第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

4 わが国の周辺のロシア軍

1 全般
ロシアは、10(平成22)年に行った軍管区の改編の一環として、従来の極東軍管区にシベリア軍管区のバイカル湖以東の部分を加え、新たに東部軍管区および東部統合戦略コマンドを創設した1。これは、軍管区司令官のもとに、地上軍のほか、太平洋艦隊、航空・防空部隊2を置き、各軍を統合的に運用しようとするものである。
極東地域のロシア軍の戦力は、ピーク時に比べ大幅に削減された状態にあるが、依然として核戦力を含む相当規模の戦力が存在している。わが国周辺におけるロシア軍の活動は、演習・訓練を含め、活発化の傾向がみられる。
同地域では、近年ほぼ隔年で、テロ対策などを目的とした大規模な対テロ演習「ヴォストーク」が実施されているほか、常時即応部隊によるロシア西方から極東地域への機動展開演習である「モビリノスチ2004」などの演習が行われている。
10(同22)年6月から7月にかけて行われた大規模演習「ヴォストーク2010」は、指揮機構の改編による軍改革の成果の検証などを目的として実施されたものである。この演習では、新たな指揮機構のもとでの紛争対処能力や異なる軍種からなる部隊の統合運用能力が検証されたほか、極東地域以外の部隊を同地域へ展開することにより、離隔した地域への展開能力が検証されたものと考えられる3
ロシア軍全般が戦略核部隊の即応態勢を維持し、常時即応部隊の戦域間機動による紛争対処を運用の基本としていること4を踏まえると、極東地域のロシア軍については、他の地域の部隊の動向も念頭に置いた上で、その位置付けや動向につき引き続き注目していく必要がある。
(図表I-2-4-3参照)
 
図表I-2-4-3 わが国に近接した地域におけるロシア軍の配置

(1)核戦力
極東地域における戦略核戦力については、シベリア鉄道沿線を中心に、SS-25などのICBMや約30機の長距離爆撃機Tu-95MSが配備されている。さらに、SLBMを搭載したデルタIII級SSBNなどがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これら戦略核部隊については、即応態勢がおおむね維持されている模様である。
非戦略核戦力については、中距離爆撃機Tu-22M「バックファイア」、海上(水中)・空中発射巡航ミサイルなど多様な装備が配備されている。Tu-22Mは、東部軍管区においては、サハリン対岸地域に約20機配備されている。

(2)陸上戦力
極東地域における地上軍については、その兵力は縮小傾向にあり、軍改革の一環として師団中心から旅団中心の指揮機構への改編とすべての戦闘部隊の常時即応部隊への改編を推進しているとみられ、東部軍管区においては10個師団・旅団5となっている。また、海軍歩兵旅団を擁しており、水陸両用作戦能力を有している。

(3)海上戦力
海上戦力については、太平洋艦隊がウラジオストクやペトロパブロフスクを主要拠点として配備・展開されており、主要水上艦艇約20隻と潜水艦約20隻(うち原子力潜水艦約15隻)、約28万トンを含む艦艇約250隻、合計約55万トンで、その規模は縮小傾向にある。

(4)航空戦力
極東地域における航空戦力については、東部軍管区において空軍、海軍を合わせて約400機の作戦機が配備されている。その作戦機数は、縮小傾向にあるが、既存機種の改修による能力向上が図られている。

2 北方領土におけるロシア軍
わが国固有の領土である北方領土のうち国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島と色丹(しこたん)島に、旧ソ連時代の78(昭和53)年以来、ロシアは、地上軍部隊を再配備してきたが、現在は、ピーク時に比べ大幅に縮小した状態にあると考えられる。しかし、この地域には、防御的な任務を主体とする1個師団が駐留し、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルなどが配備されている6
10(平成22)年11月、メドヴェージェフ大統領が元首として初めて国後島を訪問したのに引き続き、セルジュコフ国防相をはじめ閣僚が相次いで北方領土を訪問した7。大統領は「クリル」諸島8の安全を保障するために装備近代化を図る必要があるとし、国防相は国後島および択捉島における装備更新および軍事インフラの再建に関して検討を行い、11(同23)年2月、両島に師団を残す意向を示すとともに、部隊削減の可能性を示唆したうえで最新の通信システム、電子戦システム、レーダーにより部隊を強化する意向を明らかにした9
北方領土の兵員数については、91(同3)年には約9,500人が配備されていたとされているが、97(同9)年の日露防衛相会談において、ロジオノフ国防相(当時)は、北方領土の部隊が95(同7)年までに3,500人に削減されたことを明らかにした。しかし、05(同17)年7月、北方領土を訪問したイワノフ国防相(当時)は、四島に駐留する部隊の増強も削減も行わないと発言し、現状を維持する意思を明確にした10
このように、わが国固有の領土である北方領土へのロシア軍の駐留は依然として継続しており、早期の北方領土問題の解決が望まれる。

3 わが国の周辺における活動
地上軍については、わが国に近接した地域における演習はピーク時に比べ大幅に減少しているが、一部に活動活発化の傾向もみられる11
艦艇については、近年、太平洋艦隊配備艦艇による長期航海をともなう共同訓練や海賊対処活動が行われ、原子力潜水艦のパトロールが行われるなど、活動に活発化の傾向がみられる12
航空機については、07(同19)年における戦略航空部隊による哨戒活動の再開以来、長距離爆撃機による飛行が活発化し、空中給油を受けた長距離爆撃機Tu-95MSやTu-160の飛行も行われている。また、燃料事情の好転などから、パイロットの訓練時間も増加傾向にあり、わが国への近接飛行や演習・訓練などの活動に活発化の傾向がみられる13
(図表I-2-4-4参照)
 
図表I-2-4-4 ロシア機に対する緊急発進回数の推移


 
1)東部軍管区の司令部はハバロフスクに所在する。

 
2)軍改革の一環として、これまでの航空・防空軍が航空・防空コマンドに改組されている。

 
3)「ヴォストーク2010」は10(平成22)年6〜7月、極東およびシベリア軍管区(当時)において実施されたが、上記軍管区内の部隊のほか、沿ヴォルガ・ウラル軍管区(当時)の常時即応部隊や北洋艦隊および黒海艦隊の艦艇、欧露方面に所在する航空機も極東軍管区(当時)内に展開した。また、内務省、連邦保安庁、非常事態省等の部隊も参加した。また、「ヴォストーク2010」の一環として、択捉島において関連の演習が実施された。なお、11(同23)年には、軍改革を検証するための演習として、中央アジアにおいて「ツェントル2011」が予定されている。

 
4)08(同20)年8月のグルジア紛争において、ロシア軍は、北カフカス地域の部隊のみでなく、他の地域の部隊も投入した。

 
5)旧極東軍管区と旧シベリア軍管区における推定兵員数は約8万人。

 
6)2個連隊よりなる第18機関銃・砲兵師団が択捉島および国後島に駐留している。同師団は着上陸防御を目的とした防御的な師団であり、軍改革による旅団化が進む中、ロシアで唯一の機関銃・砲兵師団である。

 
7)10(平成22)年11月、メドヴェージェフ大統領が元首として初めて国後島を訪問したのに引き続き、同年12月にはシュワロフ第1副首相が、11(同23)年1〜2月にはバサルギン地域発展相が、また、同年5月にはイワノフ副首相らが国後島および択捉島を訪問した。さらに、11(同23)年1月にはブルガコフ国防次官が、また、11(同23)年2月にはセルジュコフ国防相が国後島および択捉島を訪問し、同島に所在する部隊を視察した。

 
8)ロシアは、北方四島と千島列島を「クリル」諸島と呼称している。

 
9)メドヴェージェフ大統領は「そこ(国後島および択捉島)に追加的に配備される装備は、ロシア連邦領土の不可分の一部であるこれらの島々(「クリル」諸島)の安全を確保するために、必要かつ十分で近代的でなければならない」とし、国防相は(国後島および択捉島の装備更新および軍事インフラの再建に関し)「2月末までにすべての案を提出する用意が整う」と述べていた(大統領府HP 11(平成23)年2月9日)。このほか、クリル」諸島社会・経済発展計画に基づく空港や港湾などのインフラ整備が行われている。報道によれば、参謀本部は11(同23)年3月、沿岸防衛ミサイルシステム「バスチオン」や地対空ミサイルシステム「トール平方メートル」などの配備を含む装備更新に関する細部計画を国防相に提出したとされ(ロシア新聞 11(同23)年3月2日)、また、国防相は同年5月、国防省が「クリル」諸島における戦略的プレゼンスの強化計画を策定し、近く国家首脳部の承認を得るために提出される予定であると述べた(RIAノヴォスチ 11(同23)年5月11日)。

 
10)98(平成10)年の防衛事務次官訪露の際、セルゲーエフ国防相(当時)は、北方領土駐留ロシア軍兵力数については、着実に削減されている旨発言している。また、参謀本部高官は「クリル」諸島の兵員数について旅団に改編する枠組の中では3,500名を維持する旨述べている(インターファクス11(同23)年2月15日)。

 
11)極東およびシベリア軍管区(当時)では、10(平成22)年6〜7月、大規模演習「ヴォストーク2010」が、同年9月にはシベリア軍管区(当時)でモンゴルとの共同演習「ダルハン3」が行われた。また、シデンコ東部軍管区司令官は、11(同23)年においても東部軍管区の部隊は外国との国際共同演習を行う旨述べている(RIAノヴォスチ10(同22)年12月14日)。

 
12)ロシア海軍艦艇によるわが国の国際三海峡(宗谷、津軽、対馬)の通峡を確認し、公表した件数は、平成22年度について、宗谷海峡7件(平成20年度3件、平成21年度3件)、津軽海峡2件(平成20年度2件、平成21年度実績なし)、対馬海峡7件(平成20年度1件、平成21年度10件)と、この数年間の中では増加の傾向にある。

 
13)10(平成22)年9月、10月、11月、12月および11(同23)年2月に長距離爆撃機Tu-95がわが国周辺において長距離飛行を行った。


 

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