第4章 より安定した安全保障環境の構築への貢献 

1 わが国の国際平和協力の軌跡

国際平和協力業務参加の幕開け

(1)国際平和協力法の制定
 湾岸戦争後、わが国船舶の安全を確保するため、1991(平成3)年、自衛隊法第99条に基づき、海上自衛隊(海自)の掃海部隊がペルシャ湾に派遣された。これは、平和的、人道的な目的をもった人的な国際貢献策の一つとしても意義を有していた。
 冷戦後の国際環境において、国連の各種活動の中でも、特に国連平和維持活動がその重要性を高めたことから、わが国では、国連平和維持活動に対する協力など、より一層国際平和協力を行うことが国民的課題となり、同年、第121回臨時国会にいわゆる「国際平和協力法案」が提出された。
 本法案については様々な議論がなされたが、一部修正を経て92(同4)年6月、第123回通常国会で成立した。
 なお、国会審議の過程での主要な論点とそれに対する当時の政府の見解は次のとおりであった。

 
機雷除去を行う海自掃海艇(91(平成3)年 ペルシャ湾)

ア 自衛隊の国連平和維持活動への参加は、憲法が禁じる「武力の行使」にあたらないか
 1)国連平和維持活動は、紛争当事者間での停戦合意の成立と、紛争当事者の平和維持活動への同意を前提に、中立、非強制の立場で任務を遂行するものであること、2)国際平和協力法は、紛争当事者間の停戦合意が破れるなどにより、わが国が平和維持隊に参加して活動する前提が崩れた場合に業務を中断すること、わが国の要員の生命または身体の防衛のため必要最小限の武器使用に限ることを盛り込んでいること、などから憲法が禁じる「武力の行使」にあたらない。
イ 自衛隊による派遣部隊に対する国連の現地司令官が有する権限と防衛庁長官による指揮権との関係はどうなるのか
 国連の現地司令官は、各国からの派遣部隊がいつ、どこで、どのような業務に従事するかなどについて指図する権限を有しているが、これと懲戒権などの伴う防衛庁長官による指揮監督とは別のことがらである。
 国際平和協力法では、国際平和協力本部長が国連の指図に適合するように実施要領を作成、変更し、防衛庁長官はこの実施要領に従い派遣部隊を指揮監督することになっている。
ウ 自衛隊の海外派遣に対する近隣諸国の理解は得られるか
 政府は、近隣諸国に対して国際平和協力法について正しい理解を得るため種々の機会に説明を行い、多くの国からはわが国が国際社会の平和と安定のために国力にふさわしい役割を果たそうとしていることへの理解は得られているといえる。
 政府としては、引き続き近隣諸国の一層の支持と理解を得るべく努力する必要があると認識している。

(2)カンボジアでの活動
 92年(同4)年9月から実施された、国連カンボジア暫定機構(UNTAC:United Nations Transitional Authority in Cambodia)による国連平和維持活動への参加は、わが国の国際平和への取組に対する新しい時代の幕開けであった。カンボジアには、自衛隊が施設部隊と停戦監視要員を派遣したほか、文民警察要員と選挙要員も派遣された。
 陸上自衛隊(陸自)で編成された第1次カンボジア派遣施設大隊600名は、タケオに宿営し、約6か月間の業務に従事した。その業務は、内戦などで荒廃した国道2号線と3号線などの道路・橋の修理のほか、UNTACを構成する部門への給水、給油、給食、医療、宿泊施設の提供や物資の輸送、保管などであった。
 施設大隊の修理実績として、道路は延べ約100km、橋は約40か所に及んだ。施設大隊からは、連絡幹部がUNTAC司令部に派遣され、同司令部との連絡・調整や情報収集を行った。
 また、海上・航空自衛隊(海自・空自)は、施設大隊の業務を支援するため、派遣・撤収時の輸送などの支援のほか、大隊の派遣期間中は、継続的な補給支援を行った。その実績は、海自が、輸送艦・補給艦延べ6隻(車両23両などを輸送)、空自が輸送機延べ59機、空輸人員約400名、空輸物資440トンに及んだほか、海自は施設大隊の宿泊・給食などの支援を実施した。
 この間、カンボジアでの制憲議会選挙に向けて、同国内の緊張が高まる中、わが国から派遣されたUNTAC要員に犠牲者が発生した。このため、施設大隊は、選挙期間中、道路・橋などの修理の業務を遂行する上で必要な情報収集の一環として、地域情勢に関する情報などの交換を行うとともに、食糧・水などの生活関連物資を選挙要員に輸送することとした。
 第2次隊も第1次隊と同規模で派遣され、この活動は93(同5)年9月まで続けられた。

 
橋が破壊された河川に橋を新たに構築中のUNTAC1次隊(91(同3)年9月〜 カンボジア)

(3)当時の国際平和協力法などの課題
 国際平和協力法により、自衛隊は国際平和協力業務への参加という、当時としては新たな役割に取組むこととなった。このような活動は、国際社会でのわが国の責務であり、その努力は国際社会の平和と安全に寄与し、ひいてはわが国の安全保障に資するものといえる。
 国際平和協力法の成立を受け、残された国内での課題は次のとおりであった。
1) 平和維持隊本体業務1の凍結
 自衛隊の部隊による平和維持隊(PKF)本体業務については、内外の一層の理解と支持を得ることが必要とされ、別途法律で定めるまでの間は実施しないこととなった。
 このため、本課題は、今後の業務の実施によって得られた経験を踏まえつつ議論することとされた(なお、本課題を踏まえ、01(同13)年、国際平和協力法が改正された。)。
2) 国際平和協力業務への参加という任務の自衛隊法での取扱い
 自衛隊法では、国際平和協力業務は第8章(雑則)に規定されている他の業務と同様、いわゆる付随的任務の位置付けとされた。
 この任務の自衛隊法上の位置づけは、わが国の国際平和協力業務に対する取組の姿勢と自衛隊の存在意義にかかわる重要な課題であり、十分に議論を尽くす必要があるとされた。
3) 国連平和維持活動に参加する組織のあり方
 自衛隊の部隊派遣にあたっては、現行の組織をもって要員の選考、部隊の編成などの諸準備を行っている。
 一方、国連平和維持活動には、自衛隊の本来任務であるわが国の防衛にはない専門的な部分があり、自衛隊とは別の組織を設置すべき、自衛隊内に専門組織を設置すべき、などの議論があった。
 自衛隊とは別の組織の設置については、わが国の協力を実効性あるものとするため、自己完結的な能力を有する自衛隊を活用することが適当であると考えられる。
 自衛隊内における専門組織の設置については、自衛隊がどのような形で業務を行うのが最も適切であるのか、組織面も含め十分に検討すべき課題といえる。



 
1)1)武力紛争の停止の遵守状況、軍隊の再配置・撤退、武装解除の監視、2)緩衝地帯などにおける駐留、巡回、3)武器の搬入・搬出の検査、確認、4)放棄された武器の収集、保管、処分、5)紛争当事者が行う停戦線などの境界線の設定の援助、6)紛争当事者間の捕虜交換の援助、を指す。


 

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