第I部
わが国を取り巻く安全保障環境
概観
1 全般
昨年から本年前半にかけては、北朝鮮による弾道ミサイル発射と核実験実施の発表、米国による新イラク政策の発表など、わが国をはじめとする国際社会の平和と安全の観点から注目すべきさまざまな事象がみられた。
こうした今日の安全保障環境の最大の特色は、脅威が多様化、複雑化するとともに、こうした脅威の顕在化を正確に予測することが困難になっていることであり、これに対する各国の対応の面でも新たな取組が求められてきている。
核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器やそれらの運搬手段となる弾道ミサイルなどの拡散は今日の安全保障上の大きな脅威のひとつと認識されており、大量破壊兵器拡散問題への取組は国際社会における差し迫った課題になっている。北朝鮮の核問題やミサイル問題はわが国の安全保障に深刻な影響を及ぼすのみならず、大量破壊兵器などの不拡散の観点から国際社会全体にとって重要な問題となっている。また、国連安保理決議など国際社会の圧力にも関わらず、イランはウラン濃縮を継続しており、依然として問題の解決には至っていない。さらに、守るべき国家や国民を持たず、従来の抑止が有効に機能しにくいとされている国際テロ組織などによる大量破壊兵器などの取得、使用に対する懸念も高まっている。
また、国際テロ組織などの非国家主体の活動による脅威の高まりは近年の世界の安全保障環境を特徴づける重要な要素の一つである。従来の抑止が有効に機能しにくいとされている国際テロ組織などの非国家主体は、グローバリゼーションの進展ともあいまって、かつては持ち得なかった攻撃手段、破壊力などを保有している。加えて、非国家主体は通常の軍隊とは異なる、多様な国籍の構成員を含む分散されたネットワーク型の組織を持つことが多いとされ、これに有効に対処することは非常に難しい。このことは、01(平成13)年に起きた米国同時多発テロ(9.11テロ)で明らかとなったところである。昨年のイスラエルとヒズボラとの衝突でも、非国家主体の活動が軽視しがたいものであることが示されたと言えよう。
こうしたテロなどの脅威への対応には長期的な忍耐強い取組が必要となっている。米国をはじめとする各国による「テロとの闘い」については、これまでにさまざまな成果を収めているものの、米国が最前線と位置づけるイラクやアフガニスタンにおいては、厳しい状況への対応が続いている。イラクにおいては、昨年来宗派対立の激化などにより治安情勢が非常に厳しくなっており、これを踏まえ、米国は本年1月イラク政策の見直しを発表し、米軍の追加派遣などを実施している。また、アフガニスタンにおいても、タリバーンの活動の活発化を踏まえ、国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)の態勢強化が図られている。このため今も両国においては多数の兵力の駐留を必要としており、主要国においては海外展開可能兵力の逼迫(ひっぱく)が大きな課題となりつつあるなど、世界の安全保障環境にさまざまな影響を及ぼしている。
さらに、主権国家間の関係も、今日の安全保障環境において依然として見過ごすことのできない要素である。中国・インドの台頭やロシアの復調の動きは国際協調・協力に向けた大きな機会と捉えるべきものであるが、同時にこれらの大国の動向は安全保障環境に大きな影響を及ぼしうることから、その動向、相互関係やこれらの国々といかなる関係を構築すべきかについての関心が高まりを見せている。
以上のように、今日の国際社会は、伝統的な国家間の関係から新たな脅威や多様な事態に至るまでさまざまな課題に直面しており、これらの課題は同時に、また、複合して生じることもある。こうした今日の複雑な課題に対しては、唯一の超大国である米国を含め、いずれの国も単独で対応することは困難であり、同盟国や友好国との協力が必要となっており、また、脅威の顕在化の未然の防止といったより積極的な対応や、軍事力のみならず外交、司法・警察、情報、経済などの手段を含めた総合的な対応が必要となっている。さらには、求められる軍事力の役割も武力紛争の抑止と対処に加え、紛争の予防から復興支援に至るまで多様化している。このような状況を踏まえ、各国においては、国力・国情に応じて軍事力の整備を図りつつ、国際社会における安全保障上の問題に関する国際協力・各種連携を図っている。