第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
2 地域紛争の現状
1 アフガニスタン情勢

9.11テロ直後の01(平成13)年10月以来、米国は、各国とともに、アフガニスタンおよびその周辺において、アルカイダやタリバーンに対する軍事作戦を継続している。アフガニスタンでは、「不朽の自由」作戦(OEF:Operation Enduring Freedom)の一環としてのタリバーンなどの掃討作戦やNATO(North AtlanticTreaty Organization)が主導する国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)1による治安維持支援といった取組が行われているほか、地方復興チーム(PRT:Provincial Reconstruction Team)が、アフガニスタン各地で治安環境改善および復興支援を行っている2。また、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA:United Nations Assistance Mission in Afghanistan)は、アフガニスタン政府、ISAF、国連関係機関などの間で政治、復興開発、人道支援といった諸分野で調整を行っている。これに加え、アフガニスタン政府は、国際社会の支援を受け、アフガニスタン治安部隊(国軍・警察)(ANSF:Afghan National Security Forces)の整備など3、治安改善のための努力を行ってきている。
国際社会およびアフガニスタン政府の取組により、アフガニスタンの多くの地域で治安情勢は改善してきているものの、パキスタンと国境を接する南部、南東部および東部の治安は引き続き懸念すべき状況にある。また、首都カブールでも要人の暗殺や公的機関への攻撃などが発生している4
タリバーンは、パキスタン国内に安全地帯を確保し、ISAFやANSFの治安維持活動に対して抵抗を続けているものの、その勢力は弱体化しているとみられている5。米国は対テロ戦争におけるパキスタンの役割を重視しており、パキスタンと実効的なパートナーシップを構築することを目標としているが、11(同23)年には両国間の関係が冷え込む場面も見られた6
アフガニスタン政府は、14(同26)年末までに治安権限の移譲を完了することとしており、11(同23)年7月、第一段階の治安権限移譲が7地域において開始された。さらに、カルザイ大統領は、同年11月、第二段階の治安権限移譲の対象地域を、12(同24)年5月、第三段階の治安権限移譲の対象地域をそれぞれ発表した。11(同23)年6月、オバマ米大統領は、同年7月から米軍の撤収を開始し、同年末までに1万人を、12(同24)年夏までにさらに2万3,000人(11(同23)年からの合計で3万3,000人)を撤収する方針を表明した。また、他のNATO主要国も、14(同26)年に向けて部隊を撤収する方針を発表している7
一方、アフガニスタンの復興には、汚職の防止、法の支配の強化、治安の回復、麻薬対策の強化、地方開発の促進などの課題が山積みしており、引き続き国際社会による支援が必要である。12(同24)年5月、カルザイ大統領とオバマ大統領は、14(同26)年以降も米国がアフガニスタンに駐留する可能性などを盛り込んだ「永続的戦略パートナーシップ協定」8を締結した。また、同月に開催されたNATOシカゴ首脳会合においては、治安権限移譲が完了する14(同26)年末以降のアフガニスタンの治安への永続的なコミットメントを再確認し、同年以降、NATOは戦闘任務から新たな訓練、助言、支援任務に移行することに合意した。

2 中東和平をめぐる情勢

イスラエルとパレスチナの間では、93(同5)年のオスロ合意を通じて、本格的な交渉による和平プロセスが開始されたが、00(同12)年以降に始まった第2次インティファーダ(民衆蜂起)が双方の暴力の応酬に発展し、交渉が中断した。03(同15)年には、イスラエル・パレスチナ双方が、二国家の平和共存を柱とする和平構想実現までの道筋を示す「ロードマップ」を受け入れたが、その履行は進んでいない。その後、08(同20)年末から翌年初めにかけて、ガザ地区からのイスラエルに対するロケット攻撃を受けて、イスラエル軍が同地区に対して空爆や地上部隊の投入などの大規模な軍事行動を行ったことにより、両者間の交渉は中断した。10(同22)年9月、米国の仲介でイスラエル・パレスチナ間の直接交渉が開始されたが、イスラエルによるヨルダン川西岸地区における入植活動をめぐって交渉は再び中断し、現時点で和平合意の実現には至っていない9。なお、パレスチナにおいては、イスラエルとの交渉による和平合意を目指すパレスチナ解放機構(PLO:Palestine Liberation Organization)主流派のファタハと、イスラエルを承認せず対イスラエル武装闘争継続を標榜する、イスラム原理主義組織ハマスの間での抗争が継続するなど、政治的混乱が続いてきたが、11(同23)年5月、ファタハとハマスの双方による暫定内閣樹立などを含む和解合意が成立している 。
イスラエルとシリア、レバノンとの間では、いまだに平和条約が締結されていない。イスラエルとシリアの間には、第三次中東戦争でイスラエルが占領したゴラン高原の返還などをめぐる立場の相違があり、ゴラン高原には、イスラエル・シリア間の停戦および両軍の兵力引き離しに関する履行状況を監視する国連兵力引き離し監視隊(UNDOF:United Nations Disengagement Observer Force)が展開している10。イスラエルとレバノンの間では、06(同18)年のイスラエルとイスラム教シーア派組織ヒズボラとの紛争後、規模を拡大した国連レバノン暫定隊(UNIFIL:United Nations Interim Force in Lebanon)が展開し11、両国間では目立った衝突は発生していないが12、ヒズボラが再び戦力を増強しているとの指摘がある13

3 シリア情勢

シリアでは、11(同23)年3月以降、民主化などを求める反政府デモが各地で発生し、治安部隊との衝突により多数の死傷者が出る事態となった。これを受け、シリア政府は同年4月に緊急事態法の撤廃、12(同24)年2月には新憲法案14の是非を問う国民投票の実施などの措置をとる一方、複数の都市に軍や治安部隊を投入し、武力によるデモの鎮圧を図っており、一部の都市では軍と離反兵士らの衝突も伝えられている15
シリア治安当局によるデモの弾圧に対し、米国や欧州連合(EU:European Union)などは、アサド大統領の退陣を要求するとともに、アサド大統領を含む政権幹部らの資産凍結や渡航禁止、シリアからの石油輸入禁止などの累次の制裁措置を行っている。アラブ連盟は16、11(同23)年11月、関連会合へのシリア政府代表団の参加資格停止やシリアに対する経済制裁措置を決定するとともに、同年12月から12(同24)年1月にかけ、暴力の停止を監視することなどを任務とする監視団をシリアに派遣した。また、国連総会は、11(同23)年12月および12(同24)年2月、シリア政府に対し人権侵害や暴力の即時停止を求めることなどを内容とする決議を採択した17
このような中、コフィ・アナン国連・アラブ連盟合同特使による6項目の提案18の履行をシリア政府側が承認したことなどにともない、12(同24)年4月、国連安保理は、全ての当事者による武器を使用した暴力の停止を監視するとともに、6項目の提案の履行を監視・支援するため、非武装の軍事監視要員などからなる国連シリア監視団(UNSMIS:United Nations Supervision Mission in Syria)の設立を決定する決議第2043号を採択し、UNSMISの要員はシリア国内で活動を開始した。こうした国際社会の努力にもかかわらず、UNSMISの活動開始後もシリア国内における暴力は止まず死傷者数が増大していると伝えられており、12(同24)年6月には暴力の激化によりUNSMISが活動を停止するなど、今後の見通しは依然として不透明である。

4 リビア情勢

リビアでは、カダフィ革命指導者による統治が長期にわたって継続する中、11(同23)年2月に発生した反政府デモに直面して、カダフィ政権は自国民に対して暴力を行使するに至った。この状況に対応するため、国連安保理は、リビアの空域における飛行禁止区域を設定し、またリビアにおける攻撃の脅威のもとにある文民およびその居住地域を保護するために必要なあらゆる措置を講じる権限を国連加盟国に付与する決議第1973号を採択し、これを受けて11(同23)年3月19日、米国、英国、フランスなどから構成される多国籍軍がリビアに対する軍事行動を開始した。初期の段階においては米国が多国籍軍を指揮・統制していたが、同年3月末までに全ての軍事行動の指揮・統制権限がNATOに委譲された19
多国籍軍の軍事行動開始後、反政府勢力によって組織された国民暫定評議会はカダフィ政権との戦闘を優勢に進めて徐々に支配区域を拡大し、11(同23)年8月には首都トリポリをほぼ制圧した。これにより、42年間に及んだカダフィ政権は事実上崩壊した。トリポリ陥落後も、カダフィ前政権側はカダフィ革命指導者の出身地シルトなどを拠点に抗戦を継続したが、同評議会は同年10月20日にシルトを制圧するとともに、カダフィ革命指導者が死亡したことを発表し、同年10月23日には全土解放宣言を行った。これを受けてNATOは同年10月31日、多国籍軍による軍事行動を終了した20
その後、11(同23)年11月22日には、キーブ暫定首相を首班とする暫定政府が発足した。今後、12(同24)年7月に実施予定の国民議会選挙を経て、憲法制定、本格政府への移行などを行うとされており、今後の民主化プロセスの進展が注目される。

5 スーダン・南スーダン情勢

スーダンでは、83(昭和58)年から、北部のアラブ系イスラム教徒を主体とする政府と、南部のアフリカ系キリスト教徒主体の反政府勢力との間の南北内戦が、20年以上継続した。05(平成17)年に南北包括和平合意(CPA:Comprehensive Peace Agreement)が成立したことを受け、国連安保理決議第1590号により設立された国連スーダン・ミッション(UNMIS:United Nations Mission in Sudan)が展開、CPAの履行支援、難民および国内避難民の帰還の促進・調整などを開始した。09年(同21)年7月、常設仲裁裁判所(PCA:Permanent Court of Arbitration)がスーダン中央部アビエ地域の境界線の最終判決を発表し、同年12月末には南部独立およびアビエ地域帰属を巡る住民投票法案が成立した21。11(同23)年1月には、CPAに基づいて、南部スーダンの分離・独立を問う住民投票が行われ、同年2月、南部スーダン住民投票委員会は、南部スーダンの分離が98.83%の圧倒的多数で支持された旨の最終結果を発表した。この結果を受けて、同年7月9日に南スーダン共和国が独立し、また前日に国連安保理が採択した決議第1996号に基づき、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS:United Nations Mission in the Republic of South Sudan)が設立された22。12(同24)年2月には、南北スーダンがアフリカ連合仲介のもと、相互不可侵および協力に合意したものの、独立後も、アビエ地域の帰属を含む南北国境線画定や南スーダン産石油の南北間の収益配分などの未解決の課題をめぐる交渉は停滞している。また、同年3月下旬以降には、スーダン軍が南スーダン領ユニティ州へ空爆を行う一方で、南スーダン軍がスーダン領南コルドファン州のヘグリグを制圧するなど、両国間の軍事的緊張が高まった。このような情勢を受けて、国連安保理は同年5月、両国がすべての敵対行為を即時停止すべきことなどを決定する決議第2046号を採択しており、今後の動向が注目される。
また、スーダン西部のダルフール地方では、03(同15)年頃から、アラブ系の政府とアフリカ系反政府勢力の間で紛争が激化した。大量の国内避難民の発生などもあり、国連をはじめとする国際社会はダルフール問題を深刻な人道危機として扱っている。06(同18)年5月に政府と主要な反政府勢力の一部の間でダルフール和平合意(DPA:Darfur Peace Agreement)が成立したことを受け、07(同19)年7月、国連安保理はダルフール国連・AU合同ミッション(UNAMID:AU/UN Hybrid Operation in Darfur)の創設を決定する決議第1769号を採択した。10(同22)年2月以降、国連・AU・カタールなどが仲介し、カタールの首都ドーハにおいて、スーダン政府と「正義と平等運動(JEM:Justice and Equality Movement)」をはじめとするダルフールの反政府勢力との間で和平協議が断続的に行われている。11(同23)年7月にはスーダン政府と「解放と正義の運動(LJM:Liberation and Justice Movement)」は、ダルフール和平に関する合意文書(DDPD:Doha Document for Peace in Darfur)に署名した。しかし、スーダン政府軍と反政府勢力との戦闘が継続して発生しているほか、反政府勢力の協議への不参加や資金不足などもあり、履行プロセスは遅延している。

6 ソマリア情勢

ソマリアでは、91(同3)年以降、無政府状態が継続した後、05(同17)年に「暫定連邦政府」(TFG:Transitional Federal Government)が発足したが、これと対立するイスラム原理主義組織「イスラム法廷連合」(UIC:Union of Islamic Courts)などとの間で戦闘が激化した。06(同18)年12月、エチオピア軍がTFGの要請を受けて軍事介入し、UICを駆逐した。翌07(同19)年1月、AUソマリア平和維持部隊(AMISOM:African Union Mission in Somalia)が創設され、また、08(同20)年8月には、ジブチにおいて、UICなどが結成した「ソマリア再解放連盟」(ARS:Alliance for the Re-Liberation of Somalia)とTFGとの間で、和平合意が締結された。09(同21)年1月、ARS指導者のシェイク・シャリフがTFGの新大統領に選出されたが、同年5月以降、反政府イスラム武装勢力「アル・シャバーブ」などとTFGとの戦闘が激化するなど、依然として緊張状態が続いている。また、ケニアは同国のソマリア国境付近で相次いだ外国人誘拐23をアル・シャバーブによるものとみなし、11(同23)年10月には、アル・シャバーブ掃討のためにソマリアへ部隊を展開させるなど、ソマリア情勢は新たな局面を迎えている。
同国周辺海域では、08(同20)年以降、海賊・武装強盗事案が急増しており24、国連安保理は、同年夏以降累次にわたり、各国に海賊対策のための艦船の派遣などを要請する決議を採択した。このような状況の中、現在、各国がソマリア沖・アデン湾に艦船などを派遣し、海賊対策活動を行っている。


1)国連安保理決議第1386号(01(平成13)年12月20日)により、カブール周辺の治安維持を主たる任務として設立が承認された。03(同15)年12月以降、展開地域を逐次拡大し、06(同18)年10月からはアフガニスタン全土に展開している。ISAFの任務は14(同26)年末までに完予定とさ れている。12(同24)年5月現在、50か国から約13万人の兵員が派遣されている。
2)PRTは、アフガニスタン中央政府の権威の地方への拡大を目的として、軍人および文民復興支援要員から構成され、治安環境改善と復興事業を行っている。12(平成24)年4月現在、28個のチームが各地で活動している。
3)アフガニスタン治安部隊の規模は約34万4千人(国軍約19万5千人、警察約14万9千人)(12(平成24)年5月現在)である。治安部隊の規模は、同年10月までに約35万2千人まで拡大し、3年間維持した後、規模を縮小するとしている。
4)11年(平成23)年7月、カルザイ大統領の顧問ジャン・モハンメド・カーン氏らが自宅で殺害され、同年9月にはラバニ元大統領(高等和平評議会議長)が自爆テロにより自宅で殺害された。また、同月には米国大使館などがロケット弾により攻撃される事件が発生したほか、12(同24)年4月には、日本を含む各国大使館やISAF司令部などがロケット弾などにより攻撃される事件が発生した。いずれの事件もカブール市内で発生している。
5)米国防省「アフガニスタンの治安と安定の進捗に関する報告書」(2012年4月)など
6)11(平成23)年5月の米軍によるウサマ・ビン・ラーディン殺害に関し、米軍がパキスタンへ通知せずに作戦を行ったことや、同年11月に、ISAFのヘリコプターがパキスタンの国境哨所を攻撃したことなどが要因とみられている。
7)11(平成23)年7月、カナダ軍は戦闘部隊の撤収を開始し、以降は訓練部隊のみが駐留している。また、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ポーランドなども撤収の意向を示している。
8)12(平成24)年5月現在、アフガニスタンは、インド、イタリア、フランス、イギリスおよびオーストラリアとも長期戦略的パートナーシップ協定などを締結している。
9)交渉再開の見通しが立たない中、11(平成23)年9月、パレスチナは、国家としての国連加盟を申請したが、新規加盟に関する安保理委員会は、同年11月、安保理への加盟勧告について、「全会一致での勧告を行うことができなかった」とする報告書を提出した。
10)同地域においては、国連休戦監視機構(UNTSO:United Nations Truce Supervision Organization )の軍事監視要員も活動を行っている。
11)同上
12)10(平成22)年8月、国境地帯で両国軍兵士による限定的な銃撃が発生し、死傷者を出す結果となるなど、時折緊張が高まる場面も見られるが、事態の拡大には至っていない。
13)国連事務総長による安保理決議第1559号の履行に関する安保理への報告書(10(平成22)年4月)など
14)旧憲法から「バアス党が国家、社会の指導的政党である」との条項を削除し、大統領の任期制を導入するなど、一定の改革を含む内容
15)国連人権理事会の独立国際調査委員会報告書によると、11(平成23)年3月15日から12(同24)年2月15日までの死者は8,079人に上り、同年2月15日から同年5月10日までさらに207人の死者が確認されたとしている。また、こうした状況の中、11(同23)年5月および6月には、イスラエルに抗議するパレスチナ支持者のデモ隊がシリア側からイスラエル占領下のゴラン高原に侵入を試み、イスラエル軍と衝突、死傷者が生じる事案が発生した。
16)加盟国は21か国と1機構(エジプト、イラク、サウジアラビア、シリア、レバノン、ヨルダン、イエメン、アルジェリア、バーレーン、ジブチ、クウェート、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、カタール、ソマリア、スーダン、チュニジア、アラブ首長国連邦、コモロ、パレスチナ(PLO))
17)国連安全保障理事会では、11(平成23)年10月および12(同24)年2月、シリア情勢に関する決議案が中国とロシアの拒否権行使により否決された。一方、12(同24)年2月、60か国および国際機関(国連、欧州連合(EU)、イスラム協力機構(Organisation of the Islamic Cooperation)、アラブ・マグレブ連合(Arab Maghreb Union、アルジェリア、チュニジア、モーリタニア、リビア)、アラブ連盟、湾岸協力理事会(The Cooperation Council for the Arab States of the Gulf))の代表が参加して実施されたシリア・フレンズ(Group of Friends of the Syrian People)」会合は、同旨の議長声明を採択している。
18)<1>シリア主導の政治対話における特使との協力を約束、<2>戦闘を中止し、国連の監視下での全ての当事者によるすべての形態の暴力の停止を約束、<3>人道支援の提供を確保するため、1日2時間の人道的な休戦の受入れおよびその実施、<4>恣意的に拘束された人々の釈放を拡大、 <5>報道関係者の移動の自由などを確保、<6>結社の自由および平和的なデモを行う権利の法的担保、の6項目からなる。
19)当初、米国の統合軍の一つであるアフリカ軍が多国籍軍の指揮・統制を行っていた。NATOへの権限委譲の後は、作戦連合軍最高司令部のもと、イタリアのナポリに所在する統合軍司令部が、それぞれトルコのイズミルとナポリに所在する航空部隊司令部と海上部隊司令部を指揮・統制した。
20)NATOの軍事作戦は「一体化した保護者作戦」(Operation Unified Protector)と呼称され、<1>リビア政府軍による攻撃からの市民の防護、<2>飛行禁止区域の設定、<3>リビアに対する武器禁輸の強化の3つの要素で構成されていた。全ての指揮・統制権限がNATOに委譲された11(平成23)年3月末以降、多国籍軍による航空作戦における出撃は約2万6,500回以上、そのうち爆撃任務のための出撃は約9,700回以上に及んだ。
21)アビエ地域は南北紛争時の激戦地の一つで、豊富な石油資源が埋蔵されていることなどから南北双方が領有権を主張している。包括和平合意(CPA)により同地域の帰属は11(平成23)年1月の住民投票によって決定されることが定められていたが、住民投票は行われておらず、未だ帰属は確定していない。同年5月には、スーダン政府軍(SAF)とスーダン人民解放軍(SPLA)との間で武力衝突が発生。同年6月、安保理は決議第1990号により、同地域に国連アビエ暫定治安部隊(UNISFA:United Nations Interim Security Force for Abyei)を設置した。
22)当初のマンデート期間は1年間とし、最大7,000人の軍事要員、最大900人の警察要員などからなる。UNMISSの任務は平和と安全の定着および南スーダンにおける発展のための環境の構築の支援であり、南スーダン政府に対し、<1>平和の定着ならびにそれによる長期的な国づくりおよび経済開発に対する支援、<2>紛争予防・緩和・解決および文民の保護に関する南スーダン政府の責務の履行に対する支援、<3>治安の確保、法の支配の確立、治安部門・司法部門の強化に対する支援などを行う。
23)たとえば、11(平成23)年9月には、ケニアのリゾート地であるラム島において英国人夫婦が不明集団に襲われたほか、同年10月には、ラム島の対岸でフランス人女性が連れ去られたと伝えられている。
24)国際海事局(IMB:International Maritime Bureau )によれば、11(平成23)年にはソマリア海賊による被害が237件(アデン湾で37件、ソマリア沿岸で160件、紅海上で39件、オマーン沿岸で1件)発生した。
 
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