エネルギー問題が安全保障に与える影響
わが国の将来のエネルギー需要は、2020(平成32)年頃にピークを迎え、その後は緩やかに減少していくと予想されている。他方で、世界やアジア全体に目を向けてみると、2000(同12)年から2030(同42)年頃までの世界のエネルギー需要は、年1.7%のペースで増加していくとの予測がある。このペースは、2030(同42)年頃に世界のエネルギー需要が現在の約1.5倍に達することを意味している。特に、今後とも、世界経済の成長率を上回る成長を遂げると見積もられるアジア地域のエネルギー需要の増加は著しく、近い将来、この地域の世界のエネルギー市場に与えるインパクトはますます高まっていくものと予想されている。
今日、わが国を含めた先進国のみならず、世界の多くの国の人々の生活が安定したエネルギー供給に強く依存していることを考えると、エネルギー問題が、国家的及び国際的な関心事項であって、安全保障環境を左右する重要な要素となり得ることは明らかである。エネルギー源を自国の勢力圏内に確保することが国家の利益とみなされることが多い中で、石油や天然ガスなどのエネルギー資源をめぐって、国家間で争いが生じることもあり、最終的にそうした争いが国家間の戦争の一因となったと見られる実際のケースも存在する。例えば、1990(同2)年のイラクによるクウェート侵攻は、両国が共同で所有していたルマイラ油田の収益をめぐる争いがその一因であったとも指摘されている。また、石油などの輸出で得られた外貨が、武器の購入資金に充てられ、地域の軍拡競争を助長することにつながるおそれもある。では、エネルギーという要素は、常に安全保障環境にマイナスの影響を与えるものなのであろうか。
例えば、石油の可採埋蔵量は、決して確定的なものではなく、技術の進歩や価格、投資の度合いなどの様々な要素により増減するものであるという視点を欠くことはできない。すなわち、エネルギー問題は決まった大きさのパイの奪い合いということではなく、技術や投資などの面で各国が協力すれば、パイ自体を大きくすることも可能ということである。こうした協力関係の構築が、結果として、安全保障環境にプラスの影響を及ぼすこともあり得ると考えられる。また、エネルギー資源の安定的な流通のためには、生産国と消費国に加え、パイプラインが敷設される第三国や海上輸送路の周辺国を含めた幅広い国際社会の友好・協力関係が不可欠であり、こうした関係を構築するための努力が、同様なプラスの影響を及ぼすことも考えられる。さらに、ますます世界的に経済面での相互依存が進む中で、自国のみがエネルギー資源を独占することが経済的繁栄への近道ではなくなっていることは、各国が他国との協調をより優先するという選択を行う要因となり得る。このようにエネルギー問題は、安全保障環境にマイナスの影響を及ぼすだけの要素ではなく、国家間の協力関係の促進などを通じて、プラスの影響を及ぼす要素となり得るのである。
現実の国際社会においては、こうしたマイナス、プラスの影響が一方的に現れるものではない。また、ここで取り上げたエネルギー問題をはじめ、さまざまな要素が複雑に絡み合って、国際的な安全保障環境は形成されている。そのため、平和で安定的な環境の構築という国際社会の課題には単純な解決策はない。
国際社会にとっては、安全保障環境に影響を及ぼす様々な要素の1つ1つについて、プラスの面をより多く顕在化させることがまず重要であり、そのための地道な努力が求められていると言えるであろう。