2 朝鮮半島

 朝鮮半島は、地理的、歴史的に日本と密接な関係にある。また、朝鮮半島の平和と安定は、日本を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。
 朝鮮半島においては、現在、韓国と北朝鮮を合わせて150万人程度の地上軍が非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで対峙(たいじ)している。このような軍事的対峙の状況は、朝鮮戦争終了以降続いており、冷戦終結後も基本的に変化していない。

北朝鮮

(1) 全般

 北朝鮮では、1998(平成10)年9月に、約4年半ぶりに最高人民会議(注1-25)が開催され、金正日労働党総書記が新しく「国家の最高職責」と位置付けられた国防委員会委員長に再任された。同時に、政務院を改称した内閣の設置、国家主席の廃止などの国家組織の改編や国家幹部の人事などが行われた。また、昨年の最高人民会議では、約5年ぶりに国家予算が採択され、本年4月の最高人民会議でも、2年連続での国家予算の採択、「教育法」、「対外経済仲裁法」、「民間航空法」の承認などが行われた。このようなことから、北朝鮮では、金正日国防委員会委員長を中心とする統治体制が名実共に整備され、その国家の統治については一定の軌道に乗ってきていると考えられる。
 また、北朝鮮は、最近、思想、政治、軍事、経済などすべての分野での社会主義的強国の建設を目指すとする、「強盛大国」建設を国家の基本政策として標榜(ひょうぼう)し、その実現に向けて「先軍政治」という政治方式をとっている。これは、「軍事先行の原則に立って革命と建設に提起されるすべての問題を解決し、軍隊を革命の柱として前面に出し、社会主義偉業全般を推進する領導方式」と説明されている。実際に、金正日総書記が国防委員会委員長として軍を完全に掌握する立場にあり、また、軍部隊を引き続き頻繁に視察(注1-26)していることなどから、北朝鮮においては、このような国家の運営において、軍事を重視し、かつ、軍事に依存することは、今後とも、継続すると考えられる。
 経済面では、北朝鮮は、社会主義計画経済の脆弱(ぜいじゃく)性に加え、冷戦の終結に伴う旧ソ連や東欧などとの経済協力関係の縮小の影響などもあり、近年は、慢性的な経済不振、エネルギー不足(注1-27)や食糧不足が続いている。最近は、若干上向きの傾向もあるとみられているものの、基本的に依然として厳しい状況にあるとみられている(注1-28)。特に、食糧事情については、近年、恒常的な食糧不足に陥っているとみられており、依然として国外からの食糧援助に依存せざるを得ない深刻な状況にあるとみられている(注1-29)。こうした中、北朝鮮の住民の間には、多数の飢餓者の発生や規範意識の低下などが見られるとの指摘もある(注1-30)
 こうした経済面での様々な困難に対し、北朝鮮は、現在の統治体制に影響を与えるような構造的な改革を行うことなく、計画経済の考え方を基本的に維持する一方で、限定的ながら現実的な改善策や一部の経済管理システムの変更(注1-31)も試みている。
 外交面では、北朝鮮は、諸外国との関係改善に向けて、最近、目立った取組を見せている。ロシアとの関係は、冷戦期と比べ疎遠化していたが、本年2月に、ロシア外相としては冷戦後初めてイワノフ外相が北朝鮮を訪問し、従前の条約に比して軍事協力色は薄くなったと伝えられている(注1-32)ものの、「露朝友好善隣協力条約」に両国が署名した。また、プーチン大統領の訪朝も予定されるなど、関係改善の動きが見られる。中国との関係については、近年、両国間の貿易が減少傾向にあるなど、冷戦期と比べ疎遠化を示す事象も見られた。しかし、昨年6月の金永南最高人民会議常任委員会委員長の訪中以降、中朝間で外相の相互訪問が実現したほか、本年5月には、北京において金正日国防委員会委員長が江沢民国家主席などと会談し、食糧及び物資を無償で中国が北朝鮮に供与することが合意されるなど、関係改善の動きが活発化している。また、北朝鮮は、昨年来、相次いで西欧諸国などとの関係構築に努力している。昨年9月の国連総会を機に各国と外相会談などを実施したことに続き、本年1月には、イタリアとの外交関係樹立が発表され、同年3月末には、イタリアのディーニ外相が訪朝し、5月にはオーストラリアとの国交の再開が合意された。さらに、フィリピン、ニュー・ジーランド、EU(European Union)、ドイツ、カナダなどと接触しているほか、ARFASEAN Regional Forum)への参加を申請している(本節7参照)。さらに、同年6月には南北分断後、初めての南北首脳会談を実施した。
 このような対外的な関係の増大により、北朝鮮の体制の透明性の向上が期待されるものの、北朝鮮は、依然として閉鎖的な体制を採っているため、その動向については必ずしも明確とは言えず、引き続き細心の注意を払っていく必要がある。

(第1-8図)朝鮮半島の軍事力の対峙(たいじ)

朝鮮半島の軍事力の対峙(たいじ)


(2) 軍事態勢

 北朝鮮は、62(昭和37)年以来、全軍の幹部化、全軍の近代化、全人民の武装化、全国土の要塞化、という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。
 現在も、深刻な経済困難に直面しているにもかかわらず、依然として、軍事面に資源を重点的に配分するとともに、その近代化を図り、即応態勢の維持・強化に努力していると考えられる。例えば、人口に占める軍人の割合も非常に高く、総人口の約5%が現役の軍人とみられている。また、そうした軍事力の多くをDMZ付近に展開させていることなどが特徴の一つとなっている。なお、本年4月の最高人民会議における北朝鮮の公式発表によれば、北朝鮮の本年の国家予算に占める国防費の割合は、14.5%となっているが、国防費として発表されているものは、実際の国防費の一部にすぎないとみられていることに留意する必要がある。
 さらに、北朝鮮は、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発や配備を行うとともに、大規模な特殊部隊を保持するなどし、いわゆる非対称的な軍事能力を依然として維持・強化していると考えられる。
 北朝鮮のこのような動きは、朝鮮半島の軍事的緊張を高めており、日本を含む東アジア全域の安全保障にとって重大な不安定要因となっている。
 北朝鮮の軍事力(注1-33)は、陸軍中心の構成となっており、総兵力は約110万人である。また、装備の近代化に努めているものの、その多くは旧式である。
 大量破壊兵器については、北朝鮮は核兵器開発疑惑を持たれているほか、化学兵器については、化学剤を生産し得る複数の施設を保有しており、既に相当量の化学剤などを保有しているとみられ、また生物兵器についても、一定の生産基盤を保有しているとみられている。弾道ミサイルについては、既にスカッドBやCなどを生産・配備しているほか、ノドンを配備している可能性も高いと判断される。また、更に弾道ミサイルの長射程化のための研究開発を行っていると考えられる。情報収集や破壊工作からゲリラ戦まで各種の活動に従事する特殊部隊については、その勢力は約10万人に達し世界有数の規模であると考えられる。さらに、北朝鮮の全土にわたって、多くの軍事関連の地下施設が存在するとみられることも特徴の一つである。
 陸上戦力は、27個師団(しだん)約100万人を擁し、兵力の約3分の2をDMZ付近に展開していると考えられる。その戦力は、歩兵が中心であるが、戦車約3,500両を含む機甲戦力及び火砲を有し、また、240mm多連装ロケットや170mm砲といった長射程火砲をDMZ沿いに常時配備していると考えられ、韓国北部の都市・拠点などがその射程に入っている。
 海上戦力は、約720隻約10万6,000トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、ロメオ級潜水艦22隻のほか、特殊部隊の潜入・搬入用とみられる小型潜水艦約60隻及びエアクッション揚陸艇約130隻を有している。
 航空戦力は、約590機の作戦機を有しており、その大部分は、中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MiG−29やSu−25といった、いわゆる第4世代機も少数保有している。また、旧式ではあるが、特殊部隊の輸送に使用されるとみられているAn−2を多数保有している。なお、昨年、カザフスタンから約40機とも伝えられるMiG−21を調達(注1-34)した。
 なお、最近、対空砲の追加配備の動きなどが伝えられているが、こうした動きは、北朝鮮が空爆に対する自軍部隊などの残存性の強化などを図った可能性もある。
 北朝鮮軍は、即応態勢の維持・強化などの観点から、冬季の大規模な演習を始めとして各種の訓練その他の所要の活動を行ってきている。一方、深刻な食糧事情などを背景に、軍によるいわゆる援農活動なども行われているとみられている。
 北朝鮮による軍事的な動きとしては、近年、韓国側に対する侵入事案などが多く発生している。最近の例としては(注1-35)、98(平成10)年6月には、北朝鮮のユーゴ級小型潜水艦が韓国領海内で魚網にかかり拿捕(だほ)されるという事件が発生しており、同年12月には、韓国領海内に侵入した北朝鮮の半潜水艇を、韓国軍が公海上で撃沈するという事件も発生した。さらに、昨年6月には、北方限界線(NLL:Northern Limit Line)を繰り返し越境した北朝鮮側艦艇と韓国側艦艇との間で相互に銃撃などが行われ、北朝鮮側数隻が撃沈され、ないしは損害を受け、韓国側数隻も損害を受けるという事件が発生した。その後、北朝鮮は、同年9月には、事実上の南北の海上における軍事境界線となってきた黄海側の北方限界線の無効と自己に有利な新たな海上軍事境界線の設定を宣言し、また、本年3月には、当該海上軍事境界線の内側にある韓国側が実効支配する島への通航水路(五島通航秩序)を指定するなどの動きを見せた。
 なお、昨年3月には、北朝鮮の工作船と判断される船が日本の領海内に侵入し、北朝鮮北部の港湾に到達したと判断された事案も発生している。この際、海上自衛隊に対し、海上警備行動が発令された(能登(のと)半島沖不審船事案)(4章1節3参照)

(第1-9図)NLL(北方限界線)と北朝鮮の主張する海上軍事境界線

NLL(北方限界線)と北朝鮮の主張する海上軍事境界線


(3) 核兵器開発疑惑・弾道ミサイル開発

  核兵器開発疑惑
 北朝鮮は、従来、核兵器開発の疑惑(注1-36)が持たれていたが、93(同5)年2月、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)の特別査察要求を拒否し、同年3月に核兵器不拡散条約(NPT:Nuclear Non-Proliferation Treaty)からの脱退を宣言したことにより、ヨンビョンに所在する黒鉛減速炉などを用いた核兵器開発を行っているのではないかとの疑惑が更に深まった。本問題については、94(同6)年10月に署名された米朝間の「枠組み合意」により、話合いによる問題解決の道筋が示された。「枠組み合意」によれば、米国は、北朝鮮への軽水炉及び代替エネルギー供与などのための諸施策を講じ、これに対し、北朝鮮は、ヨンビョンなどに所在する黒鉛減速炉及び関連施設を凍結し、最終的には解体するとともに、NPT締約国にとどまり、軽水炉が完成される前にIAEAとの保障措置協定を完全に履行(注1-37)することなどとなっている。すなわち、「枠組み合意」においては、北朝鮮に将来の核兵器開発を放棄させるとともに、軽水炉が完成する最終段階において、過去の核兵器開発疑惑も解明される仕組みとなっている。
 「枠組み合意」に基づき、95(同7)年以降、米国が北朝鮮に対する代替エネルギーとしての重油の供給を実施してきたほか、軽水炉の供与などを実施する機関として朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO:Korean Peninsula Energy Development Organization)が設立された。その後、「枠組み合意」に基づく各種事業が逐次進捗(しんちょく)してきている(注1-38)
 一方、98(同10)年に至り、北朝鮮が、同国北西部のクムチャンニにおいて、核関連の地下施設を秘密裏に建設中ではないかとの疑惑が浮上した。米朝間で累次の協議が行われた結果、疑惑解明のための同施設への米国側の訪問が昨年5月に行われ、この結果、当該時点では、同施設は、「枠組み合意」に違反していない旨の報告が同年6月に発表されている。さらに、本年5月には、米国側による同施設への第2回目の訪問が行われ、前回の訪問以来、状況は変わっていない旨の発表がなされている。
 北朝鮮の核兵器開発疑惑は、日本の安全に影響を及ぼす問題であるのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から国際社会全体にとっても重要な問題である。本問題の解決には、北朝鮮が「枠組み合意」などの合意内容を誠実に履行することが重要であり、今後とも、その対応を注意深く見守っていくことが必要である。
  弾道ミサイル開発
 北朝鮮は、80年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドCなどを生産・配備するとともに、これらのミサイルを中東諸国などへ輸出してきたとみられている。また、引き続き、90年代までに、ノドンなど、より長射程のミサイル開発に着手したと考えられ、93(同5)年5月に行われた日本海に向けての弾道ミサイルの発射実験においては、ノドンが使われた可能性が高い。さらに、98(同10)年8月には、日本の上空を飛び越える形で、テポドン1号を基礎とした弾道ミサイルの発射が行われた。北朝鮮の弾道ミサイル開発については、同国が極めて閉鎖的な体制を採っていることもあり、その詳細についてはなお不明な点が多いが、同国は、軍事的能力の強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点などからも、弾道ミサイル開発に高い優先度を与えており、ミサイルの長射程化を着実に進めてきていると考えられる。
 ノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルであると考えられる。また、スカッドと同様に、発射台付き車両に搭載され移動して運用されると考えられる。このノドンについては、98年8月に発射された多段式ミサイルの第1段目として利用されていたと考えられることや、発射台付き車両などノドン本体に付随して使用されると考えられる車両が既に多数調達されているとの情報など、種々の情報を総合すれば、北朝鮮がその開発を既に完了し、その配備を行っている可能性が高いと判断される。ノドンの射程は約1,300kmに達するとみられており、日本のほぼ全域がその射程内に入る可能性がある。また、その性能の詳細は確認されていないが、命中精度については、このミサイルがスカッドの技術を基にしているとみられていることから、例えば、特定の施設をピンポイントに攻撃できるような精度の高いものではないと考えられる。
 また、北朝鮮は、より長射程のテポドン1号の開発も進めてきていると考えられる。テポドン1号は、ノドンを第1段目、スカッドを第2段目に利用した2段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、その射程は約1,500km以上と考えられる。テポドン1号は、98年8月に発射されたミサイルの基礎となったと考えられるが、この発射により、北朝鮮は、多段式推進装置の分離、姿勢制御及び推力制御などに関する技術などを検証し得たと推定されることから、テポドン1号の開発は急速に進展しているものと判断される。
 さらに、北朝鮮は、新型ブースターを第1段目、ノドンを第2段目に利用した2段式ミサイルで、射程約3,500〜6,000kmとされるテポドン2号についても、開発中であると考えられ、派生型(注1-39)が作られる可能性も含め、北朝鮮の弾道ミサイルの長射程化が一層進展することが予想される。
 北朝鮮のミサイル開発については、昨年中ごろ以降、ロケットの燃焼実験やミサイル発射施設の拡張工事を行っている可能性などの種々の指摘がなされ、北朝鮮がミサイルの発射準備を進めているとの疑惑が浮上した。こうしたことから、本問題をめぐり、米朝間で協議が行われた結果、北朝鮮は、昨年9月下旬に、米朝間の協議が行われる間は、ミサイルの発射を行わない旨を表明した。
 なお、北朝鮮のミサイル開発の急速な進展の背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への流入の可能性が考えられる。また、本体ないし関連技術の北朝鮮からの移転・拡散の動きも指摘されている(注1-40)
 このような北朝鮮のミサイル開発は、核兵器開発疑惑とあいまって、アジア太平洋地域だけではなく、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、その開発動向が強く懸念される。

(第1-10図)北朝鮮を中心とするミサイルの射程

北朝鮮を中心とするミサイルの射程


(4) 米国の対応など

 米国においては、98(同10)年のクムチャンニ疑惑の浮上及びミサイル発射事案の発生を踏まえ、同年11月に、ペリー前国防長官を北朝鮮政策調整官に任命し、以後、北朝鮮政策の見直しを実施してきた。その結果、昨年10月に至り、報告書が公表された。
 同報告書によれば、北朝鮮の核計画及び長射程ミサイル計画が地域の不安定要因となっており、これらの計画を終わらせることを対北朝鮮政策の目標とすべきとされている。すなわち、米国は、「包括的かつ統合されたアプローチ」により北朝鮮に関与し、核計画及び長射程ミサイル計画を終わらせるという目標の下に、対話を通じ、米朝関係を改善・正常化していくこととし、他方、北朝鮮が挑発的行動に出る場合には、強制的に抑止を図る道に移行することが適切であるとしている。
 米朝は、既に同年9月の米朝協議後の声明において、対話を継続することで一致しており、また、北朝鮮は、米朝間の協議が行われる間は、ミサイルの発射を行わない旨を表明している。その後、本年に入ってからも、1月、3月、5月に米朝協議が行われており、北朝鮮のミサイル問題や米朝「枠組み合意」の履行状況に関する協議が行われることとされている。また、本年6月には、米国は、昨年9月に発表した対北朝鮮経済制裁の一部緩和を実施に移し、北朝鮮も米朝間の協議が行われる間は、ミサイルの発射を行わない旨を再度表明している。こうした過程を通じ、北朝鮮の核及びミサイルをめぐる問題が解決の方向に向かうことが期待される。
 さらに、これらの問題の解決に当たっては、米朝協議のみではなく、ペリー北朝鮮政策調整官の報告でも韓国及び日本との緊密な調整を確保するため、新たなメカニズムを維持すべき旨が勧告されているように、日米韓の緊密な政策の調整の確保が求められている。実際に、日米韓3か国の高官により構成される調整グループ(TCOG:Trilateral Coordination and Oversight Group)において、対北朝鮮政策に関して緊密な協議が行われている。
 なお、日本と北朝鮮との間でも、同年12月の村山元総理を団長とする超党派国会議員団の訪朝を契機に、予備会談の開催を経て、本年4月に国交正常化交渉が再開された。