第1章 国際軍事情勢 

中央アジア

 中央アジアは、アジアの中央という漠然とした概念であるが、一般に、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン及びトルクメニスタンの旧ソ連5か国をさす。この地域は、東は中国、北はロシア、西南で中東に接し、世界有数の地下資源17を有するカスピ海を含んでいる。近年イスラム原理主義運動とこれを信奉する組織によるテロ事件が頻発し、米国同時多発テロ後のアフガニスタンに対する対テロ作戦の後方基地として重要な位置を占めていることでも注目を集めている。この地域に位置する上記の5か国は、91(同3)年後半のソ連崩壊の過程でそれぞれ独立したが、同年末にロシア、ベラルーシ、ウクライナのスラブ3か国が提唱した独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)に参加した18
 カザフスタン、キルギス、タジキスタンの3か国は、自国の安全保障の基盤をロシアとの関係に置いている。キルギスにおいては、CIS合同緊急展開部隊を強化するため、昨年10月にロシア空軍の常駐基地が開設された。タジキスタンは92(同4)年、独立後の混乱と内戦を経て、ロシアとの間に友好協力相互援助条約を締結し、ロシア軍1個師団(約8,000人)が現在も駐留している。これら3か国は、ロシアが主導するCIS集団安全保障条約(92(同4)年5月)と統合防空システム創設協定(95(同7)年2月)に参加し、さらに、外部国境警備協力条約(95(同7)年5月)に加入している。また、中央アジア・コーカサス地域におけるイスラム武装勢力の活動の活発化を踏まえ、01(同13)年5月、合同緊急展開部隊も創設された19。一方、中央アジアで最大の人口を有するウズベキスタンは、99(同11)年にCIS集団安全保障条約から脱退し20、ロシアとの安全保障上の協力関係も維持しつつ、独自の安全保障体制を強化する動きを見せ、対テロ作戦における米国への積極的な協力姿勢を示している。トルクメニスタンは、CISには加盟しているものの、CISのその他の経済と安全保障の枠組みには当初から一切参加せず、イスラム過激派勢力に対する中央アジア諸国の協力にも参加していない。中央アジアのイスラム過激派勢力は、ウズベキスタンの独立時に国内で弾圧された反政府勢力を中心に結成され、アフガニスタンのタリバーン勢力と連携して活動を行ってきたが、アフガニスタンに対する米国などの対テロ作戦により、主力は大きな打撃を受けたと見られ、活動が低下している。
 また、中央アジア地域においては、CISの枠組みによらない安全保障の枠組みも模索されている。多国間の安全保障の枠組みとして上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization)が設立され、隣接する中国にその事務局が置かれている。これは、中国及び同国と国境を接する旧ソ連4か国(ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)で構成する「上海5(ファイブ)」を基盤に、新たにウズベキスタンが加わり設立され、本年1月に正式に国際機関として活動を開始した21。また、この枠組みにおいてテロへの共同対処を目的とする「地域対テロ機構(RATS:Regional Antiterrorist Structure)」がウズベキスタンに設置され、昨年8月には、対テロ合同演習がカザフスタンと中国で行われている。
 このほか、アジア全域の信頼醸成を目的とするアジア相互協力信頼醸成会議(CICA:Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia)22がカザフスタンにより提唱され、02(同14)年6月に最初の首脳会議が開かれた。
 また、歴史的にロシアの影響が強く、地理的にロシアや中国という大国に挟まれたこの地域では、現在、米軍のプレゼンスが継続している。米国同時多発テロが起きると、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタンは、米国などの対テロ作戦に対する協力を表明し、一部の国は米軍などの駐留を受け入れ、テロとの闘いにおける後方基地の役割を果たしている23。また、カスピ海を隔てて中央アジアの西隣に位置するコーカサス地方のグルジアにも、同国軍のテロ対策能力向上を目的とする、米軍による対テロ訓練・装備プログラムが開始され、軍事教官が派遣されている。



 
17)近年、カスピ海沿岸には、多くの有望な原油・天然ガス鉱床が発見され、将来のエネルギー供給地として世界の注目を集めた。カスピ海の沿岸国は、旧ソ連時代にはソ連とイランの2か国であったが、ソ連崩壊後にカザフスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタンの3か国が加わって5か国に増えた。領有権問題については、カスピ海を「海」として海底以下の分割を主張する国と、「湖」として共同利用すべきとする国で意見が対立し、現在も沿岸5か国の間で交渉が続けられている。

 
18)これは、これら5か国がそれまで安全保障、経済などあらゆる面で共和国分業体制を前提とするソビエト連邦体制に依存していたため、その中心であったロシアとの密接な関係を大きく変化させることが事実上不可能であったためといわれる。

 
19)ロシア、カザフスタン、キルギス及びタジキスタンの4か国からそれぞれ1個部隊(大隊以下級の部隊)を差し出し、約1,000名〜1,300名規模で編成。司令部はキルギスの首都ビシケク。

 
20)ウズベキスタンのカリモフ大統領は02(平成14)年4月の記者会見で、「ウズベク南部国境から緊張と危険を除去する上で決定的な役割を果たしたのはCIS集団安全保障条約加盟国ではなく、米国だけだ。」と述べている。

 
21)02(平成14)年6月、上海協力機構は首脳会議において「憲章」を採択した。「憲章」は、全体で26条から成り、民主的・合理的な国際秩序の形成、地域の安定・平和の確保、反テロなどを機構の目的に掲げ、内政不干渉、武力による威嚇を行わないなどの原則を明記している。また、各国対話の枠組みとして元首会議、首相会議、外相会議などを定期化し、常設事務局を北京に設置すると定めている。

 
22)カザフスタンのナザルバエフ大統領が92(平成4)年10月の第47回国連総会において提唱した、信頼醸成を目的の中心とする枠組み。中国、ロシア、インド、パキスタン、トルコ、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、アフガニスタン、エジプト、イスラエル、イランの15か国とパレスチナ自治政府が参加している。

 
23)現在、ウズベキスタンのハナバード基地には米軍約1000名、またキルギスのマナス基地にも米軍700名が駐留している。なお、キルギスに駐留していたフランス軍やデンマーク軍などは撤退した。


 

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