第II部 わが国の防衛政策の基本と防衛力整備 

2 海賊行為への対処

 海賊行為は、海上における公共の安全と秩序の維持に対する重大な脅威である。特に、海洋国家として国家の生存と繁栄の基盤である資源や食糧の多くを海上輸送に依存しているわが国にとっては看過できない問題である。国連海洋法条約においては、すべての国が最大限に可能な範囲で海賊行為の抑止に協力するとされており、わが国としても国際的な責任を積極的に果たしていくことが必要になっている。

(1)基本的な考え方
 海賊行為には、第一義的には、警察機関である海上保安庁が対処するが、海上保安庁では対処することが不可能または著しく困難と認められる場合には、自衛隊が対処することになる。
(2)海賊行為の発生状況と国際社会の取組
 世界全体では海賊事案発生数が減少傾向にある中、ソマリア沖・アデン湾の海域においては、機関銃やロケット・ランチャーなどで武装した海賊による事案が多発・急増している。ソマリア沖・アデン湾の海賊はわが国を含む国際社会への脅威であり、緊急に対応すべき課題である。
(図表II-1-4-1 参照)
 
図表II-1-4-1 ソマリア沖・アデン湾における海賊等事案の発生状況(東南アジア発生件数との比較)

 昨年6月に採択された国際連合安全保障理事会(安保理)決議第1816号をはじめとする累次の決議4において、各国は、ソマリア沖・アデン湾における海賊行為を抑止するための行動をとるよう要請されており、特に軍艦および軍用機を派遣することを要請されている。
 これまでに、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ギリシャ、デンマーク、ロシア、インド、中国、韓国、マレーシア、シンガポール、サウジアラビア、トルコ、イエメン、ケニアなどがソマリア沖、アデン湾に軍艦などを派遣している。また、EUは、昨年12月、海賊対処のための作戦(アタランタ作戦)の開始を決定してWFP(World Food Program)(世界食糧計画)船舶の護衛や同海域の警戒などを実施しており、NATOも、本年3月、NATOとしての海賊対策作戦を再開した。

(3)わが国の取組
ア 海賊対処のための新たな法制
 海賊行為は、海上における公共の安全と秩序の維持に対する重大な脅威である。また、国連海洋法条約においては、すべての国が最大限に可能な範囲で海賊行為の抑止に協力するとされており、わが国としても自ら海上における公共の安全と秩序の維持に取り組むとともに、国際的な責任を積極的に果たしていくことが必要になっている。
 このため、国連海洋法条約に則し、わが国が、関係者や関係船舶の国籍・船籍を問わず海賊行為を処罰し、抑止し、取り締まることにより、海賊行為に適切かつ効果的に対応するため、「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」が通常国会に提出され、本年6月19日に成立した。
 本法律においては、わが国とかかわりのない外国船舶も海賊行為5から防護することが可能となり、また、民間船舶に接近するなどの海賊行為を行っている船舶の進行を停止するための武器の使用が可能となるなど、より適切かつ効果的に海賊行為に対処するための規定を置いている。本法律の概要は、資料8のとおりである。
(図表II-1-4-2 参照)
 
図表II-1-4-2 海上警備行動と海賊対処行動の比較

イ 海上警備行動によるソマリア沖・アデン湾の海賊対処
 ソマリア沖・アデン湾の海域は、年間約2,000隻のわが国関係船舶が通航するなど、わが国にとって欧州や中東と東アジアを結ぶ極めて重要な海上交通路に当たり、こうした海域において、わが国国民の人命・財産を保護することは政府の重要な責務である。
 自衛隊による海賊対処については、そのための新たな法律を整備した上で対応することが基本である。しかしながら、最近においても海賊事案が多発・急増しており、日本国民の人命・財産を緊急に保護する必要があることから、本年3月13日、新法の整備までの応急措置として、自衛隊法第82条の規定により、閣議決定に基づく内閣総理大臣の承認を得て海上警備行動を発令し、ソマリア沖・アデン湾においてわが国関係船舶を海賊行為から防護するために必要な行動をとることとした。
 
総理大臣、防衛大臣等による見送り

 これを受け、同月14日、護衛艦2隻(「さざなみ」および「さみだれ」)がわが国を出発し、同月30日からわが国関係船舶の護衛を行っている6
 また、これに加え、広大な海域における海賊対処をより効果的に行うためには、固定翼哨戒機P-3Cによる広域の警戒監視などを行うことも重要である。このため、本年5月15日、P-3Cを派遣する命令が発出され、同月28日、2機のP-3Cがわが国を出発し、6月11日よりアデン湾において警戒監視などを行っている。
(図表II-1-4-3 参照)
 
図表II-1-4-3 自衛隊による海賊対処のための活動(イメージ)

(ア)護衛艦による活動の内容
 今回の海上警備行動によるソマリア沖・アデン湾における海賊対処については、わが国関係船舶の護衛を行うこととしており、海賊行為の抑止や海賊を退散させることが基本的な考え方である。護衛の要領については、以下のとおりである。
 まず、防衛省は、国土交通省を通じて船舶運航事業者などに対し、護衛計画(航行予定、会合地点など)を連絡する。国土交通省は、護衛を希望する船舶のリストを作成し、防衛省に提出する。その後、防衛省は、国土交通省を通じて、船舶運航事業者などに護衛実施要領(航行速度、針路など)を連絡する。
 
わが国船舶を護衛する「さざなみ」

 こうした調整に基づき、護衛艦は、会合地点で護衛対象となる船舶と会合し、各船舶との間で通信を行いつつ、アデン湾の海域を同航することとし、その際には、護衛艦に搭載したヘリコプターを飛行させ、周囲を警戒しつつ、護衛を行う。
 派遣される護衛艦2隻は、6月11日現在、合計26回の護衛を行い、83隻のわが国関係船舶の護衛を行っている。
 また、6月11日現在、6度にわたり、護衛対象外の船舶からの通報などを受け、人道上の観点から、強制力の行使をともなわない行為として、指向性大音響発生装置(LRAD:Long Range Acoustic Device)による呼びかけ、艦載ヘリコプターによる状況確認などの対応を行った。
 
ジブチにて海自艦艇を視察する武田政務官.

(イ)P-3Cによる活動の内容
 P-3Cの活動は、保護対象船舶の航行情報や海賊発生情報をもとに、保護対象船舶を防護するため、アデン湾の海域を広域に飛行して警戒監視や情報収集を行うことが基本である。
 具体的には、P-3Cは、ジブチ国際空港を活動の拠点として、護衛艦により護衛活動を行っている海域を中心に、アデン湾において警戒監視や情報収集を行い、護衛艦や保護対象船舶などに対して海賊関連の情報提供を行うこととしている。
 また、P-3Cの駐機場での警護のためには、陸上自衛隊の有する知見を活用することが有効であることから、ジブチに派遣した航空隊は、海外に派遣する部隊としては初めて統合部隊として編成されている7。このほか、航空自衛隊も、本活動を支援するため、C-130HやU-4からなる空輸隊を編成し、必要に応じ、整備器材などの輸送を行うこととなっており、5月21日に1回目の輸送を行った。
 
ソマリア・アデン湾での海賊対処にあたる海自P-3C航空隊と米、ドイツ、スペインの哨戒機部隊(ジブチ国際空港にて)

(ウ)保護の対象となる船舶
 海上警備行動により保護対象となる「海上における人命若しくは財産」は、基本的には日本国民の生命または財産と考えられる。具体的には、次のいずれかに該当する船舶を保護対象としている。
1) 日本籍船
2) 日本人が乗船する外国籍船
3) 日本の船舶運航事業者が運航する外国籍船または日本の積荷を輸送する外国籍船であって、わが国国民の安定的な経済活動にとって重要な船舶

(エ)武器の使用
 万が一、海上警備行動により海賊へ対処する際に武器を使用せざるを得ない場合には、自衛隊法第93条の規定により準用する警察官職務執行法第7条に基づいて武器を使用することとなる。例えば、護衛対象船舶が海賊行為を受けようとしている場合には、必要に応じ、警告射撃を行うことにより、海賊行為を制止するほか、当該船舶または自衛隊の部隊に対して、急迫不正の侵害があり、やむを得ないと認められる場合には、正当防衛による射撃を行うこととなる。このような武器使用の判断基準については、部隊が判断に迷うことがないよう関係省庁の協力も得て作成し、部隊にしっかりと示しており、海賊対処に万全を期している。


 
4)他に、決議第1838号、1846号、1851号などがある。

 
5)同法に定める海賊行為とは、船舶(軍艦および各国政府が所有しまたは運航する船舶を除く。)に乗り組みまたは乗船した者が、私的目的で、公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)またはわが国の領海もしくは内水において行う1)暴行もしくは脅迫を用い、またはその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の他の船舶を強取し、またはほしいままにその運航を支配する行為、2)暴行もしくは脅迫を用い、またはその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の他の船舶内にある財物を強取し、または財産上不法の利益を得、もしくは他人にこれを得させる行為、3)第三者に対して財物の交付その他義務のない行為をすることまたは権利を行わないことを要求するための人質にする目的で、航行中の他の船舶内にある者を略取する行為、4)強取されもしくはほしいままにその運航が支配された航行中の他の船舶内にある者または航行中の他の船舶内において略取された者を人質にして、第三者に対し、財物の交付その他義務のない行為をすることまたは権利を行わないことを要求する行為、5)1)〜4)の海賊行為をする目的で、航行中の他の船舶に侵入し、またはこれを損壊する行為、6)1)〜4)の海賊行為をする目的で、船舶を航行させて、航行中の他の船舶に著しく接近し、もしくはつきまとい、またはその進行を妨げる行為、7)1)〜4)の海賊行為をする目的で、凶器を準備して船舶を航行させる行為、をいう。

 
6)護衛艦には、必要に応じて海賊の逮捕、取り調べなどの司法警察活動を行うため、海上保安官8名が同乗している。

 
7)海上自衛官だけではなく陸上自衛官も、部隊の管理業務などにあたっている。


 

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