第1章 国際軍事情勢 


国際情勢の変遷(同盟関係の変遷など)

 防衛庁・自衛隊が発足した54(昭和29)年7月、世界は資本主義陣営と共産主義陣営という2大ブロックが対峙する冷戦のまっただ中にあった。ここでは、第二次世界大戦後の国際社会の流れについて世界の主な同盟関係がいかに形成され現在に至っているかを中心に簡単に振り返ることとする。

 第二次世界大戦後、国連による国際平和秩序の実現が期待されたが、ソ連は、その軍事力を背景として東欧諸国などに勢力の浸透を図り、その結果東欧には次々に親ソ社会主義政権が誕生した。米国をはじめとする西欧諸国は、このようなソ連の勢力拡大に対する警戒感を強め、両者間の溝は、やがて東西対立に拡大した。49(同24)年4月、西側12か国は、加盟国の一つに加えられた武力攻撃を全加盟国に対する攻撃とみなすとする北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)を設立した。これは第二次世界大戦終戦以来初めてとなる大規模な軍事同盟の構築であった。
 
NATOとWPO加盟国の変遷

 アジアでは、同年10月、中華人民共和国が成立し、翌年の50(同25)年2月には中ソ友好同盟相互援助条約が締結され、中国は共産圏に属する姿勢を明らかにした。同年6月、北朝鮮は、南北統一をめざして韓国に大規模な軍事侵攻を開始した。当時、韓国に駐留していた米軍は前年に撤退しており、軍事顧問団しか残されていなかった。国連安保理は、直ちに軍の派遣を求める決議を採択し、日本に展開していた米軍などが国連軍として韓国に投入された。この朝鮮戦争にはやがて中国人民志願軍も北朝鮮側にたって参戦したが、約3年後の53(同28)年7月には休戦協定が成立し、北緯38度線をはさむ停戦ラインで朝鮮半島の南北分断が固定化された。

 朝鮮戦争を契機とし、東西対立はアジア太平洋地域にも広がった。朝鮮戦争勃発後、わが国は警察予備隊を設置したが、51(同26)年の主権回復とともに、日米安保条約を締結し、米軍の駐留を認めた。また、米国は、朝鮮戦争休戦直後の53(同28)年10月、米韓相互防衛条約を締結した。ヨーロッパでも、同年10月、西ドイツの主権回復、再軍備、NATOへの加盟を認めるパリ協定が成立した。
 ソ連も、55(同30)年5月、ソ連と東欧7か国が加盟する東ヨーロッパ相互援助条約(ワルシャワ条約機構(WPO:Warsaw Pact Organization))を締結して、このような米国の動きに対抗した。
 こうして世界は、東西二極に分裂することとなったが、米ソ両国は、核戦争による共倒れをおそれて直接対決は避けた。こうした状態は、冷たい戦争(冷戦)と呼ばれ、以後ベトナムなど世界各地における紛争と複雑に関わりつつ、長期にわたって国際情勢の基調となった。
 
朝鮮戦争を指揮した連合国軍最高司令官ダグラス・M・マッカーサー元帥(中央)(45(昭和20)年8月 神奈川県厚木基地)

 1970年代に入ると、米ソ両国間では、第一次戦略兵器制限交渉(SALT I:Strategic Arms Limitation TalksI)が妥結されるなど軍備管理交渉が行われるようになった。以降、87(同62)年、中距離核戦力(INF:Intermediate-range Nuclear Forces)条約が、91(平成3)年には第一次戦略兵器削減条約(START I:Strategic Arms Reduction Talks I)が米ソ間で調印された。

 85(昭和60)年にソ連共産党書記長に就任したゴルバチョフの推進した改革運動「ペレストロイカ」に刺激を受けたことなどにより、東欧の共産主義諸国では、89(平成元)年共産党独裁体制が崩れ始め、東西冷戦の象徴であった「ベルリンの壁」が同年11月に破壊された。91(同3)年3月WPO軍事機構も解体し、東欧社会主義圏は消滅した。ソ連自体も同年12月独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)の結成により、解体され、40年以上にわたって続いた冷戦は終結した。

 しかし、冷戦の終結により全世界が平和になるとの希望に反し、東西対立の下で押さえ込まれてきた種々の対立要因が表面化し、イラクのクウェート侵攻やユーゴスラビア内戦など複雑で多様な地域紛争が世界各地で多発するようになった。さらに、大量破壊兵器やその運搬手段となる弾道ミサイルなどの移転・拡散に対する懸念が高まった(ポスト冷戦の時代)。

 サウジアラビア出身のウサマ・ビン・ラーディンは、湾岸戦争時とその後の米軍のサウジアラビア駐留をイスラム聖地の占領として反発し、米国に対する批判を高め同時多発テロを実行した。この事件などを契機として、国際テロ組織など、特定が困難で従来の抑止の概念が必ずしも機能しない非国家主体が脅威の主体として注目されるに至った。このような脅威に対しては、各国が相互に協調しながら、軍事力だけではなく、外交、司法・警察、情報、経済などの手段を総合的に活用して対応する必要性が高まりを見せており、世界は、ポスト冷戦の時代からポスト9.11時代へ移行した。

 現在、NATOはその加盟国を増やすとともに、集団防衛の任務にとどまらず紛争予防・危機管理や対テロ防衛などにも対応しうる態勢を整えつつある。また、EU、ASEAN、上海協力機構などの地域機構も、テロ対策を重視するようになっている。このような取組が今後どのように推移していくかが注目される。
 なお、EUは、NATOと同じくその加盟国を増やすとともに、独自の緊急対応部隊の創設を計画するなどその主体性を強化している。イラクに対する軍事作戦をめぐる対応について、米国とフランス・ドイツとの間で意見が一致しなかったこともあり、NATOとEUの政策調整をいかに行っていくかが注目される。


 

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