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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 気候変動に対する取組

米国は、気候危機を対外政策及び国家安全保障の中心に位置づけ、2050年にネット・ゼロ1を実現することを目指し、気候変動への対応を加速させている。2022年、国防省は気候適応計画進捗報告書2を公表したほか、陸軍省・海軍省・空軍省は、気候変動に関する戦略文書などを相次いで公表した。

米陸軍省は、2022年2月、「陸軍気候戦略(ACS:Army Climate Strategy)」を発表した。気候変動による影響として、人道・災害対応の需要の増大や陸軍の即応性への課題について言及するとともに、二次的影響として、敵対者やその他の悪意ある攻撃者は、気候変動の影響により減少する資源を奪いつつ、米国の国益を脅かす新たな機会を模索する可能性があると指摘している。また、温室効果ガス(GHG:greenhouse gas)の排出を2030年までに2005年比で50%削減、2050年までにネット・ゼロにするとし、施設へのマイクログリッド3の導入や100%カーボンフリーな電力の供給、電気自動車の配備などの目標を掲げている。2022年2月には、主力装甲戦闘車であるブラッドレー装甲戦闘車のハイブリッド型を公表した。さらに、同年10月には、ACSが掲げる目標達成に向けて、今後5年間の具体的な目標とタスクを設定し、個々の主管部署、達成期限、評価指標、優先度及び必要経費を明確化した実施計画4を発表した。

米海軍省は、2022年5月に「気候行動2030」を発表した。気候危機は海軍・海兵隊が任務を遂行する能力を直接的に脅かすと指摘したうえで、海軍省の喫緊の課題は、気候変動に対応できる軍隊の構築であるとし、この実現のため、気候変動に強靭な軍隊の構築と気候変動の脅威軽減に取り組むとした。GHGの排出については、2030年までに2008年比で65%削減し、2050年までにネット・ゼロを達成すると設定した。また、アルバニー海兵隊兵站基地は、バイオマス蒸気タービンや埋立地ガス発電機を含む革新的なエネルギー技術などにより、米国防省の施設として初めて、電力の生産と消費におけるネット・ゼロを達成したことを公表している。

米国防省が排出するGHG5の内、最大の割合を占める米空軍省は、2022年10月に発表した「気候行動計画」において、気候変動が空軍及び宇宙軍に与える様々な影響を指摘しつつ、空軍省自体が気候変動の一因となっていることを理解していると記載した。また、航空燃料及び航空機の動力となるエネルギーは、空軍省が使用するエネルギーの80%以上を占めるとし、優先事項の一つであるエネルギー利用の最適化と代替エネルギーの追求のため、産業界とも協力して新技術や新たな機体設計6による航空燃料の使用量削減を目指し、小型原子炉の実証試験などにも取り組んでいるとしている。

米国以外の国々も、気候変動への対応を推進している。

2022年4月、インドでは、国防相などに対し、インド陸軍への導入に向けた電動車両(EV:Electronic Vehicle)のデモンストレーションが行われた。インド国防省プレスリリースによると、ナラヴァネ陸軍参謀長(当時)は、輸送の未来はEVであり、インド陸軍は、たとえ世界の軍隊がまだEVの導入を検討しているとしても、この技術の採用の先駆者となるべきと考えている、としている。

同年11月には、英空軍が、現役軍用機としては世界で初めて、持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)を100%使用したボイジャー空中給油機による試験飛行を完了させた。英国防省によると、廃食用油由来のSAFを使用しており、ライフサイクルにおけるCO2排出量を最大80%削減できると同時に、英空軍のグローバルなサプライチェーンへの依存を低減し、抗たん性を向上させることが可能としている。

また、国を超えた協力も進められている。

NATOは、気候変動の安全保障における影響の理解と適応の観点で、主導的な国際組織となることを目標としている。2022年6月のマドリード首脳会合において採択した新戦略概念では、気候変動は現代における決定的な課題であり、NATOの安全保障に重大な影響を及ぼすものであると指摘している。また、軍隊の活動方法にも影響を及ぼすとして、気候変動を他の課題とともにNATOの全ての中核的任務に統合し横断的に取り組むことの重要性を強調している。この会合に付随し、NATOの同盟国やパートナーなどが参加する、初の「気候変動と安全保障に関するハイレベル対話」を開催した。この対話は、気候変動に関する国際的な協議を行うための年次プラットフォームとなり、安全保障への影響に協調して取り組み、成功事例などを交換する予定としている。

このように気候変動問題は各国にとって優先順位の高い課題として認識され、直接・間接の影響を受ける国防省・軍もあらゆるレベルで対処する姿勢を示している。

1 特定の期間において、人為的に大気中に排出されたGHGと、人為的に除去されたGHGとの均衡が達成された状態をいう。

2 大統領令14008「国内外における気候危機への取組」及び14057「連邦政府の持続可能性を通じたクリーンエネルギー産業と雇用の促進」では、各連邦機関に対して気候適応計画と年次進捗報告書を作成し、気候適応と回復力を強化するために、各機関の行動を伝えることを求めている。この報告書は、年次進捗報告書に該当し、2021年に公表された気候適応計画で示された取組において、国防省が取り組んだ重要なステップを要約したもの。

3 発電所からの供給に頼らない、複数の発電源や負荷を管理するための制御装置を備えた、地域の電気システム。通常の電力網が停止した場合には、電力網から切り離して独立して運用することが可能。

4 米陸軍省「陸軍気候戦略実施計画 2023-2027年度」

5 米国防省が公表した「FY2020作戦エネルギー年次報告書」によると、2020米会計年度に陸軍、海軍・海兵隊、空軍が作戦で使用したエネルギーは、それぞれ国防省全体の10%、36%、53%となっている。

6 例えば、米空軍は、民間企業と協力し、気流抵抗低減プロジェクトとして、空中輸送機KC-135のワイパーブレードの設計評価を行っており、水平設置から垂直設置に変更することで、燃料節約になる可能性があることを確認している。また、NASAや業界パートナーと連携し、超効率的な航空機設計の試作に取り組み、ブレンデッド・ウィング・ボディ機(翼と胴体が一体となった機体)の試作機の開発に取り組んでいる。