第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 安全保障・国防政策

1 基本姿勢
09(平成21)年5月に承認された「2020年までのロシア連邦国家安全保障戦略」は、国家安全保障と国家の着実な発展のための内外政策分野の目標や戦略的優先課題を定めたものである。
「国家安全保障戦略」では、多極的な世界の形成を推進し、ロシアの潜在的能力を利用する政策により、ロシアの影響力が強化されていると捉えている。ロシアの国益に否定的な影響を与えるものとして、国際関係における一方的な力によるアプローチや主要国の対立などを挙げ、また、米国のミサイル防衛システムの欧州配備やNATOの軍事インフラのロシア国境への接近に警戒感を示している。さらに、資源をめぐる競争が軍事力により解決される可能性も排除されないとしている。その上で、ロシアは、戦略的安定性を確保するために、国連の国際安全保障における中心的役割のもと、独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)諸国などとの連携強化、米国との間で対等で完全な戦略的パートナーシップを目指すとし、国家の主権と国益擁護のためには、政治的、法的、対外経済的、軍事的その他の手段を行使するとしている。
国防分野においては、ハイテク兵器、非核戦略兵器、グローバルなミサイル防衛の整備により、軍事分野、特に戦略分野での優勢を目指す一連の先進国の政策などを脅威として捉え、防衛力強化の課題として、戦略核戦力の能力を維持した上で、常時即応部隊1の増加や、組織および部隊配備の改善などにより新たな姿の軍に移行することを挙げている。
10(同22)年2月に「国家安全保障戦略」の理念を軍事分野において具体化する文書として策定された「ロシア連邦軍事ドクトリン」では、大規模戦争が勃発する蓋然性が低下する一方、NATO拡大を含むNATOの軍事インフラのロシア国境への接近、戦略的ミサイル防衛システムの構築・展開などロシアに対する軍事的危険性2は増大しているとの認識を示している。また、紛争の抑止および予防のため常時即応態勢を維持するほか、戦時においては、侵略を撃退し、また、軍事行動を強制的に停止させるなどとしている。
核兵器については、核戦争や通常兵器を用いた戦争の発生を防止する重要な要素であると位置づけ、十分な水準の核抑止能力を維持するとともに3、ロシアやロシアの同盟国に対して核その他の大量破壊兵器が使用された場合の報復として、また、ロシアに対して通常兵器が使用された場合であって国家の存続そのものが脅かされる状況下において、核兵器を使用する権利を留保するとしている4
このほか、軍隊の運用として、国連安全保障理事会などの決定に基づく平和維持活動やロシア国外のロシア国民の保護を目的として、軍隊を領域外で使用することがあるとしている。

2 軍改革
ロシアは、ソ連邦崩壊後の混乱を経て、90年代の厳しい経済情勢や人口減少などにより、冷戦期のような軍事態勢を維持することは困難な状況のもと、97(同9)年以降、「コンパクト化」、「近代化」、「プロフェッショナル化」という3つの改革の柱を掲げて軍改革を本格化させてきた。
さらに、軍を取り巻く環境の変化や人員の低充足にともなう戦闘能力の低下といった課題を背景に5、08(同20)年9月にメドヴェージェフ大統領が承認した「ロシア連邦軍の将来の姿(軍の新たな姿)」に基づき6、現在、兵員の削減と機構面の改革、即応態勢の立て直し、新型装備の開発・導入を含む軍の近代化などが進められている。
100万人を適正水準とする兵員削減については、16(同28)年までに達成するとしているほか7、機構面の改革では、これまでに、3軍種3独立兵科制への移行や軍管区の統合などが行われたが、現在、蓋然性の高い小規模紛争への即応態勢を高めるため、これまでの師団を中心とした指揮機構から旅団を中心とした指揮機構への改編8とすべての戦闘部隊の常時即応部隊への改編を推進している。また、10(同22)年12月までに従来の6個軍管区を4個軍管区に改編した上で、各軍管区に対応した統合戦略コマンドを設置し、軍管区司令官のもと、地上軍、海軍、空軍などすべての兵力を統合的に運用することとなった9
軍の近代化については、これまで06(同18)年10月に策定された「2007年から2015年までの装備国家綱領」に基づき装備の開発・調達などが行われてきたが、10(同22)年末までに、「2011年から2020年までの装備国家綱領」が新たに大統領により承認されたとみられ、本綱領に基づき、20(同32)年までの間に約20兆ルーブル(約59兆円)を投じて新型装備の比率を70%にまで高めるなど装備の近代化をさらに推進することとしている10
また、常時即応部隊の即応態勢を実効あるものとするため、徴集された軍人の中から契約で勤務する者を選抜することにより戦闘即応力の高い者を確保する契約勤務制度の導入が進められているが、定着の悪さや財政上の理由から、人員の確保が困難であるとして、さらなる検討が行われている11
これらの通常戦力の能力向上のための取組は、核兵器による戦略抑止能力を維持するための努力とともに、近年の国防予算の増加傾向を背景として、今後も、継続されていくと考えられる。
(図表I-2-4-1参照)
 
図表I-2-4-1 ロシアの国防費の推移


 
1)ロシア連邦軍発足以後の兵力削減の中、部隊の再編により、人員を集中させて即応態勢を高めた部隊で、大規模戦争の初期段階や小規模紛争に即戦力として迅速に対処することが期待されている。08(平成20)年9月、大統領により「ロシア連邦軍の将来の姿(「軍の新たな姿」)」が承認され、すべての戦闘部隊を即応態勢に移行させることとなった。

 
2)「ドクトリン」では、脅威に関わる概念ついて、軍事的危険性(一定の条件下では軍事的脅威の発生をもたらし得る国家間または国内の状態)および軍事的脅威(軍事紛争が発生する現実的な可能性がある国家間または国内の状態)の2つに区分し、前者としては、NATO拡大を含むNATOの軍事インフラのロシア国境への接近、戦略的ミサイル防衛システムの構築・展開、ロシアおよびその同盟国に対する領土要求・内政干渉などを、後者としては、軍事・政治的状況の先鋭化、隣接する領域における演習での挑発を目的とする軍事力の誇示などを挙げている。

 
3)戦略抑止の一環として、精密誘導兵器の使用も想定するとしている。

 
4)00(平成12)年4月の「ドクトリン」では、「ロシアおよび(または)その同盟国に対して核およびその他の大量破壊兵器が使用された場合の報復として、また、ロシアの国家安全保障にとって危機的な状況下での通常兵器を用いた大規模な侵略への報復として、核兵器を使用する権利を留保する」としていた。現在の「ドクトリン」では、非核兵器国に対する核不使用の文言が削除されている。また、通常兵器が使用された場合における「大規模な」侵略に対する「報復」としての核兵器の使用については触れられておらず、核の先制不使用についてはより不明確な記述となっている。

 
5)軍を取り巻く環境の変化として、大規模戦力の不要、統一された指揮下における各軍種の協同作戦の必要、非戦闘任務など広範な任務遂行能力の必要、脅威の変容が指摘されている。

 
6)08(平成20)年9月、大統領により「ロシア連邦軍の将来の姿(「軍の新たな姿」)」が承認され、指揮機構の改編(軍管区−軍−師団−連隊の4層構造から軍管区−作戦コマンド−旅団の3層構造へ改編)、すべての戦闘部隊の常時即応部隊化、将校の階級構成の是正等を行うこととなった。3層構造への機構改編は09(同21)年12月に一応完了したとされているが、今後、それを運用する体制の整備が課題として残されている。

 
7)08(平成20)年12月の大統領令により、軍の総兵力を16(同28)年をもって100万人とすることが決定された(08年当時は約113万人)。

 
8)「軍管区−軍−師団−連隊」の4層構造から「軍管区−作戦コマンド−旅団」の3層構造への改編で、09(平成21)年12月に一応完了したとされているが、今後、それを運用する体制の整備が課題として残されている。

 
9)10(平成22)年9月の大統領令により、同年12月までに、西部、南部、中央および東部の4軍管区が新設された。これに先立ち、10(同22)年7月、大統領は4個の軍管区およびこれに対応した4個の統合戦略コマンドを創設する別の大統領令に署名した(赤星(10年7月15日))。同年12月までの4個軍管区の新設に伴い、4個統合戦略コマンドも発足したものとみられる。また、連邦保安庁国境軍や内務省国内軍など他省庁に所属する部隊が軍管区司令官の指揮下に入ることも想定されている模様である。なお、行政管理の観点からは軍管区、部隊運用の観点からは統合戦略コマンドと位置づけられているものと思われる。

 
10)メドヴェージェフ大統領は10(平成22)年3月5日の国防省評議会拡大会合において、装備を年平均9〜11%ずつ毎年更新することにより、20(同32)年までに新型装備の比率を70%にまで引き上げることが可能になると発言した。また、イワノフ副首相は新たな装備国家綱領の規模について、総額約20兆ルーブル(約59兆円)に上り、国防省には約19兆ルーブル(約56兆円)が割り当てられるとした(RIAノヴォスチ(10(同22)年12月13日))。さらに、ポポフキン第1国防次官(当時)は、19兆ルーブルのうち約80%が新型装備の調達に、約10%が研究・開発に割り当てられること、および、核の3本柱の近代化を優先させる旨述べた(RIAノヴォスチ11(同23)年2月24日)。大統領府HP(11(同23)年5月10日)では、メドヴェージェフ大統領の発言として、昨年末に新たな装備国家綱領が採択されたとされ、また、ロシア国防省HP(11(同23)年3月18日)では、セルジュコフ国防相の発言として、10(同22)年に同綱領が大統領により承認されたとされているが、いずれについても承認の具体的日付については明らかにされていない。

 
11)これまで、07(平成19)年末までに、常時即応部隊に契約勤務軍人を充当するなどプロフェッショナル化は一定の進捗をみせていたが、マカロフ参謀総長は契約勤務兵は「2年間勤務することを約束して軍を去る」、「最良のやり方は、完全な契約勤務制の軍隊を保有すること」だが、「そのような財政的負担を負うことはできない」として(ロシア新聞 10(同22)年3月23日)、契約勤務軍人の数を大幅に減らし主要な職に就かせ、その他の職に徴集勤務軍人のみを就かせる、とした(land.ru 10(同22)年6月9日)。徴兵期間は、08(同20)年1月より、12か月に短縮されている。こうした人材確保難や徴集期間の短縮から生じる戦闘力への影響を緩和するため、ロシア軍は軍勤務の魅力化、徴集対象者の管理強化、適切な人事配置、教育・訓練による能力向上を図っている。他方、契約勤務軍人を増員するとのマカロフ参謀総長の発言もあり、今後注目を要する。


 

前の項目に戻る     次の項目に進む