3 わが国の取組
(1)海上警備行動による海賊対処
自衛隊による海賊対処については、新たな法律を整備した上で対応することが基本である。しかしながら、海賊事案が多発・急増しており、日本国民の人命・財産を緊急に保護する必要があることから、09(同21)年3月13日、新法が整備されるまでの応急措置として、自衛隊法第82条の規定により、閣議決定に基づく内閣総理大臣の承認を経て、防衛大臣が海上における警備行動(海上警備行動)を発令し、ソマリア沖・アデン湾においてわが国関係船舶を海賊行為から防護するために必要な行動をとることとした。
この命令を受け、同月14日、護衛艦2隻(「さざなみ」および「さみだれ」)がわが国を出発し、同月30日からわが国関係船舶の護衛を行った。
また、広大な海域における海賊対処をより効果的に行うために、同年5月15日、固定翼哨戒機P-3Cを派遣する命令も発出され、同月28日、2機のP-3Cがわが国を出発し、6月11日よりアデン湾において警戒監視などを開始した。P-3Cやその他の装備品の警護のためには、陸自の能力を活用する必要があったため、陸上自衛官が当該警護を行っているほか、航空隊の司令部要員としても活動しており、海外に派遣する部隊としては初めて海自の部隊と陸自の部隊との統合部隊として編成されている。このほか、空自も、本活動を支援するため、C-130HやU-4からなる空輸隊を編成している。
(図表III-1-4-2 参照)
(2)海賊対処行動のための法整備
国連海洋法条約に則し、わが国が、関係者や関係船舶の国籍・船籍を問わず海賊行為を処罰し、抑止し、取り締まることにより、海賊行為に適切かつ効果的に対応するため、「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(海賊対処法)が通常国会に提出され、09(同21)年6月19日に成立し、同年7月24日から施行された。これに基づき、防衛大臣は、内閣総理大臣の承認を得た上で、同日から1年間海賊対処行動を実施することとした。
海上警備行動では、日本に関係する船舶のみ防護可能であったが、本法律では、船籍を問わず、すべての国の船舶を海賊行為1から防護することが可能となり、また、民間船舶に接近するなどの海賊行為を行っている船舶の進行を停止するために他の手段がない場合、合理的に必要な限度において武器の使用が可能となった。本法律の概要は、
資料36のとおりである。
(図表III-1-4-3 参照)
同年7月6日、艦艇の交代のため、護衛艦「はるさめ」、「あまぎり」がわが国を出発し、同月28日から現地にて海賊対処法に基づく任務を開始した。
(3)海賊対処に取り組む自衛隊の日常
現在派遣されている2隻の護衛艦はアデン湾を往復しながら、民間商船を護衛している。護衛方法としてはまず、アデン湾の東西に一か所ずつ定められた集合地点において、護衛の対象となる民間船舶の受け入れ作業を実施する。その際、性能などが異なる民間船舶を海賊から効果的に防護するため、最適な陣形となるよう調整する。アデン湾を護衛船団が航行する際には、船団の前後を護衛艦が守り、護衛艦に搭載された哨戒ヘリコプターも、上空から船団の周囲を監視している。このように昼夜を問わず船団の安全確保に万全を期しつつ、アデン湾を約1日半ほどかけて通過していく。また、護衛艦には8名の海上保安官が同乗
2し、必要に応じて、司法警察活動ができるよう、自衛隊は海上保安庁と協力して活動している。
ジブチ共和国に活動拠点を置くP-3Cも、日本の面積に匹敵するほど広大なアデン湾を、航続力を発揮して警戒監視を行っている。ジブチを飛び立ったP-3Cは、アデン湾を航行する無数の船舶の中に、不審な船舶がいないかどうか確認作業を実施している。同時に、護衛活動に従事する護衛艦や他国の艦艇、そして周囲を航行する民間船舶に対し情報提供を実施し、また、求めがあればただちに周囲が安全かどうか確認するなど、きめ細やかな対応をとっている。2機のP-3Cを派遣している自衛隊は、同様に哨戒機を派遣している各国と協調しつつ、ほぼ連日にわたり警戒監視活動を行っている。
(4)自衛隊の活動実績
09(同21)年3月30日に開始された民間船舶の護衛活動は、砂塵(さじん)が舞い灼熱(しゃくねつ)の太陽が照りつける過酷なアデン湾の環境のもとで営々と続けられてきた。7月31日現在で、1,089隻が、護衛艦に守られて、1隻も海賊の被害をこうむることなく、安全にアデン湾を通過している。わが国の経済のみならず、世界経済にとっての大動脈たる本海域において、自衛隊の行う護衛活動が生み出した安心感は、大きなものであると考えている。
また、P-3Cの活動は、09(同21)年6月11日に任務飛行を開始して以来、7月31日現在で飛行回数は実に276回を数え、のべ飛行時間は2,100時間に及んでいる。識別作業を実施した船舶は約1万9,000隻であり、周囲を航行する船舶や、海賊対処に取り組む諸外国に情報の提供を行った回数は約2,300回となっている。
特に広大なアデン湾内の警戒監視にあたるP-3Cは、米国やEUなどの各国派遣部隊や関係機関と情報共有を図っており、P-3Cが提供した情報に基づいて諸外国艦艇が立入検査を実施するなど、海賊対処に大いに貢献している。例えば、09(同21)年9月20日には、警戒監視中のP-3Cが不審な船舶を発見し、情報を提供したことがきっかけとなって、ドイツ艦艇搭載のヘリコプターが逃走中の当該不審船舶に警告射撃を行って停止させた。続いて、オーストラリア艦艇搭載の小型機動船が立入検査を実施して、多数のロケット・ランチャーや自動小銃AK-47などの武器・弾薬を没収している。この事例のように、自衛隊のP-3Cが収集した情報は、常時海賊対処に従事する諸外国と共有され、海賊行為の抑止や、海賊船と疑われる船舶の武装解除といった成果をあげている。
(5)海賊の動向
ソマリア沖・アデン湾において10(同22)年に入って発生した海賊事案は、7月31日現在で約110件であり、09年(同21)年の同時期には約150件の事案が発生していたことからすれば減少しているものの、引き続き高い水準で推移している。
海賊事案が発生する主な海域については、08(同20)年においては、アデン湾において集中的に発生していたが、09年(同21)年においては、ソマリアの東方沖やセーシェル周辺水域において海賊事案の発生が多く見られるようになり、さらに10(同22)年においてはこれに加えてアデン湾の東方およびインド洋中央部・アラビア海においても海賊事案が発生している。
この点、09年(同21)年にはアデン湾にわが国を含む各国が海賊対処に従事する艦艇や哨戒機を派遣し、またその後ソマリア沖においても各国の艦艇が活動していることから、海賊対処が比較的手薄とされる海域において海賊が活動を活発化させている可能性がある。
各国はソマリア沖・アデン湾の海賊に対し引き続き重大な関心を持って対応しており、このような中で、EUは09年(同21)年6月に活動の期限を10(同22)年末まで延長し、またNATOも同年3月に12(同24)年末まで延長することとした。
(6)海賊対処行動の継続について
上記の通り、ソマリア沖・アデン湾では、引き続き多くの海賊行為が発生しており、本年4月には日本関係船舶に対する海賊襲撃未遂事案も発生していることから、引き続き予断を許さない状況にある。また、日本船主協会などからも、引き続き海賊対処に万全を期して欲しい旨要請を受けているほか、国際的にも、NATOやEUなどから我が国に対して、一層の取り組みを期待する旨の表明がなされている。
こうした状況を踏まえ、また海上保安庁が当該海域の海賊に対応することが困難であることに鑑み、防衛大臣は、海賊対処行動の1年間の継続について7月16日に内閣総理大臣の承認を得、7月24日以降も引き続き海賊対処行動を継続することとしたものである。
(7)わが国の取組への評価
09(同21)年1月に内閣府が実施した自衛隊・防衛問題に関する世論調査
3では、海賊対処に取り組んでいくべきと回答したのは63.2%に上ったのに対し、取り組む必要がないと回答したのは29.1%であった。
わが国自衛隊による海賊対処活動は、各国首脳を含む国際社会から、感謝の意が表されるなど、高く評価されている。また、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処に従事する海上自衛隊に対し、護衛を受けた船舶の船長や、船主の方々から、安心してアデン湾を航行できた旨の感謝や、引き続き護衛をお願いしたい旨のメッセージが多数寄せられている。寄せられたメッセージの数は、1次隊から4次隊まで合計して800通にも上っている。
また、11月23日、IMOから勇敢賞
4を授与された。このように、これまで自衛隊の行っている護衛活動においては、全く海賊行為が行われることなく、完全に安全を保って任務を達成しているところである。
1)海賊対処法に定める海賊行為とは、船舶(軍艦および各国政府が所有しまたは運航する船舶を除く。)に乗り組みまたは乗船した者が、私的目的で、公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)またはわが国の領海もしくは内水において行う1)暴行もしくは脅迫を用い、またはその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の他の船舶を強取し、またはほしいままにその運航を支配する行為、2)暴行もしくは脅迫を用い、またはその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の他の船舶内にある財物を強取し、または財産上不法の利益を得、もしくは他人にこれを得させる行為、3)第三者に対して財物の交付その他義務のない行為をすることまたは権利を行わないことを要求するための人質にする目的で、航行中の他の船舶内にある者を略取する行為、4)強取されもしくはほしいままにその運航が支配された航行中の他の船舶内にある者または航行中の他の船舶内において略取された者を人質にして、第三者に対し、財物の交付その他義務のない行為をすることまたは権利を行わないことを要求する行為、5)1)〜4)の海賊行為をする目的で、航行中の他の船舶に侵入し、またはこれを損壊する行為、6)1)〜4)の海賊行為をする目的で、船舶を航行させて、航行中の他の船舶に著しく接近し、もしくはつきまとい、またはその進行を妨げる行為、7)1)〜4)の海賊行為をする目的で、凶器を準備して船舶を航行させる行為、をいう。
2)必要に応じて海賊の逮捕、取り調べなどの司法警察活動を行う。
3)該当者数1,781人に対し、調査を行ったもの。「取り組む必要はない」とは「どちらか
といえば取り組む必要はない」および「取り組む必要はない」の合計、「取り組んでいくべき」とは「どちらかといえば取り組んでいくべき」および「取り組んでいくべき」の合計である。
4)海洋において危険を顧みずめざましい働きをした個人・団体に対して、海洋問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関である国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)がその功績を国際的に認知してもらうため、06(平成18)年以来毎年授与しているものである。(正式名称は、“IMO Award for Exceptional Bravery at Sea”)。