第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
3 多様な事態への対応能力を確保するための各国の努力

欧州では多くの国が、財政状況が厳しさを増す中で、国防費削減に向けた努力を見せており、軍事力の近代化に取り組むと同時に量的な削減や合理化を進め、他国との防衛・安全保障協力、とりわけ兵器の共同研究・開発や共同調達に加え、共同運用にも積極的な姿勢を見せている1。英国とフランスは10(平成22)年11月の首脳会議において、二国間の防衛・安全保障協力に関する条約と、核施設の共用等に関する条約2に署名し、共同部隊の創設や共同での装備品の運用、訓練、研究開発などを進めていくことで合意した3。このような二国間もしくは多国間アプローチを交えた、各国における国防・軍改革の取組は、今後とも注目される。

1 英国

英国は、冷戦終結以降、英国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの新たな脅威に対処するため、特に海外展開能力の強化や即応性の向上を主眼とした軍改革を進めてきた。
10(同22)年5月に発足したキャメロン政権は、特にアフガニスタンにおける作戦の長期化による軍の疲弊や、財政状況の悪化にともなう国防費削減圧力の高まりの中で、一貫性のある防衛能力の整備と、将来にわたり持続可能な防衛計画の策定を目指した。そして、新設した「国家安全保障会議」(NSC:National Security Council)4のもと、「戦略防衛・安全保障見直し」(SDSR:Strategic Defence and Security Review)を行い、同年10月に、「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)とともにその結果を発表した5
NSSは、今後5年から20年の間に具現化する可能性のあるリスクをその蓋然性と影響度の点から網羅的に評価した上で、国際テロ、サイバー空間に対する攻撃、大事故や自然災害、国際的軍事危機の4つを最も優先的に対応すべきリスクとして設定した6。そしてSDSRにおいて、アフガニスタンにおける任務や国防予算にかかる制約などを踏まえ7、2020年の英軍のあるべき姿を提示し、即応性に応じた柔軟な部隊構成・展開体制を組むことで兵員の負担軽減を図るとともに、兵力や主要装備の削減、調達計画の見直しを進めることとしている8
さらに国防省は、より簡素でより効率的な国防組織の創出、および国防運営費用の大幅削減を目的とし、10(同22)年8月から「国防改革見直し」(Defence Reform Review)を行っており、11(同23)年6月には、官民の専門家から成る国防改革運営委員会が改革への提言をまとめた報告書を公表した。本報告書に盛り込まれた53の提言すべてが国防相により承認されている9。現在、14(同25)年4月に改革を完了させることを目標に、各々の提言に対する取組が進められている。

2 ドイツ

ドイツは、冷戦終結以降、兵力の大幅な削減を進めるとともに、NATO域外への連邦軍派遣を積極的に進め、NATOやEU、国連などの多国間機構の枠組において紛争予防や危機管理を含む多様な任務を遂行する能力の向上を主眼とした軍改革を進めてきた10
06(同18)年に12年ぶりに発行された「国防白書」においては、連邦軍の中心任務は引き続き伝統的意味における自国防衛および集団防衛であるが、国際テロとの戦いを含めた紛争予防および危機管理がもっとも生起する可能性の高い任務であるとし、連邦軍の能力を上記の任務に適合させるため、軍を介入部隊、安定化部隊、支援部隊という3つの機能別の統合部隊へと再編する11ほか、戦略輸送能力、世界規模での偵察能力、効率的で相互運用性の高い指揮能力などの強化に資源を重点配分することとした12。11(同23)年に8年ぶりに策定された「国防政策の指針」(VPR:Verteidigungspolitischen Richtlinien)においてドイツは危機および紛争の予防・封じ込めに積極的に参加する姿勢を示しており、欧州の域内外における多様な脅威に対応するためには、政府横断的な方策を講じるとともに、NATOおよびEUの枠組における軍の協力、標準化、相互運用性の推進が不可欠であるとしている13
連邦軍改革に関しては、11(同23)年4月、徴兵制の運用停止や、総兵力を現行の25万人から18万5千人へと削減する内容を含む連邦軍改革法が成立した14。同法に基づき、11(同23)年9月から10月にかけて、改革後の軍および国防省の機構の概要、主要装備の保有数、ならびに「駐屯地再編構想」(Die Stationierung der Bundeswehr inDeutschland)が発表されており、これらの軍改革の細部計画に関しては今後順次策定される予定となっている15

3 フランス

フランスは、冷戦終結以降、防衛政策における自立性の維持を重視しつつ、欧州の防衛体制および能力の強化を主導してきた。軍事力の整備については、人員の削減や基地の整理統合を進めながら、防護能力の強化などの運用所要に応えるとともに、情報機能の強化16と将来に備えた装備の近代化を進めている。
08(同20)年6月に発表した「国防白書」においては、<1>情勢の的確な認識・予測、<2>危機の予防、<3>核抑止17、<4>国民・国土の防護、<5>海外介入18を国家安全保障戦略の5本柱として、これらの機能を強化し、柔軟に組み合わせながら今後15年間の戦略環境の変化に対応していくとしている。
09(同21)年7月には、「国防白書」で示された国防・国家安全保障戦略を踏まえた防衛力整備に関する中期計画として、「2009年−2014年軍事計画法」が議会承認され、国防・国家安全保障会議および国家情報会議の創設19、装備関係予算の増大、軍人・文官合わせて5万4,000人の人員削減などを進めるとしている。
対外関係に関してはEUの安全保障面での強化とNATOとの関係刷新をかかげ、軍事機構脱退以降の情勢変化、とりわけEUとNATOが補完関係にあることを踏まえ、09(同21)年4月、NATOの統合軍事機構へ復帰した。


1)10(平成22)年9月には、オランダ、ベルギー、ドイツおよびフランスの欧州4か国が、C―130やA―310といった各国の輸送機および空中給油機約200機を共同で運用する欧州航空輸送司令部(EATC:European Air Transport Command)を創設した。このほかにも、NATO加盟国を中心として、C―17輸送機3機の共同調達・管理・運用を進める戦略航空輸送能力(SAC:Strategic Airlift Capability)イニシアティブや、ロシアおよびウクライナ保有のAN―124大型輸送機2機を共同でチャーターする戦略航空輸送暫定ソリューション(SALIS:Strategic Airlift Interim Solution)などの枠組が創設されている。
2)フランスに放射線映像/流体力学実験施設、英国に技術開発センターを共同で建設・運用する計画に合意している。
3)非常設の共同統合派遣部隊の創設や空母の共同運用、A400M輸送機の共同支援計画の策定および共同訓練、無人機、次世代原潜などの装備の共同研究開発を進めていくことで合意している。
4)首相を議長とし、国家安全保障に関わる主要閣僚と、必要に応じて軍参謀総長、情報機関の長らが出席。新設された国家安全保障補佐官(NSA:National Security Adviser)が会議全体の調整役を担う。外交、防衛、エネルギー、国際開発その他の国家安全保障に関係するすべての政府部門の所掌任務を最も高いレベルで統合することで、各部門に高度な戦略的指針を提示し、直面する危機への対応策を調整することを任務とする。
5)キャメロン政権は、新しいNSSにおいて、英国を取り巻く戦略的背景を分析するとともに国家の戦略目標を規定し、SDSRにおいて、NSSが示した目標を達成するための方策・手段を規定して、防衛・安全保障に関する一体の国家戦略を構成するものとした。また、今後はNSCによる定期的な見直しのもと、新しいNSSとSDSRを5年ごとに策定・公表するとしている。
6)新しいNSSは、このように戦略的背景を分析した上で、1安全かつ強靭な英国の確立、2安定的な世界の形成という2つの戦略目標を設定し、不安定化要因の根源への対応や必要に応じた同盟国・パートナー国との協力といった8つの国家安全保障任務を設定した。
7)10(平成22)年10月に、NSS・SDSRに続けて公表された財務省による「歳出見直し2010」(Spending Review2010)は、国防費について14―15(同26―27)年までに、アフガン作戦費用などを除いた非前線分野での最低43億ポンドの節減を含めて、実質8%削減するとしている。
8)SDSRは、15(平成27)年までに海軍5千人、陸軍7千人、空軍5千人の兵力削減のほか、国防省文官数の2万5千人削減、現有の空母「アーク・ロイヤル」の即時退役、主力戦車の40%削減、F―35統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter )の調達機数削減などを決定した。また、現在2万人とされる在独英軍を同年までに半数撤退させ、20(同32)年までに残り全てを撤退させるとした。さらに新型空母については、2隻の建造を進めながらも1隻のみを運用することとした。
9)報告書では、国防相を議長とする新しくより小さな国防評議会の創設、事務次官や総参謀長を含む高官の責任の明確化、中央組織のスリム化などが提言されている。
10)ドイツは、東西統一時に50万人以上保有していた兵力を、10(平成22)年までに25万人体制へと削減した。また、94(同6)年7月に、連邦憲法裁判所が国連やNATOなど多国間枠組のもとで行われる国際任務への連邦軍派遣を合憲と判決して以降、バルカン半島やアフガニスタンにおける治安維持・復興支援活動、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処などの国際任務に積極的に参加している。
11)介入部隊は、最新の装備を有する即応部隊であり、NATO即応部隊やEUバトルグループの作戦など多国間で行われる高強度の作戦において、軍事的によく組織された敵に対応し、平和安定化作戦の実施基盤を整える。安定化部隊は、低・中強度の比較的長期間にわたる作戦において、軍事的にある程度組織された敵に対応し、平和安定化作戦を遂行する。支援部隊は、指揮組織や教育訓練組織の運営を行うなど、介入部隊と安定化部隊の作戦準備および作戦遂行をドイツ国内や作戦地域で支援する。なお、こうした機能別の部隊への再編はすでに行われているものの、その効果をめぐっては未だ議論があり、例えばグッテンベルグ前国防相の諮問機関である「機構検討委員会」が10(平成22)年10月に発表した連邦軍改革に関する報告書においては、機能別部隊への再編は軍の運用に関する「不必要な複雑さを招いた」として見直しを求めている。
12)具体的には、A―400M輸送機の導入計画が進められているほか、5機の合成開口レーダ搭載衛星SAR-LUPEを08(平成20)年7月までに打ち上げ完了している。
13)11(平成23)年のVPRは、「救難・退避作戦任務を除き、連邦軍の国外への派遣は、国連、NATO、EUの枠組で、他の同盟国・パートナー国との共同において実行する」としている。また徴兵制の停止によって生じる軍の人員モデルを改革する必要性にも言及している。
14)同法案に基づき、徴兵制は11(平成23)年7月1日をもって運用が停止され、代わって1万5,000人規模の新しい志願制が導入された。ただし、ドイツ基本法上の徴兵制に関する規定は、今後も存続することとされている。
15)現時点における主な決定事項としては、1陸海空全軍の規模を約22万人から最大18万5,000人に削減(うち職業軍人(予備役を含む。)17万人、志願兵5,000人〜1万5,000人)、2国防省職員数を3,400人から約2,000人に削減し、各部局における軍人と文官の融合などを推進、3394の駐屯地を264に削減などが挙げられる。
16)フランスは「2009年−2014年軍事計画法」において、テロや組織犯罪対策、大量破壊兵器などの不拡散を扱う情報分野における人員増を計画しているほか、宇宙分野への重点投資を進めるとしており、20(平成32)年までの宇宙関連予算の倍増や、新型光学衛星の打ち上げを目指すとしている。また、09(同21)年2月には、欧州初となる早期警戒衛星の技術実証衛星「スピラル」の打ち上げに成功しており、10(同22)年7月には、統合参謀長隷下に統合宇宙司令部が創設されている。
17)08(平成20)年3月の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered )「ル・テリブル」の進水式で、サルコジ大統領(当時)は、核戦力について、核拡散などのリスクが存在する中で死活的利益を侵す国家からの攻撃に対してフランスを究極的に守るものであり、潜水艦発射型と航空機発射型の双方を維持することが不可欠であるとの見解を示した。同時に、航空機発射型核戦力の3分の1を削減することを決定したと発表し、これによりフランスの保有する核弾頭数は300以下となるとした。
18)フランスは「国防白書」において、大西洋から地中海、アラブ・ペルシア湾、インド洋にいたる一帯を優先的地域と定め、そこに紛争予防および介入の能力を集中させるとしており、「2009年−2014年軍事計画法」では、国土から8,000km以内に陸軍3万人、戦闘機70機、1個の空母機動部隊を投入可能とする戦力整備目標を定めている。また、09(平成21)年5月には、国外への基地開設としては約50年ぶりとなる軍事基地をUAEに開設した。
19)国防・国家安全保障会議は、大統領が議長を務め、首相、外相、内相、国防相、経済担当相、予算担当相のほか、必要に応じてその他の閣僚が参加し、国防・国家安全保障事務総長による調整を受けて、軍事計画や核抑止、治安、テロ対策まで国家安全保障に関わるすべての問題を取り扱う。国防・国家安全保障会議のうち、情報分野に特化したものが国家情報会議であり、国家情報調整官による取りまとめのもと、各情報機関の情報を集約し、それぞれの戦略指針や優先事項を設定する。
 
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