第1章 国際軍事情勢 

北朝鮮

 北朝鮮は、思想、政治、軍事、経済などすべての分野での社会主義的強国の建設を目指すとする、「強盛大国」建設を国家の基本政策として標榜(ひょうぼう)し、その実現に向けて「先軍政治」という政治方式をとっている。これは、「軍事先行の原則に立って革命と建設に提起されるすべての問題を解決し、軍隊を革命の柱として前面に出し、社会主義偉業全般を推進する領導方式」と説明されている。実際に、金正日朝鮮労働党総書記が国防委員会委員長として軍を完全に掌握する立場にあり、また、軍部隊を引き続き頻繁に視察していることなどから、国家の運営において、軍事を重視し、かつ、軍事に依存する状況は、今後も継続すると考えられる。
 北朝鮮は、現在も、深刻な経済困難に直面し、食糧などを国際社会の支援に依存しているにもかかわらず、軍事面に資源を重点的に配分し1、戦力・即応態勢の維持・強化に努めていると考えられる。たとえば、人口に占める軍人の割合は非常に高く、総人口の約5%が現役の軍人とみられている。また、そうした軍事力の多くをDMZ付近に展開させていることなどが特徴となっている。なお、本年3月の最高人民会議における北朝鮮の公式発表によれば、北朝鮮の本年の国家予算に占める国防費の割合は、15.5%となっているが、国防費として発表されているものは、実際の国防費の一部にすぎないとみられている。
 さらに、北朝鮮は、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発・配備・拡散を行うとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、いわゆる非対称的な軍事能力を維持・強化していると考えられる。
 北朝鮮のこうした軍事的な動きは、朝鮮半島の緊張を高めており、わが国を含む東アジア全域の安全保障にとって重大な不安定要因となっている。

(1)大量破壊兵器・弾道ミサイル
 北朝鮮の大量破壊兵器については、核兵器計画をめぐる問題のほか、化学兵器や生物兵器の能力も指摘されている。
 弾道ミサイルについては、スカッドBやスカッドCのほか、ノドンの配備を行っていると考えられる。さらに、弾道ミサイルの長射程化のための研究開発が進められていると考えられる。
ア 核兵器
 北朝鮮は、従来、核兵器開発の疑惑2が持たれていたが、93(平成5)年、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)の特別査察要求を拒否し、同年、核不拡散条約(NPT:Nuclear Non-Proliferation Treaty)からの脱退を宣言したことにより、平壌の北方にあるヨンビョンに所在する黒鉛減速炉(5メガワット原子炉)3などを用いた核兵器開発を行っているのではないかとの疑惑がさらに深まった。この問題については、94(同6)年に署名された米朝間の「枠組み合意」により、話合いによる問題解決の道筋が一旦は示された4
 この「枠組み合意」に基づき、95(同7)年以降、米国が北朝鮮に対する代替エネルギーとしての重油を供給してきたほか、軽水炉の供与などを行う機関として朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO:Korean Peninsula Energy Development Organization)が設立された。
 以後、北朝鮮による「枠組み合意」の違反は発見されてこなかったが5、米国は02(同14)年10月、ケリー国務次官補が同月に訪朝した際に北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画の存在を認めたと発表した。日米韓三国は同月の首脳会談において、北朝鮮のウラン濃縮計画の廃棄を求めた。また、KEDOは同年11月、翌月以降の重油供給を停止することを決定し6IAEAも同月、ウラン濃縮計画がIAEAとの保障措置協定に違反していることを認定した。さらに、中国やロシアも朝鮮半島を非核化し、北朝鮮がNPTを遵守すべきと主張した。
 北朝鮮の核問題に対する国際社会の懸念が高まる中で、北朝鮮は02(同14)年12月、「枠組み合意」に基づき凍結されていたヨンビョンの核関連施設の凍結解除を宣言した。続いて、凍結を監視するために北朝鮮に駐在していたIAEA査察官を退去させ、さらに昨年1月、再びNPT脱退を宣言した。これに対してIAEAは、同年2月に北朝鮮によるIAEA保障措置協定の違反などを国連安保理に報告した。同月末には凍結されていたヨンビョンの黒鉛減速炉(5メガワット原子炉)の再稼動が確認されている。北朝鮮は、同年4月には使用済燃料棒7の再処理を示唆した。さらに、同月に開催された米中朝協議では北朝鮮は再び再処理を示唆するとともに、既に核兵器を保有していると発言したと言われている。その後も北朝鮮は、繰り返し「核抑止力」を保持する必要があると主張し、同年10月には使用済燃料棒の再処理完了を公式に宣言した。これに対し、同年11月、KEDOは軽水炉計画を翌月から1年間中断することを決定した。
 北朝鮮のこうした行動は、意図的に緊張を高めることによって何らかの見返りを得ようとするいわゆる瀬戸際政策であるとの見方がある一方で、北朝鮮の最終的な目的は核兵器の保有であるとの見方もある。北朝鮮の究極的な目標は体制の維持であると言われており、こうした観点を踏まえれば、これらの見方はいずれも相互に排他的なものではないとも考えられる8
 一方、この問題の平和的解決と朝鮮半島の非核化などを目標として、昨年8月と本年2月に六者会合が開催され、現在も協議プロセスが継続している。
 北朝鮮の核問題は、わが国の安全保障に影響を及ぼす問題であるのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から国際社会全体にとっても重要な問題である。その際、ウラン濃縮計画の動向や、使用済燃料棒を再処理することによる核兵器に使用可能なプルトニウムの抽出が懸念される。過去の核兵器開発疑惑が解明されていないことに加え、一連の北朝鮮の行動を考えれば、既に北朝鮮の核兵器計画が相当に進んでいる可能性も排除できない。
イ 生物・化学兵器
 北朝鮮の生物兵器や化学兵器の開発・保有状況については、北朝鮮が極めて閉鎖的な体制であることに加え、生物・化学兵器の製造に必要な物資・機材・技術の多くが軍民両用であるため偽装も容易であることから、詳細については不明である。しかし、生物兵器については一定の生産基盤を有しているとみられている。また、化学兵器については、化学剤を生産できる複数の施設を維持しており、既に相当量の化学剤などを保有しているとみられている9
ウ 弾道ミサイル
 北朝鮮は1980年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドCを生産・配備するとともに、これらの弾道ミサイルを中東諸国などへ輸出してきたとみられている。また、引き続き、1990年代までに、ノドンなど、より長射程の弾道ミサイル開発に着手したと考えられ、93(同5)年に行われた日本海に向けての弾道ミサイルの発射実験においては、ノドンが使われた可能性が高い。さらに、98(同10)年には、わが国の上空を飛び越える形で、テポドン1を基礎とした弾道ミサイルの発射が行われた。北朝鮮の弾道ミサイルについては、北朝鮮が極めて閉鎖的な体制をとっていることもあり、その詳細についてはなお不明な点が多いが、北朝鮮は、軍事能力強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点などからも、弾道ミサイルに高い優先度を与えていると考えられる。北朝鮮は02(同14)年9月の日朝平壌宣言で、弾道ミサイル発射凍結を03(同15)年以降も延長していく意向を表明した10。しかしながら、弾道ミサイルの発射は凍結しているものの、弾道ミサイルのエンジン燃焼実験を行っているといった指摘もみられ、弾道ミサイルの長射程化を着実に進めてきていると考えられる。
 配備が進んでいると考えられるノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルであると考えられる。射程は約1,300kmに達するとみられており、わが国のほぼ全域がその射程内に入る可能性がある。また、その性能の詳細は確認されていないが、命中精度については、この弾道ミサイルがスカッドの技術を基にしているとみられていることから、たとえば、特定の施設をピンポイントに攻撃できるような精度の高さではないと考えられる。
 なお、北朝鮮は閉鎖的な体制からその軍事活動の意図を確認することが極めて困難であること、全土にわたって軍事関連の地下施設が存在するとみられていることに加え、ノドンはスカッドと同様に発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)に搭載され移動して運用されると考えられることなどにより、ノドンの発射についてはその兆候を事前に把握することは困難であると考えられる。
 
北朝鮮を中心とする弾道ミサイルの射程
 北朝鮮は、より長射程のテポドン1の開発も進めてきたと考えられる。テポドン1は、ノドンを第1段目、スカッドを第2段目に利用した2段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、その射程は約1,500km以上と考えられる。テポドン1は、98(同10)年に発射された弾道ミサイルの基礎となったと考えられるが、この発射により、北朝鮮は、多段式推進装置の分離、姿勢制御、推力制御に関する技術などを検証できたと推定される。
 また、北朝鮮は、新型ブースターを第1段目、ノドンを第2段目に利用した2段式ミサイルで、射程約3,500〜6,000kmとされるテポドン2を開発中であると考えられ、派生型11が作られる可能性も含め、北朝鮮の弾道ミサイルの長射程化が一層進展することが予想される12
 さらに、発射実験をほとんど行うことなく弾道ミサイル開発が急速に進展してきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への流入の可能性が考えられる。また、ノドンないし関連技術のイランやパキスタンへの移転といった、弾道ミサイル本体ないし関連技術の北朝鮮からの移転・拡散の動きも指摘されている13。北朝鮮は「外貨稼ぎを目的」に弾道ミサイルを輸出していると認めており、こうした移転・拡散によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘もみられる。
 このような北朝鮮の弾道ミサイル開発・配備・拡散などの問題は、核問題とあいまって、アジア太平洋地域だけではなく、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、その動向が強く懸念される。

(2)軍事態勢
 北朝鮮は、全軍の幹部化、全軍の近代化、全人民の武装化、全国土の要塞化という四大軍事路線14に基づいて軍事力を増強してきた。
 北朝鮮の軍事力15は、陸軍中心の構成となっており、総兵力は約110万人である。また、継続的に戦力や即応態勢の維持・強化に努めているものの、その装備の多くは旧式である。
 一方、情報収集や破壊工作からゲリラ戦まで各種の活動に従事する大規模な特殊部隊を保有し、その勢力は約10万人に達すると考えられる16。また、北朝鮮の全土にわたって多くの軍事関連の地下施設が存在するとみられていることも、特徴の1つである。
ア 最近の動き
 北朝鮮軍は、南北首脳会談以後も、依然として戦力や即応態勢を維持・強化していると考えられ、浸透17訓練も継続しているとみられている。
 02(同14)年6月には、黄海で北朝鮮と韓国の艦艇の間で銃撃などが行われ、また、昨年2月には北朝鮮のMiG-19が黄海側の北方限界線(NLL:Northern Limit Line)を越境、同年3月には日本海上空を飛行中の米軍機に対してMiG-29などが接近、追跡した18
 これらの軍事的な動きは、単なる偶発事案である可能性もあれば、いわゆる瀬戸際政策として意図的に緊張を高めている可能性や、「先軍政治」19の下で、軍の士気を維持し体制を引き締めるための方策といった可能性もあり、今後の北朝鮮の動向を注視する必要がある。
 01(同13)年12月、防衛庁は九州南西海域において、北朝鮮の工作船の可能性が高いと判断される不審船を発見し、海上保安庁に通報した。これにより、海上保安庁の巡視船・航空機が追尾したが、不審船は停船命令を無視して逃走した。追跡の過程で巡視船が正当防衛のための射撃を行ったところ、不審船は自爆によるとみられる爆発を起こし沈没した。政府は02(同14)年9月に不審船の引揚げを行って調査した結果、同年10月、当該船舶が北朝鮮の工作船であったと特定した。
 なお、99(同11)年にも、北朝鮮の工作船と判断される船がわが国の領海内に侵入し、北朝鮮北部の港湾に到達したと判断された事案も発生している。この際、海上自衛隊に対し、海上警備行動が発令された。
 
北朝鮮軍などの近年の動向
イ 軍事力
 陸上戦力は、27個師団約100万人を擁し、兵力の約3分の2をDMZ付近に展開していると考えられる。その戦力は、歩兵が中心であるが、戦車約3,500両を含む機甲戦力と火砲を有し、また、240mm多連装ロケットや170mm自走砲といった長射程火砲をDMZ沿いに常時配備していると考えられ、首都であるソウルを含む韓国北部の都市・拠点などがその射程に入っている。
 海上戦力は、約600隻約10万3,000トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、ロメオ級潜水艦22隻のほか、特殊部隊の潜入・搬入用とみられている小型潜水艦約60隻とエアクッション揚陸艇約135隻を有している。
 航空戦力は、約610機の作戦機を有しており、その大部分は、中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MiG-29やSu-25といった、いわゆる第4世代機も少数保有している。また、旧式ではあるが、特殊部隊の輸送に使用されるとみられているAn-2を多数保有している。
 北朝鮮軍は、即応態勢の維持・強化などの観点から、現在も各種の訓練を活発に行っている。昨年には北朝鮮北東部沿岸地域から地対艦ミサイルを数回にわたり発射したとみられる。また、長射程火砲の前方配備の増強、地上軍部隊や航空部隊の再編成などを行ったとみられている。一方、深刻な食糧事情などを背景に、軍によるいわゆる援農活動なども行われているとみられている。

(3)内政
 北朝鮮では、94(同6)年の金日成国家主席の死去後、98(同10)年に、約4年半ぶりに最高人民会議20が開催され、金正日労働党総書記が新しく「国家の最高職責」と位置付けられた国防委員会委員長に再任された。翌99(同11)年の最高人民会議では、約5年ぶりに国家予算が採択された。昨年9月の最高人民会議で、金正日総書記は国防委員会委員長に引き続き再任され、本年3月の最高人民会議でも、国家予算の採択などが行われた。また、後述のように、西欧諸国などと国交を樹立するなど対外関係を拡大させてきた。このようなことから、北朝鮮では、金正日国防委員会委員長を中心とする統治が一定の軌道に乗っていると考えられる。
 経済面では、北朝鮮は、社会主義計画経済の脆弱性に加え、冷戦の終結に伴う旧ソ連や東欧などとの経済協力関係の縮小の影響などもあり、近年は、慢性的な経済不振、エネルギー不足や食糧不足が続いている。特に、食糧事情については、生産量はここ数年増加しているが、食糧不足は構造的なものであり、依然として国外からの食糧援助に依存せざるを得ない状況にあるとみられている21。北朝鮮の住民の間には、多数の飢餓者の発生や規範意識の低下などが見られるとの指摘もある。近年、北朝鮮から韓国への亡命者数が増加しているのも、こうした状況が背景の一つにあるものとみられる22
 こうした経済面での様々な困難に対し、北朝鮮は限定的ながら現実的な改善策や一部の経済管理システムの変更も試みている。02(同14)年7月頃以降、給与と物価の引き上げ、為替レートの引き下げなどを行っているとみられている。一方で、北朝鮮は、現在の統治体制に影響を与えるような構造的な改革を行うことなく、計画経済の考え方を堅持することを表明している23。経済の構造的な改革を行うことなく、経済の現状を根本的に改善することには、様々な困難が伴うのではないかと考えられ、現在の改善策を超えた構造的な改革にまで踏み込むのか否か、また、こうした改善策が社会にどのような影響を与えるかに注目する必要がある24

(4)対外関係
 北朝鮮は、西欧諸国などとの対外関係を増大させてきたが、核問題をめぐる一連の行動は、各国の懸念を高めている。
 01(同13)年1月に発足したブッシュ政権25は、わが国や韓国と話し合いを行いつつ、北朝鮮政策の見直しを行い、同年6月、その終了を発表した。その際の声明によれば、米国は、北朝鮮と、1)北朝鮮の核活動に関する「枠組み合意」の改善された履行、2)北朝鮮のミサイル・プログラムの検証可能な制限とミサイル輸出の禁止、3)より脅威の少ない通常兵力の態勢などの幅広い議題について真剣な話し合いを行うこととされた。
 この方針の下、米国は北朝鮮に「前提条件なし」で話し合いを行う旨、繰り返し呼び掛けた結果、02(同14)年7月にはARF閣僚会合に出席したパウエル国務長官と白南淳外相が非公式に接触した。
 さらに、同年10月にケリー国務次官補が訪朝した。米国はこの訪朝時に北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画を認めたと発表した。それ以降、米国は、北朝鮮を攻撃する意思はないとする一方で26、北朝鮮と交渉し、核兵器開発を断念させることで何らかの見返りを与える意思はないこと27、また、北朝鮮の核問題は米朝二国間の問題ではなく、国際的な問題であることを明確にしつつ、米中朝協議、六者会合などの場を通じて問題の解決を図っている。そして、北朝鮮に対し「完全、検証可能かつ不可逆的な」方法での核計画の廃棄を求めている28。さらに、米国は北朝鮮が核兵器を保有することによる拡散の可能性に懸念を表明している。なお、米国は北朝鮮の弾道ミサイルの開発や配備、拡散に関する懸念も繰り返し表明している。
 テロについては、北朝鮮は、01(同13)年9月の米国同時多発テロ後、あらゆるテロとそれに対するいかなる支援にも反対する立場を表明し、人質をとる行為に関する国際条約やテロに対する資金供与の防止に関する国際条約に加入する意思表明を行った。しかしながら、米国は北朝鮮が依然として「よど号」グループのハイジャック犯を匿(かくま)い続けていることやテロとの闘いに協力するための実質的な措置を採っていないことなどを指摘し、北朝鮮をテロ支援国家に指定している29
 南北関係については、00(同12)年6月の南北首脳会談後30、対話の中断と再開が繰り返されたが、02(同14)年4月に林東源(イム・ドンウォン)外交安保統一特別補佐役が訪朝し、離散家族の訪問や鉄道連結に合意するなど、中断していた南北対話を再開することで合意した。現在も南北間の対話は継続し、経済面や人道面における交流が進展している。特に北朝鮮は、核問題などによって米国との関係が悪化している中で、韓国に「民族の団結」を呼びかけており31、韓国も南北間の対話や交流を進めようとしている32。軍事的な分野では、00(同12)年9月に国防相会談が行われたが、南北の部隊の相互視察や演習の相互通報などの本格的な信頼醸成措置はいまだ実現しておらず、軍備管理・軍縮の問題についても具体的な進展はみられてこなかった。そのような中、本年2月及び5月の南北閣僚級会談では、軍事当局者会談の開催が合意され、5月末にはこの会談が行われた。また、北朝鮮の核問題については、韓国はその解決を目指しているものの、南北間の対話においては具体的な進展は見られていない33
 中国との関係については、61(昭和36)年に締結された「中朝友好協力及び相互援助条約」が現在も継続している。92(平成4)年に中韓で国交が樹立されてから、冷戦期の緊密さとは異なる事象も見られたが、その後、00(同12)年から01(同13)年にかけて金正日国防委員会委員長と江沢民国家主席(当時)が相互訪問するなど、関係の進展が見られた。さらに、本年4月にも金正日国防委員会委員長は訪中している。中国は北朝鮮の核問題に対しては、朝鮮半島の非核化を支持する旨、繰り返し表明している34。核問題をめぐる米中朝協議と六者会合では議長役を務めるとともに、昨年10月には呉邦国全国人民代表大会常務委員長が訪朝して金正日国防委員会委員長と会談し、両者が六者会合の継続で合意するなど、この問題の解決に向けて積極的な役割を果たしている。一方で、このような中で中国と北朝鮮との関係に一定の距離がみられつつあるという指摘もある。
 ロシアとの関係は、冷戦の終結に伴い疎遠化していたが、関係改善の動きとして、00(同12)年2月、従前の条約と違い軍事同盟的な条項が欠落した35「露朝友好善隣協力条約」が両国によって調印されるとともに、同年7月にはプーチン大統領が訪朝した。また、01(同13)年4月に金鎰武l民武力部長が訪露し、軍事協力を定めた政府間協定に署名したと伝えられている。さらに、金正日国防委員会委員長が同年と02(同14)年に連続して訪露するなど、北朝鮮とロシアとの関係は緊密化してきた。そのような中、ロシアは北朝鮮の核問題をめぐる昨年8月と本年2月の六者会合に出席し、問題解決のための努力に同意している。
 また、北朝鮮は、99(同11)年来、相次いで西欧諸国などとの関係構築を試みており、欧米諸国などとの国交の樹立やARF閣僚会合への参加などを行ってきた。一方、EUASEANなどは北朝鮮の核問題に懸念を表明している。
 こうした状況の中で、昨年4月に米中朝協議、昨年8月と本年2月に六者会合が、いずれも北京で開催された。今後、各国が協調して北朝鮮の核問題の解決へ向けて努力していく必要がある36。その際、日米韓の緊密な連携を図ることが重要であることは言うまでもないが、中国、ロシア、EU、国連、IAEAといった諸国や国際機関の果たす役割も重要である。昨年6月のARF閣僚会合では、議長声明で朝鮮半島の非核化を支持するとともに、北朝鮮にNPT脱退決定の撤回を求めた。北朝鮮の核兵器保有が認められないことは当然であるが、同時に核問題以外の安全保障上の懸念も忘れてはならず、朝鮮半島における軍事的対峙や北朝鮮の弾道ミサイル開発・配備・拡散などの動きにも注目する必要がある。
 また、北朝鮮の政策や行動については、北朝鮮が、依然として閉鎖的な体制をとっているため、その動向を明確に把握することは困難であるが、その真の意図が何であるか見極めることが重要であり、引き続き細心の注意を払っていく必要がある。



 
1)たとえば、本年1月の「労働新聞」などの「新年共同社説」では「先軍時代の経済建設路線を堅持して、徹底的に貫徹しなければならない」と主張している。

 
2)「北朝鮮は1992年以前に製造したプルトニウムを使用して1発、もしかしたら2発の核兵器を保有していると評価してきた」(ケリー国務次官補の下院外交委員会における証言(昨年2月))との指摘や「北朝鮮が1994年の枠組み合意以前に生産したプルトニウムを利用した核弾頭(複数)を保有していると思われる」(米国の国防情報局(DIA)のジャコビー長官の上院情報委員会における証言(本年2月))との指摘もある。

 
3)減速材に黒鉛を利用した原子炉。

 
4)「枠組み合意」によれば、米国は、北朝鮮への軽水炉と代替エネルギー供与などのための諸施策を講じ、これに対し、北朝鮮は、寧辺などに所在する黒鉛減速炉と関連施設を凍結し、最終的には解体するとともに、NPT締約国にとどまり、軽水炉が完成される前にIAEAとの保障措置協定を完全に履行することなどとなっている。すなわち、「枠組み合意」においては、北朝鮮に将来の核兵器開発を放棄させるとともに、軽水炉が完成する最終段階において、過去の核兵器開発疑惑も解明されるしくみとなっている。

 
5)98(平成10)年、北朝鮮が、北西部のクムチャンニにおいて、核関連の地下施設を秘密裏に建設中ではないかとの疑惑が浮上した。疑惑解明のためのこの施設への米国側の訪問が99(同11)年に行われ、その結果、同年、この施設は当該時点で、「枠組み合意」に違反していない旨の報告が発表された。さらに、00(同12)年5月には、米国側によるこの施設への2回目の訪問が行われ、前回の訪問以来、状況は変わっていない旨の発表がなされた。

 
6)KEDOは「将来の重油の供給は、北朝鮮がウラン濃縮計画を完全に廃棄するための具体的かつ信頼できる行動をとることにかかっている」と決定した。

 
7)原子炉の運転に使用した燃料棒にはプルトニウムが含まれており、再処理を行うことによってプルトニウムを抽出することができる。

 
8)米国の国防情報局(DIA)のジャコビー長官は本年2月の上院情報委員会で「北朝鮮は、核兵器計画が体制の生き残りに重要だと考えている」と証言した。

 
9)昨年11月、米国の中央情報局(CIA)は「北朝鮮は、不明量の化学剤と化学兵器を保有しており、様々な運搬手段によって使用される可能性がある」、「生物剤を兵器化し、使用可能にするかもしれない弾薬生産基盤を保有していると考えられている」と発表した。また、韓国国防部が昨年7月に発行した「参与政府の国防政策」では、「生物兵器については、炭疽菌、天然痘、コレラなど13種類余りの細菌を保有しているものと推定され、化学兵器については、神経性、水泡性、血液性など約10種類以上の有毒作用剤約2,500〜5,000トンを6か所の貯蔵施設に貯蔵しているものと見積もられる」と指摘している。

 
10)99(平成11)年9月、北朝鮮は米朝協議が行われる間はミサイル発射を行わないであろう旨表明した。01(同13)年、EU代表団が訪朝した際に、EU代表団は記者会見で、金正日国防委員会委員長がミサイル発射実験凍結を03(同15)年まで継続する意思があると述べたと発表した。さらに、本年5月の小泉総理の訪朝では、ミサイル発射凍結が再確認された。しかしながら、一方で北朝鮮は、ミサイル発射凍結解除を示唆したこともある。
 たとえば、02(平成14)年11月、北朝鮮外務省スポークスマンは、前月末に開催された日朝国交正常化交渉に関する発言の中で、「会談が今回のように空転のみを重ねて長期化する場合、ミサイル発射(凍結)延長措置を再考慮すべきだとの意見まで提起されている」と述べた。また、昨年1月、北朝鮮の駐中国大使は記者会見で、「米朝間の合意が全て無効化された状況では、ミサイル発射の暫定的な中止措置も例外ではない」と述べたとされている。

 
11)たとえば、2段式のミサイルの弾頭部に推進装置を取り付けて、3段式とすることなどが考えられる。

 
12)「このミサイル(テポドン2)は、2段式ならば米国の一部に核弾頭を運搬することができ、3段目が追加されたら北米の全てを標的とできるであろう。報道によれば、北朝鮮はロシア製SS-N-6SLBM程度の大きさの新型IRBMを配備しようとしているという。もしこれが本当なら、そのようなミサイルは沖縄の米軍施設、グアム、そしておそらくアラスカに届くかもしれない」(米国の国防情報局(DIA)のジャコビー長官の上院情報委員会における証言(本年2月))との指摘がある。

 
13)02(平成14)年12月には、イエメンへの輸出のためスカッドを運搬中の北朝鮮船舶が発見され、検査を受けた。また、輸出先であるイランやパキスタンで試験を行い、その結果を利用しているといった指摘もある。

 
14)62(昭和37)年に朝鮮労働党中央委員会第4期第5回全員会議で採択された。

 
15)北朝鮮の軍事上の諸決定は、国家の最高軍事指導機関である国防委員会(金正日委員長)により行われ、各国の国防省に相当する人民武力部は、内閣の下ではなく、この国防委員会の下に置かれていると考えられる。

 
16)北朝鮮の特殊部隊は軍関係のものと朝鮮労働党関係のものがあると言われている。たとえば、朝鮮労働党作戦部が工作員の輸送を行っていると言われている。

 
17)小部隊ごとに分散して隠密裏に敵地に潜入すること。

 
18)こうした行動に対して米国は北朝鮮に口頭で抗議した。

 
19)本節2参照。

 
20)最高人民会議は、選挙で選出された代議員により構成される意思決定機関で、北朝鮮の憲法では「最高主権機関」とされる。わが国の国会に相当。

 
21)昨年10月、国連食糧農業機関(FAO)は、北朝鮮における食糧需要量は約510万トン、食糧供給量は約416万トン、不足量が約94万トンに達すると予想している。

 
22)韓国政府の発表によると、北朝鮮から韓国への亡命者数は00(平成12)年312人、01(同13)年583人、02(同14)年1,141人、昨年1,281人となっている。

 
23)たとえば、本年1月の「労働新聞」などの「新年共同社説」では、「社会主義原則を守りつつ、実利が出るようにすべての事業を作戦して、覇気を持って推進すべきである」と述べている。

 
24)たとえば、物資の供給不足が改善されないまま給与と物価を同時に引き上げたことによるインフレの進行、所得格差の拡大、情報の流入などによる体制への不満の増大などが考えられる。

 
25)クリントン前政権下、米朝関係は一定の進展を見せた。98(平成10)年のクムチャンニ地下核施設建設疑惑の浮上とミサイル発射事案の発生の後、ペリー北朝鮮政策調整官(元国防長官)による北朝鮮政策の見直しが行われ、99(同11)年に報告書が公表された。その後、数次の米朝協議が行われ、00(同12)年10月には、趙明録国防委員会第1副委員長が金正日国防委員会委員長の特使として訪米し、米朝共同コミュニケが発表された。さらに、オルブライト国務長官(当時)の訪朝も実現した。しかし、米朝共同コミュニケの中で触れられた米大統領の訪朝については、クリントン政権末期の同年末、結局、見合わせる旨を決定した。

 
26)ブッシュ大統領は02(平成14)年2月に訪韓した際、「北朝鮮に侵攻する意思はない」と表明したが、その後も繰り返し同様の考えを表明している。また、昨年2月に盧武鉉大統領就任式に出席するために訪韓したパウエル国務長官も「北朝鮮に侵攻する計画はない」と述べた。

 
27)たとえば02(平成14)年10月、パウエル国務長官は北朝鮮の核兵器開発に対して「代価は払わない」と述べた。

 
28)本節2参照。

 
29)なお、本年4月に発表された「国際テロ報告」では、拉致問題についても言及されている。

 
30)南北首脳会談後に署名された南北共同宣言での合意は次のとおり。1)国の統一問題を自主的に解決していくこと、2)南(韓国)の連合制案と北(北朝鮮)の低い段階の連邦制案が互いに共通性があると認定し、今後、この方向で統一を指向していくこと、3)離散家族の相互訪問や非転向長期囚の問題を解決するなど、人道的問題を速やかに解決していくこと、4)経済協力を通じて民族経済を均衡的に発展させ、社会、文化、体育、保健、環境などの諸般の分野の協力と交流を活性化し、互いの信頼を固めていくこと、5)以上のような合意事項を速やかに実践に移すため、早い時期に当局者の対話を開催すること。また、金正日国防委員会委員長は、今後、適切な時期にソウルを訪問することとされた。

 
31)たとえば、本年1月の「労働新聞」などの「新年共同社説」では「今日、民族共助を妨害し、朝鮮半島の平和と安定を破壊している主犯は米国である」と主張している。

 
32)昨年2月に就任した盧武鉉大統領は就任演説で、「あらゆる懸案は対話を通じて解決する」、「相互信頼を優先し、互恵主義を実践する」などと述べた。

 
33)盧武鉉大統領は就任演説で、「北朝鮮の核問題は容認できない」とし、ただし「北朝鮮の核問題が対話を通じて平和的に解決されなければならないとの点を改めて強調」するとともに、「いかなる形であれ、軍事的緊張が高まってはならない」と述べた。なお、韓国と北朝鮮が92(平成4)年に署名した「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」では、「南と北は核再処理施設とウラニウム濃縮施設を保有しない」と明記している。

 
34)たとえば、02(平成14)年10月の米中首脳会談後の会見で、江沢民国家主席(当時)は「中国は一貫して朝鮮半島の非核化を支持してきた」と述べた。

 
35)従前の条約に存在した「締約国(ロシア、北朝鮮)の一方に対する軍事攻撃は直ちにその保有するすべての手段をもって軍事的、あるいはその他の援助を与える」旨の規定がなくなった。

 
36)昨年4月、パウエル国務長官は米中朝協議について「長く、厳しい議論の始まりである」と述べた。


 

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