2 米国における同時多発テロと米国などによるテロとの闘い

 昨年9月11日の米国における同時多発テロは世界中にかつてない衝撃と憤りを与えた。空前のテロの惨禍(さんか)を前に、米国は各国の協力を得て反テロの国際的連帯を形成し、すべての国際テロ・ネットワークを打破すべく、長期にわたるテロとの闘いに乗り出した。

 テロとの闘いは現在も続いており、今後も続くが、これまでに、同時多発テロやテロとの闘いを通じて新たな事象やすう勢がいくつか現出している。

 第一に、昨年9月11日以降、国際社会の焦点はテロとの闘いへと大きく変化し、米国は広範な反テロの国際的連帯(注1−5)の形成を通じて国際関係を新たなものにしつつある。

 ミサイル防衛などで立場に相違のあった米国とロシアは、その後の協議の中で共通の認識を深めていたが、テロとの闘いにおける協力関係も梃子(てこ)としつつ関係を進展させ、新たな戦略的枠組の構築を進めている(本章2節1参照)。これまでロシアの影響力が強かった中央アジア諸国が米国に領空通過や基地使用などを認めたことで、この地域と米国との間の経済、安全保障上の関係も深まっている(注1−6)。また、米国は、核実験を理由にパキスタンに制裁を科していたが、テロとの闘いに対するパキスタンの協力を評価し、同制裁を解除するなど(注1−7)、両国関係が進展した。

 第二に、「21世紀最初の戦争」(注1−8)となったテロとの闘いは、敵が国家ではなく、目に見えない国際テロ・ネットワークであること、単に軍事力のみならず、外交、情報収集、警察・司法、経済、資金の封鎖・凍結、人道援助など、利用可能なあらゆる手段を用いて闘う必要があることなどの点で、従来の戦争概念とは異なる「新しい種類の戦争」(注1−9)となっている。

 第三に、テロとの闘いは、国外のみならず、同時に国内でも戦わなければならない「二正面」の闘いである。米国はミサイル防衛などを通じ、国土防衛にも力を注いできたが、同時多発テロは、その後の炭疽(たんそ)菌入り郵便物事案ともあいまって、20世紀以降は本土を戦場にすることのなかった米国に、国土安全保障の重要性を改めて強烈に認識させた。米国は、大統領府に国土安全保障局を設立する(注1−10)とともに、国境、沿岸、空港、航空機、重要施設などの警備、生物テロへの対処などの強化を進めている。さらに、ブッシュ大統領は、本年6月6日の演説で、関係機関(注1−11)を統合し、国土安全保障省(注1−12)を創設することを提案している。

 第四に、アフガニスタンにおける軍事作戦は、先端の軍事科学技術の威力が存分に発揮されるなど、軍の変革(transformation)(注1−13)を印象付ける場となった(米軍の変革については、本章2節1参照)。ブッシュ大統領は、昨年12月11日の演説で、「リアルタイムの情報、地元の同盟部隊、特殊部隊、正確な航空戦力という組合せは、かつて用いられたことはなかった。」と述べるとともに、無人偵察機や精密誘導兵器の重要性を強調している(注1−14)

 情報技術の発達は、戦場の映像や攻撃目標に関する情報を即時に伝達・共有し、それに基づく指揮統制を短時間に行うことを可能としている。

 また、無人偵察機は、兵士を危険にさらすことなく情報を収集し、即時に伝達することができる。今回、既存の「プレデター」(注1−15)に加え、開発途上の「グローバル・ホーク」も使用された。

 精密誘導兵器は、効果的な攻撃を可能にするとともに、一般市民の被害を少なくすることができる。今回、GPS(Global Positioning System)誘導爆弾のJDAM(Joint Direct Attack Munition)(統合直撃弾)や各種のレーザー誘導爆弾などが使用された。投下した弾薬に占める精密誘導兵器の割合は、1991(平成3)年の湾岸戦争時の約8%、99(同11)年のユーゴスラビア空爆時の約35%に対し、今回は約60%(注1−16)に上った(注1−17)。また、地上の特殊部隊と航空戦力が連携することで精密攻撃の効果はさらに増大した。

 第五に、大量破壊兵器がテロリストの手に渡る危険(注1−18)についての懸念がますます高まっている(注1−19)。米国は、大量破壊兵器の開発を積極的に進めている国の中にはテロ支援国家(注1−20)があるとして、このような国とテロリストが結びつくことを特に警戒している。ブッシュ大統領は、本年1月29日の一般教書演説で、北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と呼び、これらの国によるテロ支援と大量破壊兵器の開発を許さないとの強い決意を明らかにしている(北朝鮮については、本章3節2、イラクについては、本節3参照)。

 今後、これらの事象やすう勢がどのように進展するかをはじめ、テロとの闘いが国際情勢や軍事動向などにどのような影響を与えることとなるか注目していく必要がある。

 ここでは、米国における同時多発テロの概要、米国などによるテロとの闘いのこれまでを振り返る。

同時多発テロ

 昨年9月11日、19人のテロリストは4機の旅客機を乗っ取って自ら操縦し、乗員乗客もろとも、ニューヨークの世界貿易センターの北棟、南棟、国防省に突入した(注1−21)。自爆テロを察知した乗客がテロリストに抵抗したと伝えられる最後の1機(注1−22)はピッツバーグ郊外に墜落した。

 突入から間もなく、世界貿易センターの両棟は完全に倒壊した。国防省も建物の一角が破壊された。ワシントンDCやニューヨーク州などでは非常事態宣言が発せられた。ワシントンDCの連邦政府機関はオフィスを閉鎖し、避難した。全米の空港が閉鎖され、航空機の運航が停止された。防空のため戦闘機が出動し、東海岸を防衛するため空母2隻が派遣された。

 この同時多発テロは、わが国の24人を含め、80以上の国々の3,000人以上の死者・行方不明者を数えることとなった。ブッシュ政権は、発足当初から、テロを冷戦後の新たな脅威の一つと位置付け、その対処を重視してきたが(注1−23)、1年目にその懸念が未曽有の規模と衝撃で現実のものとなった。それは極めて卑劣で許し難い暴挙であり、米国のみならず、わが国を含め、国際社会の自由と平和、民主主義に対する重大な挑戦である。