第1章 国際軍事情勢 

全般

(1)全般
 中国は、「富強」、「民主」、「文明」の社会主義国を建設することを目標に、経済建設を最重要課題として改革・開放路線を推進してきており、その前提となる国内外の安定的な環境を維持するため、内政の安定と団結、特に、社会的安定を重視するとともに、対外的には、先進諸国との関係の改善、周辺諸国との良好な協力関係の維持促進などを基本としつつ、国防面では、国防力の近代化・強化に努めている。
 昨年11月に中国共産党第16回全国代表大会(党大会)と第16期中央委員会第1回全体会議(一中全会)1が、本年3月には第10期全国人民代表大会(全人代)2第1回会議が開催され、党・国家・軍の指導部が交代し、党・国家の基本方針が示された。
 13年間党総書記を務めてきた江沢民前党総書記・前国家主席に代わり、胡錦涛前国家副主席が党総書記に就任、国家主席の座も3月の全人代で引き継いだ。党の最高幹部も大幅に入れ替わり、世代交代が行われた。しかし、江沢民前党総書記・前国家主席は党・国家の中央軍事委員会主席に留任し、政治的影響力を残す形となった。
 政治・思想面では、江沢民国家主席(当時)が提唱した「三つの代表」という重要思想3が共産党規約に盛り込まれ、また文化大革命4中には階級闘争の対象であった私営企業主らの入党も認められた。経済発展に伴う変化を踏まえ、労働者階級の前衛であった共産党が国民的な政党に転換する道を開くものであり、注目される。また、中国は愛国主義教育に力を入れ、中華振興の民族精神の発揚を図っており、党大会における江沢民党総書記(当時)の演説においても「中華民族」という言葉が多用された。
 経済面では、ここ10年のGDPの成長率が年平均7%以上であり、GDPの規模では世界第6位になるなど、急速な発展を継続しており、さらに、党大会では20(同32)年までにGDPを00(同12)年の4倍とするという目標が打ち出された。この実現には年平均7%以上の成長率を維持する必要がある。国際的にも、01(同13)年12月には世界貿易機関(WTO:World Trade Organization)に正式加盟して対外開放路線を促進し、これに対応するため、中央省庁改革や経済・産業構造改革の推進を図っているほか、海外からの投資を積極的に受け入れており、海外からの直接投資額は世界第1位となっている。
 一方で、中国は国内に諸問題を抱えている。共産党幹部の腐敗問題5が大きな政治問題となっているほか、国内に分離・独立運動を抱えており6、さらに、近年、気功による心身の鍛錬を目的としているとされる「法輪功」集団による政府に対する抵抗活動が問題となっている。また、急速な経済成長に伴い、都市部と農村部、沿岸部と内陸部の間の地域格差の拡大や、国有企業改革などに伴う失業者の増大などの様々な問題が顕在化しつつあるほか、昨年秋に中国で発生したとされる新型肺炎(SARS)について、情報の公開が遅れたために大きな問題となった。このうち新型肺炎については、胡錦涛国家主席ら新体制の取組により6月末に一応の終息を見たが、上に挙げたような諸問題に新体制下で中国がどのように対処していくかが注目される。

(2)台湾との関係
 中国と台湾との関係は、近年、貿易・投資の増進、文化・学術の交流などを通じて経済関係及び人的交流が深まっている。01(同13)年1月から「小三通」7が開始され、本年の春節(旧正月)には中台間を直接結ぶ8チャーター便が実現した。台湾は、01(同13)年、対中経済政策を従来の抑制的な「戒急用忍」政策から、「積極開放、有効管理」政策に転換9した。また、中国は01(同13)年12月、台湾は昨年1月にWTOに加盟しており、今後、中台間の経済面での相互依存がさらに進むことが予想される。
 一方で、中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政問題であるとの原則を堅持しており、また、平和的な統一を目指すものの、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立をねらう動きに対しては、武力行使を放棄していないことを度々表明している。99(同11)年に李登輝「総統」(当時)が中台関係を「特殊な国と国との関係」(二国論)と表現したことで、中国は、「一つの中国」の原則を否定し国家分裂を促すものとして強い反発を示し、両岸間の対話が中断した。その後、中国は、00(同12)年2月に発表した「一つの中国の原則と台湾問題」白書(台湾白書)で、台湾当局が交渉による両岸統一問題の平和解決を無期限に拒否するなら武力行使を含むあらゆる可能な断固たる措置をとる旨明言した。また、中国軍は01(同13)年、台湾海峡対岸の福建省東山島付近で台湾への上陸作戦を想定し、各軍が参加した「東海六号」軍事演習を行った10が、本演習の実施は武力行使を辞さずとの中国の姿勢を改めて示す意図もあったと考えられる。他方、昨年8月には、陳水扁「総統」が「一辺一国」(中国と台湾は別々の国)と発言し11、中国側はこれに強い反発を示したが、これに対応したと思われるような大規模な演習などは行われていない。
 しかし、中国は、近年、中台間の対等性に配慮する姿勢も示している。昨年の全人代政府活動報告では初めて「大陸と台湾はいずれも一つの中国に属し」と中台の対等性に配慮した表現を用いた。また、中台間の直行便について、「特殊な国内路線」であるとの従来の主張をやめ、「両岸路線」という中立的な名称を提案した。
 このように、中国は、台湾に対して柔軟な姿勢を示しつつも、武力行使を放棄していないことを表明し、「一つの中国」問題については、中台間の議論の前提であることを基本原則としている。
 一方、台湾の陳水扁「総統」は、00(同12)年5月の「総統」就任演説では、中国が武力行使を意図しない限り、独立宣言をしないこと、「中華民国」との名称を変更しないこと、「二国論」を憲法に盛り込まないこと、統一か独立かを問う住民投票を行わないことなどを明らかにしている。また、「一つの中国」問題については、中台双方が対等の立場でこの問題を解決していきたいとの意向を表明し、「一つの中国」は議論の前提ではなく、議題の一つとして取り上げるとし、同原則を受け入れていない。
 中台間には、このように基本的立場になお隔たりがあることから、双方とも交渉の糸口を見つけることができずに公式対話は途絶えたまま膠着(こうちゃく)状態が継続している。双方が公式対話を再開するために、何らかの歩み寄りが見出せるかといった観点から、今後の台湾をめぐる問題の平和的解決に向けた動向が注目される。

(3)米国との関係
 米中間には、中国の人権問題や大量破壊兵器の拡散問題、米国の台湾への武器売却12など、種々の懸案が存在しているが、経済面での結びつきも深い。
 米中関係は、01(同13)年4月に生じた米中軍用機接触事故で緊張した。しかし、安定的な両国関係を望む米中両国は慎重に事態打開を図り13、また、中国がテロとの闘いにおいて米国に一定の協力を示したことなどもあり、関係は改善が見られる。米国などによるイラクに対する軍事作戦についても、中国は反対の立場はとったものの、ロシアやフランス、ドイツなどに比べると抑制的な対応を見せた。
 中国は、米国の対テロ作戦を通じた国際的影響力の増大や、中央アジアにおける米軍のプレゼンス増大への警戒感を抱いていると思われ、党大会の報告でも、世界の多極化の推進を打ち出すなど、米国の「一極化」への動きを警戒しているとみられるが、安定的な米中関係は中国が経済建設を行っていくうえで必須であり、今後もその存続を望んでいくものと考えられる。昨年2月にはブッシュ大統領が訪中、同10月には江沢民国家主席(当時)が訪米し、2度の首脳会談を行ったほか、胡錦涛国家副主席(当時)も同4月に訪米した。
 また、これらの首脳会談などを経て、米中軍用機接触事故以降停滞していた米中軍事交流も本格再開した。昨年10月の首脳会談で新たな安保対話の設置について合意がなされたほか、昨年11月には米艦艇が中国を訪問し、12月にはブッシュ政権下で初となる米中次官級防衛協議が行われた。また、同月にはファーゴ米太平洋軍司令官も訪中している。
 なお、本年6月には、胡錦涛国家主席が国家主席となってから初のブッシュ大統領との首脳会談がフランスのエビアンで行われている。
 
(4)ロシアとの関係
 中露両国は、世界の多極化と国際新秩序の構築を推進するとの認識を共有しており、両国関係は全般的に進展している。中露両国は、双方の間で「戦略的協力パートナーシップ」を確立したとしており、昨年には中露善隣友好協力条約が発効した。同条約では、政治、経済など幅広い分野での協力強化を目指しており、軍事面では、国境地域の軍事分野における信頼醸成及び相互兵力削減の強化、軍事及び軍事技術協力、平和への脅威などを認識した場合の協議の実施などが言及されている。首脳クラスの交流としても、昨年12月にプーチン大統領が中国を訪問、本年5月には胡錦涛国家主席がロシアを訪問した。全般的な両国関係の進展ともあいまって、近年、軍最高幹部の相互交流も定期的に行われており、昨年5月には遅浩田国防部長(当時)、イワノフ国防相がそれぞれ訪露、訪中している。また、中国はロシアからSu-27、Su-30戦闘機、ソブレメンヌイ級駆逐艦、キロ級潜水艦などの近代的な武器を購入している。しかし、米国の「一極化」に警戒感を示す中露両国であるが、例えば、ミサイル防衛問題や米国の対テロ行動に対する支援など両国の立場が必ずしも同じでない分野も存在している。

(5)北朝鮮との関係
 中国は北朝鮮との関係を「伝統的友誼」とも評しており、関係の進展が見られる。また、北朝鮮が食糧支援やエネルギー供給において多くの割合を中国に依存していると見られていることなどから、中国は北朝鮮に対し強い影響力を有すると考えられている。他方、北朝鮮が新義州経済特区長官に指名した中国系オランダ人を中国が不法経済活動の容疑で逮捕するなど、不一致がみられる点もある。また、中国東北部などには北朝鮮からの脱出者が多く流入しているとされており、その取扱をめぐって中国が国際的に批判される事態も生じている。核問題については、中国は一貫して朝鮮半島の非核化と核問題の平和的解決を主張しており、今年4月、米中朝協議の開催において大きな役割を果たしたと評価されている。核問題の解決に向けた中国のさらなる積極的な取組が国際社会から期待されている。

(6)近隣諸国などとの関係
 中国は、近隣諸国などとの間で軍人を含む最高幹部級の相互交流を進めているほか、これら諸国との間に存在する問題解決に向けた努力も行うなど、近隣諸国などとの良好な関係構築に努めている。
 東南アジア諸国との関係では、最近では、ベトナムとの間で00(同12)年12月にトンキン湾の領海画定に関する協定への署名を行い、同年7月に発効した陸上国境条約に基づき国境線への標識の設置を行っているほか、01(同13)年には中国海軍艦艇が、昨年2月には江沢民国家主席(当時)がベトナムを訪問、本年4月にはノン・ドク・マイン書記長が訪中した。また、江沢民国家主席(当時)が01(同13)年12月に初めてミャンマーを訪問したほか、昨年9月には遅浩田国防部長(当時)がインドネシアとフィリピンを訪問し、中国製武器の購入を働きかけたとされる。ASEANとの関係でも、中国は97(同9)年以来、ASEANの首脳会議に日本、韓国とともに出席を続けているほか、昨年11月にはASEANとの間でFTA締結の枠組について合意し、また、南沙(なんさ)群島など領有権紛争の平和的解決に向けた「関係国の行動に関する宣言」14を採択するなど、両者の協力関係強化が進められている。
 中央アジア諸国との関係では、中国、ロシア及び中央アジア4か国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)で01(同13)年6月に「上海協力機構」を設立するなど、協力関係を強化している。同機構では、安全保障面のみならず、政治、文化、エネルギーなど広範な分野における各国間の協力を奨励することとされている。昨年6月の同機構の首脳会議では「上海協力機構憲章」が調印され、またテロ対策の常設機関を設置することでも合意がなされた15。昨年10月には同機構の枠組において、キルギスとの間で初の合同軍事演習を行っている。
 南アジア諸国との関係では、パキスタンと良好な関係を有し、武器輸出や武器技術移転など軍事分野での協力関係も伝えられる一方、インドとは国境問題などを抱えており、98(同10)年のインドによる核実験を契機に関係が悪化していた。しかし、01(同13)年1月に李鵬全人代常務委員会委員長(当時)、昨年1月には朱鎔基首相(当時)が訪印するなど、最近では関係改善に努めており、本年4月にはフェルナンデス国防相が訪中し、6月にはバジパイ首相がインドの首相としては10年ぶりに訪中、中印間の包括的協力を内容とする「二国関係及び包括的協力に関する宣言」に署名した。

(7)武器輸出
 中国はアジア、アフリカなどの開発途上国に主に戦車、航空機などを供与しており、イラン、パキスタン、ミャンマーなどが主要な輸出先とされている。さらに、中国はミサイル拡散について疑惑をもたれており、米国との間で協議が行われている。中国は昨年8月、ミサイル関連部品などの輸出管理に関する条例を公布・施行した。これはミサイル管理レジーム(MTCR)に準拠したとみられる内容であるが、MTCRには未参加のままである。なお、中国は昨年10月に、生物兵器、化学兵器についても輸出管理に関する条例を公布しており、それぞれ年内に施行された。



 
1)中国共産党の党大会は1977(昭和52)年以降は5年に1度開催されている。昨年11月8日から15日までの間第16回大会が開催され、そこで中央委員と中央候補委員を選出、翌16日に、選出された中央委員による第1回中央委員会全体会合が開催され、総書記、中央政治局メンバー及び党中央軍事委員会指導部ら党最高幹部を選出した。

 
2)全国人民代表大会は国家の最高権力機関であり、日本の国会に相当。任期は5年で、毎年1度3月に開催。本年3月5日から3月18日まで第1回会議が開催された。

 
3)江沢民国家主席(共産党総書記)(当時)が2000(平成12)年2月に発表したもので、「中国共産党は1)中国の先進的な社会生産力の発展の要求、2)中国の先進的文化の前進の方向、3)中国の最も広範な人民の根本利益、を代表すべき。」とする。

 
4)劉少奇や小平らを「資本主義の道を歩む実権派」と位置付け、毛沢東らが開始した、1960年代半ばからの10年に及ぶ思想・政治闘争。中国共産党は1981(昭和56)年、これを「党と国家と各民族人民に大きな災難をもたらした内乱」と位置付けた。

 
5)本年の全人代における最高人民検察院報告においては、この5年で汚職・腐敗関連で20万7,103件を立件し、特に100万元(日本円にして約1,500万円)以上の大型贈収賄事件が5,541件に達したと報告された。

 
6)中国は2001(平成13)年11月、「チベットの近代化と発展」白書を発表し、ダライ・ラマ集団が分裂活動を行っていると非難した。昨年1月には東トルキスタンのテロ活動に関する報告書を発表し、新疆ウイグル自治区の独立を目指す国内外の勢力をテロ組織として取り締まると強調、同8月には国連安保理による国際テロ組織のリストに掲載。

 
7)中台間の通信、通商、通航は直接には行われていない。「三通」とは中台間の通信、通商、通航における直接交流をいい、「小三通」とは中国本土と金門・馬祖島に限った「三通」をいう。

 
8)同一の飛行機が飛行するが、香港又はマカオに一度着陸することが条件。

 
9)中台間の経済関係の深化に伴い、台湾は中国経済との一体化が急速に進むことを警戒し、1996(平成8)年に「戒急用忍」(急がず忍耐強く)政策を採用して対中投資を規制していたが、01(同13)年11月、台湾企業の一件当たりの対中投資額の上限を撤廃し、審査方式を効率化するなど、有効な管理の下で積極的に投資を認める「積極開放、有効管理」政策に変更した。

 
10)本演習は「解放一号」とも報道され、約10万人の兵力が参加していると報道された。本演習について、ロドマン米国務次官補は2001(平成13)年8月21日、中国は通常の演習を行っているのであって、差し迫った脅威は感じられない旨の発言をし、また、台湾は、実際の兵力はそれほど大規模ではないとの認識を示した。

 
11)陳水扁「総統」は、昨年8月に東京で開催された華僑の集会にインターネットを通じて参加し、「中国と台湾は別々の国(一辺一国)」と発言し、「台湾の現状を変更するには住民投票の立法化を考えるべき」と述べた。

 
12)米国の台湾関係法は、米国は台湾に対して台湾が十分な自衛能力を保持できるように防衛的性格の武器を供給することとしている。従来毎年4月に売却可能な武器のリストが米国から台湾に提示されてきたが、昨年からその方式を改め、随時武器売却の協議を行うこととされた。

 
13)2001(平成13)年4月1日に米海軍のEP-3電子偵察機と中国海軍のJ-8II(F-8II)戦闘機が海南島南東の公海上空で接触し、中国機は墜落しパイロットが行方不明に、EP-3電子偵察機は海南島の陵水飛行場に緊急着陸した。中国は4月11日には乗組員の帰国を認め、翌日には解放、機体も7月に返還している。その後7月下旬に行われた米中外相会談では、両国が協調的関係を維持することで合意がなされた。

 
14)従来より協議が進められていた「南シナ海の地域行動規範」とは異なり、大まかな原則を明記したもの。より具体的な行動を定め、強い法的拘束力を有する行動規範の策定に向け作業を進めることが盛り込まれている。

 
15)このほか、昨年6月、カザフスタンでアジア相互行動信頼醸成措置に関する会議の初の首脳会合が開催され、江沢民国家主席(当時)が出席した。


 

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