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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第2節 宇宙領域をめぐる動向

1 宇宙領域と安全保障

近年、宇宙空間を利用した技術は、様々な分野に活用され、官民双方の基幹インフラとして、その重要性は一層高まっている。

宇宙空間は、国境の概念がないことから、人工衛星を活用すれば、地球上のあらゆる地域の観測や通信、測位などが可能となる。このため主要国は、C4ISR(Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance, Reconnaissance)機能の強化などを目的として、軍事施設などを偵察する画像収集衛星、弾道ミサイルなどの発射を感知する早期警戒衛星、通信を仲介する通信衛星や、武器システムの精度向上などに利用する測位衛星をはじめ、各種衛星の能力向上や打上げに努めている。また、米国では、宇宙開発庁が中心となって、数百機の小型衛星を打ち上げて、ミサイルの探知・追尾、通信、偵察、測位及び宇宙状況監視(SSA:Space Situational Awareness)を行う衛星メガ・コンステレーション計画を推進している。本計画が実現することで、地上レーダーでは探知が困難な極超音速兵器を宇宙空間から遅滞なく探知・追尾できる可能性が指摘されている。このように各国は、宇宙空間において、自国の軍事的優位性を確保するための能力を急速に開発している。

一方、自国の軍事的優位性を確保する観点から、他国の宇宙利用を妨げる能力も重視されている。

2007年1月、中国は、老朽化した自国の衛星を地上から発射したミサイルで破壊する実験を行った。また、ロシアは、2021年11月に自国の衛星を標的とした衛星破壊実験を実施しており、米国は、本実験により小型のデブリが数十万個発生した可能性を指摘している。このように衛星の破壊をもたらす行為は、大量のスペースデブリを発生させ、国際宇宙ステーションや各国の人工衛星などの宇宙資産に対するリスクとして懸念されている。

また、中国やロシアなどは、ミサイルの直撃により衛星を破壊するのではなく、よりスペースデブリの発生が少ない対衛星兵器(ASAT:Anti Satellite Weapon)も開発中とみられている。例えば、攻撃対象となる衛星に衛星攻撃衛星(いわゆる「キラー衛星」)を接近させ、アームで捕獲するなどして対象となる衛星の機能を奪う対衛星兵器を開発しているとされる。この点、中国は宇宙空間において衛星の周辺で別の衛星を機動させ、キラー衛星の動きを模擬する試験を実施したと指摘されている。また、米国は、ロシアが2019年に打ち上げた人工衛星が米国の人工衛星の近くを活発に機動する「異常かつ不穏な挙動」をしており、宇宙における危険な状況を作り出す可能性があるとして非難している。

さらに、中国やロシアは、攻撃対象となる衛星と地上局との間の通信などを妨害する電波妨害装置(ジャマー)や、対象の衛星を攻撃するレーザー兵器などの高出力エネルギー技術も開発していると指摘されている。例えば、ロシアは、ロシア国際宇宙展覧会2021において、電磁パルス攻撃などが可能とされる原子力電気推進宇宙船「ゼウス」の模型を展示している。

このような多様な妨害手段の開発をはじめとする宇宙空間における脅威の増大が指摘される中、米国をはじめ、宇宙を「戦闘領域」や「作戦領域」と位置づける動きが広がっており、宇宙安全保障は喫緊の課題となっている。

このように、今や宇宙空間の安定的利用に対するリスクが、各国にとって安全保障上の重要な課題の1つとなっていることから、これらのリスクに効果的に対処し、宇宙空間の安定的利用の確保に努めていく必要がある。

こうした中、既存の国際約束においては、宇宙物体の破壊の禁止やスペースデブリ発生の原因となる行為の回避などに関する直接的な規定がなく、近年、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS:Committee on the Peaceful Uses of Outer Space)や国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC:Inter-Agency Space Debris Coordination Committee)などで議論が進められている。2021年12月には、国連総会本会議において、日英などが共同で提案した「責任ある行動の規範、規則及び原則を通じた宇宙における脅威の低減」決議が150カ国の支持を得て採択された。同決議により、関連する議論を深めるためのオープン・エンド作業部会が2022年から2023年にかけて開催されることとなった。また、対衛星兵器やスペースデブリなどの宇宙資産に対する脅威に加え、人工衛星や地上の電子機器に影響を及ぼす可能性のある太陽活動や、地球に飛来する隕石などの脅威を監視する宇宙状況監視に、各国が取り組んでいる。

参照III部1章3節1項(宇宙領域での対応)