第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

第3節 アジア太平洋地域の安全保障環境


1 全般

 アジア太平洋地域では、1990年代以降、国家間の相互依存の拡大・深化を背景として、経済面を中心として二国及び多国間の連携・協力関係の充実・強化が図られてきている。他方でこの地域は、政治体制や経済の発展段階民族、宗教など多様性に富み、また、安全保障観、脅威認識も各国によって様々であることなどから、冷戦終結に伴い、欧州地域で見られたような安全保障環境の大きな変化は見られていない。
 この地域では、依然として、領土問題や統一問題といった従来からの問題が残されている。朝鮮半島においては、軍事的対峙(たいじ)が続いており、中国と台湾の問題は、中国側から見れば、「国内問題」であるが、関係国から見れば、この地域の平和と安定を脅かしかねない安全保障問題としてとらえられる。また、インドネシアやタイでは、国内における分離・独立運動を抱え、中国、東南アジア各国の間では、南沙(なんさ)群島の領有権をめぐる対立の問題も存在する。また、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。
 また、この地域の多くの国においては、国防費の増額や新装備の導入など軍事力の拡充・近代化を行ってきている。特に、政治的・経済的に地域の大国として重要な影響力をもつ中国については、軍事面においても、各国がその動向に注目する存在となっている。

 
アジア太平洋地域における主な兵力の状況(概数)

 さらに、従来からの安全保障問題のみならず、最近では、東南アジア地域におけるテロや海賊行為などの問題が地域の安全保障に深刻な影響を及ぼすようになっている。具体的には、インドネシアやフィリピンでは、アルカイダと関連があるとされるテロ組織による爆弾テロが起きている。また、国際的に重要な海上交通路であるマラッカ海峡やシンガポール海峡などでは海賊や武装強盗による事件が頻発しており、本年3月には、マラッカ海峡で、わが国の船舶が襲われるなどの事件が起きている。
 こうした中で、02(平成14)年以来、北朝鮮の核問題に対して再び国際社会の懸念が高まっている。この問題は、東アジアの安全保障に深刻な影響を及ぼすのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から、国際社会全体にとっても重要である。また、北朝鮮については、日本人拉致問題や工作船事案などの懸案も存在している。特に、拉致問題は、わが国の国民の生命と安全に大きな脅威をもたらすことから、普通には、テロともいうべきものである。この問題については、同年9月の日朝首脳会談1において、金正日国防委員会委員長が日本人拉致問題や工作船事案を認め、再発防止を約束し、翌10月には拉致被害者5人が、さらに、昨年5月に再び小泉総理が訪朝し、これら拉致被害者の家族が帰国した。その一方で、安否が確認されていない拉致被害者の問題については、第2回日朝首脳会談で金正日国防委員長が再調査を約束したにもかかわらず、その後の北朝鮮側の対応は極めて不十分であり、依然として未解決のままである。
 以上のような環境にあるアジア太平洋地域では、米国を中心とする二国間の同盟・友好関係とこれに基づく米軍のプレゼンスが地域の平和と安定にとって引き続き重要な役割を果たしてきている。他方、米軍の世界的な戦力展開態勢の中で、この地域の米軍のプレゼンスは、他の重要な地域に比べて、必ずしも十分ではないと認識されている2。このため、米軍は、この地域の各国との協定締結や共同訓練の実施などを通じ、その多様なプレゼンスを増大させている。
 また、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加が見られるほか、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)のような地域の安全保障に関する多国間の対話の努力も定着しつつある。ARFは、この地域の信頼醸成を促進する上で、重要な対話の場であり、最近では、参加メンバーを当事者とする問題を含めた率直な意見交換や、さらには各国の軍による国際平和協力などの分野での協力に向けた努力も行われるようになってきている。しかしながら、ARFなどの多国間対話の場は、主として関係国の対話や協議の場であり、地域における対立要因が紛争にエスカレートする危険性も依然としてある。また、この地域では、前述したように、テロ、海賊、武器・麻薬の密輸などの様々な不法行為が深刻な問題となっている。地域の安定のためには、これらの問題に、各国が協調しつつ、いかに取り組んでいくかが、今後の課題となっている。


 
1)日朝首脳会談後、両首脳は、日朝平壌宣言に署名した。特に、安全保障上の諸問題については、1)朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため関連する全ての国際的合意の遵守、2)核問題・ミサイル問題などに関し関係諸国間の対話の促進、3)北朝鮮によるミサイル発射のモラトリアムの03(平成15)年以降の延長、4)安全保障に関わる問題についての日朝間の協議の実施などがうたわれている。

 
2)米国防省「4年毎の国防計画の見直し」(QDR)(01年10月)


 

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