第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

(解説)気候変動が安全保障環境に与える影響

 昨年11月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、大気や海洋の世界平均温度の上昇、雪氷の広範囲にわたる融解および世界平均海面水位の上昇の観測により、気候システムの温暖化には疑う余地がないとする報告を発表した。
 このように地球温暖化による気候変動への関心が高まりを見せていることを背景に、近年、気候変動が安全保障に与える影響について考察する動きが広まっている。昨年4月、国連安全保障理事会において気候変動が安全保障に与える影響を検証するための公開討論会が開催され、非理事国を含む55か国が参加したことは、こうした動きを象徴する出来事であった。また、本年3月のEU首脳会合において、気候変動によりもたらされる安全保障上の脅威に対処するため、軍事力を含む危機管理能力の増強などを提言する報告書が提出され議題となったほか、同年3月に策定された英国の国家安全保障戦略においても、安全保障上の脅威をもたらす要因の一つとして気候変動が挙げられている。
 これらの会合や文書において指摘されているように、気候変動が安全保障環境に与える影響は多岐に及ぶと考えられている。
 たとえば、海面水位の上昇や異常気象の増大などに起因する水、食糧、土地などの不足は、人口増加と相まって大規模な住民移動を招き、民族・宗教を巡る対立や限られた資源を巡る争いを誘発・悪化させると考えられている。ダルフール紛争についても、気候変動による深刻な旱魃や土地不足に直面したアラブ系遊牧民が、定住農業を営む黒人居住地に移動したことに起因するとの見方がある。
 また、異常気象の増大は大規模災害の増加をもたらすと考えられており、救難活動、人道復興支援活動、治安維持活動などの任務に、各国の軍隊が出動する機会が増大することが見込まれる。米国も、05(平成17)年8月のハリケーン「カトリーナ」への対応における教訓として、軍による支援の重要性を指摘している。
 さらに、北極海では、海氷の融解により海底資源へのアクセスが容易になるとみられることなどから、沿岸国が海洋権益の確保に向けて大陸棚の延長を主張するための海底調査に着手しているほか、北極海域における軍事態勢を強化する動きも見られる。
 このように、気候変動が安全保障環境にもさまざまな影響を与え得るとの認識が急速に共有されつつある中、わが国としても、気候変動が安全保障環境に与える影響について注目していくことが重要である。

 

    次の項目に進む