第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

5 対外関係

1 全般
ロシアは、多極化のすう勢の中で、影響力のある一つの極としてロシアの国際的地位が強化されているとの認識のもと、国益を実現していくことを対外政策の基本方針としている1。また、外交の目的は自国民の利益の保護にあるとして、経済の近代化、民主的政治制度の定着、汚職の撲滅といった自国の近代化へ向けた課題の解決に資する実利的な外交を目指していくこととしている2
このため、ロシアは、欧州連合(EU:European Union)との間で近代化のためのパートナーシップの構築に着手するなど、欧米諸国との間で近代化へ向けた協力関係の強化に取り組んでいる3。また、アジア太平洋諸国とも自国の近代化の観点から関係を強化すべきとしている4。従来どおり、独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)との関係を重視する姿勢は変わらないものの、自国の近代化実現という実利を重視した上で各国との関係を保っていこうとする協調的な対外姿勢がうかがえ、安全保障面を含めた今後の各国との関係の進展が注目される。

2 独立国家共同体との関係
(1)全般
ロシアは、CISとの二国間・多国間協力の発展を外交政策の最優先事項としており5、集団安全保障条約機構(CSTO:Collective Security Treaty Organization)や上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization)6といった多国間の枠組を含む関係を維持している。
ロシアは、自国の死活的利益がCISの領内に集中しているとし、ウクライナ7、モルドバ(沿ドニエストル)、アルメニア、タジキスタンおよびキルギスのほか、09(平成21)年8月にCISを脱退したグルジア(南オセチア、アブハジア)8にロシア軍を駐留させるとともに、CIS諸国との間で共同防空システム創設協定や国境共同警備条約を結ぶなど、軍事的統合を進めてきた9
中央アジア・コーカサス地域においては、イスラム武装勢力の活動の活発化にともない10、テロ対策を中心とした軍事協力を進め、01(同13)年5月、CISの集団安全保障条約機構(CSTO)の枠組において合同緊急展開部隊を創設11した。また、09(同21)年6月には、CISの合同緊急展開部隊の機能を強化した常設の合同作戦対応部隊を創設した。

(2)グルジア紛争
グルジア紛争は、08(同20)年8月、グルジアと南オセチアとの軍事衝突をきっかけに、ロシアの大規模な武力介入を招いた事案である。その後、ロシアが南オセチアとアブハジアのグルジアからの独立を一方的に承認したことなどもあり、グルジアの領土保全の原則に基づく平和的解決を主張する欧米とロシアとの関係が悪化した。また、ロシアは、南オセチアおよびアブハジアとの間で軍事的協力関係を強化した12

3 米国との関係
グルジア紛争や米国による弾道ミサイル防衛(MD:Missile Defense)の東欧への配備計画などにより滞っていたロシアと米国との関係は、09(同21)年1月に発足したオバマ米政権のもと、改善の方向へ向かうこととなった。
09(同21)年4月、第1次戦略兵器削減条約(START I)に代わる戦略攻撃兵器の削減および制限に関する新たな条約の締結へ向けて交渉を開始することに合意したロシアと米国は、10(同22)年4月における新たな戦略兵器削減条約への署名を経て、11(同23)年2月、それぞれの議会の承認を経て批准書の交換が行われ、同条約は発効した13
ロシアは、米国のMD欧州配備計画は自国の核抑止能力に否定的影響を与える可能性があるとして強く反発していたが、09(同21)年9月、米国はMDシステムの欧州配備計画の見直しを発表し14、これに対してロシアは一定の評価を与えた。
また、新たな戦略兵器削減条約においては、MDシステムについて、戦略攻撃兵器と戦略防衛兵器の相互関係が存在するなどと前文に記しているほか、ICBMなどの発射装置をMDのために、MDの発射装置をICBMなどのために転用することを禁じている。ただし、ロシアは米国がMDに関わる能力を量的または質的に発展させ、その戦略核戦力の潜在能力を脅かす場合には同条約は効力を有しなくなると解しており15、ルーマニアにおける米国のMDシステムの配備にかかる11(同23)年5月の両国の合意といった米国によるMD計画の進展に対し、ロシアは新たな戦略兵器削減条約からの脱退を示唆するなど牽制を図っている。
このほか、10(同22)年6月にはメドヴェージェフ大統領が訪米して米露首脳会談が行われ、安全保障分野のほか、イノベーション分野での協力強化など経済関係の改善へ向けた進展もみられた。

4 欧州・NATOとの関係
ロシアとNATOとの関係については、グルジア紛争などにより一時的に停滞が見られたこともある一方で、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)の枠組で、ロシアは、一定の意思決定に参加し、共通の関心分野において対等なパートナーとして行動している。
10(同22)年11月には、リスボンでNATO首脳会議が開催され、同会議で採択されたNATO新戦略概念はNATO・ロシア間に真の戦略的パートナーシップが生まれることへの期待を表明した。また、同時期にあわせて開催されたNRC首脳会議は、その共同声明で、ロシアとNATOは真の現代化された戦略的パートナーシップの構築に向けて協力を進めていくとし、ミサイル防衛、アフガニスタン、対テロ協力、海賊対策といった分野で具体的な取組を行っていくことになった16
他方、ロシアとNATOとの間では、欧州通常戦力(CFE:Conventional Armed Forces in Europe)適合条約をめぐる問題が未解決である17

5 アジア諸国との関係
ロシアは、多方面にわたる対外政策の中で、アジア太平洋地域の意義が増大していると認識し、シベリアおよび極東の経済開発や対テロ、安全保障の観点からも重要としている18。現在、シベリアの石油を極東方面に運ぶパイプラインの事業化計画やサハリンの資源開発などを進めている。ロシアは、これらの地下資源の開発や地域の経済・社会基盤活性化は自国経済の近代化につながるものとして、わが国や中国などのアジア太平洋地域の国々との経済関係の強化を重視している19。このため、ロシアは、対外政策においてもアジア太平洋地域の国々との関係を重視し、各種の地域的な枠組へ参加してきている20
メドヴェージェフ大統領は、10(同22)年9月、中国を訪問し、胡錦濤(こ・きんとう)国家主席と会談を行い、露中両国の戦略的パートナーシップ関係の強化や第二次世界大戦終結65周年に関して共同声明を発表した。また、同年12月の同大統領によるインド訪問においては、第5世代戦闘機や超音速巡航ミサイルの共同開発に関して設計や供給に関する契約が締結された。

6 武器輸出
ロシアは、軍事産業基盤の維持、経済的利益のほかに、外交政策への寄与といった観点から武器輸出を積極的に推進しているとみられ、輸出額も近年増加傾向が続いている21。また、07(同19)年1月、武器輸出権限を国営企業「ロスオボロンエクスポルト」に独占的に付与し、引き続き、輸出体制の整備に努めている。さらに、ロシアは、軍事産業を国家の軍事組織の一部と位置づけ、スホーイ、ミグ、ツポレフといった航空機企業の統合を図るなどその充実・発展に取り組んでいる。
ロシアは、インド、アルジェリア、ASEAN諸国、中国、ベネズエラなどに戦闘機や艦艇などを輸出し22、また、01(同13)年には北朝鮮、イランとの間で軍事技術協力に関して合意している。


 
1)「ロシア連邦対外政策構想」(08(平成20)年7月)による。

 
2)メドヴェージェフ大統領によるロシア大使・外交機関常駐代表会議における演説(10(平成22)年7月)および年次教書演説(09(同21)年11月および10(同22)年11月)。

 
3)ロシアと欧州連合(EU:European Union)は10(平成22)年5〜6月に開催されたEU・ロシア首脳会議後、「近代化のためのパートナーシップに関する共同声明」を発表し、投資の拡大、貿易・経済関係の強化、技術規制・統一など成長とイノベーションの促進につながる分野における近代化のためのパートナーシップに着手した。また、10(同22)年6月の米露首脳会談後、「イノベーション分野における戦略的パートナーシップに関する米露大統領共同声明」が発表され、イノベーションなどの分野で協力を行っていくこととなった。

 
4)メドヴェージェフ大統領によるロシア大使・外交機関常駐代表会議における演説(10(平成22)年7月)および年次教書演説(10(同22)年11月)。

 
5)メドヴェージェフ大統領は、グルジア紛争後の08(平成20)年8月、外交の5原則の一つとして、ロシアには特権的利害を有する地域があるとの認識を示している。

 
6)SCOは、地域の平和や安全の維持、テロへの共同対処などを目的にしており、対テロ合同演習「平和の使命」を実施しているほか、アフガニスタンの安定に向けた努力も行っている。

 
7)ロシアおよびウクライナの議会は10(平成22)年4月、ウクライナ領クリミアに駐留するロシア黒海艦隊の駐留期限を17(同29)年以降25年間延長する協定への批准を承認した。

 
8)グルジアは09(平成21)年8月、CISから脱退したが、ロシアはグルジア領内の南オセチアとアブハジアに引き続き軍を駐留させている。

 
9)CIS諸国の中には、ベラルーシやカザフスタンなどロシアとの関係を重視する国がある一方、ロシアとの関係に距離を置こうとする動きもみられ、グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバで形成する地域機構GUAM(これらの国々の頭文字)の各加盟国は、安全保障や経済面でロシアへの依存度低下を目指し、概ね欧米志向の政策をとってきた。他方、ロシアとの関係悪化がグルジアの経済的打撃を招いているとの指摘もあり、グルジアからロシア側へ対話を促す動きもみられる。10(同22)年2月にヤヌコーヴィチ大統領が就任したウクライナでは、懸案となっていたロシア黒海艦隊の駐留期限延長で合意がみられるなどロシアとの関係が改善している。

 
10)99(平成11)年、チェチェン共和国において、武装勢力の関与による大規模テロが発生した。ロシア政府による独立派武力勢力に対する掃討作戦などにより、有力テロリストの多くが死亡し、拘束された。ロシアは、10(同22)年1月、北コーカサス連邦管区を新設し、これまでの対テロ作戦に加え、経済・社会面からの情勢安定化策に着手した。しかし、近年、チェチェンに隣接するイングーシやダゲスタンにおいて、要人や警察官への襲撃事件が発生しているほか、北コーカサス以外の地域でも輸送機関、発電所などのインフラを狙ったテロも起きている。

 
11)01(平成13)年8月、ロシア、カザフスタン、キルギスおよびタジキスタンの4か国からそれぞれ1個部隊(大隊以下級の部隊)の提供を受け、約1,000〜1,300名規模で編成された。司令部は、キルギスの首都ビシュケク。04(同16)年5月には、新たにタジキスタンから2個部隊、ロシア、カザフスタンからそれぞれ1個部隊が追加され、全部で9個大隊、4,500名の規模にまで拡大された。

 
12)ロシアは、09(平成21)年4月、南オセチアおよびアブハジアとの間で国境警備協定を結んだほか、10(同22)年4月、南オセチアとの間で、および、同年2月、アブハジアとの間で領内にロシア軍基地を設置する協定に署名した。

 
13)条約発効後7年までに双方とも配備戦略弾頭を1,550発まで、配備運搬手段を700基・機まで削減するなど、条約上の義務を負うことになる。米国は11(平成23)年6月、同年2月5日現在の数値として、ロシアの配備戦略弾頭は1,537発、配備運搬手段は521基・機であると公表した。

 
14)米国は、イランの欧州への中・短距離ミサイルの脅威が予測よりも急速に進展したことなどを理由として、これに対応するため、11(平成23)年までに海上配備型ミサイルおよび移動式レーダーを、以後20(同32)年までに段階的に陸上配備型ミサイルを含めMDシステムを整備していく方針である。

 
15)ミサイル防衛に関するロシア連邦の声明(10(平成22)年4月8日)。

 
16)NRC首脳会議では、ミサイル防衛協力の追求について議論することで合意した。ミサイル防衛に関する脅威評価を共同で進めることに合意したほか、戦域ミサイル防衛協力の再開を決定した。また、ミサイル防衛協力の将来的枠組についての包括的な共同分析を進め、その結果を11(平成23)年6月のNRC国防相級会合で評価することとなった。
このほか、アフガニスタン支援における鉄道による国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)非殺傷物資のロシア領通過をさらに促進することなどが盛り込まれた。
なお、ロシアはNATOとのミサイル防衛協力への参加は、完全に対等な立場でなければならないとしている。また、今後10年の間に、ミサイル防衛について合意に達して完全な協力メカニズムを創出するか、これに失敗した場合、軍備競争の新たな段階が始まる、との選択を迫られる、としている(NRC首脳会議後のメドヴェージェフ大統領の記者会見(10(同22)年11月20日)および年次教書演説(10(同22)年11月30日))。

 
17)99(平成11)年の欧州安全保障協力機構(OSCE: Organization for Security and Cooperation in Europe)イスタンブール首脳会議において、従来のブロック別保有上限の国別・領域別保有制限への変更、CFE適合条約発効までの現行CFE条約の遵守などが合意された。ロシアは、自国がCFE適合条約に批准したにも拘らず、NATO諸国がグルジアとモルドバからロシア軍が撤退しないことなどを理由としてCFE適合条約を批准しないことを不満とし、07(同19)年12月、CFE条約の履行停止を行い、同条約に基づく査察などが停止された。現時点では、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの4か国のみが批准しており、CFE適合条約は未発効である。このほか、ロシアは、NATOを中心とする既存の安全保障の枠組を脱却し、新たな欧州・大西洋地域における安全保障の基本原則を定める新たな欧州安全保障条約を提案している。

 
18)「ロシア連邦対外政策構想」による(08(平成20)年7月発表)。

 
19)ロシア経済強化のためにアジア太平洋地域のポテンシャルを活用することは重要課題であるとしている(メドヴェージェフ大統領によるロシア大使・外交機関常駐代表会議における演説(10(平成22)年7月))。

 
20)アジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)、上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization)、東南アジアにおける友好協力条約(TAC:Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia)などの地域的な枠組へ参加してきているほか、10(平成22)年10月、第5回東アジア首脳会議で、11(同23)年からの同会議へのロシアの参加が決定された。APECについては、ロシアの提案により、12(同24)年のAPEC首脳会議をウラジオストクで開催予定である。

 
21)ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)HPによれば、2010年におけるロシアの武器輸出額は約60億4千万ドルで、米国(約86億4千万ドル)に次いで世界第2位の規模である。

 
22)インドネシアとの間ではSu-27およびSu-30戦闘機の売却契約が03(平成15)年と07(同19)年に、マレーシアおよびベトナムとの間ではSu-30の売却契約が03(同15)年に行われ、これらの国に引き渡されている。ベトナムについては、09(同21)年にSu-30およびキロ級潜水艦の売却契約が行われたとの報道がある。インドについては、10(同22)年3月、12(同24)年末までに空母をインドに引き渡すことで合意したほか、MiG-29K戦闘機の売買契約も結ばれた。また、06(同18)年にはアルジェリアとベネズエラとの間でSu-30戦闘機などの売却契約が結ばれ、一部は引き渡されている。中国については、Su-27、Su-30、ソブレメンヌイ級駆逐艦、キロ級潜水艦などが輸出されているが、中国の武器国産化の進展などを背景に近年取引額が低下傾向にあるとの指摘もなされている。


 

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