第3章 緊急事態への対応 


解説 生物・化学剤の脅威

 冷戦の終結後、大量破壊兵器とその運搬手段、さらにはその世界的な移転・拡散が新たな脅威として懸念されている。例えば生物・化学剤を積載した兵器が使用された場合、大量無差別の殺傷や広範囲な地域の汚染を生じる可能性があることから、このような移転・拡散への対応は、わが国をはじめ、国際社会が抱える大きな課題となっている。

1 使用された例など
 過去の使用例として、化学剤については、第一次世界大戦でドイツが窒息剤やびらん剤を使用したのが最初であり、近年では、イラン・イラク戦争でイラクがびらん剤・神経剤を使用したといわれている。わが国では、95(同7)年、いわゆる地下鉄サリン事件が発生した(サリンは神経剤の一種)。
 生物剤については、近年ではベトナム戦争において北ベトナム側がトリコテセン毒素を使用したといわれている。わが国ではオウム真理教による炭疽菌の散布が試みられ、また、01(同13)年、米国で炭疽菌入り郵便物事件が発生した。
 保有状況として、北朝鮮は既に相当の化学剤を保有しているとみられているほか、1960年代以降、炭疽菌などを製造し得るインフラを整備しており、すでに保有している可能性もあると指摘されている。また、湾岸戦争前から炭疽菌などを製造・兵器化していたと指摘されていたイラクは、02(同14)年の国連による大量破壊兵器の査察再開に当たって全ての生物・化学兵器を廃棄したと主張していたが、本年のイラク戦争開戦までに信頼できる証拠の提示はなかった。さらに、テロリストによる生物剤の取得、開発、使用の危険も高まっており、アル・カイダと関連するとされる組織が生物剤を取得、開発・製造していた可能性が指摘されている。

2 特徴
 生物・化学剤は、1)製造が容易で安価、2)実際に使用しなくても強い心理的効果を与えることが可能、3)種類や使用される状況によっては膨大な死傷者が発生、といった特徴がある。このため、生物・化学剤は軍事目標のみならず、一般市民をも対象としたテロなどにも使用可能である。

3 種類・効果など
 化学剤については、有毒化学剤の場合、大きく神経剤(呼吸麻痺・全身痙攣(けいれん)を起こす)、びらん剤(皮膚をびらんさせ、目や肺を侵す)、血液剤(循環器系、呼吸器系を侵す)、窒息剤(肺細胞を侵し肺炎、気管支炎を起こす)に区分される。なお、神経剤は無色・無臭であり、呼吸器からの吸入、又は皮膚からの浸透により速やかに症状があらわれ、致死量を吸収していれば約30分以内に死亡する。びらん剤は黒色・特有のにおいがあり、致死量を吸収していれば4〜12日後に死亡する。
 生物剤は、大きく感染性微生物(細菌、ウイルス)、細菌産生毒、植毒物に分類される。生物剤のうち炭疽菌は、灰白色・無臭であり、皮膚、消化器官、呼吸器から侵入し、例えば肺炭疽の場合、軽度の発熱、倦怠(けんたい)感などの症状で始まり、その後数日で呼吸困難となり、24時間以内に死亡する(死亡率90%)。天然痘ウイルスにより引き起こされる天然痘は、人から人へ感染するのが特徴であり、約12日の潜伏の後、発熱、頭痛、筋肉痛などの症状が見られ、その2〜4日後に特有の皮疹が出現し、死亡率も比較的高い。

 以上述べたように、生物・化学剤は、非対称的な攻撃手段を求める国家やテロリストにとって有効な兵器であり、わが国は国家レベルでその対応に取組むことが必要である。


 

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