第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
2 安全保障の枠組の強化・拡大
1 紛争予防・危機管理・平和維持機能の強化

(1)新たな役割に必要な体制の整備
加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動の重点を紛争予防や危機管理へと移行させており1、遠方の地域に迅速に展開して多様な任務を遂行し、新たな脅威に対処する能力の強化を目的として、機構改革2やNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の整備3をはじめとする軍事能力の改革を進めてきた。
10(平成22)年11月にリスボンで開催されたNATO首脳会合においては、11年ぶりとなる新しい戦略概念4が採択され、より効率的で柔軟性のある同盟への改革に向けた、今後10年間の指針が提示された。同文書においてNATOは、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、テロリズム、域外の紛争・不安定、サイバー攻撃などを主な脅威としてあげるとともに、<1>NATOの基本条約である北大西洋条約第5条に基づく集団防衛、<2>紛争予防や紛争後の安定化・復興支援を含む危機管理、<3>軍備管理・軍縮、不拡散への積極的な貢献を含む協調的安全保障、の3つをNATOの中核的任務と規定している。また、これと同時に採択されたリスボン宣言は、このような任務を達成するために必要となる能力の整備に向けて資源をより効率的に活用するため、多国間アプローチを含む、より低コストで革新的な能力構築手段の検討や、機構改革の推進を継続するとしている。
革新的な能力構築のための取組として、NATOは、「スマート防衛」(Smart Defence)構想5を推進している。これは、多国間協調によって、より少ない資源でより確実な安全保障を実現することを目的とした考え方であり、1優先的に投資すべき分野の選別6、2加盟国がそれぞれの得意分野に特化7、3装備品の共同調達や共同運用の推進、を構想の柱としている。11(同23)年10月のNATO国防相会合において本構想の推進が承認され、12(同24)年2月のNATO国防相会合においては、本構想の主要プログラムである、無人航空機による地上監視(AGS:Alliance Ground Surveillance)システムに関する加盟国の費用負担について合意された8。12(同24)年5月にシカゴで開催されたNATO首脳会合では、NATOの指揮統制のもとで加盟国の迎撃ミサイルやレーダーなどを連接させ、弾道ミサイル攻撃からNATOの諸国民と領域を防衛するミサイル防衛9について、暫定的な能力(InterimCapability)10を獲得したことが宣言されるとともに、路肩爆弾を除去するための遠隔操作ロボットの共同調達、海上哨戒機の共同管理など、20以上の多国間プロジェクトが承認された。

機構改革の推進に関しては、11(同23)年6月のNATO国防相会合において、軍事指揮機構やNATO関連機関の効率化および簡素化についての改革案が承認され、現在これを実施中である11
EUは、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)12のもと、安全保障分野における取組を強化しており、03(同15)年に採択した初の安全保障戦略文書「よりよい世界の安定した欧州」において、新たな脅威に対処する能力を強化し、欧州近隣地域への関与を通じてその安全保障に貢献するとともに、米国やその他のパートナー諸国、および国連などの国際機構と協力しながら、より効率的な多国間主義に基づく国際秩序の形成を先導することを目指すとしている。
また、EUは、NATOとは異なり、欧州の領土防衛を任務とはしていないものの、NATOが介入しない場合において独自に平和維持などの軍事活動を行うため、NATOとの連携強化とともに必要な体制を整備するための取組を進めてきた。07(同19)年1月には、常時2個のバトルグループ13の待機態勢が整備されたほか、ブリュッセルにEU独自の作戦センターが設置された。09(同21)年には、緊急作戦に限定されていたバトルグループの運用について、その有用性と柔軟性を高めていくこととされた。
EUは、09(同21)年に新設された外務・安全保障政策上級代表14および同上級代表の補佐機関として10(同22)年に新設された欧州対外活動庁(EEAS:European External Action Service)15のもと、EUおよび各加盟国の政策に一貫性を持たせつつ、互いに相乗作用を生み出すような、より統合されたアプローチを追求するとしている。
(図表I―1―8―1参照)

図表I―1―8―1 欧州の安全保障機構(12(平成24)年4月末現在)

(2)新たな役割への取組
NATOは、03(同15)年8月から、初の欧州域外での作戦として、アフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)を主導している。10(同22)年11月にリスボンで開催されたNATO首脳会合では、アフガニスタンによる治安主導体制への移行を14(同26)年末までに完了するという行程表に則り支援を続けていくことについて合意し、11(同23)年7月以降、アフガニスタン治安部隊(ANSF:Afghanistan National Security Force)への治安権限移譲を進めている。12(同24)年5月にシカゴで開催されたNATO首脳会合では、13年半ば以降、ANSFがアフガニスタン全域において戦闘任務を主導する一方で、ISAFはANSFへの支援任務に移行し、14年末に治安権限移譲を完了させることで合意した。また、ISAFの任務終了後も、ANSFの訓練、助言、支援を行うなど、引き続きアフガニスタンに関与していくことが確認された。
イラクにおいては、04(同16)年6月以降、イラクNATO訓練ミッション(NTM-I:the NATO Training Mission-Iraq)がイラク治安部隊の訓練を行っていたが、11(同23)年末にイラクでの任務を終了し、NATOの要員はイラクから撤収した16。08(同20)年2月に独立を宣言したコソボにおいては、99(同11)年6月以降、コソボ国際安全保障部隊(KFOR:Kosovo Force)の枠組で治安維持などの任務を継続している。また、リビアにおいては、カダフィ政権による自国民への武力弾圧を受け、11(同23)年3月に「ユニファイド・プロテクター作戦」(OperationUnified Protector)を開始し、文民保護のためのカダフィ政権側への空爆をはじめ、武器禁輸履行のための船舶臨検、飛行禁止空域の設定・維持などの任務を約7か月間にわたって主導した。

NATOは01(同13)年10月以降、テロとの戦いにおけるNATOの結束と決意を示すとともに、地中海域におけるテロ活動を探知・抑止することを目的として、「アクティブ・エンデバー作戦」(OAE:Operation Active Endeavour)を行っており、加盟国の海軍から構成される常設海上部隊(SNMG:Standing NATO Maritime Group)が、地中海上の監視や民間船舶の護衛、不審船の取り締まりといった任務にあたっている17
また、欧州諸国は、ソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動に積極的に関与している。NATOは、08(同20)年10月以降、SNMGの艦船を同海域に派遣して海賊対処活動に従事させており、09(同21)年8月以降行っている「オーシャン・シールド作戦」では、艦船による海賊対処活動に加えて、要請があった国に対して海賊対処能力強化の支援を行うことも任務としている。EUは、08(同20)年12月から初の海上任務となる同海域での海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っており、各国から派遣された艦船や航空機が船舶の護衛や同海域における監視などを行っている18
EUは、03(同15)年、マケドニアにおいて、NATOの装備や能力を使用して19、初めて平和維持活動を主導した。これ以降、ボスニア・ヘルツェゴビナなどの欧州地域のみならず、コンゴ民主共和国、チャドおよび中央アフリカなどの欧州域外へも部隊を派遣するなど、危機管理・治安維持の分野における活動20に積極的に取り組んでいる。
(図表I―1―8―2参照)

図表I―1―8―2 NATOおよびEUにおける能力整備の動向
2 安全保障の枠組の地理的拡大とパートナーシップ

NATOは、地域全体の安定を目的として、冷戦終結後いわば安全保障上の空白地帯となった中・東欧地域への拡大を継続してきた21
NATOは、10(同22)年に採択された新しい戦略概念において、価値を共有する欧州諸国に対して、同盟への参加の門戸を完全に開放し続けるとしている22。さらに、NATO非加盟の欧州諸国との信頼醸成や相互運用性の向上を目指す「平和のためのパートナーシップ」(PfP:Partnership for Peace)23、地中海地域の安定を目指す地中海ダイアローグ(MD:Mediterranean Dialogue)24などの既存の枠組に加えて、オーストラリアや日本、韓国など世界におけるパートナー(Partners across the Globe)25と呼ばれる各国との関係に見られるようなより柔軟な形態を通じて、域内外の諸国および国連やEUなどの国際機構との協力関係を強化するとしている。
NATOとロシアの関係では、9.11テロ以降、安全保障上の共通の課題に対処する必要性から、02(同14)年、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)26が設立され、テロに対する取組、軍備管理、戦域ミサイル防衛などの分野で対話や協力の模索が続けられている27
EUについても、04(同16)年にポーランドやチェコなど10か国が加盟し、07(同19)年1月にはブルガリアおよびルーマニアが加盟するなど、中・東欧に加盟国を拡大している。
(図表I―1―8―3参照)

図表I―1―8―3 NATOとEU加盟国の拡大状況

1)北大西洋条約第5条に規定されている集団防衛(域内における集団的自衛)の任務に対し、紛争予防や危機管理の任務は「非5条任務」と呼ばれる。
2)03(平成15)年6月のNATO国防相会合における決定により、地理的な区分に基づいていた従来の戦略レベルの軍事機構を、機能的な区分に基づき、NATOによる作戦遂行全般に責任を持つ作戦連合軍(ACO Allied Command Operation )と、訓練・教育の実施やドクトリンの研究・構築などを通じてNATO軍事能力の変革および相互運用性の向上に責任を持つ変革連合軍(ACT:Allied Command Transformation)の2つへと改編した。また、文民機構については、10(同22)年8月、テロ、大量破壊兵器の拡散、サイバー防衛、エネルギー安全保障などの非伝統的なリスクや課題を取り扱い、国際情勢の分析・予測などを担当する「新規安全保障課題局」(Emerging Security Challenges Division)が国際事務局内に新設され、活動を開始した。
3)NRFは、全世界のあらゆる事態に迅速に対応することを任務とし、02(平成14)年より整備が進められ、06(同18)年11月に完全な作戦能力の保有が宣言された。欧州軍団(Eurocorps)や独蘭軍団など、高度な即応態勢下にある多国籍統合部隊の6か月ごとの持ち回りにより運用されている。
4)戦略概念(strategic concept)は、NATOの目的、性格、基本的な安全保障上の任務について規定する公式文書であり、今回で7回目(49、52、57、68、91、99、10年)の策定となる。
5)スマート防衛構想は、11(平成23)年2月のミュンヘン安全保障会議において、ラスムセンNATO事務総長が「緊縮の時代における安全保障の構築」と題した演説の中で提起し、欧州各国における国防費の削減やリビアへの軍事作戦において米欧間の軍事力格差が露呈したことなどを背景に、NATOにおいて推進されている構想である。
6)10(平成22)年11月のリスボン首脳会合では、ミサイル防衛、サイバー防衛、医療支援、情報収集などを優先的に投資すべき11の重点分野として位置づけた。
7)すべての加盟国があらゆる防衛能力を有する必要はなく、それぞれが得意な防衛能力に特化し、それらを同盟国内で共有することを示している。既に行われている具体例として、バルト諸国はNATO内の同盟国に領空の警備を依存し、高価な航空機の購入・維持への投資を断念する代わりに、アフガニスタンにおけるISAFの取組において一定の貢献を果たしている。
8)米国の無人航空機RQ―4(グローバルホーク)が米国、ドイツ、イタリアなど13か国により5機購入され、15(平成27)年から17(同29)年にかけて配備される予定である。12(同24)年5月にシカゴで開催されたNATO首脳会合の機会に調達契約が署名された。
9)NATOは05(平成17)年以降、射程3,000kmまでの短・中距離弾道ミサイルの脅威から展開中のNATO部隊を防衛することを目的として、ALTBMD(Active Layered Theatre Ballistic Missile Defence)と呼ばれる独自の戦域ミサイル防衛システムの開発を続けており、10(同22)年のリスボン宣言では、このシステムの防衛範囲をNATOの諸国民・領域全体へと拡大することを決定したとしている。
10)詳細は必ずしも明らかではないが、迎撃ミサイルやレーダーなどを連接する指揮統制機能が装備され、限定的なミサイル対処能力を獲得したことを指しているものと考えられる。
11)軍事指揮機構に関しては、上級司令部を11個から7個に、司令部要員を1万3,000人から8,800人に削減することとしている。また、作戦に関するすべての上級司令部を、既存の「作戦連合軍最高司令部(ACOSHAPE:Allied Command Operation Supreme Headquarters Allied Poweres Europe)」の直轄とすることとしている。NATO関連機関の改革に関しては、現在14個存在する外局機関を装備調達、情報通信、支援の3部門に統合・合理化するとしている。
12)EUは、93(平成5)年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、99(同11)年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策」(ESDP:European Security and Defence Policy)をCFSPの枠組の一部として進めることを決定した。09(同 21)年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障・防衛政策(CSDP:Common Security and Defence Policy)と改称した上で、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。
13)EUバトルグループ(戦闘群)は、NATOが介入しない場合にEUが主導する平和維持任務などに対応することを任務とし、04(平成16)年より整備が進められ、07(同19)年1月に完全な作戦能力の保有が宣言された。一国または多国間の枠組で構成され、ローテーションで運用されている。
14)外務・安全保障政策上級代表は、これまで分散していた外交窓口を一本化し、EUを対外的に代表するものとの位置づけを与えられた。
15)EEASは、外務・安全保障政策上級代表の補佐機関であり、アジアやアフリカなどの地域別の部局および開発協力や人権・民主化などのテーマ別の部局から構成され、CFSPの調整および一貫性の確保、ならびに理事会の勧告に基づく政策草案の策定および実行を支援するとされている。
16)NATOは撤収の理由として、NATO軍の要員への刑事訴追免責特権の更新についてイラク側と合意できなかったことを挙げている。
17)同作戦は、01(平成13)年の米国同時多発テロ事件を受けて発動されたNATO初の第5条任務の一つとして展開されているため、原則として加盟国のみの参加とされているが、04(同16)年以降はパートナー国による協力・支援を積極的に受け入れており、10(同22)年末までにロシアやウクライナの艦艇が同作戦に参加した実績がある。また、グルジアが同作戦に人員を供出しているほか、モロッコ、イスラエル、フィンランド、スウェーデンも同作戦を支援する意思を表明している。
18)同作戦には、11(平成23)年現在、EU加盟国の部隊が参加しているほか、EU非加盟国であるノルウェー、クロアチア、ウクライナも参加した実績がある。
19)02(平成14)年12月、EUによるNATO資産・能力の使用に関するEU・NATO間の恒久的な取極めが成立している。
20)ペータースベルク任務と呼ばれ、1人道支援・救難任務、2平和維持任務、3平和創出を含む危機管理における戦闘部隊任務からなる。
21)04(平成16)年3月に中・東欧の4か国およびバルト3国(ルーマニア、スロベニア、エストニア、リトアニア、ラトビア、ブルガリア、スロバキア)、09(同21)年4月にアルバニアとクロアチアがNATOに加盟した。また、10(同22)年4月の外相会合において、ボスニア・ヘルツェゴビナが条件付きながら「加盟のための行動計画」(MAP:Membership Action Plan )への参加を認められた。
22)リスボン宣言では、現在MAPに参加しているマケドニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナに加えて、セルビアの欧州・大西洋地域への統合を支援するとしているほか、ウクライナ、グルジアについても、既存の枠組(NATO・ウクライナ委員会、NATO・グルジア委員会)において、欧州・大西洋地域への統合を支援するとしている。
23)94(平成6)年に創設され、NATOと中・東欧諸国をはじめとするNATO非加盟の欧州安全保障協力機構(OSCE Organization for Security and Co-operation in Europe)諸国が個別に協力協定を締 結している。
24)94(平成6)年に創設され、現在7か国(アルジェリア、エジプト、イスラエル、ヨルダン、モーリタニア、モロッコ、チュニジア)が参加している。政治的対話や、NATO関連活動への地中海諸国の参加を通して、地中海地域の安定を目指している。
25)NATOは、新たな安全保障上の課題を含む共通の関心分野において協力を発展させている国やNATOの軍事またはその他のオペレーションに積極的に貢献している国を「世界におけるパートナー」と位置付けている。現在「世界におけるパートナー」に位置付けられているのは、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、アフガニスタン、イラク、パキスタンおよびモンゴルの8か国
26)NRCは02(平成14)年の創設以来、首脳レベルの会談がこれまでに02(同14)年5月(ローマ)、08(同20)年4月(ブカレスト)および10(同22)年11月(リスボン)の3回開催されている。
また、閣僚級(外相・国防相級)・参謀総長級会合がおよそ年2回の割合で開催されている。
27)NATOとロシアの関係に関する詳細については1章4節5を参照
 
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