4 大量破壊兵器の移転・拡散の懸念の拡大
自国防衛の目的で購入・開発を行った兵器であっても、国内生産が軌道に乗ると、輸出が可能になり移転されやすくなることがある。たとえば、通常戦力の整備に資源を投入できないためにこれを大量破壊兵器などによって補おうとする国家に対し、政治的なリスクを顧みない国家から、大量破壊兵器やその技術などの移転が行われている。大量破壊兵器などを求める国家の中には、自国の国土や国民を危険にさらすことに対する抵抗が少なく、また、その国土において国際テロ組織の活発な活動が指摘されているなど政府の統治能力が低いものもある。このため、こうした場合、一般に大量破壊兵器などが実際に使用される可能性は高いと考えられる。
さらに、このような国家では、関連の技術や物質の管理体制にも不安があることから、化学物質や核物質などが移転・流出する可能性が高くなっていることが懸念されている。たとえば、技術を持たないテロリストであっても、放射性物質を入手しさえすれば、ダーティボム
1などをテロの手段として活用する危険があり、テロリストなどの非国家主体による大量破壊兵器の取得・使用については、各国で懸念が共有されている
2。
パキスタンは、70年代から核開発を開始したとみられており、04(平成16)年2月には、カーン博士らにより北朝鮮、イラン、リビアに主にウラン濃縮技術を中心とするパキスタンの核関連技術が移転されたことが明らかになった3。これらの移転は、欧州やアフリカ、中東、東南アジアなど各地にまたがるネットワークを利用して、秘密裡に行われていたことが指摘されており、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)のエルバラダイ事務局長(当時)は、同ネットワークに関連した国は30か国以上にわたると語った
4。
北朝鮮については、米国は、02(同14)年10月にケリー米国務次官補(当時)が訪朝した際、北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画の存在を認めたと発表しており、北朝鮮がプルトニウム型だけではなくウラン型の核兵器開発を進めている可能性が明らかになっていたが、10(同22)年11月、北朝鮮は訪朝した米国人専門家に対してウラン濃縮施設を公開し
5、また、軽水炉の燃料のために数千基規模の遠心分離機を備えたウラン濃縮工場が稼動していると発表した。このほか、北朝鮮が、シリアの秘密裡の核関連活動を支援していたとの指摘もある
6。
参照
2章2節
大量破壊兵器の移転・拡散に対して、国際社会の安易に妥協しない断固たる姿勢は、こうした大量破壊兵器関連活動を行う国に対する大きな圧力となり、一部の国に国際機関の査察を受け入れさせ、または、大量破壊兵器計画を廃棄させることにつながっている
7。
弾道ミサイルについても、移転・拡散が顕著であり、旧ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国による東風3(CSS-2)、北朝鮮によるスカッドの輸出などを通じて、現在、相当数の国が保有するに至っている。特に、パキスタンのガウリやイランのシャハーブ3は、北朝鮮のノドンが元になっているとされている。また、大量破壊兵器計画の廃棄に応じたリビアから、北朝鮮の支援を受けたスカッドC生産ラインなどの施設が開示されたとされている
8。さらに、01(同13)年頃、ウクライナから核弾頭搭載可能な巡航ミサイルがイランおよび中国に対し不正輸出されたとの指摘がある
9。
1)放射性物質を散布することにより、放射能汚染を引き起こすことを意図した爆弾。
2)こうした懸念を踏まえ、04(平成16)年4月には、大量破壊兵器およびその運搬手段の開発、取得、製造、所持、輸送、移転または使用を企てる非国家主体に対し、すべての国が支援の提供を控え、これらの活動を禁止するための適切で効果的な法整備を行うことなどを定めた安保理決議第1540号が採択された。また、07(同19)年7月には「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」が発効している。
3)04(平成16)年2月、ブッシュ米大統領(当時)は演説で「カーンとその助手たちは、イラン、リビア、北朝鮮に、パキスタンの旧型の遠心分離機の設計図とともに、さらに進んだ効率的な型の設計図を供給した。このネットワークはこれらの国々に遠心分離機の部品や、ある場合には完全な遠心分離機を給した。」と述べた。
4)日本人記者団との会見における発言(04(平成16)年9月29日)。
5)米国は、北朝鮮におけるこうした公開について、「北朝鮮がウラン濃縮能力を追求してきたとの米国の長期間にわたる評価を裏付けるものである。」としている(米国国家情報長官(DNI)「世界脅威評価」(11(平成23)年2月)
。北朝鮮は、09(同21)年6月の北朝鮮外務省声明、同年9月の北朝鮮国連常駐代表発国連安保理議長宛て書簡、同年11月および10(同22)年11月の報道などを通じ、ウラン濃縮の実施に言及している。
6)米国は、「北朝鮮のシリアに対する原子炉(07(平成19)年に破壊)建設支援は、北朝鮮の拡散活動の範囲を示している。」としている(DNI「世界脅威評価」(11(同23)年2月)。
7)リビアは、03(平成15)年3月から、米英と水面下で協議を重ねた結果、同年12月すべての大量破壊兵器計画を破棄し、国際機関の査察を受け入れている。その後、06(同18)年8月には、IAEA追加議定書を批准するなどしている。他方、多国籍軍によるリビアに対する軍事行動を受けて、北朝鮮は、リビアにおける大量破壊兵器の破棄方式を拒絶する意向を示した。
8)テネット米中央情報長官(当時)の上院情報委員会における証言(04(平成16)年2月24日)。
9)ウクライナ議会組織犯罪・汚職問題対策委員会副委員長の告発(05(平成17)年2月2日)。