う者の鎮圧や被災者の救援を行う。さらに、防衛出動や治安出動によらない場合であっても、NBCテロによる被災者の救助、被害の拡大防止などの観点から、災害派遣などにより、陸自の化学防護部隊、衛生部隊を中心に被害状況などに関する情報収集、除染活動、傷病者などの搬送、医療活動などについて関係機関を支援する。
 
車両による地域除染訓練

(2)NBC兵器への対応にかかる防衛庁・自衛隊の取組
 防衛大綱は、防衛力が果たすべき主要な役割のひとつとして、テロリズムにより引き起こされた特殊な災害への対応を盛り込んでいる。
 防衛庁・自衛隊では、00(同12)年に策定された中期防3に基づき、NBC兵器によるテロに対して、検知・防護・除染・防疫・救出・治療などの面で効果的に対処できるよう、人員・装備面での機能の充実を図り、特に生物兵器対処については、研究や教育の充実を図ることとしている。
 具体的には、陸自が検知・防護・除染・防疫・救出・治療などの面で中心的な役割を担うこととしており、化学防護部隊の人的充実や、化学防護車、除染車、防護マスク、化学防護衣など各種防護器材の充実を図っている。さらに、陸自は、特殊な災害に備えて初動対処要員を指定し、約1時間で出動できる態勢を維持している。

(3)生物兵器への対処
ア 生物剤を使用したテロに対する災害派遣を行う場合
 生物剤は、一定の潜伏期間を有し、初期症状だけでは、原因が生物剤かどうかの判定が困難であるといった特徴がある。このため、密かに生物剤が散布された場合、被害が発生・拡大した段階に至ってはじめて何らかの人為的な原因が推測されるなど、テロが行われたことを被害発生以前に認知することは極めて困難であることが予想される。
 こうした被害の発生に際しては、第一義的には医療機関などが対応し、自衛隊は、除染活動、患者などの輸送、医療活動を行う。
イ 生物兵器対処への取組など
 防衛庁・自衛隊は、部外有識者からなる「生物兵器への対処に関する懇談会」から01(同13)年4月に提出された報告書4を踏まえ、生物兵器への対処に関する基本的考え方を整理して施策の全体像を示すため、02(同14)年1月、「生物兵器対処に係る基本的考え方」(基本的考え方)を取りまとめた。さらに、その着実な推進を図るとともに、状況の変化に応じた見直しを適切に行うため、「生物兵器対処委員会」を設置し、各種取組を行っている。これらの取組の一環として、02(同14)年6月、昨年3月と12月、運用研究による対処能力の向上を目的とした「生物兵器対処セミナー」を開催した。
 また、02(同14)年7月、部外有識者からなる「ワクチン等に係る検討会」からの報告5
を踏まえ、昨年1月から国際平和協力業務に参加する隊員に種痘(天然痘の予防接種)を行っている。
 
将来の生物兵器対処(イメージ図)

(4)化学兵器への対処
 化学剤は、生物剤と異なり一般に傷害の発生が早く、被害発生時の迅速な初動対処が極めて重要である。
 化学剤には、陸自の化学防護部隊などに配備されている化学防護衣や化学防護車での防護が可能であり、災害派遣などにより派遣された陸自の化学防護部隊などが、汚染地域で、化学検知器材による化学剤の検知、傷病者の搬送、除染、医療活動を行う。
 また、自衛隊の出動に至らない事態でも、自衛隊は、必要に応じ関係機関への化学防護衣などの貸与、化学防護部隊の連絡要員などの派遣を行う。
 
中性子防護板を装着した化学防護車

(5)核兵器に関連する物質6への対処
 核兵器に関連する物質は、身体に直接傷害が発生しない場合であっても、被ばくにより、身体に様々な影響が及ぶことから、その特性を踏まえた適切な防護と被ばく管理が必要である。
 防護マスクと防護衣を着用することで放射性物質の吸入による内部被ばく7を、また、化学防護車で放射線による外部被ばく8を一定程度防ぐことができる。そのため、限定的ではあるが、これらの装備品を保有している化学防護部隊による活動が考えられる。
 この場合、自衛隊は関係機関と連携しつつ、汚染状況の測定、傷病者の搬送などを行う。



 
1)通勤客で混雑する地下鉄車内にオウム真理教信者が猛毒のサリンを散布し、死者12名などを出した事件。自衛隊は、車内、駅構内の除染などの作業を行った。

 
2)01(平成13)年9月以降、米国で、炭疽菌入の郵便物が、上院議員、マスコミ関係者などに郵送された事案。

 
3)「中期防衛力整備計画(平成13年度〜17年度)について」2章3節(p88)参照。

 
4)報告書では、わが国において生物兵器が使用された場合の必要な対処を整理しており、
 1)防衛庁・自衛隊は、総合的推進体制の整備、研究開発体制の整備、検知器材などの装備の充実、人材の育成、情報収集体制の強化、感染症病室の整備など医療体制の充実、緊急事態対処体制の確立、演習の実施、関係機関との連携と情報の公開、広報の10項目にわたって積極的に取り組むべきである、
 2)生物兵器への対処にかかわる体制の整備は、政府全体で取り組むべき重要な課題であり、防衛庁・自衛隊が、政府全体の対応を踏まえながら体制づくりを始めることで、国民の安全が確保されることを期待する、としている。
「生物兵器への対処に関する懇談会報告書」
http://www.jda.go.jp/j/delibe/seibutu/houkoku.html

 
5)「ワクチン等にかかる検討会」
http://www.jda.go.jp/j/delibe/vaccine/houkoku.html

 
6)99(平成11)年、茨城県東海村のJCOウラン加工工場での核燃料サイクル中に発生した臨界事故では、臨界に伴い発生した放射線により現場作業員が被ばくし、死亡者が発生した。この際、災害派遣として陸自の化学防護部隊が出動した。

 
7)放射性物質が呼吸器などを通して体内に取り込まれ、体内にある放射性物質から放射線に被ばくすること。

 
8)体外にある放射性物質から直接放射線に被ばくすること。


 

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