欧州主要国
現在、欧州の多くの国では、国家による大規模な侵攻の脅威は消滅したと認識されており、本年3月の拡大により旧東欧諸国のほとんどが北大西洋条約機構(
NATO:North Atlantic Treaty Organization)に加盟するに至っている。他方で、旧ユーゴスラビア諸国における地域紛争の発生、米国での同時多発テロで顕在化した国際テロリズムの台頭、大量破壊兵器の拡散といった新たな安全保障上の課題が生じており、冷戦終結以来、多くの国で軍事力の量的な削減や合理化を進める一方、こうした新たな課題にも対処しうる能力の整備への取組が進んでいる。さらに、北大西洋条約機構や欧州連合(
EU:European Union)の枠組みを通じた各国の共同による安全保障環境の安定化に向けた努力も模索されており、欧州では、重要な同盟国である米国との圧倒的な軍事能力格差の顕在化、イラク問題を巡る米欧間や欧州内部での意見の対立といった問題を抱えながらも、欧州独自の軍事能力整備など、既存の安全保障の枠組みを強化する動きが進められている。
(1)安全保障の枠組みの強化・拡大と米欧関係
ア 紛争予防・危機管理・平和維持機能の強化
(ア)新たな役割への取組
冷戦後の中・東欧における地域紛争が西欧の安全保障上のリスクとして認識されていく中、92(同4)年6月、西欧10か国の安全保障機構である西欧同盟(
WEU:Western European Union)は、1)人道支援・救難任務、2)平和維持任務、3)平和創出を含む危機管理における戦闘部隊任務という「ペータースベルク任務」に取り組むことで合意した。その後、
WEUの機能が大幅に
EUへ移譲されるに際して、この任務も
EUに移行した。
一方、加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設された
NATOも、冷戦終結とともにその任務を拡大してきた。92(同4)年以降、
NATOは旧ユーゴスラビアにおける地域紛争への関与を強め、95(同7)年の和平合意成立後には和平履行部隊((
IFOR:Implementation Force)、96(同8)年から安定化部隊(
SFOR:Stabilization Force)に継承)を派遣するなど、
NATO域外での紛争予防・危機管理に取り組んでいる。こうした変化は、91(同3)年と99(同11)年に発表された戦略概念にも反映され、周辺地域における民族的・宗教的対立、領土紛争、人権抑圧などの広範で多様な軍事的・非軍事的なリスクが依然として存在しているとの認識の下、中核任務たる北大西洋条約第5条に規定された集団防衛に限らず、紛争予防や危機管理といった活動
23にも対応しうる能力を整備することが求められると規定された。
さらに、米国での同時多発テロを受けて、
NATOは史上初めて北大西洋条約第5条の適用を決定し、
NATO地中海常設艦隊の東地中海への展開や、
AWACS部隊の米国派遣などの措置をとるなど、国際テロリズムとの戦いに取り組んでいる。こうした変化を踏まえ、02(同14)年11月の
NATOプラハ首脳会議では、情報共有や危機対応措置の改善など
NATOにおける対テロ能力の強化措置を盛り込んだ「対テロ防衛に関する
NATO軍事概念」が合意された。また、
NATOは昨年8月からはアフガニスタンにおける国際治安支援部隊(
ISAF:International Security Assistance Force)を主導しており、今後さらにアフガニスタンでの役割を拡大することが検討されている。
また、近年安全保障分野への取組を強化しつつある
EUは、昨年12月に
EUとしては初めてとなる安全保障戦略文書
24を採択、テロリズムや大量破壊兵器の拡散、地域紛争、破綻国家、組織犯罪を重大な脅威とし、多国間主義でこれに対処していく方針をまとめた。実際の取組としても、
EUは、昨年3月からマケドニアにおける平和維持任務を
NATOから引き継ぎ、
EUの枠組みで初めての派兵を行ったほか、同年6月には国連安保理決議に基づき治安の悪化したコンゴ民主共和国への暫定緊急多国籍軍の派遣を主導した。
(イ)
NATO・
EUの軍事能力改革の動向
米欧間の能力格差は
NATO発足当初から存在したが、コソボ紛争を端緒とする99(同11)年の
NATOによるユーゴ空爆において米欧が共同作戦をとる過程で顕在化し、米欧の関係者の間で深刻な問題として再認識された。
既に
NATO加盟国の能力向上に向けた様々な合意がなされてきた
25が、02(同14)年11月の
NATOプラハ首脳会議では、一層の改革を促進するための各種の合意がなされた。具体的には、1)対CBRN(化学・生物・放射線・核)兵器防護能力や海空輸送能力などの具体的な強化目標を規定したプラハ能力コミットメント(
PCC:Prague Capabilities Commitment)、2)司令部の整理統合と指揮機構の一元化やインターオペラビリティ向上のための業務などに任ずる部隊の創設、3)迅速に遠方へ展開できる
NATO即応部隊(NRF:
NATO Response Force)の創設が合意された。
これらの合意は、昨年6月に変革連合軍司令部の創設
26、同年10月にNRFの構想などをテストするためのプロトタイプ部隊が、同年12月にはCBRN防護大隊が発足するなど、具体的に進展している。
一方、ボスニア紛争やコソボ紛争の経験を踏まえ、
EUが国際社会で十全の役割を果たすためにも、発言力を裏打ちする
EU独自の軍事能力を保有することが必要であるとの認識が、欧州各国により共有されるようになった。99(同11)年6月のケルン欧州理事会では、
NATOの行動と重複しない範囲で、国際的危機に対処する目的で自律的な行動能力を保有することが首脳間で合意され、同年12月のヘルシンキ欧州理事会で、ヘッドライン・ゴールと呼ばれる戦力目標が設定された。このように
EU独自の軍事能力保有が具体化されるに当たり、
NATOとの重複を避ける観点から、
NATOが全体として関与しない場合に
EUが
NATOの作戦立案能力などを利用できる枠組み
27が決定された。
さらに、昨年4月にはフランス・ドイツなど4か国が首脳会談を行い、
EUが
NATOに依存することなく行動できるよう
EU独自の司令部を創設することなどを提案した。各国からは、
NATOの作戦立案能力などとの不必要な重複ではないかという懸念なども指摘されたが、同年12月に、
EUが
NATO司令部内に小規模な作戦指令室(planning cell)を創設し、
EU参謀部に
NATOの連絡室を設置することで合意された。
また、欧州諸国は限られた予算の中で軍事能力を効果的に向上させるため、新型装備品の共同開発を積極的に進めており、英国、ドイツ、イタリアなどにより共同開発された次世代戦闘機ユーロファイターの各国への導入が開始されているほか、英国、ドイツ、フランスなど欧州8か国により、01(同13)年12月に海外展開能力の充実も念頭においた次期輸送機A-400Mの調達契約が調印されている
28。さらに、昨年11月には防衛能力の開発・研究・調達・軍備の分野で
EU加盟国を支援することを目的とする機関(
EU防衛庁)の創設が決定されたが、これは、長期的には欧州の一体化・均質化を促進し、
EUの推進する共通安保・防衛政策の装備面での裏づけを提供するものとして注目される。
イ 安全保障の枠組みの地理的拡大による安定の確保
冷戦終結後、いわば安全保障上の空白地帯となった中・東欧地域では、
NATOの枠組みの拡大による安定の確保がなされてきた。まず、
NATOは94(同8)年に「平和のためのパートナーシップ」(
PfP:Partnership for Peace)を採択し
29、これに基づき平和維持活動や難民問題対処などに関する演習を行っている。
NATO加盟国の拡大については、ロシアは一貫して反対の姿勢を示してきたが、97(同9)年に
NATOとロシアの協力関係を規定する「基本文書」が署名されたことにより一定の拡大を事実上容認する形となり、99(同11)年には3か国が
NATOに加盟し
30、さらに本年3月には7か国が加盟
31した。なお、
NATOとロシアの関係は、米国での同時多発テロ以降、安全保障に関する共通の課題に対処するために新たな関係を構築する動きをみせ、02(同14)年5月の
NATO・ロシア首脳会議で
NATO・ロシア理事会を設置することが決定された。
また、
EUも98(同10)年から中・東欧などの新規加盟交渉を開始しており、本年5月には10か国が加盟
32したほか、ブルガリア、ルーマニアとも現在、加盟交渉を進めている。
(2)多様な事態への対応能力を確保するための各国の努力
各国は、テロや大量破壊兵器の拡散といった新たな脅威を念頭に、軍隊の任務について国土防衛以外の任務を重視する傾向にあり、防衛力の整備においても、
NATOなどにおける役割を考慮しつつ、海外展開のための輸送能力強化などに努めている。
ア 英国
英国は、現在、98(同10)年の「戦略防衛見直し」(
SDR:Strategic Defense Review)を防衛政策の基礎としている。
軍隊の任務は、1)平時の治安維持(テロ対処支援)、2)海外領土の保全、3)軍備管理・交流などの「防衛外交」、4)より広範な国益の確保に対する支援
33、5)平和支援・人道援助、6)
NATO域外の地域紛争・危機対処、7)
NATO地域での侵攻対処、8)
NATOへの戦略的攻撃対処とされた
34。
具体的には、核戦力の削減、統合戦闘能力の強化
35、
NBC防護などの改善、機動能力・攻撃能力の向上や軍人の処遇改善を図るとしており、現在までに逐次達成されている。また、主要装備品について、一律に更新するのではなく、戦闘環境の変化に応じて行う必要があり、その調達に当たっては一層の効率化が必要とされている。
米国での同時多発テロを踏まえ、02(同14)年7月には、国外でのテロ対処や本土防衛と治安維持能力の強化などのための新たな対策の必要性を強調し、必要な分野に資源を投入すべきとした「
SDR:新たな1章」を発表した。
昨年12月には、「変動する世界における安全保障」と題する白書を刊行した。イラクに対する軍事作戦の教訓を踏まえて、
SDRにおける情勢認識と軍改革の指針の妥当性を確認しつつ、海外展開能力の強化や即応性の向上などの必要性を強調している。また、作戦遂行能力の目標は、湾岸戦争のような1つの大規模作戦とボスニアやコソボにおける紛争のような2つの中規模作戦の計3作戦を同時に遂行できる能力とされている
36。
イ ドイツ
ドイツは、90(同2)年の統一以来、兵力の削減に努めてきたが、シュレーダー政権は、兵力がなお過剰であり、任務遂行と近代化に支障をきたしているとの観点から検討を行い、00(同12)年6月に新たな改革計画を決定した。軍隊の任務は1)領空・領海監視などの主権擁護、2)重要施設などの防護支援、3)救難・居留民退避、4)国防、5)集団防衛、6)危機管理、7)信頼醸成など、8)災害救援活動とされ、戦略輸送能力、指揮・統制・通信・情報を重視しつつ、戦車などの重装備を削減するが、スタンドオフ・精密交戦能力を改善し、
NATOや
EUにおけるドイツの役割に見合う軍事能力を備えるとしている。具体的には、1つの大規模作戦(最大5万人の兵力が関与)や2つの中規模作戦(それぞれ最大1万人の兵力が関与)などに投入される即応部隊とこれを支える基礎軍事組織など約28万人の兵力を保有するとし、兵役期間の短縮などを図るものの徴兵制は維持することとされた。
昨年5月には新たに「防衛政策指針」が発表された。同指針は、ドイツの領土に対する従来型の脅威は消滅したものの、テロや大量破壊兵器の拡散など新たな脅威が拡大しているという認識の下、国連や
NATO、
EUの枠組みの中で行う紛争予防・危機管理を連邦軍の任務の重点として位置付けている。また、防衛能力もそれに適合するよう、指揮・統制、情報収集・偵察、機動性などの能力
37の強化のために、資源を重点配分していくとしている。その後、同指針に基づく計画の具体化作業が進められており、現在までの発表などによれば、軍を新たに、介入・安定化・支援という3つの機能別に再構成し、総兵力を25万人に削減するとされている。
ウ フランス
フランスは、現在、シラク大統領が96(同8)年に発表した15(同27)年までのフランス軍の近代化計画を防衛政策の基礎としている。軍隊の任務は、1)死活的国益の防衛、2)欧州と地中海地域の安保・防衛への貢献、3)平和と国際法の尊重への貢献、4)公共の秩序維持
38とされ、統合作戦、戦略機動、情報などを重視しつつ、総兵力や主要装備品の数量を全体として削減し、核抑止、紛争予防、海外への戦力展開や国土防衛(テロ対処など)に対応できる戦力を備えるとしている。
昨年1月に議会承認された「2003年-2008年軍事計画法」においては、欧州防衛体制の構築に貢献し、軍の専門職化を強化することを基本方針とし、指揮・情報能力の強化、展開・機動能力の向上、防護能力の強化などに重点的に投資するとされた
39。
(3)欧州における安定化のための努力
ア 軍備管理・軍縮
90(同2)年に
NATOとワルシャワ条約機構(
WPO:Warsaw Pact Organization)の加盟国で署名し、92(同4)年に発効した欧州通常戦力(
CFE:Conventional Armed Forces in Europe)条約は、東西両陣営間の通常戦力分野における初めての軍備管理・軍縮に関する合意であった。この条約は、戦車、装甲戦闘車両、火砲、戦闘機、攻撃ヘリの5つの区分の兵器について、東西両グループ
40の保有上限を定め、これを超える兵器を削減することとされた。これにより既に7万点以上の各種兵器が削減されている。
その後、
WPOの消滅や
NATO拡大などの欧州における戦略環境の変化を踏まえ、99(同11)年の
OSCE首脳会議において、加盟30か国により条約適合化合意が署名された
41。
イ 信頼醸成措置(
CBM:Confidence Building Measures)
42
欧州においては、89(同元)年から信頼・安全醸成措置(
CSBM:Confidence and Security-Building Measures)交渉が行われてきたが、92(同4)年の欧州安全保障協力会議(
CSCE:Conference on Security and Cooperation in Europe)全体会議において、軍事情報の年次交換、一定規模以上の演習などの通報・査察・制限などを内容とする「ウィーン文書1992」が採択された
43。
また、92(同4)年に25か国により署名された、相互の査察飛行により、締約国の軍事活動の公開性と透明性を増進させるとともに、軍備管理の検証手段を補足するオープン・スカイズ条約
44が、02(同14)年1月に発効した。
25)99(同11)年4月には、相互運用性の向上と新たな課題への対応能力の整備のために、各国の具体的な目標を設定する「防衛能力イニシアティブ」(DCI:Defense Capabilities Initiative)が提示された。
26)1)欧州連合軍を作戦連合軍と改名してNATOの作戦機能を一元化することや、2)大西洋連合軍を変革連合軍と改名し、米統合軍司令部と密接に関連しつつ作戦・戦術の研究・実験など相互運用性向上のための任務などに当たる部隊とすることなどが、昨年6月の国防相会議で決定された。
27)96(平成8)年6月のベルリンNATO閣僚会合では、西欧同盟(WEU)主導のオペレーションにおいて、NATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。その後、WEUの役割と任務の大半がEUに移譲されることになり、右を受けて99(同11)年4月のワシントンNATO首脳会合では、改めてEUに対してNATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。この決定をベルリン・プラスと言う。02(同14)年12月にはNATO・EU間で右決定に関する恒久的なアレンジメント(取り決め)が成立した。
34)昨年12月に発表された白書「変動する世界における安全保障」では、この構成(1つの主要な防衛任務、8つの防衛任務、28の軍事任務)を見直し、1つの国防目標と18の軍事任務に再構成している。18の軍事任務として、核抑止、英国領海の保全、海外領土の防衛・安全保障・平和維持・戦力投入などを挙げている。
39)具体的な装備品としては、2隻目の空母建造、無人偵察機の発注とA-400M輸送機、戦闘機「ラファール」、新型戦車「ルクレール」の取得などが盛り込まれている。
41)この合意では、NATO新規加盟3か国へ平時に外国軍兵器を配備しないことや、チェチェンなどの民族紛争が多発しNATOとも接する地域でのロシア軍の装備保有制限の緩和を認めるなど、NATOの東方拡大に対するロシアの懸念に配慮がなされた。
42)偶発的な軍事衝突を防ぐとともに、国家間の信頼を醸成するとの見地から、軍事情報の公開、一定の軍事行動の規制、軍事交流などを進める努力が行われている。これらは、一般的に信頼醸成措置と呼ばれている。
43)その後、99(同11)年には、主要兵器・装備システムが使われなくなった場合の通報、交流に関する情報提供、砲・装甲戦闘車などの数量を制限した演習の実施、査察報告の期限、地域的な信頼醸成のため多国間・二国間などの自主的な同意に基づく信頼醸成措置の実施などを追加した「ウィーン文書1999」が採択された。
44)査察飛行は、定められた種類のセンサーを装備した非武装の航空機により、査察国が策定し被査察国が了承した飛行計画に従って行われる。査察飛行により収集されたデータは、すべての締約国が入手できる。