第1節 国際社会の課題
1 テロとの闘い
9.11米国同時多発テロは、冷戦終結後の脅威の一つとして、従来からその危険性が指摘されていたテロが、21世紀を迎えますます相互依存を深めている国際社会や市民生活にとって深刻な脅威となっていることを、一瞬の打撃によって約3,000名の人命を奪い、巨大な建造物を崩壊させることで如実に示した。
この事件により、国際社会は、世界で最も強力な軍事力を有する米国でさえも、従来の伝統的な抑止の概念に基づく防衛のみによっては、テロの脅威から、国民の生命・財産、国土を守ることが不可能であることを認識した。以来、米国を始めとする各国は、国際的な連帯を形成し、軍事のみならず、外交、警察・司法、情報、経済など全ての資源を投入しての長期にわたる困難なテロとの闘いを開始している。テロとの闘いにおける各国の努力は着実な成果を挙げる一方、今なおテロの脅威は世界に拡散し、各地でテロ事件により無辜の市民が犠牲となり、市民生活への影響が出続けている。
(1)アフガニスタンとその周辺におけるテロとの闘い
米国同時多発テロの直後、米国は、アルカイダをその実行犯と特定し、これを庇護するタリバーンに対し、その引渡しを迫ったが、これを拒まれたため、
NATO諸国など各国とともに、同年10月アフガニスタンにおいてアルカイダ、タリバーンに対する軍事作戦を開始した。米軍はその圧倒的な軍事力と、北部同盟などの地元勢力との協力により、短期間でタリバーン政権を崩壊させ、アフガニスタンをソ連撤退後の約10年以上にわたる内戦とその後の抑圧から解放した。しかし、ウサマ・ビン・ラーディン、ムラー・ムハンマド・オマルといったアルカイダ、タリバーンの指導者は未だ捕捉されておらず、アフガニスタン、パキスタン国境地帯に潜伏していると見られている。また、アフガニスタン国内におけるテロ攻撃も発生しており、米軍などはこうしたアルカイダ、タリバーンの残党の追跡・掃討を継続している
1。さらに、アフガニスタンと国境を接するパキスタン側はパキスタン政府の統治の及びにくい部族地域(トライバル・エリア)であり、テロリストが国境の両側を往来し逃亡しているとされているが、パキスタン側ではパキスタン軍がテロリスト掃討作戦を強化している
2。さらに、アラビア海などにおいては、各国の艦艇により、これらの残党の海路を通じた各地への逃亡とアフガニスタンからのテロの拡散を防止する努力が続けられている。
一方、01(同13)年12月になされたアフガニスタン政治プロセスに関するボン合意に従って、02(同14)年6月にはカルザイ大統領を中心とする移行政権が発足、昨年12月から本年1月にかけて開催された憲法制定ロヤ・ジルガ(国民大会議)において新憲法が制定されるなど、同年9月に予定されている大統領・議会選挙に向けて政府の統治体制整備のプロセスが進んできている。これと並行し、アフガニスタンを再びテロリストの温床にさせないためには、国民生活の安定と国土の復興が不可欠であることから、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA:United Nations Assistance Mission in Afghanistan)を中心として各国の復興に向けた協力が行われている。
また、アフガニスタンの治安維持は現在、国際治安支援部隊(
ISAF:International Security Assistance Force)
3を中心に行われているが、国内各地には依然として、武装集団を保持する軍閥が存在し、地方を独自に支配し、互いに抗争を続けている。国土の復興のためにはこうした軍閥による支配を終わらせ、中央政府の統治を確立することが不可欠である。このため、米軍や
ISAFなどにより、アフガニスタン各地で復興支援や治安維持など軍民一体の地域復興支援チーム(PRT:Provincial Reconstruction Team)が活動し、地方における民生の安定に努めているほか、アフガニスタン人自身による治安維持能力の充実のため、新たな国軍の訓練が行われている。また、長く続いた内戦の間に著しく数が増加し、軍閥の武装集団の構成員となっている兵士の武装解除、動員解除、社会復帰(DDR:Disarmament, Demobilization, Reintegration)のプロセスが、わが国を始めとする国際社会の協力の下に、進められている。
(2)世界各地で継続するテロとの闘い
イラクにおいては、昨年の米英などによる対イラク武力行使によるフセイン政権の崩壊以降、治安の悪化と不十分な国境管理によって、国外からテロリストが流入しているとみられ、米軍などの軍人のみならず、イラクの一般市民をも標的とした大規模テロが発生している
4。本年1月、米軍によって公開された書簡によれば、アルカイダと関係が深いとみられるテロリストであるアブ・ムサブ・ザルカウィが、米国などへのテロや、イラクを内戦状態に陥れるために、イラク国内のシーア派イスラム教徒への攻撃を呼びかけるなど、イラクをテロリストの温床にしようとするテロリストの意図が明らかとなった。実際に同年3月に20数年ぶりに実施されたシーア派の祭礼であるアーシュラーに集まった多数のイラク市民を標的にして、シーア派の聖地カルバラやバグダッドのモスクにおいて発生した大規模な爆弾テロにより、約180人が死亡、また同年4月には南部バスラの石油積み出し施設に対する爆弾テロが発生するなど、イラクはテロとの闘いの最前線ともなっている。
また、昨年11月、トルコにおけるユダヤ教礼拝所とイギリス総領事館などを標的とした爆弾テロ、本年3月、パキスタンにおけるシーア派教徒を狙ったテロが発生したほか、サウジアラビアにおいても、昨年11月の外国人居住区における集合住宅に対する爆弾テロ、本年4月の内務省治安部隊本部ビルに対する爆弾テロに続き、同年5月にも石油関連企業の事務所や従業員居住区をイスラム過激派と見られる武装グループが襲撃し、欧米人などを人質にとって立てこもり、約20人が犠牲となる事件が発生するなどしており、イラク周辺国においてもテロが続発している。
また、東南アジアにおいても昨年8月、米系ホテルを標的としたテロが発生している。
米英などにおいても、テロの予告により、航空機の運航が中止されるなど、市民生活に大きな影響を与えているほか、本年2月には、米国議会ビルで猛毒のリシンが発見されるなどしている。このほか、モスクワでは、同年2月地下鉄内においてチェチェン武装勢力によるものと見られる爆弾テロが発生し、40名以上が死亡している。
そして、同年3月にはスペインのマドリードで、複数の通勤列車において連続して爆弾が爆発し、約190名が死亡、1700名以上が負傷するという、88(昭和63)年のロッカビー事件
5以来、欧州における最悪の規模のテロが発生した。これに対し、スペインでは、王族や政府首脳を含む人口の約4分の1にあたる約1,000万人以上の人々が、事件に抗議するデモに参加し、テロを根絶する断固たる意思を示している。
このように、テロリストの活動は、全世界で、場所と標的を選ばない傾向を示し、アフガニスタンとその周辺に限らず、世界各地においてテロとの闘いが継続している。こうした中で、アルカイダによるものとされる声明が攻撃対象としてわが国に言及する事例も見られる。
3)安保理決議1386(2001.12.20)によりカブール周辺の治安維持を主たる任務として設立。イギリス、トルコ、ドイツ・オランダと約6か月ごとに指揮権が引き継がれ、昨年8月からNATOが指揮。安保理決議1510(2003.10.13)により、カブール周辺以外に活動範囲を拡大。