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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 わが国の周辺のロシア軍

1 全般

ロシアは、10(平成22)年、東部軍管区及び東部統合戦略コマンドを新たに創設し、軍管区司令官のもと、地上軍のほか、太平洋艦隊、航空・防空部隊を置き、各軍の統合的な運用を行っている。

極東地域のロシア軍の戦力は、ピーク時に比べ大幅に削減された状態にあるが、依然として核戦力を含む相当規模の戦力が存在しており、新たな部隊配備や施設整備にかかる動きなど、わが国周辺におけるロシア軍の活動には活発化の傾向がみられる。

ロシア軍は、戦略核部隊の即応態勢を維持し、常時即応部隊の戦域間機動による紛争対処を運用の基本としていることから、他の地域の部隊の動向も念頭に置いたうえで、極東地域のロシア軍の位置付けや動向について注目していく必要がある。

(1)核戦力

極東地域における戦略核戦力については、SLBMを搭載した3隻のデルタIII級SSBN及び2隻のボレイ級SSBNがオホーツク海を中心とした海域に配備されているほか、約30機のTu-95長距離爆撃機がウクラインカに配備されている。ロシアは、旧ソ連時代と比べて大きく縮小させていた海上戦略抑止態勢の強化を優先させており、その一環として、20(平成32)年までに太平洋艦隊にボレイ級SSBNを4隻配備する計画である。

(2)陸上戦力

軍改革の一環として師団中心から旅団中心の指揮機構への改編と戦闘部隊の常時即応部隊への移行を推進しているとみられ、東部軍管区においては11個旅団及び1個師団約8万人となっているほか、水陸両用作戦能力を備えた海軍歩兵旅団を擁している。また、同軍管区においても、地対地ミサイル・システム「イスカンデル」、地対艦ミサイル・システム「バル」及び「バスチオン」、地対空ミサイル・システム「S-400」など、新型装備の導入が進められている。

地対艦ミサイル「バスチオン」

地対艦ミサイル「バスチオン」の写真

【Jane's By IHS Markit】

〈諸元、性能〉

最大射程:300km

〈概説〉

沿岸防衛などを目的とした地対艦ミサイルであり、太平洋艦隊には14(平成26)年から配備

地対空ミサイル「S-400」

地対空ミサイル「S-400」の写真

【Jane's By IHS Markit】

〈諸元、性能〉

最大射程:250km(対航空機)、60km(対弾道ミサイル)

最大高度:27km

〈概説〉

弾道ミサイル迎撃能力を併せ持つ防空ミサイルであり、東部軍管区には12(平成24)年から配備。なお、最大射程400kmとされるミサイル(40N6)の存在も指摘されている。

(3)海上戦力

太平洋艦隊がウラジオストクやペトロパブロフスクを主要拠点として配備・展開されており、主要水上艦艇約20隻と潜水艦約20隻(うち原子力潜水艦約15隻)、約32万トンを含む艦艇約260隻、合計約64万トンとなっている。また、多目的型のステレグシチー級フリゲートが4隻配備される予定である(1隻目となる「ソベルシェンヌイ」は17(平成29)年7月に就役し、2隻目となる「グロムキー」は18(平成30)年10月の就役見込み)。

(4)航空戦力

東部軍管区には、空軍、海軍を合わせて約400機の作戦機が配備されており、既存機種の改修やSu-35戦闘機、Su-34戦闘爆撃機など新型機の導入21による能力向上が図られている。

2 北方領土におけるロシア軍

旧ソ連時代の1978(昭和53)年以来、ロシアは、わが国固有の領土である北方領土のうち国後島、択捉島と色丹島に地上軍部隊を再配備してきた。その規模は、ピーク時に比べ大幅に縮小した状態にあると考えられるものの、現在も1個師団が国後島と択捉島に駐留しており、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルなどが配備されている22

10(平成22)年11月のメドヴェージェフ大統領(当時)による元首として初めての国後島訪問後、ロシアの閣僚などによる北方領土への訪問が繰り返され、さらに15(平成27)年7月から9月にかけてはメドヴェージェフ首相及び6人の閣僚級要人が択捉島などを訪問した23。また、ロシアは北方領土における軍事施設地区の整備を進めているほか24、16(平成28)年11月には、択捉島及び国後島への沿岸(地対艦)ミサイル配備を発表した25。17(平成29)年2月には、ショイグ国防相が下院議会において、北方領土又は千島列島への師団配備計画に言及したが、その配備先や軍種を含め詳細は明らかになっていない。18(平成30)年1月には、択捉島の軍用飛行場である天寧飛行場に加え、14(平成26)年に開港した新民間空港を軍民共用とする政令が出された。軍事演習や訓練についても、18(平成30)年2月には、北方領土及び千島列島で軍人2,000人以上が参加する対テロ演習が実施され、国後島での訓練も行われたほか、同年3月には新型のSu-35戦闘機が防空訓練の一環として母基地から択捉島に展開した旨発表している。

このように、ロシアは、わが国固有の領土である北方領土においてロシア軍の駐留を継続させ、事実上の占拠のもとで、昨今、その活動をより活発化させているが、こうした動向の背景には、ウクライナ危機などを受けて領土保全に対する国民意識が高揚していることや、SSBNの活動領域であるオホーツク海に接する北方領土の軍事的重要性が高まっていることなどが存在するとの指摘もある26

17(平成29)年3月に開催された日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)の場では、北方領土への地対艦ミサイルの配備や、北方四島を含み得る諸島への新たな師団の配備に対して遺憾である旨を日本側から申し入れたところであり、引き続き北方領土を含む極東におけるロシア軍の動向を注視していく必要がある。

3 わが国の周辺における活動

わが国周辺では、軍改革の成果の検証などを目的としたとみられる演習・訓練を含めたロシア軍の活動が活発化の傾向にある。

14(平成26)年9月には、東部軍管区において、同年のロシア軍の演習・訓練において最大かつ最重要とされる戦略指揮参謀部演習「ヴォストーク2014」が行われ、15万5,000人以上、戦闘車両4,000両以上、艦艇約80隻、航空機約630機などが参加した27。同演習の目的は、北極を含む極東戦略正面における、部隊の戦闘即応態勢及び動員態勢の検証にあったとされており、東部軍管区だけでなく、西部及び中央軍管区からも部隊が参加しており、最大で1万2,000キロメートルに及ぶ各種部隊による長距離機動が行われている。18(平成30)年8月、9月には、「ヴォストーク2018」がシベリア及び極東地域において実施され、東部軍管区だけでなく、中央軍管区及び北洋艦隊の部隊も参加する予定である。

地上軍については、わが国に近接した地域における演習はピーク時に比べ減少しているが、その活動には活発化の傾向がみられる。

艦艇については、近年、太平洋艦隊に配備されている艦艇による各種演習、遠距離航海、シリアでの作戦に伴う実任務活動、原子力潜水艦のパトロールが行われるなど、活動の活発化の傾向がみられる28。また、11(平成23)年9月、スラヴァ級ミサイル巡洋艦などの艦艇24隻が宗谷海峡を相次いで通航したが、冷戦終結後、このような規模のロシア艦艇による同海峡の通航が確認されたのは初めてである29。近年も10隻以上のロシア海軍艦艇が年に1~3回宗谷海峡を通峡する状況が続いている。このほか、太平洋艦隊戦力の将来的な配置の可能性にかかる調査研究を目的に、千島列島のほぼ中間に位置する松輪(マツア)島において、調査活動が行われたほか、同島に新しい滑走路が完成したと伝えられている30。また、松輪(マツア)島及び千島列島北部に位置する幌筵(パラムシル)島に基地を建設し、地対艦ミサイル「バル」、「バスチオン」を配備する計画について伝える報道もあり、北方領土及び千島列島全体にわたる沿岸防衛システム構築に向けた動きとして注目する必要がある。

地対艦ミサイル「バル」

地対艦ミサイル「バル」の写真

【Jane's By IHS Markit】

〈諸元、性能〉

最大射程:130km

〈概説〉

沿岸防衛などを目的とした地対艦ミサイルであり、太平洋艦隊には16(平成28)年から配備。なお、最大射程260kmとされる改良型ミサイル(3M-24U)も存在するが、その配備状況は不明

航空機については、07(平成19)年に戦略航空部隊が哨戒活動を再開して以来、長距離爆撃機による飛行が活発化し、空中給油機、A-50早期警戒管制機及びSu-27戦闘機による支援31を受けたTu-95長距離爆撃機やTu-160長距離爆撃機の飛行も行われている。

ウクライナ情勢が緊迫化した14(平成26)年度はロシア機の活動が特に活発であったほか、ウクライナ東部が不安定化し始めた同年4月には、Tu-95長距離爆撃機が1ヶ月の間に日本周回飛行を4度も行い、そのうち2回は計6機が同一日に飛行するなど32特異な飛行が見られた。

17(平成29)年度のロシア機による活動については、ロシア機への対応に要したスクランブル回数が前年度を上回ったほか、17(平成29)年8月にTu-95長距離爆撃機によるわが国への周回飛行が行われるなど、引き続き活発である。

参照図表I-2-4-3(ロシア機に対する緊急発進回数の推移)

図表I-2-4-3 ロシア機に対する緊急発進回数の推移

21 「ミリタリー・バランス(2018)」によれば、東部軍管区(第11航空・防空軍)では、34機のSu-35戦闘機のほか、24機のSu-34戦闘爆撃機も配備されている。

22 2個連隊よりなる第18機関銃・砲兵師団は、軍改革による旅団化が進んだロシア軍の中で、数少ない師団編成部隊であり、択捉島及び国後島に駐留している。同師団は着上陸防御などを目的としており、13(平成25)年7月に東部軍管区などを対象に行われた「抜き打ち検閲」にも参加している。北方領土には、1991(平成3)年には約9,500人の兵員が配備されていたとされているが、1997(平成9)年の日露防衛相会談において、ロジオノフ国防相(当時)は、北方領土の部隊が1995(平成7)年までに3,500人に削減されたことを明らかにした。05(平成17)年7月、北方領土を訪問したイワノフ国防相(当時)は、四島に駐留する部隊の増強も削減も行わないと発言し、現状を維持する意思を明確にしている。また、参謀本部高官は11(平成23)年2月、北方領土の兵員数について旅団に改編する枠組みの中では3,500人を維持する旨述べたと伝えられている。14(平成26)年5月には、スロヴィキン東部軍管区司令官が北方領土における軍事施設の増設を発表するとともに、同年8月には択捉島に新空港を開設するなど、北方領土における事実上の占拠の下で、その活動をより活発化させている。

23 10(平成22)年12月にシュヴァロフ第1副首相(当時)が、11(平成23)年1~2月にバサルギン地域発展相(当時)が、同年5月にイワノフ副首相(当時)らが国後島及び択捉島を、また、同年9月にパトルシェフ安全保障会議書記が国後島及び歯舞群島の水晶島を訪問した。11(平成23)年1月にブルガコフ国防相代理(当時)が、また、同年2月にセルジュコフ国防相(当時)が国後島及び択捉島を訪問し、同島に所在する部隊を視察した。さらに、12(平成24)年7月にはメドヴェージェフ首相他3閣僚が国後島を訪問した。15(平成27)年7月にはスクヴォルツォヴァ保健相が国後島及び色丹島を、同年8月には、メドヴェージェフ首相、トルトネフ副首相兼極東大統領全権代表、ガルシュカ極東発展相、リヴァノフ教育科学相(当時)が択捉島を、同年9月にはトカチョフ農業相が択捉島を、ソコロフ運輸相が国後島及び択捉島を訪問している。

24 ショイグ国防相は、15(平成27)年12月の国防省内の会議において、択捉島及び国後島における軍事施設地区の建設を活発に行っており、合計で392の建物及び設備の建設が予定されている旨述べた。その後、16(平成28)年1月の国防省内の会議において、2016年の優先課題として同地域におけるインフラ建設の完了をあげている。

25 16(平成28)年3月、ロシア国防省は北方領土・千島列島に地対艦ミサイル「バスチオン」、「バル」などを年内に配備する予定であることを明らかにしたほか、同年11月の太平洋艦隊機関紙「ボエヴァヤ・ヴァフタ」では、択捉島で「バスチオン」沿岸ミサイル大隊が、そして、国後島で「バル」沿岸ミサイル大隊が、砲兵中隊による戦闘当直を行っている旨言及されている。

26 米国防省は、報告書「Soviet Military Power 1989」の中で、旧ソ連が自国領土に近い海域において、地勢も利用しつつ、陸海空のアセットにより防護する戦略原潜の活動領域を「バスチオン」と呼んでおり、太平洋地域においては、主としてオホーツク海内に「バスチオン」が設定されることを想定している。また、ロシア海軍総司令官は12(平成24)年に、旧ソ連時代から大きく縮小させていたロシアの戦略原潜の恒常的な長期間のパトロールを再開する旨述べている。

27 大規模演習「ヴォストーク2014」は、北極圏から沿海地方に至る広大な地域で実施されており、カムチャツカ半島では長距離爆撃機からのALCMの発射やオスカーII級巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN:Guided Missile Submarine Nuclear-Powered)からの潜水艦発射巡航ミサイル(SLCM:Submarine-Launched Cruise Missile)の発射が行われ、北極圏のウランゲリ島では夜間の空挺降下やサバイバル訓練などが行われた。サハリンでは海軍歩兵による上陸訓練並びに対抗部隊による対着上陸防御訓練などが行われた。沿海地方及び内陸部では地対地ミサイル・システム「イスカンデル」による短距離弾道ミサイル及びGLCMの発射や自動車道路を利用したSu-25攻撃機の離着陸訓練など民間インフラを活用した各種訓練が行われた。

28 ロシア海軍艦艇によるわが国の国際三海峡(宗谷、津軽、対馬)の通峡を確認し、公表した件数は、平成29年度について、宗谷海峡12件(平成28年度18件、平成27年度22件、平成26年度10件)、津軽海峡1件(平成28年度1件、平成27年度0件、平成26年度1件)、対馬海峡3件(平成28年度7件、平成27年度4件、平成26年度8件)となっている。

29 24隻の艦艇の一部がカムチャツカ半島東部などで行われた演習に参加した。

30 ロシア国防省は、16(平成28)年5月、松輪島に到着した太平洋艦隊司令官代理リャブヒン中将の指揮の下、ロシア国防省、ロシア地理協会、東部軍管区及び太平洋艦隊の代表が参加する遠征隊約200名が調査活動に着手したと公表している。また、スロヴィキン東部軍管区司令官は、東部軍管区軍事会議の場で、ロシア国防省及びロシア地理協会による千島列島、択捉島及び国後島への遠征に、太平洋艦隊の艦艇6隻及び200名以上が参加しており、その主要な目的は太平洋艦隊部隊が将来基地を設営する可能性について調査することである旨述べている。さらに、第2次調査のため太平洋艦隊の艦艇3隻及び約100名が17(平成29)年6月松輪島に到着した旨ロシア国防省は公表している。また、サハリン・インフォは、17(平成29)年10月、松輪島に新しい滑走路が完成し、あらゆる時間帯に航空機を受け入れる体制が整った旨伝えているほか、軍機関紙「赤星」は、18(平成30)年3月、露太平洋司令官が現在同島には軍用軽輸送機や回転翼機が着陸可能な軍用飛行場が配置されている旨報じている。

31 ロシア国防省は14(平成26)年1月、Tu-95長距離爆撃機2機による哨戒飛行がSu-27戦闘機及びA-50早期警戒管制機の支援を受けて行われた旨発表している。

32 13(平成25)年度以降におけるロシア軍機による日本周回飛行は、25年度:1回、26年度:6回、27年度:2回、28年度:1回、29年度:1回