資料編 

資料48 第4回IISSアジア安全保障会議における大野長官スピーチ

アジア太平洋における大量破壊兵器への対処:外交と抑止
 議長、ご列席の皆様、
 まず、この会議を、アジアの主要なハイレベルの安全保障フォーラムの一つに育ててきたチップマン国際戦略研究所所長及び皆様に、敬意を示したいと思います。また、この会議を続けてホストしてきたシンガポール政府にも感謝致します。この第4回安全保障会議、シャングリラ会合において発言する機会を得ましたことは、私の喜びであり、また光栄とするところです。「シャングリラ」とは桃源郷の意と承知しております。このシャングリラ会合がこの世界を少しでも桃源郷に近づけることを願っております。
【平和支援国家へ】
 ご列席の皆様、
 第二次世界大戦の終了から60年が過ぎました。東洋の暦によれば、60年は1つのライフサイクルと考えられております。60年前、わが国は平和を愛好する民主国家として生まれ変わりました。新たなライフサイクルが始まる今、わが国は平和愛好国家というだけでなく、平和支援国家として生まれ変わらなければなりません。本年4月バンドンで、小泉総理は先の大戦についての痛切なる反省と心からのお詫びを改めて確認しつつ、わが国の将来の道をはっきりと示しました。単に平和を愛しそれを求めるだけでは十分ではありません。この世界の平和と安定を維持するための良好な国際安全保障環境を創出していくために、我々は積極的に貢献していかなければならないとの認識を強めております。ご存知の通り、この世界は科学技術の進歩と相互依存の進展によりますます狭くなっております。
 わが国は昨年12月、新たな防衛大綱を策定いたしました。その重要な部分をいくつか挙げたいと思います。専守防衛、他国の脅威となるような軍事大国にならないといった防衛政策の基本方針は堅持されております。わが国の安全のみならず、アジア太平洋地域の平和と安定を高める上で、日米同盟は引き続き重要な役割を果たします。そして、新たな国際環境の下で、我々は国際平和協力活動に積極的に参加するため政策を適合させていかなければなりません。
 ここでは、まず安全保障環境に関する認識を説明し、次いで我々が直面している課題に対処するための既存の努力や枠組みに触れ、最後に更なる協力強化が可能ないくつかの分野を提案したいと思います。
【アジア太平洋地域の安全保障環境】
 まず、この地域の安全保障環境について述べたいと思います。アジア太平洋地域における緊張は、緩和とは程遠いところにあります。我々は遺憾ながら、潜在的な紛争要因が不確実性を生じさせ続けている様々な地域を挙げることができます。
 朝鮮半島情勢は、依然としてこの地域の安全保障にとっての主要な懸念の一つであります。北朝鮮は大量破壊兵器及びその運搬手段たる弾道ミサイルの開発、配備及び拡散に関わっております。NPT(核拡散防止条約)からの脱退宣言や、最近の核兵器保有宣言といった挑発的態度は、地域と国際社会の主要な不安定要因となっており、また国際的な拡散防止のための努力に対する重大な課題となっております。弾道ミサイルを開発する試みは数十年間にわたって続けられており、1998年8月に、北朝鮮がわが国上空を通過して弾道ミサイルを発射したことは、私の鮮明な記憶にあります。私は議員として、ニューヨークに直ちに赴き、国連安保理理事国にこの事件の重大性を訴えました。日本人拉致問題に対する北朝鮮の不誠実な対応も、重大な懸念であります。最近の世論調査によれば、国民の3分の2は北朝鮮に対する経済制裁のような強硬路線を支持しており、日本国民がいかに苛立っているかを示しております。北朝鮮が国際社会の責任ある一員となる第一歩となる、北朝鮮の6者協議への即時無条件の復帰は、最重要の課題であります。関係国は、北朝鮮がその扉を開き、約束を守り、国際ルールに従うよう促していくため、真摯に努力する必要があります。
 わが国はまた、国際的な水路・空路が通過する地域である、台湾海峡をめぐる関係の進展やマラッカ海峡の状況等を含む、近隣地域の情勢に非常に注目しております。
【大量破壊兵器の拡散に対応するための努力と枠組:ミサイル防衛、PSI
 ご列席の皆様、
 このセッションの主要なトピックである大量破壊兵器の問題にしばらく焦点を当てたいと思います。大量破壊兵器の拡散はグローバルな懸念であり、先に述べた北朝鮮の例から分かるように、アジア太平洋地域も大量破壊兵器の拡散からの例外では全くありません。それゆえに、この地域における拡散を阻止するための国際社会の努力は極めて重要であります。
 わが国は10年前、世界で初めて地下鉄における化学兵器を用いたテロを経験致しました。それゆえ、我々はこうした脅威に対して闘う重要性を十分認識しております。わが国は、大量破壊兵器の拡散を含む新たな脅威や様々な事態に対応できる、多機能・弾力的・実効的な防衛力を構築します。その一つに、新大綱でも明示されたミサイル防衛があります。ミサイル防衛は純粋に防御的であり、他国領域を攻撃するようなものではなく、弾道ミサイルの攻撃がない限り使用されないものであります。最近の世論調査によれば、日本国民の3分の2はミサイル防衛の導入を支持しており、政府は自衛隊が適切な文民統制の下で弾道ミサイルに数分以内に迅速に反撃できるための法案を提出したところであります。我々は、これが大量破壊兵器及びその運搬手段の拡散に対応する国際的な努力に大いに貢献するものと期待しております。
 国際社会は、大量破壊兵器の拡散防止のための様々な条約や枠組を創設して参りました。わが国はこうした努力に積極的に関与しております。わが国はまた、PSI(拡散に対する安全保障構想)のコアメンバーとして、拡散防止のための自発的な努力にも参加してきております。昨年10月には、わが国は東アジア地域で初めて海上阻止訓練を主催しました。この8月にシンガポールで開催される訓練には、わが国は自衛隊の艦艇及び航空機を派遣することを検討しております。PSIのような拡散防止のための努力に、この地域が幅広く参加していくことを願っております。
【更なる協力の可能性:災害救援、海上の安全保障、人道復興支援】
 ここで、この地域の各国、特に各国の軍が、我々の直面する様々な課題にどのように協力していくことができるかについて述べたいと思います。
 ヨーロッパと比較して、この地域には政治制度、経済発展及び社会的条件により大きな多様性があります。わが国を含め、各国には多くの異なる制約とセンシティビティがあります。これは我々がこの地域で国際的な安全保障上の協力を諦めて良いということを意味しません。協力が可能な、小さな実務的なことから始めようではありませんか。それから、二国間ないし、ARFASEAN地域フォーラム)のような多国間の枠組で、一歩一歩進めていくことができるでしょう。それが将来のより大きな協力につながっていくのです。
 新たな安全保障環境の下では、軍の役割は変化してきております。あらゆるレベルでの防衛交流の強化は、相互理解と信頼醸成に貢献するものと考えます。協力は、伝統的な意味での軍事作戦に限定されるべきものではありません。軍の新たな協力の分野として、災害救援、海上の安全保障、人道復興支援を挙げたいと思います。
 自衛隊は災害救援に積極的に携わってきました。スマトラ島沖大規模地震・インド洋津波被害に際し、わが国はタイ・インドネシアに1600人の自衛隊の部隊を派遣し、輸送、医療支援等の協力を行いました。災害救援は、センシティビティや様々な制約を抱えるこの地域の諸国にとっても、比較的協力のしやすい分野であります。それゆえ、これは我々が協力を築きはじめることのできる基礎の一つの例であるといえましょう。防衛庁は、今月、東京ディフェンスフォーラムを開催し、この記憶に新しい津波被害支援活動の経験を基に、災害救援における軍の役割について意見交換し、経験を共有する予定であります。
 海上の安全保障に関しては、わが国はこの地域を通過する海上交通路に大きな関心を有しております。これゆえに、わが国はアジア海賊対策地域協力協定のプロセスのイニシアティブをとってきたところです。わが国のタグボートが最近、マラッカ海峡で海賊に襲われたことはショッキングでありました。我々は、沿岸国が一義的な責任を有しており、海上交通の安全に関わる活動は関連する国内法・国際法の下で行われるべきことを完全に認識しております。しかし、将来の可能な協力についてこの地域の諸国が意見交換していくことは必要であります。それにより、我々は、この地域の各国が海上交通の安全に貢献する際の適切な役割を見いだすことができるでしょう。
 イラクの人道復興支援活動では、自衛隊は、イラク当局と緊密に協力し、サマーワにおける、道路や学校の修復、医療支援といったイラクの人々に対する支援に積極的に携わっております。自衛隊がイラクで行っている協力は、イラクの人々の賛同を得ております。昨年12月に私がサマワを訪問したとき、これを自ら感じることができました。殆どすべての市民、殊に子ども達が暖かく手を振っていたことに感激致しました。わが国政府の支援は、自衛隊の活動によるものだけにとどまりません。わが国政府は、最近、政府開発援助(ODA)の枠組により発電施設の供与を決定致しました。自衛隊の活動とODAはともにイラクの発展のために重要であると考えております。
【結語】
 向こう数年でやるべきことは多くありますが、我々は国際協力を強化していくことを望んでおります。先に述べたとおり、アジア太平洋地域諸国は、一歩一歩国際協力を進めていくべきであります。
 最後に仏教の「自利利他」という言葉を紹介したいと思います。これは、「他を利すれば、自らも利する」とも解釈できます。新大綱では、国際安全保障環境の改善のための平和協力活動に携わることの重要性を強調しております。これは世界の平和が日本の平和との考え方に基づいており、自利利他の示唆するとおりであります。この思想が我々の間で広く共有されることを希望します。
ご静聴ありがとうございました。


 

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