第5章 国際的な安全保障環境の改善 

2 自衛隊の活動


 自衛隊は、イラク人道復興支援特措法成立までの間に、イラク難民救援国際平和協力業務、イラク被災民救援国際平和協力業務の活動を行った。03(平成15)年12月以降はイラク人道復興支援特措法に基づき、イラクの自主的な国家再建に向けた取り組みに寄与するため、関係諸国や現地社会と良好な関係を築きながら、困難な状況に置かれた住民のため、早急に措置が必要な医療、学校などの公共施設の復旧・整備、物資の輸送などの支援を行っている。
 自衛隊による人的貢献と外務省所管の政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)による支援は、「車の両輪」として進められ、目に見える成果が生まれており、イラクをはじめとする国際社会から高い評価を得ている。
 こうしたわが国を含む国際的支援の下、イラクの政治プロセスが着実に進展し、本年5月にイラク新政府が発足したことにより、安保理決議で定められたイラクにおける政治プロセスが完了した。さらに、本年6月、マーリキー・イラク首相が、ムサンナー県について、多国籍軍からイラク当局へ治安権限を移譲することを発表し、英国政府も治安権限移譲に向けて必要な措置をとることを決定した。
 このような状況を踏まえ、本年6月20日、政府は、ムサンナー県では、復興・治安の両面において、応急復旧的な支援措置が必要とされる段階は基本的に終了し、自立的な復興の段階に移行しつつあり、国際社会と連携してのイラク人の復興努力の支援という陸自の活動目的を達成したと判断し、ムサンナー県で活動する陸自部隊を撤収させることを決定した。
 なお、陸自部隊撤収後も空自部隊の活動は継続し、国連および多国籍軍等のニーズに応えるため、バグダッドやエルビルなどへの人員・物資の輸送等、人道復興支援活動を中心とした活動を実施していく方針である。

(1)陸上自衛隊の部隊による活動
 04(同16)年1月、第1次イラク復興支援群およびイラク復興業務支援隊を派遣して以降、イラク復興支援群は約3か月で部隊交代を、イラク復興業務支援隊は約6か月で要員交代を行ってきた。本年6月の撤収決定の時点では、第10次イラク復興支援群およびイラク復興業務支援隊の第5次要員がサマーワにて、現地住民の要望や現地の慣習に十分配慮しながら、活動などを行っている。
(図表5-1-6参照)
 
図表5-1-6 サマーワ周辺における復興支援群の活動状況(本年5月末現在)
 
小学校施設内のモニュメント
 
アル・アグラス小学校の子供たち
 
補修した養護施設内に掲示された絵
 
完成したルメイサ浄水場
 
完成したアル・ハッティーン小学校
 
わが国から引渡された給水車
 
サマーワで活躍する親子隊員
 
ワルカ貯水槽を点検する隊員
 
医療機材の教育をする隊員

 陸自部隊においては、派遣開始から撤収決定までの期間、のべ約5,500人の隊員が人道復興支援活動等に取り組み、現地の生活基盤の整備、厳しい雇用環境の緩和など、様々な面で大きな成果をあげ、現地住民、ムサンナー県当局、イラク政府、国際社会から高い評価を得た。こうした活動により、ムサンナー県においては、陸自部隊の支援なしに自らの復興を行うための最小限の基盤が整備されたことから、今後の更なる復興を促すためにも、今般わが国政府は、陸自部隊の撤収を決定した。これを受け、陸自部隊は順次サマーワからの撤収を開始した。

ア ムサンナー県の復興の進展状況
 わが国によるイラクの復興支援が開始された当初は、飲料水などの生活用水の不足や医療、教育施設などの生活基盤などが不十分な状況にあった。また、治安状況も全般として予断を許さない状況が継続していた。このような環境下で、わが国は、円滑かつ安全に活動を遂行できる自己完結性を備えた自衛隊の能力を活用し、現地が自ら復興するための最小限の基盤を整備するため、早急に必要とされる支援を中心に、活動を進めてきた。
 こうした活動の内容および成果は、図表5-1-7のとおりであり、2億ドルを超える無償資金協力の実施とあいまって、ムサンナー県の生活環境はこの2年間で着実に改善された。例えば医療面では、ムサンナー県にある主要都市の医療施設の整備や、医療技術指導などにより、サマーワ母子病院では、分娩直後の新生児の死亡率が、陸自部隊の活動開始以前に比べ約3分の1に改善したと言われている。また、学校の整備により、多くの子供たちが学校での教育を受けられるようになり、明るい笑顔が戻るなど、成果が現れてきている。また、円借款によってムサンナー県の灌漑・交通分野を支援することとしている。
 
図表5-1-7 陸自部隊のイラク特措法に基づく活動及び成果(本年5月末現在)
 
サマーワ市内道(アル・ムアミーン地区)の補修
 
アル・ジョラーン小学校の補修(マジット)
 
わが国から寄贈された絵本を見る小学校の子供
 
昨年10月、C-130Hによる輸送200回を達成

 他方、イラク全体を見れば、未だ復興の途上にあり、引き続き国際社会による支援が必要であることから、さらに政府は、今後のイラク自身による本格的な復興を引き続き支援することを決定した。
 なお、陸自部隊撤収後も、引き続きイラクの復興支援に役立つため、この地域へのわが国ODAによる支援は今後も継続していく方針である。
 また、本年の5月には、サマ−ワ市内の小学校の校舎
補修の竣工式にあわせ、絵本1,500セット(2万4,000冊)3の贈呈式が行われ、わが国から、アラビア語訳した日本の図書や、アラビア語圏で市販されている優良図書を、ムサンナー県内の全小学校と児童関連施設など348か所に寄贈した。

イ 英国軍、オーストラリア軍との連携
 昨年3月、オランダ軍に替わり、英国軍がムサンナー県の治安維持任務を引き継いだ。さらに同年5月よりオーストラリア軍がサマーワに派遣され、英国軍とともに活動してきた。
 陸自派遣部隊が活動を行う際には、英国軍およびオーストラリア軍と連携する必要があるため、現地部隊においては、相互に連絡員を派遣したほか、定期的な意見交換・文化交流やその他の交流を図るなど、密接に協力しつつ活動を行ってきた。また、ムサンナー県における治安権限の移譲が決定したことを踏まえ、英国軍とオーストラリア軍派遣部隊は、ムサンナー県から他地域への再展開を決定した。

(2)海上自衛隊の部隊による活動
 海自は、04(同16)年2月20日以降、陸自派遣部隊の派遣開始時に陸自が使用する車両約70両などを、輸送艦「おおすみ」、護衛艦「むらさめ」の2隻の艦艇、人員約300名の派遣海上輸送部隊をもって、室蘭からクウェートまで海上輸送した。

(3)航空自衛隊の部隊による活動
 空自部隊は、03(同15)年12月26日以降、C-130H輸送機3機、人員約200名の派遣空輸隊を順次派遣して、04(同16)年3月3日以降、陸自派遣部隊の補給物資のほか、医療器材など、わが国からの人道復興関連物資、関係国・関係機関が行っている人道復興関連の物資・人員などを空自C-130H輸送機により輸送している。
 陸自部隊撤収後は、国連および多国籍軍等のニーズに応えるべく活動を継続し、国連が活動するバグダッドやエルビルに対する空輸も含めて、国連および多国籍軍への支援を実施し、引き続きイラクの復興及び安定に貢献していく方針である。本年5月末までの輸送実績は、輸送回数322回、輸送物資重量449.2トンである。
 また、04(同16)年4月、イラク国内において日本人を含む外国人の誘拐事件が多発する中、陸自派遣部隊の活動などを取材するためにサマーワに滞在する取材員の退避が外務省を通じて依頼されたことを受け、同月15日、陸自派遣部隊と連携して、報道関係の在留邦人10名を、C-130H輸送機をもって、タリル飛行場からクウェートまで輸送を行った。

(4)連絡官などの派遣
 統合幕僚監部(統幕)からの連絡官が、米国フロリダ州の米中央軍司令部に派遣されている4。連絡官は、イラクやインド洋における自衛隊の活動に資する現地情勢などの情報収集を行うとともに、イラク人道復興支援特措法やテロ対策特措法に基づく自衛隊の活動などにかかわる調整を行い、自衛隊の効率的な運用に寄与している。
 また、陸自部隊は、バグダッドなどの多国籍軍司令部に連絡官を派遣し連絡調整業務を行わせるとともに、クウェートに要員を配置し、人員・物資の受入れ、物資の調達などの業務を行い、サマーワに派遣されている部隊の後方支援を行ってきた。
 陸自部隊の撤収後は、空自派遣部隊が、バグダットなどの多国籍軍司令部に連絡官を派遣する。

(5)派遣部隊の福利厚生やメンタルヘルスケア
 派遣隊員が心身の健康を確保して任務を支障なく遂行できるようにする態勢を整えることは、非常に重要である。隊員が困難な勤務環境下5においても勤務意欲を維持し、安んじて職務に専念しうるよう、派遣部隊の宿営地などにはトレーニングジムや家族との連絡のための部屋を備えた厚生施設などを整備している。
 また、国際電話、テレビ電話、電子メールにより、派遣隊員と家族が直接会話などができるよう連絡手段を確保するとともに、隊員および留守家族の近況について相互にビデオレターを提供して、隊員と留守家族の絆を維持する態勢を整えている。さらに、家族支援センターなどを開設し留守家族からの各種相談や、説明会などで情報の提供を行うなど、留守家族に対する支援を行い、隊員が安心して任務に専念できるよう配意している。
 他方、メンタルヘルスケアの施策も行っており、派遣前にストレスの軽減に必要な知識を与えるため、講習を行うとともに、現地では、カウンセリング教育を受けカウンセラーに指定された隊員を配置するなど、厳しい環境下で職務に従事する隊員の精神面のケアに十分配慮している。
 加えて、派遣部隊に医官を配置するとともに、状況に応じて本国からの専門的知識を有する医官などの派遣や帰国治療をさせる態勢を整えている。


 
3)独立行政法人国際交流基金により提供

 
4)米中央軍司令部に所在する「不朽の自由作戦(OEF)」および「イラクの自由作戦(OIF)」に参画する約60か国の連絡官からなるコアリション・グループに、統幕から2名の自衛官が派遣されている。

 
5)サマーワでは、自分の手のひらが見えなくなるほどの砂嵐が発生したり、夏には気温が50℃を超え、冬には氷点下になるなど自然環境も過酷である。


 

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