インドネシアは、今後数年間、国外からの伝統的な軍事的脅威の兆候は見られないものの、国境を越える安全保障上の脅威が近年増大してきているとの認識に立ち、非軍事的な安全保障上の問題も国防上の問題として扱うとしている1。このため、インドネシアは、全国民が全ての資源を用いてインドネシアの独立、国家主権、領土保全、国家統一を堅持するとの理念のもと、「軍事防衛」と「非軍事防衛」それぞれの活動を通じた「総力防衛(Total Defence)」を推進している。また、軍人による政治・ビジネスへの関与の禁止、軍と警察の分離などの国軍改革も実行中である。
外交政策としては、インドネシアは東南アジア諸国との連携を重視し、基本的理念として独立かつ能動的な外交を展開するとしており、国防政策においても、国家の安全を他国に依存することはないとしている。しかし、米国との防衛・軍事協力はインドネシアの国防力発展に重要であり、インドネシアの国益のみならず、地域の安全保障上の利益にとっても重要である2として、近年、軍事教育訓練や装備品調達の分野で協力関係を強化している。
東ティモールでのインドネシア軍の活動をめぐって、米国は一時的にインドネシアへの軍事協力を停止していたが、05(平成17)年以降、これを再開した3。10(同22)年6月、両国は「防衛分野における協力活動の枠組み協定」(Framework Arrangement on Cooperative Activitiesin the Field of Defense)4を締結したほか、同年11月には、オバマ米大統領がインドネシアを訪問し、両国間の包括的パートナーシップを締結した。また、11(同23)年11月には、オバマ米大統領とユドヨノ大統領が会談を行い、米国がインドネシアにF―16戦闘機24機を供与することを発表した5。
インドネシアは、国連平和維持活動への参加が国際社会での地位向上につながると認識し、積極的に要員を派遣している6。
東南アジアの中央に位置するマレーシアは、自国と近隣諸国には共通する戦略的利益があるとしている。マレーシアの外交政策は、諸外国と親密かつ友好的な関係を築くことを前提とし、他国との良好な二国間・多国間関係の維持、イスラム諸国との協力、南々協力、内政不干渉原則などを基本方針として掲げている。
現在、マレーシアは、外部からの差し迫った脅威は認識していないが、軍はあらゆる軍事的脅威に対して即応能力を保持するべきとしており、国防政策においては、「独立」、「全体防衛」、「5か国防衛取決め(FPDA:Five Power Defence Arrangements)7の遵守」、「世界平和のための国連への協力」、「テロ対策」、「防衛外交」を重視している。「独立」とは、兵站支援、人的資源および防衛産業を含む軍の即応能力の保持であり、「全体防衛」とは、政府機関、民間企業、非政府組織および一般国民を含む全体かつ統合された防衛のこととされている。
マレーシアは、国防政策に基づき、国連平和維持活動に積極的に参加しており、アフガニスタンやソマリア沖・アデン湾の海賊対策活動にも部隊を派遣している8。また、「防衛外交」として、米国やインドなど、FPDA以外の国とも二国間演習などを行い、軍事協力を進めている。
ミャンマーは、88(昭和63)年に社会主義政権が崩壊して以降、国軍が政権を掌握していた。軍事政権は、民主化指導者アウン・サン・スー・チー氏に自宅軟禁措置を課すなど、民主化勢力への抑圧を行い、これに対して欧米諸国は経済制裁を行った。
経済制裁にともなう経済の低迷と国際社会における孤立を背景に、ミャンマーは、03(平成15)年、7段階からなる民主化へのロードマップ9を発表した。10(同22)年11月には総選挙が行われ、翌年2月、国会でテイン・セイン首相(当時)が新大統領に選出された。11(同23)年3月、新政権が発足し、民主化へのロードマップは終了した。
新政権発足以降、ミャンマー政府は、アウン・サン・スー・チー氏と政府閣僚との対話、政治犯の釈放、少数民族との停戦合意10など、民主化への取組を活発に行っている。これらの取組に対し、国際社会も一定の評価を見せており、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)は、11(同23)年11月に開催された第19回ASEAN首脳会議において、ミャンマーが14(同26)年のASEAN議長国に就任することを承認した。同月には、クリントン米国務長官が、米国務長官として約57年ぶりにミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領やアウン・サン・スー・チー氏と会談を行った。また、米国をはじめとする各国は、ミャンマーに対する経済制裁の緩和を相次いで表明している11。このように、ミャンマーの民主化への進展は歓迎されているが、一方で、核や北朝鮮との軍事関係などの懸念事項も指摘されている12。
外交政策においては、ミャンマーは、独立・非同盟を原則に掲げている。一方、ミャンマーにとって、中国は特に重要なパートナーであると考えられ、経済面の支援を受けているほか、軍事面においても中国が主要な装備品の調達先となっているとみられている13。また、ミャンマーは、インドとも、経済面および軍事面において協力関係を強化させている。
フィリピンは、国内の反政府武装勢力によるテロ活動を安全保障上の最大の脅威として認識している。また、04(同16)年以来、PDR:Philippine Defense Reformと呼ばれる国防改革プログラムに基づき、防衛計画、運用・訓練能力の向上、軍機構改革、軍の近代化などの分野で改革を推進中である。
フィリピンと米国の関係は歴史的にも深く、従来から密接な軍事協力関係が維持されている。92(同4)年に駐留米軍が撤退14した後も、相互防衛条約および軍事援助協定は維持され、両国間の協力関係は継続している。両国は、即応体制や相互運用性の向上を目的とした大規模な演習である「バリカタン」を00(同12)年以降毎年行っているほか、米国は、フィリピンを「主要な非NATO同盟国(MajorNon-NATO Ally)」15に指定している。また、11(同23)年11月には、クリントン米国務長官とデル・ロサリオ外相が、米比相互防衛条約60周年を記念して、マニラ宣言に署名したほか、12(同24)年4月には、初の外務・防衛閣僚協議(「2+2」)が開催された。同年6月には、アキノ大統領が訪米し、オバマ大統領と会談を行った。両首脳は、安全保障を含む幅広い分野について協議を行い、両国関係の重要性を再確認した。
シンガポールは、狭隘な国土に国民とその財産が密集し、経済などの面で諸外国との相互依存が進んでいることから、平和と安定を維持するため、外交と抑止を国防の二本柱とし、国家予算のうち国防予算が約4分の1を占める16など、国防に高い優先度を与えている。国防政策としては、東南アジア地域内外の各国軍との対話、信頼醸成、協力の強化と「総力防衛(Total Defense)」17を推進することとしている。また、戦争、テロ、平和維持活動、人道的危機に適切かつ柔軟に対応する必要性に直面していることから、限られた資源で効果的に対応するため「第三世代シンガポール国軍」18への改編を行い、装備の近代化と運用能力の向上に努めている。
シンガポールは、地域内外の各国と防衛協力協定を締結している19ほか、東南アジア諸国との友好協力関係を基軸とした地域協力に努力している。また、この地域の安定と発展のため、米国のアジア太平洋におけるプレゼンスを支持してきており、90(平成2)年には、両国は了解覚書を締結し、米国がシンガポール国内の軍事施設を利用することを可能とした。米国は、シンガポールを「主要な安全保障協力パートナー」と位置づけており、05(同17)年7月、両国は、「防衛および安全保障分野でのより緊密な協力パートナーシップのための戦略的枠組み協定」を締結した。また、11(同23)年6月、ゲイツ米国防長官(当時)は第10回IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)において、シンガポールに米国の沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)を配備する方針を表明した20。
シンガポールは、アフガニスタンやソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動に部隊を派遣している21。
タイは、柔軟な全方位外交政策を維持しており、東南アジア諸国との連携や、わが国、米国、中国といった主要国との協調を図っている。タイの国防政策は、<1>軍の国防能力を向上させ、関連政府機関との調整・統合を行うこと、<2>近隣諸国、地域社会および国際社会との安全保障協力関係を強化することの2つの要素から成り立っている。その上で、「安全保障協力(Security Cooperation)」、「総合防衛(United Defence)」、「積極防衛(Active Defence)」の3つの柱から成り立つ国防戦略を採用22し、近隣諸国との緊密な協力、国防能力の整備、軍・国防省の改革を進めている。
タイは、大規模侵攻のような伝統的脅威のリスクは減少したものの、国際テロなどの非伝統的脅威のリスクは増加しており、特にタイ南部の分離独立主義武装勢力などによる治安悪化が、今後の国家的な課題であるとしている。また、タイは隣国であるミャンマーおよびカンボジアとの間で国境未画定問題を抱えている。タイにとっては、同国南部の治安情勢の悪化が現実的な懸念であるものの、国防能力の整備については、東南アジアで唯一の空母を保有23するほか、海・空軍を中心とした近代化が進められている。
タイは、米国と良好な関係を築いており、50(昭和25)年に軍事援助協定を締結して以降、協力関係を維持し、82(同57)年より合同軍事演習「コブラ・ゴールド」を行っている。同演習は、00(平成12)年以降、多国間演習となり、内容も人道支援活動、災害救援など戦闘目的以外の項目についての訓練も含まれている24。03(同15)年には、米国が主導するテロとの闘いに積極的に参加していることを評価して、米国はタイを「主要な非NATO同盟国(Major Non-NATO Ally)」25に指定している。
タイは、国連平和維持活動に参加しているほか、アフガニスタンやソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動にも部隊を派遣した実績がある26。
ベトナムは、冷戦期においては旧ソ連が最大の支援国であり、02(同14)年までロシアがカムラン湾に海軍基地を保有していたが、旧ソ連の崩壊後、米国と国交を樹立するなど、急速に外交関係を拡大させた。現在、ベトナムは全方位外交を展開し、多国間参加型・多様性尊重といった外交政策を掲げ、全ての国家と友好関係を築くべく、積極的に国際・地域協力に参加するとしている。国防政策としては、「全人民による国防(all-people national defence)27」を旨とし、社会・経済発展のために平和で安定した環境を維持すること、工業化・近代化を達成すること、社会主義市場経済を建設することが重要な国益であり国防政策の目的であるとしている。
米国との関係では、05(同17)年6月に「国際軍事教育訓練(IMET)」に関する署名が行われた。近年では、米海軍との合同訓練や米海軍艦艇のベトナム寄港など、軍事面において関係を強化しているとみられる28。
11(同23)年9月には、第2回国防次官級協議が行われ、国防当局間の協力促進に関する了解覚書が締結された。また、12(同24)年6月には、パネッタ米国防長官が、米国の国防長官としてはベトナム戦争終結後初めて、ベトナム戦争時の米軍主要拠点のひとつであったカムラン湾を訪問した。パネッタ米国防長官は、ズン首相やタイン国防相らと会談を行い、安全保障分野における両国の協力拡大に合意した。
ロシアとは冷戦期から国防分野を中心とした関係が深く、ベトナムはその装備品をほぼロシアに依存している。01(同13)年に、両国は「戦略的パートナーシップに関する宣言」に調印し、国防分野での協力を強化することで合意した。
中国とは、南シナ海における領有権問題などをめぐり主張が対立しているが、一方で、包括的・戦略的パートナーシップ関係の下、11(同23)年10月にグエン・フー・チョン共産党書記長が中国を訪問し、同年12月には中国の習近平国家副主席がベトナムを訪問するなど、政府高官の交流も活発である。
インドとは、07(同19)年に両国の関係を戦略的パートナーシップ関係に格上げし、経済や安全保障など、広範な分野において協力関係を深化させている。11(同23)年10月には、チュオン・タン・サン国家主席がインドを公式訪問し、シン首相と会談を行った。
3)インドネシア当局による東ティモール独立運動に対する弾圧への措置として、米国は、92(平成4)年に、米国の同盟国および友好国の軍関係者に対し、米国の軍教育機関などへの留学・研修の機会を提供する国際軍事教育訓練(IMET:International Military Education and Training)などを停止し、95(同7)年に一部制裁措置を解除したものの、99(同11)年に再び停止した。その後、05(同17)年にこれを再開し、インドネシアに対する武器輸出の再開も決定した。
8)マレーシアは12(平成24)年5月末現在、UNIFIL(国連レバノン暫定隊)に879名、UNMIT(United Nations Integrated Mission in Timor-Leste)(国連東ティモール統合ミッション)に251名など、合計1,199名を国連平和維持活動に派遣している。また、アフガニスタンには、12(同24)年5月現在、NATOが主導する国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force )に46名を派遣している。
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