パキスタンは、南アジア地域の大国であるインドと、情勢が不安定なアフガニスタンに挟まれ、中国及びイランとも国境を接するという地政学的に重要かつ複雑な環境に位置している。
人口の多くはイスラム教徒であり、他のイスラム諸国との連携を重視しているほか、西側諸国とは友好関係を維持している。また、中国とは全天候型戦略的協力パートナーシップのもと、あらゆる分野で関係を発展させている。アフガニスタンとの関係に関しては、タリバーン「暫定政権」との間で国境未画定状態が継続していることに加え、2022年12月にはタリバーン兵士による越境砲撃により国民が死傷するなど、両国間の関係性は複雑さを増している。さらに、同年11月、スンニ派過激組織であるパキスタン・タリバーン運動(TTP:Tehrik-e Taliban Pakistan)が、同年6月にパキスタン政府と合意していた停戦協定を破棄するなど、国内におけるテロ組織の活動の活発化が懸念されている。
パキスタンは、2021年12月に策定した包括的政策文書「国家安全保障政策2022-2026」において、戦力構造の近代化と最適化に焦点を当てた、費用対効果が高く適応力のある軍隊を維持することでいかなる侵略も抑止すると述べるとともに、情報・サイバーセキュリティ能力を強化し、偽情報や影響工作などのハイブリッド戦に対抗する能力を構築するとしている。近年は装備品の近代化を進めており、装備品の共同開発や技術移転による国内生産にも取り組む一方、中国と軍事分野における関係を発展させており、中国への依存度の高まりがみられる。
パキスタンは国境地域における安全の確保や過激派への対応から、強大な陸軍を保有しているとされ、主力戦車として中国と共同開発したアルハリッド戦車を運用しているほか、2021年10月には、中国のVT-4戦車を導入した。また、中国からLY-80やHQ-9/Pなどの防空システムを購入し、包括的階層統合防空(CLIAD:Comprehensive Layered Integrated Air Defense)システムを強化している。
海軍については、老朽化する艦艇の置き換えと増強や潜水艦の導入を進めている。ハンゴール級潜水艦8隻を中国から調達することで合意し、うち4隻は技術移転により国内で建造することとなっており、2022年12月にカラチ造船所で国産潜水艦の建造に着工した。また、トルコとはミルゲム級コルベット4隻を購入する契約を締結し、うち2隻は技術移転協定の一環として国内で建造される。2022年11月には、トルコで3隻目の進水式が行われた。
パキスタン空軍は、中国と共同開発し自国生産したJF-17戦闘機BlockI/IIを運用するほか、JF-17戦闘機BlockIIIの製造を開始しており、2022年3月には中国製J-10C戦闘機の導入を公表した。さらに、同年10月、トルコのバイカル社は、パキスタンに対する無人攻撃機「バイラクタル・アクンジュ」の操縦訓練が完了したとしており、将来の導入が目される。
パキスタンは、インドの核及び通常兵器による攻撃に対抗するために自国が核抑止力を保持することは、安全保障と自衛の観点から必要不可欠であるとの立場をとっており、2022年1月時点で約165個の核弾頭を保有するとみられている。核弾頭を搭載可能な弾道ミサイル及び巡航ミサイルの開発も継続し、既に戦術核ミサイル「ナスル」や、中距離弾道ミサイル「シャヒーンII」などを運用しているほか、2022年4月には、射程2,750kmの地対地弾道ミサイル「シャヒーンIII」の飛行試験に成功した。
パキスタンは、2001年の同時多発テロ以降、対テロ分野で米国と協力しており、米国は2004年にはパキスタンを「主要な非NATO同盟国」に指定し、関係を強化してきた。しかし、国内での無人機攻撃の即時停止を求めるなど、パキスタンは米国の対テロ作戦を巡りたびたび抗議を行い、これに対し米国は、パキスタンがアフガニスタンで活動するイスラム過激派の安全地帯を容認していることが、米国への脅威となっているとして、パキスタンを非難し、安全保障関連の支援を停止するなど、緊張関係が続いた。
一方、2022年4月に発足したシャリフ政権下では米国との関係改善がみられる。同年5月、米国務長官の招待により外相が訪米し、外相会談では、地域の平和、テロ対策、アフガニスタンの安定及びウクライナ支援などに対する両国の協力の重要性が強調された。同年9月、米国務省は、対テロ作戦を支援するためとして、パキスタン政府に対して最大4億5,000万ドルのF-16戦闘機の維持・サポートに関する契約を承認すると決定したほか、同年10月には3年ぶりにバジュワ陸軍参謀長(当時)が訪米し、オースティン国防長官などと会談するなど、今後の両国のテロ対策を含む防衛協力関係が注目される。