第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

1 英国

 英国は、冷戦終結以降、英国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、新たな脅威に対処するための能力向上を主眼として軍改革を進めてきた。特に、国際テロや大量破壊兵器の拡散を大きな脅威として位置づけ、海外展開能力の強化や即応性の向上などを図ってきた1
 昨年3月に公表された英国初の「国家安全保障戦略」は、国家安全保障を個々の市民への脅威も含むものとしてとらえ、テロや大量破壊兵器の拡散に加え、国境を越えた犯罪、感染症、洪水などを脅威として挙げた。さらに、そのような脅威の要因となる気候変動、エネルギー需要の高まり、貧困などを指摘し、これらの多様で相互に関連する脅威やリスクに対し、軍や警察のみならず民間部門や地方政府などとも協力しつつ、国連、EUおよびNATOを通じた多国間のアプローチにより、早期の段階で、対処することとしている。
 この中で、国家に起因する軍事的脅威については、予見可能な将来において存在しないとする従来の評価を確認した上で2、国際安全保障環境はより複雑で予測不可能になっており、長期的に見れば国家に起因する脅威が再度生起する可能性は低いながらも排除できないとし、強力な防衛能力を維持する方針を示している3。具体的には、戦略輸送、支援ヘリコプター、装甲車両など現在行われている作戦を支援するための調達に今後も重点を置きながらも、同時に、空母、防空能力、対潜能力など、ゼロからの再構築が難しく、英国の安全を守る幅広い能力に長期的に投資することを課題としている。また、核抑止力については、06(平成18)年12月の「英国の核抑止に関する将来」と題する白書において決定しているとおり、20年代以降も潜水艦発射弾道ミサイルに基づく独自の核抑止力を維持することとしている4
 このような軍の能力は、英国の将来の安全を保障すると同時に、平和維持などの国際的な取組への貢献を可能とし、国際安全保障環境にも寄与するものとしている。


 
1)03(平成15)年12月に刊行された「変動する世界における安全保障」と題する白書は、国際テロおよび大量破壊兵器の拡散への対処においては、より迅速でより遠方への戦力の投入が要求されるとして、長期の平和維持作戦1つを含む最大3つの作戦を同時に遂行できる防衛力の整備を目標としている。

 
2)98(平成10)年の「戦略防衛見直し」(SDR:Strategic Defence Review)は、英国に対する直接の軍事的脅威は存在せず、そのような脅威が再度生起することも予見できないとした。

 
3)03(平成15)年12月の「変動する世界における安全保障」は、英国や同盟国への直接的な伝統的戦略的脅威の再出現に備える能力を持つ必要はもはやないとしていた。

 
4)現在運用中のヴァンガード級原子力潜水艦の退役が2020年代初期に始まると見込まれることから、英政府は核抑止力を維持し続けるかについての検討を行い、その結果として本白書を発表。昨年3月、下院において本白書の方針を支持する政府提出動議が可決された。


 

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