第III部 わが国の防衛に関する諸施策
第2節 防衛生産・技術基盤と装備品等の取得について

防衛力が十分に機能を発揮するためには、前節で述べた組織と「人的基盤」だけでなく、各種装備品とこれを支える防衛生産・技術基盤などの「物的基盤」をはじめ、効率的な防衛力整備に密接に関連する装備品などの取得をめぐる枠組の不断の見直しが重要である。
本節では、こうした「物的基盤」の充実・強化にかかわる取組などについて説明する。

1 防衛生産・技術基盤について

1 防衛生産・技術基盤の重要性

防衛生産・技術基盤とは、防衛省・自衛隊の活動に必要な装備品などを開発・製造(購入)・運用・維持・整備・改造・改修するための人的、物的、技術的基盤である。国内に防衛生産・技術基盤を保持することによって、わが国を取り巻く安全保障環境や国土の特性などに適合した運用構想および要求性能を満たす装備品の取得が可能となるほか、装備品を短期間で効果的・効率的に維持・整備できるなど、安全保障の主体性を確保しながら、潜在的な防衛力としての抑止効果を発揮することが可能となる。また、こうした基盤は、海外から装備品を調達する場合や国際共同開発・生産へ参加する際に、相手国との交渉力を確保し、わが国に有利な条件で装備品やその関連技術を取得できるといった意義も有している。
防衛生産・技術基盤は防衛省・自衛隊の防衛力整備や活動になくてはならないものであるが、装備品が高性能化・複雑化する中、動的防衛力を支える即応性、機動性、柔軟性、持続性および多目的性にかかる要求が高まれば高まるほど、多くの面で防衛生産・技術基盤への依存度は増していくことが予想される。したがって、わが国の防衛生産・技術基盤を将来にわたり如何に維持・育成・高度化させていくかということは、きわめて重要な政策課題である。
参照 資料75

2 防衛生産・技術基盤の維持・育成・高度化に向けた取組

後述する防衛生産・技術基盤の現状やその重要性を踏まえ、防衛省では、10(平成22)年9月に報告書「取得改革の今後の方向性」をとりまとめ、安全保障上の重要性や国内産業の競争力強化の観点から、国内に保持すべき重要な防衛生産・技術基盤を特定し、その分野の維持・育成に力を傾注させる「選択と集中」が必要であるという考え方を示した。
また、22大綱および23中期防においても、安定的かつ中長期的な防衛力の維持整備を行うため、防衛生産・技術基盤に関する戦略(以下「戦略」)を策定することが示された。
このような中、防衛省では、10(同22)年11月に学識経験者や防衛関連団体代表者などを構成員とする「防衛生産・技術基盤研究会」1を開催し、戦略の方向性について検討を開始した。

「防衛生産・技術基盤研究会最終報告」を受け取る森本防衛大臣 (12(平成24)年6月)
「防衛生産・技術基盤研究会最終報告」を受け取る森本防衛大臣
(12(平成24)年6月)

(1)防衛生産・技術基盤戦略の検討について
防衛生産・技術基盤研究会は、戦略策定の参考として、12(同24)年6月にこれまでの議論の成果を「防衛生産・技術基盤研究会最終報告」として取りまとめ、防衛省に対して提言を行った。その概要は次のとおり。

ア わが国の防衛生産・技術基盤の現状と課題
わが国には工廠(こうしょう)(国営武器工場)がないため、防衛生産・技術基盤の機能・役割のほとんどは防衛産業によって担われているのが実態である。防衛産業に従事する防衛関係企業の多くは、防衛関係費の増減によって経営が大きく左右されるリスクを回避するため、いわゆる「防衛専業メーカー」になることなく、企業内の民生事業と経営資源の融通をはかりながら防衛事業を維持してきた。しかし、08(同20)年秋のリーマンショックを契機とした世界同時不況や歴史的円高が進展する中、防衛事業を支える民生事業の置かれた状況は厳しく、これまでのように民需に依存する形で防衛事業を維持していくには困難な状況が生じている。
また、厳しい財政事情のもと、防衛関係費が漸減傾向にある中で、平成17年度以降主要な装備品の購入にかかる経費と整備維持に必要な経費の逆転現象が生じているため、「製造」を事業の基本とする防衛産業の事業性は低下していく傾向にある。さらには、わが国の防衛産業の現状はマーケットメカニズムが必ずしも十分に機能しない環境にあり、市場原理に委ねているだけでは、効果的・効率的な基盤が育成されることは期待し得ない。
このような状況に加え、高性能化・複雑化が進む先端装備品の分野では、同盟国・友好国の高い技術を活用しつつ、開発・生産コストを抑制する国際共同開発・生産が大きな流れとなっていることを踏まえれば、資金面でも、技術力の面でもわが国一国ですべての防衛生産・技術基盤を将来にわたり維持していくことは困難な状況にあるといわざるを得ない。
したがって、安定的かつ中長期的な防衛力の維持・整備を実現し、防衛省・自衛隊の活動を支えるために必要な防衛生産・技術基盤の維持・育成・高度化を図っていくためには、国際共同開発・生産を視野に入れつつ、<1>国内に真に保持すべき防衛生産・技術基盤を見極め、<2>その維持・育成・高度化を図る対策を講じていくことが喫緊の課題となっている。
ただし、わが国の防衛生産・技術基盤を取り巻く環境を考えた場合、次の点は「与えられた条件」として認識せざるを得ない。
○ 財政面:厳しさを増す財政事情の中、防衛関係費の大幅な増額を見込むことは困難。
○ マクロ経済面:ものづくり産業の苦境が続く限り、民生事業に頼った形で防衛事業を経営することは困難。また、グローバル化が進む中、企業全体としても防衛事業としてもこれまで以上に国際競争力を付けていくことは必須。
○ 市場面:防衛産業は規制によって縛られており、経済合理性に従った判断ができない環境に置かれていることが明らかであり、企業努力には限界。また、他の先進諸国が採用している武器輸出促進政策をとることは困難。
○ 技術面:高性能化・複雑化する装備品などを一国で開発・生産することはより困難となる傾向。また、ライセンス生産については、従来のように認められないまたは認められる割合が少なくなる傾向。

イ 防衛生産・技術基盤戦略の方向性
以上を踏まえると、わが国は「産業の質的な向上を目指す施策」、「資源の最適配分を実現する産業構造を目指す施策」およびわが国の安全保障に資する一定の範囲内における「国内外の需要拡大を通じた産業支援の施策」の組合せを中心に防衛生産・技術基盤の維持・育成・高度化を図ることが妥当であり、防衛生産・技術基盤戦略はそれに関連する取組を包含するものとすべきである。その際、核となる取組は次のとおり。
<1>  わが国に保持すべき防衛生産・技術基盤
安定的かつ中長期的な防衛力の維持・整備を実現するためには、次の考えに従い、わが国に保持すべき防衛生産・技術基盤(以下「重要分野」)を選定することが妥当である。
○ 国の資源の選択と集中
戦略によって、「重要分野」を選定し、その分野の維持・育成・高度化に注力して、選択と集中を実現することにより安定的かつ中長期的な防衛力の維持・整備を確実なものとする。
○ 防衛関係企業の経営資源の選択と集中
戦略は、防衛産業が、経営上の予見可能性を高め、その収益リスクを抑制し、長期的な視点から設備投資、研究開発、人材育成に取組むための指針足りうるものとする。
○ わが国と安全保障上協力関係にある国との装備品などの協力
戦略において国際共同開発・生産の可能性がある分野を示すことにより、わが国が自国の安全保障に資する国際共同開発・生産に効率よく参加していく環境を整えるものとする。
○ 重要分野における分類
その上で、「重要分野」に選定されたものについては、わが国の独自技術を使用し国内で製造すべき(またはせざるを得ない)という意味での「純国産」対象分野と、諸外国と協力しながら研究、開発、製造するという選択肢も取り得るという意味での「国際共同開発・生産」あるいは「ライセンス国産」の可能性がある分野に整理していくことが妥当である。

わが国の独自技術を使用している純国産の10式戦車
わが国の独自技術を使用している純国産の10式戦車

<2>  防衛産業組織
わが国の防衛産業各分野において、どのような産業組織が効果的かを考えることは重要である。その際、事業連携、部門統合等の産業組織連携・再編(アライアンス)は有効な手段である。

<3>  防衛技術
装備品などの要素技術に着目すれば、民生品技術との間でデュアルユース化、ボーダレス化が確実に進展しているため、中長期的な視点に立った技術研究を行っていくことに加え、デュアルユース化やボーダレス化が進む技術動向を把握し、防衛生産・技術基盤の維持・育成・高度化と両用技術や汎用技術の関係を整理していくことが重要である。

<4>  国際共同開発・生産
重要分野のうち国際共同開発・生産の対象とする可能性があるものを示すことに加え、技術的メリット、コスト面のメリットなど国際共同開発・生産への参加を検討する場合の防衛省としての考え方を記載することが望ましい。

<5>  政府として取るべき施策
○ 防衛省が実施すべき施策
投入された資源に対して最大の効果・成果をもたらすためには、競争環境の構築や調達(契約)手法の改善があげられる。特に、国の安全保障政策と防衛産業がWin-Winの関係になれるような契約に関する制度や調達制度の改善など装備品取得の効率化を図る手段を追求するべきである。
○ 必要な規制・制約
防衛産業である以上、踏まえなくてはならない制約や、必要な規制も存在する。これらについても戦略内で明示することで、わが国の防衛生産・技術基盤が踏まえるべき「与えられた条件」を確認していくべきである。
ただし、わが国の防衛生産・技術基盤の現状を踏まえれば、重要分野の明確化や産業組織のあり方の検討に加え、制約や規制について産業界の創意工夫・効率化を更に引き出すことや、国際共同開発・生産への国としての積極的コミットメントを示すことなど、状況に応じて、「戦略」において規則や制約について新たな考え方を打ち出すことが必要となる場合もあり得る。
○ 関係省庁および産学官の連携
関係者の最適な資源配分や、その成果としての生産性向上につなげる手段として、省庁間や産官学の連携を推進していくことも重要である。

防衛省に納入されたF―2最終号機
防衛省に納入されたF―2最終号機

(2)航空機の生産・技術基盤の維持・育成に向けた取組
ア 戦闘機の生産・技術基盤
自衛隊の主力装備品の一つである戦闘機については、F―2戦闘機の最終号機が11(同23)年9月27日に防衛省に納入され、これ以降は、わが国における戦闘機の生産は、当面の間途絶えることとなった。これまで、継続的な戦闘機の生産、研究開発、戦闘機を運用するために必要な整備や修理により、国内の生産・技術基盤が維持向上され、戦闘機を運用する際に必要不可欠である「高い可動率の維持」、「わが国の運用に適した能力向上等」、「安全性の確保」という三つの要素を確保してきた。このたびの戦闘機の生産中断は、整備・修理などの運用支援能力の低下や、将来の戦闘機に関する研究開発に必要となる技術水準の維持向上が困難になるといった影響を及ぼすおそれがある。
このような生産の空白期間がいかなる影響を与えるのかについては、有識者を含め官民で整理することを目的とした「戦闘機の生産技術基盤の在り方に関する懇談会」において、09(同21)年12月に中間とりまとめ2として、戦闘機の生産技術基盤の将来に向けて、今後取り組むべき課題を3点示した。
○ 「高い可動率の維持」、「わが国の運用に適した能力向上等」、「安全性の確保」という三つの要素に不可欠な基盤は国内に維持するという観点から、今後、戦闘機の運用上国内に維持しなければならない基盤を精査する。
○ 将来の戦闘機に関する研究開発について、中長期的視点に立ったビジョンを策定する。
○ 戦闘機の生産技術基盤の一部には、その他の航空機の開発・生産により維持されるものもあることを踏まえ、自衛隊機の開発時に培われた技術の民間転用などの施策を検討・推進する。

イ 将来戦闘機のコンセプト
10(同22)年8月、F―2戦闘機後継の取得を検討する所要の時期に開発を選択肢として考慮できるよう、将来戦闘機のコンセプトと必要な検討事項などについて、「将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン」3として整理し、公表した。また、防衛航空機産業との間で進むべき方向性についての認識を共有することが重要であることから、「将来戦闘機官民合同研究会」を立ち上げ、わが国の防衛航空機産業との間で定期的に意見交換を行っているところである。

ウ 航空機の民間転用
防衛生産・技術基盤の維持・強化だけでなく、自衛隊機などの調達価格の低減も期待できる防衛省開発航空機の民間転用についても、関係省庁とも連携・協力した検討を進めており、10(同22)年8月に民間転用の具体的な制度設計に向けて、民間転用を実施する企業による国への利用料の支払のあり方や防衛省が保有する技術資料の開示・使用などに関する指針をとりまとめた4。その後、11(同23)年に民間転用を希望する企業の申請への受け皿となる制度を防衛省内に設計5するなど、防衛省として民間転用の実施に向けて取り組んでいる。

民間転用のための技術資料等の開示請求のあったUS―2救難飛行艇
民間転用のための技術資料等の開示請求のあったUS―2救難飛行艇
民間転用のための技術資料等の開示請求のあったC―2輸送機
民間転用のための技術資料等の開示請求のあったC―2輸送機

1)「防衛生産・技術基盤研究会」の概要は、<http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/seisan/gaiyo.html>を参照
2)「戦闘機の生産技術基盤の在り方に関する懇談会」中間とりまとめは、 <http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/sentouki/houkoku/houkoku.html>を参照
3)「将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン」の概要は、<http://www.mod.go.jp/j/press/news/2010/08/25a.html>を参照
4)「防衛省開発航空機の民間転用に関する検討会」のとりまとめについては、 <http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/kaihatsukokuki/houkoku/houkoku.html>を参照
5)11(平成23)年8月には、本制度に基づき企業から提出された申請を初めて承認した。 <http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/kaihatsukokuki/sonota/kaiji_201108.html>を参照
 
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