第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 安全保障の枠組みの強化・拡大

1 紛争予防・危機管理・平和維持機能の強化

(1)新たな役割に必要な体制の整備
 加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動の重点を紛争予防や危機管理へと移行させている。
 こうした変化は99(平成11)年に更新された同盟の戦略概念にも反映され、欧州および周辺地域において民族的・宗教的対立、領土紛争、人権抑圧、国家の解体など多様で予測困難な危険が依然として存在しているとの認識に基づき、中核任務たる集団防衛に加え、紛争予防や危機管理などの任務1を追加した。
 また、NATOが99(同11)年にユーゴ連邦共和国を空爆した際に顕在化した米欧間の能力格差を踏まえ、NATOにおいては、02(同14)年11月にプラハで開催された首脳会議における合意に基づき、機構改革2をはじめとする軍事能力の改革が進められている。
 この改革の中で、NATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の整備が同年より進められ、06(同18)年11月、完全な作戦能力の保有が宣言された。しかし、アフガニスタンなどへの部隊派遣が拡大・長期化する中で、各国のNRFへの兵力拠出の負担を軽減するため、今後のNRFの形態が検討されている3
 一方、安全保障分野における取組を強化しているEUは、03(同15)年12月、初の安全保障戦略文書「よりよい世界の安定した欧州」を採択し、テロリズムや大量破壊兵器の拡散、地域紛争、国家の破綻、組織犯罪を重大な脅威とし、周辺地域の安定化や多国間協力によりこれらに対処していく方針をまとめた。
 昨年12月には、EUは、「軍事能力の強化に関する宣言」を発表した。この文書は、安全保障戦略のこれまでの履行状況を検証した「欧州安全保障戦略の履行に関する報告書「変化する世界における安全の提供」」の関連文書として「国際安全保障の強化に関する声明」とともに発表されたものであり、EUに対して、03(同15)年の安全保障戦略文書に述べられた脅威に対処するための活動に必要な人員、資材、施設を拡充することを求めている。
 また、EUは、NATOとは異なり、欧州の領土防衛を任務とはしていないものの、NATOが介入しない場合において独自に平和維持などの軍事活動を行うため、NATOとの連携強化を図るとともに必要な体制を整備するための取組を進めてきた。04(同16)年に採択された「ヘッドライン・ゴール2010」4において打ち出されたバトルグループ構想に基づき、07(同19)年1月、常時2つのバトルグループが待機する態勢が整備された。また、同年1月、ブリュッセルにEU独自の作戦センターが設置された。
(2)新たな役割への取組
 NATOは、03(同15)年8月よりアフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)を主導して初めて欧州域外での作戦を展開しており、06(同18)年10月には任務地域を同国全域に拡大した。昨年春のNATO首脳会議においてNATOがISAFの任務に最優先で取り組むとしたブカレスト宣言が採択されて以降、カブールの治安権限がアフガニスタンに移譲されるなどの進展がみられるものの、治安維持などにおいて深刻な課題を抱えている。本年4月に行われたNATO首脳会議で採択されたアフガニスタンに関する宣言において、加盟国はアフガニスタン国軍と警察の訓練への支援を充実させること、アフガニスタン大統領選挙に向けた治安の安定化を図るために一時的に必要な部隊を派遣すること、パキスタンとアフガニスタンとの関係の緊密化を支援することなどで合意した。
 
パキスタン海軍艦艇とNATO艦艇の共同訓練〔Nato Picture〕

 イラクにおいては、04(同16)年6月のNATOイスタンブール首脳会議での合意に基づきイラク治安部隊の訓練を行っており、昨年2月に独立を宣言したコソボにおいても治安維持などの任務を継続している。
 また、欧州諸国は、ソマリア沖のアデン湾での海賊対策活動に積極的に関与している。NATOは、昨年および本年、加盟国の海軍から構成される常設海上部隊(SNMG:Standing NATO Maritime Group)の艦船をソマリア沖にて海賊対策に従事させた5。EUは、昨年12月から初の海上任務となるソマリア沖での海賊対策活動「アタランタ作戦」を行っており、各国は艦船や航空機を派遣している6。派遣された艦船や航空機は、国連世界食糧計画(WFP:United Nations World Food Programme)が契約した船舶への併走および同海域における監視などを行っている7
 EUは、03(同15)年、マケドニアにおいて、NATOの装備や能力を使用して8、初めて平和維持活動を主導した。また、同年コンゴ民主共和国において、初めて欧州域外で、かつ、NATOの装備や能力を使用せずに平和維持活動を遂行した。04(同16)年12月には、ボスニア・ヘルツェゴビナに展開していたNATO主導の安定化部隊(SFOR:Stabilization Force)の活動を引き継ぎ9、また、昨年1月からチャドおよび中央アフリカへ部隊を派遣10するなど、危機管理・治安維持の分野における活動11に積極的に取り組んでいる。
(図表I-2-8-2 参照)
 
図表I-2-8-2 NAT0及びEUにおける能力整備の動向

(3)欧州の武器輸出の基準について
 昨年12月、EU外相理事会は、EU加盟国の武器輸出関連法に基づく輸出認可を行うにあたっての新しい共通基盤となる「軍事技術・装備品の輸出管理を規制する共通規則を定義する理事会共通姿勢」(EU共通姿勢)を採択した。従来の「武器輸出に関するEU行動規範」(EU行動規範)と異なり、EU共通姿勢は法的に拘束力のある性格を有しており、加盟国により厳格な措置を求めている。


 
1)北大西洋条約第5条に規定されている集団防衛の任務に対し、紛争予防や危機管理の任務は「非5条任務」と呼ばれる。

 
2)欧州連合軍および大西洋連合軍の2個作戦戦略軍を単一の軍(作戦連合軍)に統合するとともに、NATO軍事能力の変革および相互運用性の向上を監督する変革連合軍司令部を創設した。

 
3)本年2月、英国のハットン国防相はNATO非公式国防相理事会で、欧州防衛を目的とする3,000人規模の多国籍部隊を創設する構想を提案した。

 
4)04(平成16)年の首脳会議で採択された軍事能力の整備目標であり、99(同11)年の「ヘルシンキ・ヘッドライン・ゴール」を更新するもの。

 
5)昨年10月から12月まで派遣されたSNMG2には、英国、イタリア、トルコ、ギリシアの艦船が参加した。また、東南アジア・オーストラリア訪問を行うSNMG1所属の艦船(米、オランダ、スペイン、ポルトガルなど)が、3月末からの一定期間および6月末からの一定期間、海賊対策を行う予定である。

 
6)本年3月の時点でアタランタ作戦には英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ギリシアの艦船などが参加している。

 
7)このほか、連合海上部隊(CMF:Combined Maritime Force)の下で本年1月に設置された海賊対策のための多国籍の任務部隊であるCTF-151にデンマークなどが参加している。

 
8)96(平成8)年6月のベルリンNATO閣僚会合では、西欧同盟(WEU:Western European Union)主導のオペレーションにおいて、NATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。その後、WEUの役割と任務の大半がEUに移譲されることになったため、99(同11)年4月のワシントンNATO首脳会合では、改めてEUに対してNATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。この決定をベルリン・プラスと言う。02(同14)年12月にはNATO・EU間で上記決定に関する恒久的な取極めが成立した。

 
9)昨年11月のEU外相、国防相理事会において、政治的影響を考慮する必要があるもののボスニア・ヘルツェゴビナにおける作戦は軍事的には最終段階にあるとされた。

 
10)本年3月には、チャド・中央アフリカの任務はEUチャド・中央アフリカ共和国ミッション(EUFOR TCHAD RCA)から国連中央アフリカ・チャドミッション(MINURCAT)に移管された。

 
11)「ペータースベルグ任務」と呼ばれ、1)人道支援・救難任務、2)平和維持任務、3)平和創出を含む危機管理における戦闘部隊任務からなる。


 

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