第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

4 南シナ海をめぐる動向
南シナ海においては、南沙諸島(Spratly islands)1や西沙諸島(Paracel islands)の領有権などをめぐって東南アジア諸国と中国の間で主張が対立している2ほか、近年は、海洋における航行の自由などをめぐって、周辺諸国のみならず、国際的な関心を高めている。
当初、中国は、同問題をめぐって、二国間交渉を主張してきたが、その後、関係国全体として平和的な解決を目指す動きが見られ、02(平成14)年11月には、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)と中国の首脳会議で、領有権問題の平和的解決へ向けた「南シナ海における関係国の行動宣言」3が署名された。また、10(同22)年10月に開催されたASEANと中国の首脳会議においては、同宣言の履行に向けた努力のほか、「南シナ海における地域行動規範」4の策定に向け、合意を基本として作業を行う方針が確認された。このほか、中国は、主権問題を棚上げした形で、同諸島海域での資源開発を優先するよう関係国に対して積極的に働きかけている5
 
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一方、南沙諸島および西沙諸島をめぐっては、周辺国などによる領有権主張のための活動の活発化や、これに対する抗議の表明の動きなどが見られる6。10(同22)年には、中国が南シナ海を「核心的利益」に位置付けたと報じられたほか、中国の法執行機関による監視活動の強化などによって周辺諸国との摩擦が生じていると指摘されている7
南シナ海をめぐる問題については各国からの見解の表明も相次いでおり、たとえば10(同22)年7月のARF閣僚会議後の記者会見において、クリントン米国務長官が南シナ海における航行の自由について言及したほか、同年10月の拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)の場においては、各国から、南シナ海をめぐる問題の平和的な解決を望む旨の言及がなされた。また、11(同23)年5月に開催された第5回ASEAN国防相会議の共同宣言においては、南シナ海をめぐる問題に初めて言及し、「南シナ海における関係国の行動宣言」の完全な履行や「南シナ海における地域行動規範」の策定作業の推進、航行の自由の重要性などを盛り込んでいる。このように、南シナ海をめぐる問題については、地域および国際社会の平和と安定に影響を及ぼす可能性も考えられ、引き続き関係国の動向や問題解決に向けた協議の行方が注目される。


 
1)南沙諸島の周辺は、石油、天然ガスなどの海底資源の存在が有望視されるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でもある。

 
2)現在、南沙諸島については、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張しており、西沙諸島については、中国、台湾、ベトナムが領有権を主張している。

 
3)「南シナ海における関係国の行動宣言」は、南シナ海における問題を解決する際のおおまかな原則について明記された政治宣言である。

 
4)「南シナ海における地域行動規範」案は、99(平成11)年のASEAN外相会議でフィリピンにより提案された。同規範については、「南シナ海における関係国の行動宣言」よりも具体的な行動を定め、かつ法的拘束力を有するとされる。

 
5)04(平成16)年9月には、フィリピンとの間で南沙諸島海域での共同油田探査が合意されたのに続き、05(同17)年3月には、フィリピン、ベトナムとの3か国で南シナ海における石油・天然ガスの共同探査を開始することが合意された。ただし、フィリピンは同合意の更新・延長に応じず、08(同20)年7月、同合意から離脱した。

 
6)南沙諸島をめぐっては、88(昭和63)年に、中国とベトナムの海軍が武力衝突し一時緊張が高まったが、その後、大きな武力衝突は生起していない。しかし、中国に対しては、92(平成4)年の領海法制定、95(同7)年のミスチーフ礁における建造物構築やその後の同建造物拡充などに関して、各国が反発した。その後も、たとえば、07(同19)年11月に中国は西沙諸島で軍事演習を行い、12月には、中国政府が南沙諸島を含む「三沙市」の設立を承認したと伝えられたことから、これに反発した民衆によるデモがベトナムで発生した。08(同20)年には、陳水扁・台湾総統(当時)が南沙諸島の太平島を視察したことに対し、ベトナム、フィリピンが非難、懸念などを表明した。09(同21)年2月には、フィリピンの「諸島基線画定法」の制定をめぐり、中国がフィリピンに対し抗議したほか、台湾およびベトナムは、南沙諸島などが自国の領土に属しており、これを侵害する行為については一切認めない旨の声明を発表した。同年11月には、中国海南省政府が西沙諸島内の一部の島に村民委員会を設立すると決定したことに対して、ベトナムが「領有権を侵害する行為である」と非難したほか、同月、中国が西沙諸島に漁業監視船を派遣したことなどに対して、ベトナムはこれを重大な主権侵害であると中国に抗議した。11(同23)年2月には、中国海軍が西沙諸島内で軍事演習を行ったことに対して、ベトナム政府は「ベトナムの主権侵害であり、南シナ海行動宣言に違反する」と中国に抗議したほか、同年5月には、南沙諸島におけるベトナム国会議員選挙をめぐって、中国が「南沙諸島について一方的な行動は中国の主権を侵害し非合法かつ無効であり、南シナ海における行動宣言の精神に反する」と非難したことに対し、ベトナムは「内政問題である」として反発した。また、同年5月末、南沙諸島の周辺海域西方において中国が標柱などの新たな建造物を設置する動きがあったとして、フィリピンは中国に対して重大な懸念を表明した。

 
7)たとえば、09(平成21)年以降、西沙諸島周辺海域においては、中国当局がベトナム漁船を拿捕する事件がたびたび発生しており、10(同22)年にも複数のベトナム漁船が拿捕されたとされている。11(同23)年5月には、中国国家海洋局所属の「海監」船がベトナムの資源探査船によって曳航されていた調査用ケーブルを切断したと伝えられており、この事件に関してベトナムは、同国が排他的経済水域に対して有する重大な主権および管轄権の侵害であるとして中国側に抗議したが、中国は自国の管轄海域において実施した正常な海洋法執行活動であると反論している。ベトナムは、翌6月にも中国から同様の妨害行為を受けたと主張しており、これらの事件を受けて民衆による対中抗議デモがベトナムで発生している。
 南沙諸島周辺海域においては、たとえば11(同23)年3月には、リード・バンク付近で石油資源探査を行っていたフィリピンの調査船が中国当局船によって退去命令などを受けたとされ、フィリピンは自国の排他的経済水域における活動を妨害されたとして中国に対して抗議している。また、同年5月には、同海域周辺で操業中のベトナム漁船が中国当局船から威嚇射撃を受けたと報じられている。
 一方、中国の漁船が拿捕される事案なども発生しており、たとえば10(同22)年4月には、マレーシア海軍艦艇と航空機が中国の漁業監視船を追跡する事件が発生したと報じられている。
 なお、中国は、たとえば、農業部漁業局所属で漁業管理などを担う「漁政310」(10(同22)年9月)のほか、国土資源部国家海洋局所属で海洋監視などを担う「海監75」(同年10月)および「海監84」(11(同23)年5月)を、それぞれ同海域を担当する部署に配備するなど、南シナ海海域における法執行活動の強化を図る動きを見せている。


 

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