第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

3 わが国周辺の安全保障環境

 アジア太平洋地域では、中国やインドなど、急速な経済発展を遂げている国がみられ、経済面を中心として、この地域への世界的な関心が高まるとともに、域内各国間の連携・協力関係の充実・強化が図られてきている。他方で、この地域は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教など多様性に富み、また、冷戦終結後も各国・地域の対立の構図が残り、さらには、安全保障観、脅威認識も各国によってさまざまであることなどから、冷戦終結に伴い欧州地域でみられたような安全保障環境の大きな変化はみられず、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題も残されている。
 朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南沙(なんさ)群島をめぐる領有権の問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。
 北朝鮮の核・弾道ミサイルの問題は、より深刻なものとなっている。06(同18)年の弾道ミサイル発射と地下核実験の実施発表に対して、国際社会は、国連安全保障理事会(国連安保理)決議第1695号および第1718号を採択するなどして、北朝鮮に対する制裁措置を行った。また、09(同21)年4月のミサイル発射1と同年5月の2度目の核実験実施発表に対して、国際社会は北朝鮮の行動を強く非難し、後者に対しては追加的な措置を決定する国連安保理決議第1874号を採択した。その後も、北朝鮮は、同年7月に弾道ミサイルの発射を行ったほか、同年9月にはウラン濃縮実験が成功裏に行われ、完了段階に入ったとするとともに、同年11月には使用済み燃料棒の再処理を8月末までに成功裏に終え、抽出されたプルトニウムを武器化する上で注目すべき諸成果が収められたと発表した。北朝鮮が核実験を行うとともに、弾道ミサイル能力を増強していることは、わが国の安全に対する重大な脅威であり、北東アジアおよび国際社会の平和と安定を著しく害するものとして断じて容認できず、その動向が強く懸念されるところである。また、10(同22)年3月、韓国海軍の哨戒艦「天安(チョナン)」が北方限界線(NLL:Northern Limit Line)付近の黄海において沈没し、同年5月、韓国軍民および各国の専門家から構成される合同調査団は、北朝鮮の魚雷による攻撃を受けて沈没したとの調査結果を発表した。今後の北朝鮮の動向については、予断を許さない状況であり、金正日国防委員会委員長の健康問題や後継問題などが体制に与える影響も考慮しつつ、引き続き注視していく必要がある。また、北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の国民の生命と安全に大きな脅威をもたらす重大な問題であるが、依然未解決であり、北朝鮮側の具体的な行動が求められる。
 この地域の多くの国は、経済成長を背景として、国防費の増額や新装備の導入など軍事力の拡充・近代化を行っている。
 特に、今日、政治的・経済的に大国として重要な影響力を持つ中国は、国際社会において、自信を深め、より積極的な姿勢を見せるとともに、継続する高い国防費の伸びを背景に軍事力のさらなる近代化を引き続き推進している。中国の軍事力近代化の現状や将来像は明確にされておらず、また、安全保障や軍事に関する意思決定プロセスの透明性も十分確保されていないことにより、各国が不信感や誤解を抱く可能性が指摘されている。また、中国は、わが国の近海などにおいて活動を活発化させている。このような国防政策の不透明性や軍事力の動向は、わが国を含む地域・国際社会にとっての懸念事項であり、慎重に分析していく必要がある。こうしたことから、中国の軍事に関する透明性の一層の向上が求められており、中国との間で対話や交流を促進し、相互理解と信頼関係を一層強化していくことが重要な課題となっている。また、最近では、ミサイル迎撃技術の実験の実施を発表するなど、注視すべき事象が生じている。
 ロシアは、メドヴェージェフ大統領のもと、「強い国家」として国益を追求していこうとしており、これまでの経済発展を背景に、国力に応じた軍事態勢の整備を行うとしている。現在、兵員の削減と機構面の改革、即応態勢の立て直し、新型装備の開発・導入を含む軍の近代化などが進められている。また、最近では、長期航海をともなう共同訓練や海賊対処活動、戦略爆撃機による哨戒活動を含め、軍、特に海・空軍によるグローバルな展開がみられる。極東においても、引き続き、ロシア軍の艦艇および航空機が活発な動きをみせている。
(図表I-0-0-1 参照)
 
図表I-0-0-1 アジア太平洋地域における主な兵力の状況(概数)

 以上のように、今なお不透明・不確実な要素が残されているアジア太平洋地域においては、地域の安定のため、米軍のプレゼンスは依然として非常に重要であり、わが国をはじめ各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき米軍が駐留するなどしている。
 また、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)や民間機関主催による国防大臣参加の会議などの多国間の安全保障対話や二国間・多国間の共同演習も行われている。わが国も東南アジア諸国との次官級の防衛当局高級事務レベル会合を開催してきているが、地域の安定を確保するためには、こうした重層的な取組をさらに促進・発展させていくことも重要である。


 
1)政府は、09(平成21)年4月5日の北朝鮮による発射が国連安保理決議に違反する弾道ミサイル計画に関連する活動であるなどとして、当該発射を「北朝鮮によるミサイル発射」と呼称することとした。


 

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