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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➍ 台湾の軍事力など

1 中国との関係

中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は内政問題であるとの原則を堅持しており、「一つの中国」の原則が、中台間の議論の前提であり、基礎であるとしている。16(平成28)年に就任した民進党の蔡英文(さい・えいぶん)総統は、「一つの中国」を体現しているとする「92年コンセンサス」について一貫して受け入れていない旨を表明している25。これに対して中国は、民進党が「92年コンセンサス」の受け入れを拒否することで一方的に両岸関係の平和的発展という政治的基礎を破壊しているなどと批判するとともに、「92年コンセンサス」を堅持することは両岸関係の平和・安定にとって揺るがすことができない基礎であると強調している。なお、中国は、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する立場から、武力行使を放棄していないことをたびたび表明している。05(平成17)年3月に制定された「反国家分裂法」では、「『台独』分裂勢力(『台湾独立』をめざす分裂勢力)がいかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、平和的統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」とし、武力行使の不放棄が明文化されている。

習総書記は19(平成31)年1月の「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会で、「台湾での『一国二制度』の具体的な実現形式は、台湾の実情を十分に考慮する」などとして5項目の対台湾政策を提起した。これに対し、蔡総統は即日、「一国二制度」を断固受け入れないとする談話を発表し、「公権力を有する機関同士」の対話を呼びかけた。20(令和2)年1月の総統選において過去最多得票で勝利し再選を果たした蔡総統は、記者会見で「今回の選挙結果は台湾人民の価値を代表し、『一国二制度』を拒否するものである」などと発言した。これに対して中国は、「台湾島内の情勢が如何に変化しようとも世界には一つの中国しかなく、台湾は中国の一部であるという基本的事実は変わることはない」などとし、台湾側をけん制している。

蔡総統の一期目就任前後から、国際機関が主催する会議などにおいて、これまで参加していたものを含め、相次いで台湾代表が出席を拒否されたり、台湾に対する招待が見送られたりするなどしている26。さらに、19(令和元)年9月にはソロモン諸島及びキリバスが中国と外交関係を樹立したことにより、台湾の国交国は16(平成28)年5月の蔡政権発足当初の22か国から15か国に減少している。台湾当局はこれらを「中国による台湾の国際的空間を圧縮する行為」などとし、強い反発を示している。

尖閣諸島について、中台はそれぞれ独自の主張を展開しているが、台湾は中国との連携については否定的な態度を示している27

2 台湾の軍事力

台湾は、蔡総統のもと、「防衛固守、重層抑止」の軍事戦略、「戦力防護、沿海決勝、海岸殲滅」の防衛構想、「情報・通信・電子戦能力の強化」を打ち出している。19(令和元)年9月の蔡政権下で2回目の発表となる国防報告書(2019国防報告書)もこれらを踏襲したほか、台湾はインド太平洋地域における米国の重要な安全保障上のパートナーであると明記した。米国は、台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきており、17(平成29)年のトランプ政権発足以降では6回行われている。19(令和元)年には、F-16C/Dブロック70戦闘機66機などを売却する方針を議会に通知しているが、戦闘機の売却は97(平成9)年以来27年ぶりである。18(平成30)年12月に成立した米国の「アジア再保証イニシアティブ法」には、台湾への定期的な武器売却や政府高官の台湾訪問の推進が盛り込まれている。また、20(令和2)年3月に成立した「台湾同盟国際保護強化イニシアティブ法(TAIPEI法)」にも台湾への定期的な武器売却の推進が盛り込まれているほか、同法は、台湾の安全などを脅かす行動をとった国との経済、安全保障及び外交関係の見直しや、台湾の国際機関への加盟などの支援などを米国政府に促している。

台湾の蔡英文総統と米国在台協会のクリステンセン代表【AIT】

台湾の蔡英文総統と米国在台協会のクリステンセン代表
【AIT】

米国からの購入のほか、台湾は独自の装備開発も進めており、17(平成29)年3月の「4年ごとの国防見直し(2017QDR)」においても、防衛産業の発展、特に武器・装備の自主生産についての推進姿勢が強調されている。例えば16(平成28)年6月、台湾海軍は、潜水艦を含む主要艦を順次、自主建造に切り替える方針を発表しており、2019国防報告書では2025年までの自主生産潜水艦のプロトタイプの引き渡しを目標に掲げている。

台湾は1951(昭和26)年から徴兵制を採用してきたが、兵士の専門性を高めることなどを目的として志願制への移行が進められ、徴兵による入隊は18(平成30)年末までに終了した。ただし、4か月間の軍事訓練を受ける義務は引き続き維持され、台湾国防部は台湾軍の兵役制度を「志願制・徴兵制の併用」と説明している28

台湾軍の勢力は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力が約9万3,000人であり、このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、自主建造したステルスコルベット「沱江(だこう)」などを保有している。航空戦力については、F-16(A/B及びC/D)戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。

コルベット「沱江(だこう)」

コルベット「沱江(だこう)」

【台湾国防部軍事新聞通信社HP】

諸元、性能

満載排水量:567トン
速力:43ノット(時速約80km)
主要兵装:艦対艦ミサイル(最大射程200km)、魚雷

概説

台湾が自主建造したコルベット。レーダーに探知されにくいステルス性に優れた設計で、揚陸艦や主力艦艇を打撃する非対称戦力とされる。

3 中台軍事バランス

中国が継続的に高い水準で国防費を増加させる一方、2020年度の台湾の国防費は3,512億台湾ドルと約20年間でほぼ横ばいである。2020年度の中国の公表国防費は約1兆2,680億元であり、台湾中央銀行が発表した為替レートで米ドル換算して比較した場合、台湾の約16倍となっている。なお、中国の実際の国防支出は公表国防費よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性がある。このような中、蔡総統は、国防予算を増額するよう指示している29

2019国防報告書では中国の軍事力について、現時点では「台湾の離島」に対する統合着上陸戦力のみ保有する一方で、第二列島線以西の海・空域での早期警戒能力や台湾海峡周辺の海、空域に対する封鎖作戦遂行能力を既に保有するなどと評価するとともに、「中国は台湾海峡での軍事不均衡を激化させており、台湾の国防安全保障に対して重大な脅威」との認識を示した。19(平成31)年3月には中国戦闘機による11(平成23)年以来となる台湾海峡「中間線」を越えた飛行が行われたとされ、20(令和2)年2月にも中国機の「中間線」越え飛行が行われたとされる。

中国軍がミサイル戦力や海・空軍力の拡充を進める中で、台湾軍は、装備の近代化が課題となっている。

中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。

  1. ① 陸軍力については、中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は現時点では限定的である。しかし、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力を着実に向上させている。
  2. ② 海・空軍力については、中国が量的に圧倒するのみならず、台湾が優位であった質的な面においても、近年、中国の海・空軍力が急速に強化されている。こうした中で台湾は、ステルスコルベットなどの非対称戦力の整備に注力している。
  3. ③ ミサイル攻撃力については、台湾は、PAC-2のPAC-3への改修及びPAC-3の新規導入を進めるなど弾道ミサイル防衛を強化している。しかし、中国は台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルなどを多数保有しており、台湾には有効な対処手段が乏しいとみられる。

軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向が見られている。今後の中台の軍事力の強化や、米国による台湾への武器売却、台湾による主力装備の自主開発などの動向に注目していく必要がある。

参照図表I-2-2-16(台湾の防衛当局予算の推移)
図表I-2-2-17(中台の近代的戦闘機の推移)

図表I-2-2-16 台湾の防衛当局予算の推移

図表I-2-2-17 中台の近代的戦闘機の推移

25 1992年に中台当局が「一つの中国」原則について共通認識に至ったとされるもの。当事者とされる中国共産党と台湾の国民党(当時の台湾与党)の間で「一つの中国」にかかる解釈が異なるとされるほか、台湾の民進党は「92年コンセンサスを受け入れていない」としてきている。

26 19(令和元)年9月24日付の台湾外交部HPによる。

27 13(平成25)年2月8日付の台湾外交部HPによる。

28 18(平成30)年12月17日付の台湾国防部HPによる。

29 19(平成31)年3月31日付の台湾国防部HPによる。