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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第2章 諸外国の防衛政策など

第1節 米国

1 安全保障・国防政策

17(平成29)年1月に発足したトランプ政権は、近年のグローバルなパワーバランスの変化、ウクライナや南シナ海をめぐる力を背景とした現状変更の試み、これまでになく重大かつ差し迫った脅威となっている北朝鮮による核兵器・弾道ミサイルの開発や運用能力の向上及び国際テロ組織による活動の活発化など、新たな安全保障環境の生起とも相まって、米国の世界への関わり方をこれまでのものから大きく変化させつつあるとの指摘がある。一方、米国はグローバルな競争を見据えつつ、力に裏打ちされる米国の価値観及び影響力は、世界をより自由で安全で繁栄したものとするとの信念のもと、引き続きその世界最大の総合的な国力をもって世界の平和と安定のための役割を果たしていくものと考えられる。

トランプ政権は、「米国第一」の統治ビジョンのもと、力による平和を掲げ、軍の再建や同盟の重視などの方針を打ち出している。また、政権発足後1年足らずで国家安全保障戦略(NSS:National Security Strategy)1を公表したのを皮切りに、国家防衛戦略(NDS:National Defense Strategy)2、「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)をそれぞれ公表し、トランプ政権の安全保障・国防戦略の方針を明らかにした。

18(平成30)年2月6日、米下院軍事委員会で国家防衛戦略及び核態勢の見直しについて証言するマティス国防長官【米国防省提供】

18(平成30)年2月6日、米下院軍事委員会で国家防衛戦略及び核態勢の見直しについて証言するマティス国防長官【米国防省提供】

地域をめぐる安全保障に関して、米国は、インド太平洋地域の安全保障を重視する姿勢を明確にしており、特に北朝鮮の核能力などは米国、同盟国などにとって急迫かつ予測不可能な脅威であるとの認識のもと、制裁を維持しつつ、北朝鮮による完全な非核化を追求する取組を続けている。また、米国は、昨今の南シナ海における中国の動きも念頭に、「航行の自由作戦」を継続していく姿勢を示しており、トランプ大統領は、17(平成29)年11月のアジア歴訪において表明した「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンにおいても航行の自由の重要性を指摘した(本節1項3参照)。

米国はインド太平洋地域以外の安全保障上の課題にも対処している。14(平成26)年以降、イラク・レバントのイスラム国(ISIL:Islamic State of Iraq and the Levant)などによるイラク及びシリアにおける攻勢を受け、同年8月以降、米国は空爆をはじめとする対ISIL軍事作戦として「固有の決意作戦」(OIR:Operation Inherent Resolve)を主導している。また、18(平成30)年4月にはシリアのアサド政権が化学兵器を使用したと判断し、英、仏とともにシリアの化学兵器関連施設に対するミサイル攻撃3を実施し、大量破壊兵器の生産・拡散・使用に対して強力な抑止力を確立する姿勢を明確にしている。さらに、17(平成29)年8月にはアフガニスタン・南アジア戦略を発表し、アフガニスタンへの関与を継続するとした上で、同年9月にはマティス国防長官がアフガニスタンに3,000人以上の米兵を増派することを明らかにした。このほか、ウクライナをめぐるロシアの行動を踏まえ、NATOの安全保障への関与及び抑止力を強化するため、19会計年度国防省予算要求において、「欧州抑止イニシアティブ」4の関連予算を前年度の48億ドルから65億ドルに増やしている。一方、米国は、安全保障政策においては、米国が提供する安全保障を享受しながら、負担の少ないことが指摘される一部の同盟国が、応分の負担を負うべきであるとの考え方のもと、NATO加盟国に対して国防費をGDPの2%以上に引き上げる目標の早期達成を求めている。

トランプ政権発足から1年が経過し、NSSなどにおいて安全保障・国防政策の方向性が示された中、今後、かかる戦略のもとで進められる具体的な安全保障・国防政策の動向が注目される。また、アジア太平洋、中東及び欧州などをめぐる情勢の変化や18(平成30)年11月に実施される中間選挙が米国の安全保障・国防政策にどのような影響を与えるのかについても注目される。

1 安全保障認識

オバマ前政権期の15(平成27)年7月に公表された国家軍事戦略(NMS:National Military Strategy)は、国際秩序の主要な側面を見直すことを試み、米国の国家安全保障上の利益を脅かすような形で行動する「修正主義国家」として、ロシア、中国、イラン、北朝鮮を明示的に列挙したほか、ISILなどの暴力的な過激派組織が差し迫った脅威になっているとした。

一方、17(平成29)年12月に公表されたNSSは、地域のパワーバランスの変化はグローバルな影響をもたらし、米国の国益を脅かし得るとの認識を示しつつ、米国、同盟国及びパートナーに対して競争をしかける主要な挑戦者として、中国及びロシアという「修正主義勢力」、イラン及び北朝鮮という「ならず者国家」、ジハード主義テロリストをはじめとする「国境を越えて脅威をもたらす組織体」、の3つを掲げている。このうち、中国及びロシアは、米国の力、影響力及び利益に挑戦し、米国の安全保障と繁栄を蝕もうとしており、北朝鮮及びイランは地域の不安定化を促し、米国及び同盟国を脅かしているとした。

また、18(平成30)年1月に公表されたNDSは、米国の安全保障上の主要な懸念は、テロではなく、中国及びロシアとの長期にわたる戦略的競争であり、中国とロシアは、米国や同盟国が築いた自由で開かれた国際秩序を害しており、独自の権威主義モデルと合致する世界を形成しようとしていることが一層明確化していると指摘している。

さらに、18(平成30)年4月に実施したシリアへの軍事行動について、トランプ大統領は、化学兵器の生産・拡散・使用に対して強力な抑止力を確立することは米国の国家安全保障上の重大な利益であると述べている。

このような認識を考慮すれば、米国は、自国や同盟国の利益、国際秩序を脅かすことを試みる国家や組織を安全保障上の脅威として認識しており、トランプ政権は、オバマ前政権の脅威認識を基本的に引き継ぎながらも、特に中国及びロシアがもたらす脅威を優先的に対処すべき課題に位置づけるとともに、北朝鮮、イラン及び過激派組織のほか、大量破壊兵器の生産・拡散・使用がもたらす脅威にも引き続き対処する方針であると考えられる。

2 安全保障・国防戦略

トランプ大統領が策定したNSSは、「米国第一」や、国際政治では力が中心的な役割を果たすという現実主義に基づくとしつつ、過去20年間、米国が行ってきた関与や国際社会への取り込みによって、競争相手が無害な相手や信頼し得るパートナーに変わるという想定に基づく政策を変える必要があるとしている。その上で、競争的世界において、①米国民、本土及び米国の生活様式の保護、②米国の繁栄の促進、③力を通じた平和の維持、④米国の影響力の推進、の4つの死活的利益を守るとの戦略方針を掲げている。

また、米国の軍事力を再建し、最強の軍隊を堅持するとともに、宇宙やサイバーを含む多くの分野で能力を強化するほか、インド太平洋、欧州及び中東において力の均衡が米国を利するものになるよう努めるとしている。さらに、同盟国やパートナーは米国の偉大な力であり、緊密な協力が必要であるとしつつ、同盟国やパートナーに対し、共通の脅威に立ち向かうために意志を示し、能力面で貢献するよう求めている。なお、米国は、世界の至る所で高まりつつある政治的、経済的及び軍事的競争に対応するとする一方、唯一無二の軍事力を保有し、同盟国及び米国が持つすべての力の手段を完全に統合することで、有利な立場から、競争相手と協力できる分野を模索していくとしている。

NSSを踏まえてマティス国防長官が策定したNDSは、中国・ロシアとの長期にわたる戦略的競争を、米国の安全保障と繁栄に及ぼす脅威の大きさと脅威が増大する可能性から、国防省の主要な優先事項と位置付けている。その上で、競争空間を拡大するため、①決定的な攻撃力を有する戦力の構築、②同盟の強化及び新たなパートナーの獲得、③より大きな成果と予算活用のための国防省改革、の3つに取り組む方針を掲げている。

このうち、①の戦力構築においては、戦争に備えることを優先し、戦時において、1つの主要国による侵攻を打ち破り、機に便乗した侵攻が他の地域で生じることを抑止することを念頭に、機動力、抗たん性及び即応性を有し、柔軟性がある戦力態勢や運用方法を構築するほか、核戦力、宇宙・サイバー空間、C4ISR、ミサイル防衛、先進的な自律型システムなどにおける能力の近代化を推進するとしている。また、侵略を抑止する決意は示す一方、動的な戦力展開、軍事態勢及び作戦は敵に予測不可能なものとする考えを示している。また、②の同盟の強化においては、(i)相互の尊重、責任、優先順位及び説明責任という基礎を守ること、(ii)地域的な協議メカニズム及び共同計画の拡大、(iii)相互運用性の深化、の3つを重視している。一方で、防衛能力の近代化への効果的な投資を含め、相互に有益な集団安全保障に対して同盟国及びパートナーが公平な分担に貢献することを期待するとしている。

3 インド太平洋地域への関与

トランプ政権においては、オバマ前政権が掲げていた「アジア太平洋地域へのリバランス」というキーフレーズが使用されなくなった一方で、政権発足当初から同地域への米国のコミットメントや地域におけるプレゼンスの強化を通じ、同地域を重視する姿勢が示されている5

特に、トランプ政権は、核・弾道ミサイルの開発を続ける北朝鮮に対し最大限の圧力をかける取組を継続するという方針の下、外交的取組においても軍事オプションによる裏付けが重要な役割を果たすとの認識を示すとともに、北朝鮮の侵攻に対して圧倒的な力をもって対応する用意があることを明確にしてきた。

実際に、北朝鮮に対し軍事的プレゼンスを示すものとして、17(平成29)年6月に空母「カール・ヴィンソン」及び「ロナルド・レーガン」を中心とする2個空母打撃群が日本海に展開したのに続き、同年11月には空母「ロナルド・レーガン」、「セオドア・ローズベルト」及び「ニミッツ」を中心とする3個空母打撃群が日本海に展開したほか、同年10月には原子力潜水艦「ツーソン」及び「ミシガン」が韓国に寄港した。また、同年12月に実施された米韓合同の定例飛行訓練「ビジラント・エース」では、同訓練として初めてF-22及びF-35が参加した。さらに、同年5月から12月までの間、B-1B戦略爆撃機が毎月、朝鮮半島上空を飛行した。このほか、同年4月に在韓米軍にTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense)システム62基が配備されたのに続き、同年9月には4基が追加され、計6基での運用が開始された。

17(平成29)年11月12日、西太平洋で海自護衛艦と共同訓練を行う米空母「ロナルド・レーガン」「セオドア・ルーズベルト」及び「ニミッツ」【米海軍提供】

17(平成29)年11月12日、西太平洋で海自護衛艦と共同訓練を行う
米空母「ロナルド・レーガン」「セオドア・ルーズベルト」及び「ニミッツ」
【米海軍提供】

18(平成30)年3月には、北朝鮮が非核化の意思表明などを行ったとされることを受けて、トランプ大統領が米朝首脳会談に前向きな意思を示した結果、同年6月12日に史上初の米朝首脳会談が実施され、両首脳は、米朝双方が朝鮮半島における永続的で安定した平和体制の構築に向け協力するとともに、金正恩委員長が朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を明確に示した上で、引き続き米朝間で交渉を行っていくことを確認した。この会談を受け、同月18日及び22日、米国防省は、8月に予定していた米韓指揮所演習「フリーダム・ガーディアン」及び直近3か月以内に予定されていた「韓国海兵隊交流プログラム7」における2回の訓練をそれぞれ停止すると発表した。この点について、マティス国防長官は、同月29日に実施した日米防衛相会談後の共同会見で、米国の外交官が力強く交渉し、朝鮮半島において平和的解決をもたらすための展望を高めるために下された決定であるとした上で、強固で連携のとれた防衛の立場を維持することで、外交官が強い力に裏打ちされた立場から交渉できるようにするとした。一方、米国は、北朝鮮が核開発を終わらせるための具体的で検証可能な措置を取るまで制裁を維持するほか、在韓米軍も維持する姿勢を明確にしている。(第2節1項5(1)参照)。

また、トランプ大統領は、17(平成29)年11月に行ったアジア歴訪において、日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋戦略」に共鳴する形で、法の支配の尊重、航行の自由などの原則の遵守を重視する、自由で開かれたインド太平洋地域を促進していくことを表明するとともに、地域における同盟関係を強化することを強調した。

これに関連し、NSSは、中国がインド太平洋地域から米国を追いやり、自身に有利に地域秩序を変えようとしているとしつつ、米国の同地域へのアクセスを制限し、自らがより自由な手足を得るために計画した急速な軍事近代化の取組を進めていると強調した。その上で、インド太平洋地域における戦略として、海洋の自由、領有権及び海洋紛争の国際法に基づく平和的解決に対するコミットメントを強化するとしつつ、日米豪印4か国の協力や、同盟国・パートナーとの強力な防衛ネットワークの発展などを促進するとしている。同様に、NDSは、中国が軍隊の近代化、浸透工作及び略奪的経済を活用し、他国に強要する形でインド太平洋地域を自国にとって好都合になるよう再構築し、覇権を築くことを目指していると指摘した上で、自由で開かれたインド太平洋地域は繁栄及び安全を提供するとしつつ、侵略を抑止し、安定性を維持し、共通領域への自由なアクセスを確保することが可能なネットワーク化された安全保障構造へとインド太平洋地域における同盟及びパートナーシップを強化するとしている。

さらに、中国の海洋進出をめぐる問題をめぐって、マティス国防長官は、17(平成29)年6月のシャングリラ会合において、南シナ海における中国の建設活動の範囲や影響は、軍事拠点化という性質、国際法の無視、他国の利益に対する軽視、平和な問題解決をはねつける取組などの点で他の国のものとは異なっており、米国は、現状に対する一方的で強制的な変更を受け入れることはできないと明言した。その上で、戦略的に重要な東シナ海及び南シナ海において、権利、自由及び海洋の合法的使用、並びに各国がこれらの権利を行使する能力を維持することにコミットするとしつつ、国際法が認める如何なる場所でも飛行、航行及び作戦を継続し、南シナ海などにおけるプレゼンスを通じ決意を示していくことを明確にした。実際に、米軍は同年5月、7月、8月、10月、18(平成30)年1月、3月及び5月に、南シナ海で中国が主権を主張する島嶼・岩礁の12海里以内やその周辺海域において「航行の自由作戦」を実施したと報道されている8。また、18(平成30)年5月、米国防省は、中国が南沙諸島の地形において対艦ミサイル、地対空ミサイルなどを展開したとしつつ、これらの兵器システムの設置は軍事使用のみに限られると指摘した上で、南シナ海におけるこうした中国の継続的な軍事拠点化に対する初期的対応として、中国海軍に対する18(平成30)年の多国間訓練「環太平洋合同演習(リムパック)」への招待を取り消した。

米国は、このような対中認識や地域戦略を踏まえ、「自由で開かれたインド太平洋地域」のビジョンに基づく取組を進めていくと考えられる。

なお、インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、米軍は、17(平成29)年1月に海兵隊仕様のF-35B戦闘機を岩国基地に配備したのに続き、同年10月にはアジア太平洋地域としては初めて空軍仕様のF-35A戦闘機を嘉手納基地に12機展開させた。また、18(平成30)年1月には、核搭載が可能なB-2爆撃機及びB-52爆撃機をグアムに展開させたほか、強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」に代わり、F-35B戦闘機を艦載可能な強襲揚陸艦「ワスプ」を佐世保に配備している。さらに、同年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させた。このほか、同年7月には、駆逐艦2隻を派遣し、台湾海峡を通過させたと報道されている。

4 国防分野におけるイノベーション構想

14(平成26)年11月、ヘーゲル国防長官(当時)はイノベーションにより軍事的優位を達成することを目的として国防イノベーション構想(DII)を発表し、これが第3のオフセット戦略9へと発展することを期待する旨述べた。また、カーター国防長官(当時)は15(平成27)年、DIIの一環として、革新的な民生技術を軍事分野に取り込むため、国防省と民生部門の架け橋としてシリコンバレーに国防イノベーション実験ユニット(DIUx)を設置した。

トランプ政権は、DIIや第3のオフセット戦略といった名称を使用しなくなっているが、17(平成29)年8月、マティス国防長官はDIUxやIT企業を訪問して新技術を国防省のために活用する方法について議論を行い、同行記者団に対し、国防省のイノベーション構想は最優先課題の一つであるとするとともに、DIUxの重要性を指摘した。また、NSSは、伝統的な防衛産業基盤の外で発展している核心的技術を活用すべきとの方針を掲げているほか、NDSも、国防省は、修正主義国家などに対し、イノベーションで勝る必要があるとしつつ、基層的な軍事的優位を獲得するための民間技術の迅速な応用を含め、自律型人工知能や機械学習の軍事への応用に幅広く投資するとしている。このような状況を勘案すれば、米国は、国防分野におけるイノベーションを引き続き重視していくものと考えられる。

5 核・ミサイル防衛政策

18(平成30)年2月に公表されたNPRは、核の役割や規模を低減させる米国の取組に他国も続くと期待したが、中国及びロシアによる核戦力増強、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展など、前回のNPR10が公表された10(平成22)年以降、安全保障環境は急速に悪化し、これまでにない脅威や不確実性がもたらされていると指摘した。その上で、米国の核兵器の役割として、①核・非核攻撃の抑止、②同盟国及びパートナーに対する保証、③抑止が失敗した場合における米国の目標達成、④将来の不確実性に対するヘッジ、を掲げている。

また、米国、同盟国などの死活的な利益を守るべき極限の状況においてのみ核兵器の使用を検討するとしつつ、極限の状況には、米国及び同盟国に対する重大な非核戦略攻撃を含み得ることを明確にするとともに、先制不使用政策は採用せず、核で対応する可能性がある状況への曖昧性を保持する政策を維持する考えを示している。さらに、様々な敵対者、脅威、状況に対応して効果的に抑止を行うため、個別に対応したアプローチを適用するとともに、核の近代化や新たな核能力の開発・配備を通じ、核能力の柔軟性及び多様性を高めることにより抑止力の実効性を確保する方針を掲げている。具体的には核の3本柱11を維持しつつ換装するほか、新たな核能力として、短期的には既存の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の一部の弾頭を改修して低出力化するとともに、長期的には既存技術を活用して核搭載の海洋発射型巡航ミサイル(SLCM)を追求するほか、老朽化した核・非核両用戦術航空機(DCA)に代わり、F-35Aに核能力を組み入れていくとしている。また、同盟国に対する拡大抑止にコミットし、必要であれば、北東アジアなど、欧州以外の地域にDCAと核兵器を前方展開する能力を維持する姿勢を示している。

一方、トランプ大統領がNPRと並んで策定するよう指示していた「弾道ミサイル防衛の見直し」は、これまでのところ公表されていない。これに関し、18(平成30)年3月、ミサイル防衛について議会証言を行ったルード国防次官は、見直し作業を進めているとしつつ、今次見直しでは、弾道ミサイル攻撃以外にも巡航ミサイル、極超音速滑空兵器などによるミサイル攻撃の脅威が存在していることを踏まえ、「ミサイル防衛見直し」(MDR:Missile Defense Review)として策定する旨述べた。その上で、ならず者国家のミサイルが米本土に与える脅威に対抗するため、地上配備型迎撃ミサイル20基の追加配備、再設計迎撃体12(RKV:Redesigned Kill Vehicle)による地上配備型迎撃ミサイルの能力強化、アラスカ、ハワイ及び太平洋地域における新たなミサイル追跡・識別センサーの配備などを通じ、米本土ミサイル防衛を強化することを掲げた。欧州、中東及びインド太平洋の各地域におけるミサイル防衛については、ペトリオット、THAAD、SM-3の追加配備を通じ態勢を強化すると述べた。また、同盟国やパートナーが、ミサイル防衛能力を確保するとともに、米国のミサイル防衛体制との相互運用性を向上させるための協力を強化していく方針を示した。さらに、先進技術に関して、ミサイル防衛システムのセンサー識別能力の向上、ブースト段階におけるミサイル迎撃用レーザー、新たな宇宙配備型センサー、多目標迎撃体13(MOKV:Multi-Object Kill Vehicle)などの分野に取り組んでいくとした。

6 19会計年度予算

近年、米国政府の財政赤字が深刻化しており、11(平成23)年に成立した予算管理法において、21会計年度までに政府歳出を大幅に削減することが規定された14。また、13(平成25)年3月には、予算管理法の規定により、国防歳出を含む政府歳出の強制削減が開始されたが、その後、2度にわたり成立した超党派予算法により、14会計年度から17会計年度予算まで強制削減は緩和された15。さらに、トランプ政権が米軍再建のため国防歳出の強制削減を終わらせる方針を掲げる中、18(平成30)年2月にも超党派予算法が成立し、18及び19会計年度において、強制削減による上限を大幅に上回る国防予算枠が認められた16

こうした中、18(平成30)年2月に議会に提出された19会計年度予算教書における国防省予算要求においては、前年度比約7%増となる6,170億ドル17の基本予算を計上したほか、海外における作戦経費については、「固有の決意作戦」や「欧州抑止イニシアティブ」の予算額を増加させるなどして計690億ドルを計上した18。また、兵力規模では、前年度比24,100人増となる1,338,100人の確保、装備品の調達では、M-1戦車改良型135両(前年度56両)、戦闘艦艇10隻(同8隻)、F-35戦闘機77機(同70機)の調達などの目標が示された。さらに、弾道ミサイル防衛については、アラスカに40基、カリフォルニアに4基配備している地上配備型迎撃ミサイルについて、北朝鮮及びイランのICBMによる脅威を踏まえつつ、23(平成35)年末までにアラスカへの20基の追加配備を完了させるとしている。

マティス国防長官は18(平成30)年1月、米軍の競争力は全ての作戦領域において劣化しており、国防費の上限枠が悪影響を及ぼしていることを指摘しつつ、安定し予測可能な予算が必要である旨述べているほか、軍の構築においては能力と規模の両方が重要であるとした上で、現在は規模の構築を重視していると言及している。このため、トランプ政権は、十分かつ安定した国防予算の確保を追求しつつ、短期的には戦力規模の充実に重点を置くとともに、能力についても中長期的視点に立ち拡充していくための予算措置を図っていくと考えられる。

参照図表I-2-1-1(米国の国防費の推移)

図表I-2-1-1 米国の国防費の推移

1 NSSは、米国の安全保障上の国益を守り、目標を達成するための政治、経済、軍事、外交政策などを包括的に示すもの。

2 NDSは、大統領と国防長官に最大限の戦略的柔軟性を与え、要求に見合う戦力構成を決定し、直近の国家安全保障戦略を支えるもの。

3 米東部時間4月13日2100(日本時間14日1000)、米国はフランス及び英国と共同でシリア政権の化学兵器関連拠点3か所を攻撃し、米国防省は使用された巡航ミサイル計105発は全て目標を攻撃したと確信していると発表した。このうち米軍は、駆逐艦2隻、巡洋艦1隻、攻撃原潜1隻からそれぞれトマホーク30発、30発、6発を発射したほか、B-1B戦略爆撃機2機からJASSM19発を発射した。

4 米国が北大西洋条約機構(NATO)の同盟国及びパートナー国に対し、安全保障及び地域統合へのコミットメントを再保証するため、欧州における米軍のプレゼンスの増加、NATO同盟国などとのさらなる二国間・多国間の訓練・演習の実施、欧州における米国装備の事前集積の強化などを行う取組。従来、「欧州再保証イニシアティブ」と呼ばれていたが、2019年度予算教書では「欧州抑止イニシアティブ」という名称に変更されている。

5 17(平成29)年2月4日、政権発足後2週間という非常に早い段階で日本を訪問したマティス国防長官が、日米防衛相会談の中で、米国にとってアジア太平洋地域は優先地域であり、米軍の継続したプレゼンスを通して同地域への米国のコミットメントを強化していく旨強調した。また、同長官は6月のシャングリラ会合において、アジア太平洋地域を優先地域と位置づけ、同盟の強化、地域国に対する力の付与、地域における米軍能力の強化を掲げつつ、海軍艦艇の60%、陸軍の55%、艦隊海兵軍の約3分の2を太平洋軍の責任地域に配備しているほか、海外の戦術航空アセットの60%を同地域に配備すると述べた。

6 ターミナル段階にある短・中距離弾道ミサイルを地上から迎撃する弾道ミサイル防衛システム。大気圏外及び大気圏内上層部の高高度で目標を捕捉し迎撃する。弾道ミサイル防衛システムについては、III部1章2節参照

7 「韓国海兵隊交流プログラム」(KMEP:Korean Marine Exchange Program)は、沖縄に駐屯する米海兵隊及び韓国海兵隊が毎年定期的に行う合同訓練。18(平成30)年にKMEPにより計画された訓練は合計19回で、同年6月22日時点ですでに11回が実施済みであったとされる。

8 トランプ政権においては、17(平成29)年5月、駆逐艦「デューイ」が南沙諸島・ミスチーフ礁の12海里以内で、同年7月、駆逐艦「ステザム」が西沙諸島・トリトン島の12海里以内で、同年8月、駆逐艦「ジョン・S・マケイン」が南沙諸島・ミスチーフ礁の12海里以内で、同年10月、駆逐艦「チェイフィー」が西沙諸島周辺で、18(平成30)年1月、駆逐艦「ホッパー」がスカボロー礁の12海里以内で、同年3月、駆逐艦「マスティン」がミスチーフ礁の12海里以内で、同年5月、駆逐艦「ヒギンズ」及び巡洋艦「アンティータム」が西沙諸島の12海里以内で、それぞれ「航行の自由作戦」を実施したとされている。
なお、オバマ前政権においては、15(平成27)年10月、駆逐艦「ラッセン」が南沙諸島・スビ礁の12海里以内で、16(平成28)年1月、駆逐艦「カーティス・ウィルバー」が西沙諸島・トリトン島の12海里以内で、同年5月、駆逐艦「ウィリアム・P・ローレンス」が南沙諸島・ファイアリークロス礁の12海里以内で、同年10月、駆逐艦「ディケーター」が西沙諸島周辺で、それぞれ「航行の自由作戦」を実施した。

9 米国の「第3のオフセット戦略」とは、敵の有する能力と異なる非対称的な手段を獲得することにより、相手の能力をオフセット(相殺)する考え方に基づくものであり、これまでに①核兵器の抑止力(1950年代)、②精密誘導・ステルス技術(1970年代)といった2つの時代があったとされる。

10 10(平成22)年に公表されたNPRは、核兵器のない世界を目指し、米国の核兵器の役割の低減、低減された核戦力レベルでの戦略的抑止と安定の維持などの目標を提示していた。

11 核の3本柱は、「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦(SSBN)」及び「戦略爆撃機B-52及びB-2」からなる。

12 再設計迎撃体は、信頼性、製造性、試験性、費用効率性を高めた迎撃体。

13 多目標迎撃体開発計画は、目標識別能力を高めるとともに、1発の迎撃ミサイルに複数の迎撃体を搭載可能にすることで複数の目標を破壊する能力を開発することによって、迎撃ミサイルの性能を向上させるもの。

14 12(平成24)年1月、国防省は、同法の成立を踏まえた具体的な国防歳出削減額が、12会計年度から21会計年度までの10年間で約4,870億ドル(13会計年度から17会計年度までの5年間で約2,590億ドル)に上ることを発表した。

15 2013年超党派予算法の成立で、14及び15会計年度の国防予算の上限はそれぞれ220億ドル及び90億ドル引き上げられ、2015年超党派予算法の成立で、16及び17会計年度の国防予算の上限はそれぞれ250億ドル及び150億ドル引き上げられた。

16 2018年超党派予算法の成立で、18及び19会計年度の国防予算の上限はそれぞれ800億ドル及び850億ドル引き上げられた。

17 18会計年度成立予算の水準からは約350億ドル増

18 国防省の予算要求約6,860億ドルに加え、他省庁(エネルギー省の核関連プログラム等)の国防関連の予算要求約300億ドルを含めた2019年度の国防予算要求の総額は約7,160億ドル。