第3章 緊急事態への対応 


解説 諸外国の緊急事態法制

 平時や緊急事態に関わらず、国の権限が憲法・法律に従って合法的に行使されることは法治国家の基本である。法治国家では、戦争、内乱、大災害など、国家が存立の危機にさらされた事態に、国家としてどのように対処するのかについて緊急事態法制が定められている。
 諸外国の緊急事態法制は、その国の政治体制、歴史的経緯などにより、規定されている内容、要領などは様々である。

1 ドイツの緊急事態法制
 ドイツでは、先の大戦の反省を踏まえ、政府による権限濫用を防止するため、原則的には政府の措置を立法・司法の統制下に置くこととしている。
 基本法(憲法)には、円滑に対処態勢を確立できるよう、脅威の度合い・内容に応じて事態が細分化され、それぞれの事態ごとに議会が行う事態の認定の要件、政府がとり得る非常措置の発動の内容などが明示されており、また、議会が政府の非常措置を統制する。
 その非常措置の発動と連動した様々な政府の具体的措置は個別の法制で規定される。例えば、国家防衛の任務遂行にあたっての法的な規制緩和のため、道路交通規制法、航空法・航空交通法などでは、特例措置や適用除外が定められている。また、民間人の保護や国家防衛のための役務の義務付けに関しては、基本法のほか、食糧確保法、エネルギー安定法、郵便・通信確保法などに規定されている。

2 米国の緊急事態法制
 米国の憲法においては、一般的に、緊急事態においては大統領に対し包括的な権限が付与されていると理解され、また、大統領は軍の最高司令官と規定されている。
 また、議会による大統領の緊急権限に対する抑制的な試みとして、大統領が海外への軍隊投入に際しての条件・手続を定めた「戦争権限法」と、大統領が緊急事態を宣言する際の手続を定めた「国家緊急事態法」が定められている。
 なお、大災害、大規模テロなどへの連邦政府の対応を一元化するため、79(昭和54)年、大統領直属の機関として国家緊急事態管理庁(FEMA:Federal Emergency Management Agency)が設立されたが、同時多発テロも踏まえ、国土安全保障に対処する組織を更に強化するため、本年1月、国土安全保障省が創設され、3月にはFEMAも同省の一部となった。

3 韓国の緊急事態法制
 北朝鮮との緊張状態が続く中、韓国では、米韓相互防衛条約に基づく連合防衛体制を基軸に防衛体制が整備されている。
 大統領は、緊急事態において、戒厳の宣布、緊急命令権、緊急財政処置などの権限を有する。大統領がこのような権限を発動した場合、遅滞なく国会に報告し、その承認を得ることになっている。
 また、大統領は緊急事態の認定を行うが、米韓連合司令官は、脅威の程度に従い緊急警戒体制を発令することができる。
 個別の法制については、国家が保有する防衛要素を統合し指揮体制を一元化して国家を防衛するため、組織の設置、事態の区分、政府・自治体の権限などを規定した「統合防衛法」、住民の生命・財産の保護のため、住民が遂行すべき防空・防災及び軍事作戦上必要な支援などを規定した「民防衛(民間防衛)基本法」、非常時に人的・物的資源を効率的に活用するための「非常対備資源管理法」、非常時の土地、物資、施設の徴発とその補償に関して規定した「徴発法」、兵役の義務に関して規定した「兵役法」などがある。

4 スウェ−デンの緊急事態法制
 スウェーデンの国防は、軍事防衛を中心とし、これに市民防衛(人命の保護・救護)、経済防衛(必要な物資の供給の確保)、心理防衛(国民の国防意識の高揚)などを一体化した、全体防衛という思想が流れている。
 全体防衛体制の特徴としては、1)国民の責任が明確にされていること、2)国防に関する広汎な法制が整備されていること、3)民間防衛の体制・態勢が整っていること、などが挙げられる。国民の責任については、法律などで16歳から70歳までの全国民が全体防衛に参加するという国防責任が規定されており、また、在留外国人も、軍事防衛を除き、国防責任を有する旨が規定されている。広汎な法制については、具体的には地方行政、司法、警察、通信、郵便、輸送、捕虜の取扱いなどに関連する法制が整備されている。

5 スイスの民間防衛
 スイスの民間防衛は、災害、緊急事態及び武力紛争からの住民の保護を目的とし、このような事態からの復旧に寄与するとともに、人道的目的にも貢献するとしている。
 担当する組織として、連邦防衛・民間防衛・スポーツ省に連邦民間防衛局があるほか、自治体によって指定された民間防衛事務局や民間レベルの民間防衛組織があり、1)住民への情報提供、2)警報発令、住民への行動時の伝達、3)住民保護、4)救援・支援、5)患者の看護、などを任務としている。また、民間防衛に関する組織は戦闘任務をもっておらず、武器も携帯しない。
 スイス市民権を持つ男子で兵役義務などを負わない者全てに民間防衛の服務義務があり、居住自治体の民間防衛組織に参加することになる。
 なお、住民の義務として、警報発令時、全ての者は民間防衛組織の指示命令に従うとともに、様々な援助が義務付けられる。また、住宅の所有者などは、民間防衛に必要な場合に限り、自己の部屋(シェルターを含む)などを提供する義務がある。


 

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