第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 イラク治安部隊および多国籍軍による治安対策など

 以上のような宗派対立の激化により、バグダッドを中心に治安情勢が悪化し、政治プロセスの進展や経済復興の深刻な障害となっていたことを受け、ブッシュ米大統領はイラク政策の見直しを実施し、イラク政府との協議なども踏まえ、本年1月、イラクに関する新政策を発表した。この新政策においては、バグダッドの治安回復が成功の鍵であるとの認識の下、従来の治安対策がイラク側への治安権限の移譲に焦点が当てられていたのに対し、住民の治安確保に真正面から取り組むこととしている。また、イラク側の治安部隊の態勢強化を前提としつつ、イラク側の態勢強化のみでは十分でないことから、2万人以上の米軍を追加派遣するとした。さらに、イラクの治安の強化や中東における米国の利益の保護のため、空母打撃群の中東への追加派遣やペトリオット防空システムの展開などを行うとした1
 これを受け、マーリキー・イラク首相が本年2月にバグダッドでの新たな治安対策を開始し、バグダッドではイラク治安部隊および米軍の計約9万人が投入された。この新たな治安対策では、宗派に関わらずすべての違法行為を取り締まることとされている。
 他方、イラク治安部隊の能力向上や現地情勢の改善などが進展した地域においては、多国籍軍からイラク当局への治安権限移譲も進んでいる。陸上自衛隊が人道復興支援活動などを実施していたイラク南東部のムサンナー県を皮切りに、これまで7県において治安権限が移譲された。
(図表I-1-3-1参照)
 
図表I-1-3-1 各国部隊の主な活動地域と治安権限委譲の状況

 本年5月の時点で、イラク国内には、約15万人の米軍を含め26か国の部隊などが展開し、治安対策や復興支援に当たっているが、こうした情勢の変化を踏まえ、多国籍軍はその部隊規模を変更してきている。たとえば、本年2月、英国はイラク南部における治安権限移譲の進展に伴い、イラク駐留英軍を数か月のうちに7,100人から5,500人程度まで削減すると発表した。
 多国籍軍の活動に関する基本的な考え方は、イラク治安部隊が単独で治安維持活動を実施できるようになるまで多国籍軍の任務は必要であるというものである。したがって、多国籍軍は、イラクに対する関与は無期限ではないとしつつ、活動を終了させる時期をあらかじめ設定することはできないとしている。イラク治安部隊が単独でイラクの治安と安定を維持できるようになるには、もうしばらく時間を要するとされている。


 
1)チェイニー副大統領は、本年1月29日のインタビューにおいて、空母部隊の追加派遣について、イランの脅威に対抗するとの意味があると述べている。また、ライス国務長官は、本年1月12日のインタビューで、イランへの対抗上、米国は友好国が防空装備などで防衛能力を向上させるのを支援している旨述べている。

 

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