第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 韓国・在韓米軍

1 全般
韓国では、87(昭和62)年の憲法改正による大統領直接選挙制導入などを経て、現在民主化が定着している。
08(平成20)年2月に発足した李明博政権は、「共生と共栄」の対北朝鮮政策を推進するとしており、北朝鮮の核問題の解決が先決課題であるとの原則を堅持している。その中で、北朝鮮による核放棄の進展に応じて段階的な経済支援を行うという「非核・開放・3000」構想を掲げているが、09(同21)年9月に、李明博大統領が北朝鮮に対する核問題の一括妥結案「グランド・バーゲン」1に言及するなど、北朝鮮に対し改めて核放棄を重視する姿勢も示している。
朝鮮戦争の休戦以降、現在に至るまで陸軍を中心とする米軍部隊が駐留している。韓国は、米韓相互防衛条約を中核として、米国と安全保障上極めて密接な関係にあり、在韓米軍は、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止する上で大きな役割を果たしている。10(同22)年7月には、朝鮮戦争勃発60周年に際して米韓外交・国防長官会談が初めて開催され、両国は、米韓同盟が、朝鮮半島のみならず北東アジアの平和と安定を増進させてきており、強力かつ成功した継続的な同盟として発展してきていることを確認している。一方、南北関係の進展、韓国の国力の向上、米国の戦略の変化などを踏まえ、両国は、在韓米軍の再編や米韓連合軍に対する戦時作戦統制権2の韓国への移管などの問題の解決に努めている。
在韓米軍の再編問題については、03(同15)年、ソウル中心部に所在する米軍龍山(ヨンサン)基地のソウル南方の平沢(ピョンテク)地域への移転や漢江(ハンガン)以北に駐留する米軍部隊の漢江以南への再配置などが合意されたが、平沢地域への移転は、遅延している模様である3
戦時作戦統制権の移管問題については、両国は、07(同19)年2月の米韓防衛首脳会談において、12(同24)年4月17日に米韓連合軍司令部を解体し、戦時作戦統制権を韓国に移管することとしたが、その後、10(同22)年6月の米韓首脳会談において、移管時期を15(同27)年12月1日に延期することで合意した4
08(同20)年4月の米韓首脳会談において、両国は、米韓同盟を21世紀に適合した新たな戦略的同盟に発展させることで一致し、09(同21)年6月の米韓首脳会談では、「米韓同盟のための共同ビジョン」5が合意された。さらに、10(同22)年10月の第42回米韓安保協議会議(SCM:Security Consultative Meeting)では、拡大抑止の実効性を高めるための協力メカニズムとしての「拡大抑止政策委員会」の制度化や、米韓同盟の未来ビジョンを実現するためのガイドラインである「国防協力指針」の承認などが盛り込まれた共同声明が発表されるなど、関係の強化が図られている6。今後、「韓国軍が主導し米軍が支援する」新たな共同防衛体制への移行が、どのような形で実施されていくか注目していく必要がある。
 
第42回米韓安保協議会議後のゲイツ国防長官(当時)(左)と金泰栄(キム・テヨン)国防部長官(当時)(右)による共同記者会見〔米国防総省〕
第42回米韓安保協議会議後のゲイツ国防長官(当時)(左)と金泰栄(キム・テヨン)国防部長官(当時)(右)による共同記者会見〔米国防総省〕

2 韓国の国防政策・国防改革
韓国は、全人口の約4分の1が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあるという防衛上の弱点を抱えている。
韓国は、「外部の軍事的脅威と侵略から国家を保衛し、平和的統一を後押しし、地域の安定と世界平和に寄与する」との国防目標を定めている。この「外部の軍事的脅威」の一つとして、かつては韓国国防白書において北朝鮮を「主敵」と位置付けていたが、現在では、「北朝鮮政権と北朝鮮軍は韓国の敵」との表現が用いられている7。また、国防目標に加え、「精鋭化された先進強軍」を国防ビジョンに設定し、これらを達成するための国防政策基調として以下の八つを定めている。
1)包括的安全保障を具現する国防態勢の確立
2)米韓軍事同盟の発展と国防外交・協力の範囲の拡大
3)南北関係発展のための軍事的支援
4)先進軍事能力の構築
5)精鋭国防人材の養成及び教育訓練体系の改善
6)強度の高い経営効率化
7)行きたい軍隊、やり甲斐のある軍隊の育成
8)国民と共にある国民の軍隊の志向
現在、韓国は、情報・科学技術の発展に即した軍事力の整備、三軍の均衡発展、非効率性の打破、社会の趨勢(すうせい)に応じた兵営文化の構築などの必要性から、「国防改革2020」8の推進を図ろうとしており、その主要部分は、06(同18)年12月、「国防改革に関する法律」として制定された。また、09(同21)年6月には、「国防改革2020」策定以降の安全保障情勢および国防改革推進実績を分析・評価した結果を反映した修正案として、兵力削減規模の縮小や9、北朝鮮の核およびミサイル施設への先制攻撃の可能性などについても明示された「国防改革基本計画2009〜2020」が発表されている10。一方、韓国哨戒艦沈没事件や延坪島砲撃事件などを受け、11(同23)年3月、韓国国防部から、北朝鮮による局地挑発に備えるための戦力増強や軍の指揮命令系統の改編を伴った新たな国防改革修正案「307計画」が示されており、今後具体化が図られる模様である11

3 韓国の防衛力整備
韓国の軍事力については、陸上戦力は、陸軍22個師団と海兵隊2個師団、合わせて約55万人、海上戦力は、約190隻、約18.1万トン、航空戦力は、空軍・海軍を合わせて、作戦機約570機からなる。
韓国軍は、北朝鮮の脅威はもとより、あらゆる形態の脅威に対応できる全方位体制を確立する12として、近年では、海・空軍を中心として近代化に努めている。海軍は、潜水艦、大型輸送艦、国産駆逐艦などの導入を進めており、08(同20)年12月にはKDX-III(イージスシステム搭載駆逐艦)の1番艦、10(同22)年9月に2番艦が就役、さらに11(同23)年3月に3番艦が進水し、12(同24)年内の引渡しが予定されている。また、10(同22)年2月には、韓国初の機動部隊となる第7機動戦団の創設式が釜山基地で開催された13。空軍は、F-15K戦闘機などの導入を進めているほか、ステルス機能を備えた次世代戦闘機事業の推進も予定されている。また、12(同24)年までに早期警戒管制機(AWACS:Airborne Warning and Control System)4機を調達する予定であるほか、高高度無人偵察機グローバルホークの導入も予定されている。さらに、ミサイルの国産化も進めているものとみられている。
なお、11(同23)年度の国防費は、対前年度比約6.2%増の約31兆4,031億ウォンとなっており、00年(同12)年以降12年連続で増加している。
(図表I-2-2-4参照)
 
図表I-2-2-4 韓国の国防費の推移

4 対外関係
(1)中国・ロシアとの関係
韓国と中国との間では、艦艇や航空機による相互訪問が行われるなど軍事交流を進展させるための努力がなされている。08(同20)年11月には、両国の海・空軍間におけるホットラインが開通した。また、同年5月の韓中首脳会談では、韓中関係を従来の「全面的協力パートナーシップ」から「戦略的協力パートナーシップ」に格上げすることに合意している。しかしながら、両国の安全保障分野における関係は、経済をはじめとする他の分野に比べ、初歩的なレベルにとどまっている。
韓国とロシアとの間では、近年、軍高官の交流や艦艇の相互訪問などの軍事交流が行われているほか、軍事技術、防衛産業、軍需分野の協力についても合意されている。また、08(同20)年9月の韓露首脳会談では、今後の両国関係を「戦略的協力パートナーシップ」に格上げすることで合意した。さらに、09(同21)年7月には、李相憙(イ・サンヒ)国防部長官(当時)がロシアを訪問、ロシアのセルジュコフ国防相と会談14するなど、両国の安全保障における関係に進展が見られる。

(2)海外における活動
韓国は、92(同4)年に国連に加盟し、翌93(同5)年にソマリアに工兵部隊を派遣して以来現在まで、継続して各種の国連平和維持活動(PKO:UN Peacekeeping Operations)に参加している。韓国は、PKOに積極的に参加することは、過去に韓国が受けた国際的な支援を国際社会に還元するという意味とともに、有事の際に国際社会の支援を確保することにも役立つ15としており、09(同21)年12月には、PKOへの派遣要員を現行の水準から大幅に拡大する方針を明らかにし16、10(同22)年7月には海外派遣専門部隊である「国際平和支援団」を創設している。
韓国は、米国などによるアフガニスタンでの軍事作成を支援するため、医療支援団や工兵部隊を派遣、07(同19)年12月に任務を終了し撤収していたが、10(同22)年2月、パルワン県における韓国の地方復興チーム(PRT:Provincial Reconstruction Team)要員約140名の警護を目的とした350名以内の軍部隊の派遣を決定し、同年7月から、アフガニスタンにおける活動を再開している。また、海軍艦艇をソマリア海域に派遣し、09(同21)年4月から、韓国船舶の護送および連合海上部隊(CMF:Combined Maritime Forces)の海上安全活動(MSO:Maritime Security Operation)に従事させているほか、10(同22)年11月には、UAE軍特殊部隊に対する教育訓練支援、共同訓練、有事における韓国国民の保護等を目的とした最大150名規模の韓国特殊戦部隊の派遣計画を発表し、11(同23)年1月から現地での活動を開始している。


 
1)09(平成21)年9月の韓国外交通商部報道官の発言によれば、一括妥結案「グランド・バーゲン」とは、北朝鮮の完全な非核化措置と北朝鮮が必要とする日本、米国、韓国、中国およびロシアの5か国の相応の措置を一度にテーブルの上に載せ、包括的な合意に至る方案。

 
2)米韓両国は、朝鮮半島における戦争を抑止し、有事の際に効果的な連合作戦を遂行するための米韓連合防衛体制を運営するため、78(昭和53)年より、米韓連合軍司令部を設置している。米韓連合防衛体制の下、韓国軍に対する作戦統制権については、平時の際は韓国軍合同参謀議長が、有事の際には在韓米軍司令官が兼務する米韓連合軍司令官が行使することになっている。

 
3)米国は、在韓米軍に関し、漢江以南への再配置を2段階で進めるとの合意(03(平成15)年6月)や約3万7,500人の人員のうち1万2,500人を削減するとの合意(04(同16)年10月)などに基づき、その態勢の変革を進めているが、人員については、08(同20)年4月の米韓首脳会談において、現在の2万8,500人を適切な規模として維持することで合意された。

 
4)韓国国防部は、返還時期延期の背景について、1)北朝鮮の軍事的脅威の増加など朝鮮半島の安全保障環境が変化したこと、2)12(同24)年は韓国大統領選挙をはじめ朝鮮半島周辺諸国の国家で指導部が交代する時期であること、3)返還時期の調整が必要であるという国民的な要求と、将来の軍事能力を具備するための財政条件等を反映したこと等を挙げている。

 
5)米韓両国の安全保障は強化され、共通の価値と相互の信頼を基盤とする二国間、地域、グローバルな範囲の包括的な戦略同盟を構築していくこと、パートナーシップは政治、経済、社会、文化的協力に拡大したことを確認するとともに、21世紀の安全保障環境の変化に応じた堅固な防衛態勢を引き続き維持するなどとしている。

 
6)共同声明では、北朝鮮を核保有国として認めないことや、危機の際には朝鮮半島に配備された戦力だけではなく世界全域から投入可能な米軍の兵力および能力を使用して韓国を防衛するという公約等を再度強調するとともに、「北朝鮮のいかなる挑発、不安定事態または侵略に対しても効果的に対応する準備ができている」とし、北朝鮮の不安定事態にはじめて言及している。このほか、戦時作戦統制権の返還のためのロードマップである「戦略同盟2015」や、作戦計画を発展させる上で必要な戦略指針・権限を米韓軍事委員会会議に提供するためのガイドラインである「戦略企画指針」の策定などが発表されている。

 
7)「2010韓国国防白書」では、北朝鮮について、「大規模な通常戦力、核・ミサイル等の大量破壊兵器の開発と増強、哨戒艦攻撃・延坪島砲撃のような継続的な武力挑発等を通じ、韓国の安全保障に深刻な脅威を加えている。このような脅威が継続する限り、その遂行主体である北朝鮮政権と北朝鮮軍は、韓国の敵である。」と表現されている。また、このような表現の理由について、韓国国防部は、「韓国が使用できる最も強力な表現であり、北朝鮮住民は「敵」の範疇から除外するという意思を込めている。「主敵」という表現は周辺国等に不必要な誤解を招く余地がある」と説明している。

 
8)改革構想は、1)国防の文民基盤の拡大、2)現代戦の様相に合った軍の構造および戦力体系の構築、3)低費用・高効率の国防管理体系に革新、4)時代の状況に応じた兵営文化への改善を柱としている。

 
9)「国防改革基本計画2009〜2020」では、兵力規模を50万人から51万7,000人に修正している。

 
10)北朝鮮の脅威に対して優先的に備える必要があるとして、1)首都圏の安全確保のため、開戦に際して即座に戦闘力を発揮できるように前線部隊を編成、2)北朝鮮の非対称脅威を敵地域で最大限に遮断および排除するため、監視・偵察、精密打撃および迎撃能力を拡充、3)数的優位に立つ敵に対応するため、部隊別に強力な予備機動力を確保、4)後方地域の安定、予備戦力の精鋭化により継戦能力を確保することを重点としている。

 
11)韓国国防部は、1)韓国軍の統合性強化、2)積極的な抑止能力の確保、3)国防運営の効率性の最大化、の3つを重点分野と位置付け、その上で、1)軍の指揮命令系統の改編、2)西北(黄海)島嶼防衛司令部の創設、3)国防教育訓練体系の改善、4)戦力増強の優先順位の調整、5)北朝鮮の特殊戦およびサイバー脅威への対応、6)精神力の強化と国民の安全保障教育の支援、7)国防人材管理制度の改善、8)国防予算の効率性の向上を重点課題として改革を推進していくとしている。

 
12)「2010 韓国国防白書」による。

 
13)第7機動戦団の任務は、シーレーンの防衛、北朝鮮に対する抑止、国家の対外政策の支援などとされている。第7機動戦団には、イージス艦1隻、駆逐艦6隻などが所属しており、今後就役予定のイージス艦や駆逐艦も配備される予定である。

 
14)李相憙国防部長官(当時)は、記者会見で、08(平成20)年の韓露首脳会談の合意事項に言及し、今回の会談が両国の軍事関係を1段階格上げする重要な契機になったと評価している。

 
15)「2008韓国国防白書」による。

 
16)韓国は、韓国軍のPKOへの参加を拡大するための法的・制度的基盤を整えるとしており、09(平成21)年12月には、国際連合平和維持活動参与に関する法律が国会を通過している。


 

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