米国は、その影響力が相対的に変化しつつあるが、引き続き世界の平和と安定にもっとも大きな役割を果たしており、その安全保障政策・国防政策の動向は、わが国を含む多くの国家に大きな影響を与えている。09(平成21)年に発足したオバマ政権はこれまで、米国の安全保障政策・国防政策を示す文書として、「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)や「4年ごとの国防計画の見直し」(QDR:Quadrennial Defense Review)などを公表してきている1。
12(同24)年1月、オバマ政権は、新たな国防戦略指針2を公表した。これは、10年にわたるアフガニスタンおよびイラクにおける作戦の後、米軍が両国からの撤収を進めていること 3、また、厳しい米政府の財政状況下で国防歳出を含む政府歳出の大幅削減が求められていること、という国外・国内双方の要因により、現在の米国が転換点に置かれているとの認識のもと、国防上の優先順位について改めて見直し、2020年の統合軍のあり方を示すものとして公表されたものである。
国防戦略指針は、米国が国家、同盟国およびパートナー国の安全を保障し、自由で開放的な国際経済システムによりもたらされる繁栄と、国家や人々の権利と責任が守られるような正当で持続可能な国際秩序を追求するとしている。また、将来の米軍はより小規模で引き締まったものになるが、同時に、より俊敏で柔軟性があり、即時に展開可能であり、技術的に優れたものとなるとしている。さらに、今後の米国の世界的なプレゼンスがアジア太平洋および中東地域を強調したものとなるとする一方、欧州への関与を継続し、また、全ての地域において同盟関係や協力関係を強化するとしている。
国防戦略指針は、世界的な安全保障環境について、課題(中国などの新興国の台頭、大量破壊兵器の拡散、海・空・宇宙・サイバー空間といった国際公共財(グローバル・コモンズ:Global Commons)に対する侵害など)と機会(アジア太平洋地域の発展、中東における民主化運動など)が複雑に入り混じったものになっており、国力の全ての要素を用いて対応することが必須であるとしている。
このような安全保障環境を踏まえ、国防戦略指針では米国の対応の方向性が示されている。
特に、アジア太平洋地域に関しては、米国の経済上、安全保障上の利益が西太平洋および東アジアからインド洋および南アジアにかけての地域の発展と密接に関連していることを理由に、米国は、その安全保障戦略を、よりアジア太平洋地域へ重点を置いたものとし、同地域における同盟国との関係を強化するとともに、パートナー国との協力を拡大するとしている。
これに加え、アルカイダや過激主義の脅威への積極的な対処の継続、新興国の平和的勃興、経済的活力および建設的な防衛協力の促進、国際公共財への自由なアクセスの追求、大量破壊兵器の拡散に対抗するための効果的な作戦遂行能力の強化などに取り組むとしている。
地域ごとの具体的な取組としては、インドとの長期的な戦略的協力関係の追求、核兵器計画を追求する北朝鮮の挑発行為への抑止・対処を通じた朝鮮半島の平和の維持、欧州・ロシアへの関与の継続、その他の地域における革新的、低コストかつ小規模のアプローチによる米国の安全保障上の目的の達成などが挙げられている。
国防戦略指針は、現在の安全保障環境の中で、国益を守り、NSSに規定されている安全保障上の目的を達成するため、以下の主要任務において成功を収めるための能力を維持・強化する必要があるとしている。
<1>対テロ作戦・非正規戦:アルカイダを打破し、アフガニスタンがアルカイダにとっての聖域になることを阻止することに引き続き努力する。また、ヒズボラなど、他の指定テロ組織の脅威への警戒を継続する。
<2>米国に対する攻撃の抑止・打破:米国の軍事力に関する計画は、全ての作戦領域(陸・海・空・宇宙・サイバー空間)にまたがった軍事作戦を行うことで、1つの地域において、国家主体の攻撃的な目的を完全に否定することを見据えたものである。また、1つの地域で大規模作戦を行っている場合においても、2つ目の地域において、その機会に乗じて攻撃を行おうとする者に対し、その目的を否定したり、攻撃を思い留まらせるようなコストを課したりする能力を保有する。
<3>アクセス拒否/エリア拒否(A2/AD)環境下4での戦力の展開:中国やイランは、米国の戦力の展開能力に対抗するための非対称な手段を追求している。また、高度な兵器や技術は非国家主体にも拡散している。米軍は、A2/AD環境下において効果的に行動できる能力を確保するための投資を行う5。
<4>大量破壊兵器への対抗:核・生物・化学兵器の拡散や使用の阻止を目的とした活動を行う。また、使用阻止の取組が失敗した場合に備え、他の政府機関とも協力し、大量破壊兵器使用に対する検知、防護、対処のために必要な能力への投資を継続する。
<5>サイバー空間および宇宙空間における効果的な作戦:国内外のパートナーと協力し、サイバー空間や宇宙空間において、自らのネットワーク、作戦能力および強靱性を保護するための先進的能力へ投資する。
<6>安全かつ効果的な核抑止の維持:世界に核兵器が存在する限り、米国は安全、確実かつ効果的な核兵器を維持する。一方、米国の抑止目標はより少ない核戦力によって達成可能であり、核兵器の安全保障上の役割および配備されずに保管されている核兵器数は削減可能である。
<7>国土防衛および国内の文民部門の支援:米国領土に対する直接攻撃からの防衛を継続する。国土防衛の失敗や自然災害発生時には、国内の文民部門の支援も行う。
<8>安定的な軍事プレゼンスの提供:国防歳出などの削減に伴い、同盟国などとの相互運用性やパートナー国への能力構築支援を継続するため、革新的かつ創造的な解決策が必要である。また、軍に投入できる資源が削減される中、軍の展開地域や他国との軍事演習の頻度に関しては慎重に検討した上で決定することが必要である。
<9>安定化作戦・反乱鎮圧作戦の遂行:イラクやアフガニスタンにおける戦争の結果を踏まえ、非軍事手段や軍同士の協力を重視し、安定化作戦への米軍の関与に関する需要を削減する。また、米軍は今後、大規模、長期的な安定化作戦を行うための兵力規模を維持しない。
<10>人道支援、災害救援およびその他の作戦:大規模な残虐行為の防止や対応のための統合ドクトリンおよび軍事オプションの発展を継続する。また、緊急事態における、海外在住の米国民(非戦闘員)を退避させるための活動の遂行能力を維持する。
また、このような任務により将来の米軍の形が概ね決定されるとしつつ、米軍全体の能力水準は、上記の<1>、<2>、<6>および<7>の作戦上の要求に基づいたものになるとしている。
冷戦終結以降、米軍の戦力は「2つの大規模な地域紛争を戦い、勝利する」という考え方をもとに構成されてきた。一方、10(同22)年に公表されたQDRは、現在の安全保障環境はこの考え方が採用された頃よりも複雑になっており、米軍は多様な事態に対処しなくてはならないため、この考え方のみで米軍の戦力構成を決定することはもはや適切ではないとし、米軍は2つの国家による攻撃に対処する能力は保持しつつも、多岐にわたる作戦を実施する能力を保有しなくてはならないとしている6。
国防戦略指針は、米軍が1つの地域で大規模作戦を行っている間でも、2つ目の地域において、その機会に乗じて攻撃を行おうとする者に対し、その目的を否定したり、攻撃を思い留まらせるようなコストを課す能力を保有するとしている。また、パネッタ国防長官をはじめとする国防省高官は、米軍は引き続き、複数の敵対者と同時に対峙し、これを打破する能力を保有すると発言している7。
QDRは、世界的に展開する米軍の態勢を決めるにあたっては、地域の政治情勢や安全保障環境を踏まえた協調的なアプローチが必要だとしている。その上で、将来の米軍の態勢を決める際には、<1>前方配置やローテーション展開される米軍部隊は引き続き有効であり必要であること、<2>国外における恒久的プレゼンスの必要性と、緊急事態などに対応する柔軟な能力の必要性の間のバランスをとること、<3>進行中の作戦支援のために戦場へのアクセスを確保することの必要性と、輸送ルートが分断されてしまうリスクの間のバランスをとること、<4>米国の防衛態勢が安定化効果を生み出し、受入れ国に歓迎される必要があること、<5>米国の防衛態勢は、継続的に戦略環境の変化に適応していくこと、という原則を踏まえる必要があるとしている。これに加え、国防戦略指針では、海外における米軍のプレゼンスは、抑止力を補強し、米軍、同盟国およびパートナー国の軍事能力の確立に資するものであり、さらに、同盟関係を強化し、米国の影響力を増大させるものであるとされている。
11(同23)年11月、オバマ大統領はオーストラリアの議会において演説を行い、今後、アジア太平洋地域におけるプレゼンスおよび任務を最優先とすることを明言し、日本や韓国におけるプレゼンスを維持しつつ東南アジアでのプレゼンスを向上させることなどを示した8。米国のこの方針は国防戦略指針においても確認されている。
アジア太平洋地域における米軍プレゼンスの強化に関する具体例としては、オーストラリアにおける米軍プレゼンスの強化が挙げられる。同年11月、オバマ大統領とギラード豪首相は共同発表を行い、<1>12(同24)年半ば頃から、ダーウィンなどのオーストラリア北部において、米海兵隊が毎年6か月程度のローテーションで展開し、豪軍との演習・訓練を行うこと9、<2>オーストラリア北部における豪軍の施設・区域への米空軍機のアクセスを拡大し、共同演習・訓練の機会を拡大することを内容とする、米豪戦力態勢イニシアティブを明らかにした。本イニシアティブは、「地理的に分散し、運用上強靱であり、政治的に持続可能な米軍のプレゼンス」という、アジア太平洋地域における米軍の戦力態勢についての基本的な考え方を実現するための一環として行われるとされている10。
中東について、国防戦略指針は、弾道ミサイルや大量破壊兵器の拡散について特に懸念を有しているとした上で、必要に応じ湾岸協力理事会(GCC:Gulf Cooperation Council)11諸国と協力し、イランの核兵器能力開発の阻止などのため、湾岸地域における安全保障を強化するとしている。また、域内および地域周辺における米国と同盟国の軍事プレゼンスの維持およびパートナー国の支援を重視し続けるとしている。
欧州については、アフガニスタンおよびイラクからの撤退が、米軍の欧州への投資を現在の紛争に焦点を置いたものから将来の能力に焦点を置いたものに再調整するための戦略的な機会を作り出したとしている。その上で、戦略的な環境の進展に応じ、欧州における米軍の態勢も進化させなければならないとしている。本戦略指針を踏まえて12(同24)年2月に議会に提出された、2013会計年度国防省予算要求においては、欧州に所在する4つの旅団戦闘チームのうち2つを削減12する一方で、今後、国内に拠点を置く部隊を欧州にローテーションで展開させて訓練・演習を行うこと、欧州におけるミサイル防衛システムへの投資を維持することなどが示されている。
その他の地域については、協力関係の構築が引き続き重要であるとしており、米国は、アフリカや中南米を含む地域において、米国と国益や視点を同じくする多数の新興国との間に新たな協力関係を構築するとしている。また、そのための具体的方策として、可能な限り、演習、ローテーションでの展開、助言などの革新的、低コストかつ小規模のアプローチを用い、安全保障上の目的を達成するとしている。
QDRや国防戦略指針で示された世界的な規模での米軍の態勢の見直しについての考え方がどのように実施に移されていくのか、今後とも注目していく必要がある13。
オバマ大統領は、核兵器のない世界を目標にする一方で、この目標は早期に実現できるものではなく、核兵器が存在する限り核抑止力を維持するとしている。
10(同22)年4月に発表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)は、核をめぐる安全保障環境が変化してきており、核テロリズムおよび核拡散が今日における切迫した脅威となっているとしている。また、核兵器保有国、特にロシアおよび中国との戦略的安定性の確保という課題に向けて取り組まなくてはならないとしている。
NPRはこのような安全保障環境認識に立脚し、<1>核拡散と核テロリズムの防止、<2>米国の核兵器の役割の低減14、<3>低減された核戦力レベルでの戦略的抑止と安定の維持、<4>地域的抑止の強化と同盟国・パートナー国に対する安心の供与、<5>安全・確実・効果的な核兵器の維持、という5つの主要目標を提示している。
米軍は情報収集や通信の多くを宇宙システムに依存している。11(同23)年2月に公表された「国家安全保障宇宙戦略」(NSSS:National Security Space Strategy)は、現在および将来の宇宙環境には、<1>衛星などの人工物体による混雑、<2>潜在的な敵対者による挑戦、<3>他国との競争の激化、という3つの傾向があるとの認識を示した。この認識を踏まえ、米国の宇宙における戦略目標は、<1>宇宙の安全、安定、安全保障の強化、<2>宇宙によりもたらされる米国の戦略的な国家安全保障上の優越性の維持および強化、<3>米国の国家安全保障を支える宇宙産業基盤の活性化、であるとしている。そして、これらの目標を達成するために、<1>責任のある平和的で安全な宇宙利用の促進、2)向上した米国の宇宙能力の提供、<3>責任ある国家、国際機関、民間企業との連携、<4>米国の国家安全保障を支える宇宙インフラに対する攻撃の防止および抑止、<5>悪化した環境において攻撃を打破し、活動するための備え、という戦略的アプローチを追求するとした。
近年、米国政府の財政赤字が深刻化しており、11(同23)年8月に成立した予算管理法において、政府の債務上限を引き上げるとともに、21(同33)会計年度までに政府歳出を大幅に削減することが規定された。12(同24)年1月、国防省は、同法の成立を踏まえた具体的な国防歳出削減額が、12会計年度から21会計年度までの10年間で約4,870億ドル(13会計年度から17会計年度までの5年間で約2,590億ドル)に上ることを発表している15。
このような将来の国防歳出削減は、国防戦略指針が策定された一つの要因でもあり、国防戦略指針においても、戦略的な状況の変化や技術革新などに伴い方針を変更する可能性を留保しつつ、現在必要な投資と将来に延期すべき投資を区別すること、全体的な戦力規模を減少させていく中でも、迅速に行動でき、能力の高い軍事力を維持すること、国防省における業務コストの削減を継続することなどの原則が示されている。
このような中で発表された13会計年度予算教書は、その主要な原則を、<1>より規律正しい国防費の使用、<2>国防戦略指針の戦力構成および投資への適用、<3>完全志願兵制の質の維持、<4>展開中の兵士の全面的支援、としている。本予算については、12会計年度予算の水準から52億ドル減の5,254億ドルを計上するとともに、海外における事態対処作戦の予算16については、イラクからの部隊撤収などを踏まえ、12会計年度予算の水準から266億ドル減の885億ドルが計上されている。会計総額では12年度予算の水準から318億ドル減の6,139億ドルとなっている。また、その主な具体的内容としては、13会計年度から17会計年度までの今後5年間で国防歳出を2,594億ドル削減すること、F―35戦闘機の調達の一部を先送りすること、今後5年間で米軍の人員数を10万2,400人削減17することなどが挙げられる18。
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