第3章 新たな脅威や多様な事態への実効的な対応と本格的な侵略事態への備え |
米国のミサイル防衛と日米
BMD協力など
(1)米国のミサイル防衛
米国のミサイル防衛の歴史は古く、弾道ミサイルの誕生とほぼ同時に開始されたが、現在の
BMDシステム構想の原形はレーガン政権時代の84(昭和59)年に始まったSDI:Strategic Defense Initiative構想に端を発している。以来、歴代政権はミサイル防衛に取り組み、現在まで累計約10兆円を超える投資を行っている。ブッシュ政権は、ポスト冷戦の安全保障環境の変化を強く意識して、ミサイル防衛を国防政策の重要課題
16として位置付け、02(平成14)年6月には対弾道ミサイル・システム制限(
ABM:Anti-Ballistic Missile)条約
17からも脱退し、ミサイル防衛体制の構築を推進している。米国のミサイル防衛計画の概要は次のとおりである。
現在、弾道ミサイルの飛翔経路である1)ブースト段階、2)ミッドコース段階、3)ターミナル段階のそれぞれの段階に適した迎撃システムが考えられている。これらの対処方法にはそれぞれメリット・デメリットがあるため、米国は、様々なシステムを組み合わせ、相互に補って対応する多層防衛システムの構築を目指しており、可能なものから早期に配備することとしている。
ブースト段階において弾道ミサイルを迎撃するために、航空機に搭載したレーザーシステム(
ABL:Airborne Laser)を用いた空中配備型のシステムが計画されており、ミッドコース段階で弾道ミサイルを迎撃するためのシステムとして、地上配備型ミッドコース防衛システム(
GMD:Ground-based Mid-course Defense Syste)と海上配備型ミッドコース防衛システム(
SMD:Sea-based Mid-course Defense System)がある。
GMDは、固定式のミサイルサイトやレーダーサイトからなる。また、
SMDは、イージス艦を使用して弾道ミサイルを探知、ミッドコース段階で迎撃するシステムであり、わが国が導入を進めているものである。
他方、これらとは別に、2004年度(米会計年度)から、ブースト段階又はミッドコース段階の上昇段階において弾道ミサイルを迎撃するためのシステムとして、陸上・海上・宇宙配備型のシステム(KEI:Kinetic Energy Interceptor)の研究開発に着手している。
そして、ターミナル段階で弾道ミサイルを迎撃するためのシステムとして、地上配備型のシステムであるターミナル段階高高度地域防衛システム(
THAAD:Terminal High Altitude Area Defense System)、ペトリオット・システム(
PAC-3)などがある。
THAADは、大気圏内だけでなく大気圏外でも迎撃できるように、
PAC-3は、大気圏内の近距離で迎撃するように設計されており、ともに機動展開性に優れる。
THAADは現在、開発中であり、
PAC-3は既に配備が進められている。
また、長射程の弾道ミサイルを早期に探知するには、長距離センサーや広範囲にわたる監視網が必要となる。このため、米国では既に人工衛星による監視を行っているが、監視範囲・精度、情報伝達などの点で更に性能を向上させた赤外線センサーを搭載した新たな衛星システム(STSS:Space Tracking and Surveillance System)を整備する計画のほか、地上配備や海上配備のレーダーの整備の計画が進んでいる。
このように、米国が計画している多層防衛システムは、様々なシステムから構成されており、これら複数のシステム間の連携を行い、瞬時に最も効果的な迎撃手段の組み合わせを実行することが必要となる。このため、システム全体の戦闘管理システムについての研究開発も進められている。
02(同14)年12月に決定された初期配備のミサイル防衛システムの内容は、1)長距離ミサイルをそのミッドコース段階で迎撃する地上配備型ミッドコース防衛システム(迎撃ミサイルを最大20基)、2)短中距離弾道ミサイルを同じくミッドコース段階で迎撃する海上配備型ミッドコース防衛システム(イージス艦(要撃用)を3隻、イージス艦(探知用)を10隻、迎撃ミサイルを最大10基)、3)短中距離弾道ミサイルをターミナル段階で迎撃するペトリオット・システム(
PAC-3)を本年末までに緊急時に展開できるよう配備するというものである。さらに、陸上・海上・宇宙配備のセンサーの能力向上・利用が
BMDの初期的配備の内容に含まれている
18。この決定に併せて、米国が英国とデンマークに対して両国に配備されている早期警戒レーダの改良について要請したところ、03(同15)年2月に英国は受諾した。なお、英国など各国におけるミサイル防衛への取組の概要は次表のとおりである。
(2)日米共同技術研究
98(同10)年政府は、安全保障会議の了承を経て、平成11年度から海上配備型上層システム(現在の海上配備型ミッドコース防衛システム)の日米共同技術研究に着手することを決定した。なお、その際、
BMDに関する日米共同技術研究に対する政府の考え方について、官房長官談話が発表された
19。
その後、共同技術研究の開始に向けて米国との調整が行われ、99(同11)年に政府は、
BMDにかかわる日米共同技術研究に関する書簡を外務大臣と駐日米国大使との間で交換することを閣議決定した。これを受けて、防衛庁と米国防省との間で了解覚書が締結され、共同技術研究が開始された。この共同技術研究は、海上配備型ミッドコース防衛システムの要撃ミサイルに関して、日米が共同して設計、試作及び必要な試験を行うものであり、現在、ミサイルの主要な4つの構成品(ノーズコーン、第2段ロケットモーター、キネティック弾頭、赤外線シーカー)に関する設計、試作及び必要な試験を行っている。このために必要な経費として平成11年度から平成16年度まで計約253億円を計上した。なお、平成17年度予算においては試験に伴う経費として約9億円を計上している。
なお、共同技術研究の対象となっているシステムは、02(同14)年12月に米国がその初期配備を決定し、また、わが国が導入を決定した海上配備型システムとは異なり、更に将来の、より高い能力を目指したシステムである。したがって、共同技術研究は、現在と将来における弾道ミサイル攻撃への対応に万全を期すため、引き続き推進していく必要がある。なお、開発・配備段階への移行については、98(同10)年及び03(同15)年の官房長官談話のとおり、別途判断を行うこととされている。
(3)武器輸出三原則等との関係
わが国の
BMDシステムは、現在わが国が保有しているイージス艦とペトリオット・システムの能力向上などにより、わが国としての
BMDシステムを構築するというものであり、武器輸出三原則等との関係で問題が生じるものではない。
他方、今後わが国の
BMDの能力を向上させるためには、米国との協力が必要であり、より将来的な能力向上を目指して実施されている
BMDに関する日米共同技術研究が、その成果を活用した共同開発・生産に移行する場合には、わが国より米国に対して、
BMDにかかわる武器を輸出する必要性が生じる。このような状況を踏まえ、昨年12月に策定された新防衛大綱に関する官房長官談話
20の中で、「
BMDシステムに関する案件については、日米安保体制の効果的な運用に寄与し、わが国の安全保障に資するとの観点から、共同で開発・生産を行うこととなった場合には、厳格な管理を行う前提で武器輸出三原則等によらない。」とされた。
(4)日米
BMD協力の強化
わが国の
BMD導入決定後、日米
BMD協力の強化のための取組を、継続的に実施してきている。
新中期防では、日米安全保障体制の強化のための施策として、「弾道ミサイル防衛能力の向上に向けた日米共同の取組を強化するとともに、政策面、運用面、装備・技術面における協力を一層推進する。」
21こととした。その1週間後には、
BMD協力に関する書簡を外務大臣と駐日米国大使との間で交換する旨の閣議決定を受けて、防衛庁と米国防省との間で
BMD協力に関する了解覚書(MOU:Memorandum of Understanding)が締結された。本MOUは、日米の
BMD協力を推進するために、
BMD全般に関する一般的な協力枠組みを設け、
BMDシステムの計画に関連する幅広い情報を交換するためのものであり、具体的な共同事業の内容については、本MOUの付属書で規定することとしている。同付属書に基づく活動としては、
BMDシステムに関する共同研究、分析作業などの事業が含まれ得る。
また、本年2月にワシントンで行われた日米安全保障協議委員会(
SCC:Security Consultative Committee)においては、次の事項が確認された。
1) 弾道ミサイル防衛(
BMD)が弾道ミサイル攻撃に対する日米の防衛と抑止の能力を向上させるとともに、他者による弾道ミサイルへの投資を抑制すること
2) 日本による弾道ミサイル防衛システムの導入決定や武器輸出三原則などに関する最近の立場表明といったミサイル防衛協力における成果に留意しつつ、政策面及び運用面での緊密な協力や、弾道ミサイル防衛に係る日米共同技術研究を共同開発の可能性を視野に入れて前進させること
さらに、同委員会の直前に行われた日米防衛首脳会談において、大野防衛庁長官は、わが国のミサイル防衛システムの整備の方向性、必要な法整備への努力について説明し、ラムズフェルド国防長官はこのような日本の取組を歓迎した。両長官は、ミサイル防衛システムを実効的にするため、日米両国が情報面をはじめとする協力をさらに深化させていくことで一致した。大野長官は、米国が日米共同技術研究について、2006年度から開発に移行したい旨表明したことを歓迎している。
このような日米
BMD協力の強化は、わが国の
BMD能力の向上につながるだけではなく、世界における弾道ミサイルの拡散や使用を強く抑制するものであると考えており、防衛庁としては引き続き積極的に進めていくこととしている。
16)03(平成15)年1月の「核態勢の見直し」(NPR)においては「非核(通常)と核攻撃能力」「防衛(ミサイル防衛を含む)」「国防基盤(国防産業など)」が新たな3本柱とされている。
17)72(昭和47)年に米ソ間で締結され、自国防衛のための対弾道ミサイル・システムの配備などを制限した条約
18)米国は、ミサイル防衛システムの研究開発や配備については、その時々に技術的に可能なシステムを配備しつつ、漸次能力向上を図っていくこととしており、これを進化的らせん型(スパイラル)開発手法と称している。