第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 安全保障の枠組みの強化・拡大


1 紛争予防・危機管理・平和維持機能の強化


(1)新たな役割への取組
 加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動の重点を紛争予防や危機管理へと移行させてきている。
 こうした変化は99(平成11)年に更新された同盟の戦略概念にも反映され、欧州および周辺地域において民族的・宗教的対立、領土紛争、人権抑圧、国家の解体など多様で予測困難な危険が依然として存在しているとの認識に基づき、中核任務たる集団防衛に加え、紛争予防や危機管理などの任務1を追加した。
 NATOは、03(同15)年8月よりアフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)を主導して初めて欧州域外での作戦を展開しており、06(同18)年10月には任務地域を同国全域に拡大した。しかし、ISAFの態勢強化が求められる中で、攻撃などが多発する南・東部に展開する米国、カナダ、英国、オランダなどと、比較的安定した北・西部およびカブール周辺に展開するドイツやフランスなどとの間で、増派や展開地域をめぐる対立が指摘されるようになっている2。しかしながら本年4月のNATO首脳会合で発表されたブカレスト宣言ではさらなる追加的貢献を期待しつつも加盟国の増派表明3を評価し、今後もNATOがISAFの任務に最優先で取り組んでいくとした。
 また、イラクにおいては、04(同16)年6月のNATOイスタンブール首脳会議での合意に基づきイラク治安部隊の訓練を行っており、本年2月に独立を宣言したコソボにおいても治安維持などの任務を継続している4
 一方、安全保障分野における取組を強化しているEUは、03(同15)年12月、初の安全保障戦略文書「よりよい世界の安定した欧州」を採択し、テロリズムや大量破壊兵器の拡散、地域紛争、国家の破綻(はたん)、組織犯罪を重大な脅威とし、周辺地域の安定化や多国間協力によりこれらに対処していく方針をまとめた。
 EUは、同年にマケドニアの治安維持のため、NATOの装備や能力を使用して5、初めて平和維持作戦を主導した。また、同年コンゴ民主共和国において、初めて欧州域外で、かつ、NATOの装備や能力を使用せずに平和維持作戦を遂行した。04(同16)年12月には、ボスニア・ヘルツェゴビナに展開していたNATO主導の安定化部隊(SFOR:Stabilization Force)の活動を引き継ぎ、また、昨年10月の決定に基づきチャドおよび中央アフリカへ部隊を派遣するなど、危機管理・治安維持の分野における活動6に積極的に取り組んでいる。

(2)新たな役割に必要な軍事能力の追求
 NATOが99(同11)年にユーゴ連邦共和国を空爆した際に顕在化した米欧間の能力格差を踏まえ、NATOにおいては、02(同14)年11月にプラハで開催された首脳会議における合意に基づき、機構改革7をはじめとする軍事能力の改革が進められている。
 この改革の中で、NATOの能力向上の核として、全世界の各種の危機事態に迅速に展開できる能力をもつNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の整備が同年より進められ、06(同18)年11月、完全な作戦能力の保有が宣言された。しかし、アフガニスタンなどへの部隊派遣が拡大・長期化する中で、各国のNRFへの兵力拠出の負担を軽減するため、今後のNRFの形態が検討されている。
 一方、EUは、NATOが介入しない場合において独自に平和維持などの軍事活動を実施するための取組を進めてきた。04(同16)年に採択された「ヘッドライン・ゴール2010」8において打ち出されたバトルグループ(戦闘群)構想に基づき、昨年1月、常時2つのバトルグループが待機する態勢が整備された。また同年1月、ブリュッセルにEU独自の作戦センターが設置された。
(図表I-2-8-2参照)
 
図表I-2-8-2 NAT0およびEUにおける能力整備の動向


 
1)北大西洋条約第5条に規定されている集団防衛の任務に対し、紛争予防や危機管理の任務は「非5条任務」と呼ばれる。

 
2)カナダは本年2月、同国軍のアフガニスタンでの任務継続には、他の参加国によるアフガニスタン南部のカンダハルへの増派を条件とする旨声明を出していた。

 
3)サルコジ仏大統領は、アフガニスタン東部へ増派を表明し、これにより米国は南部のカナダ軍を支援できるとしている。

 
4)99(平成11)年の国連安保理決議1244に基づく。

 
5)96(平成8)年6月のベルリンNATO閣僚会合では、西欧同盟(WEU:Western European Union)主導のオペレーションにおいて、NATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。その後、WEUの役割と任務の大半がEUに移譲されることになったため、99(同11)年4月のワシントンNATO首脳会合では、改めてEUに対してNATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。この決定をベルリン・プラスと言う。02(同14)年12月にはNATO・EU間で上記決定に関する恒久的なアレンジメント(取極め)が成立した。

 
6)「ペータースべルク任務」と呼ばれ、1)人道支援・救難任務、2)平和維持任務、3)平和創出を含む危機管理における戦闘部隊任務からなる。

 
7)欧州連合軍および大西洋連合軍の2個作戦戦略軍を単一の軍(作戦連合軍)に統合するとともに、NATO軍事能力の変革および相互運用性の向上を監督する変革連合軍司令部を創設した。

 
8)04(同16)年の首脳会議で採択された軍事能力の整備目標であり、99(同11)年の「ヘルシンキ・ヘッドライン・ゴール」を更新するもの。


 

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