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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第7節 国際テロリズムの動向

1 全般

世界各地において、民族、宗教、領土、資源などの問題をめぐる紛争や対立が、依然として発生又は継続しており、これに伴い発生した人権侵害、難民、飢餓、貧困などが、紛争当事国にとどまらず、より広い範囲に影響を及ぼす場合がある。

また、政情が不安定で統治能力がぜい弱な国において、国家統治の空白地域がアル・カーイダや「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL:Islamic State in Iraq and the Levant)をはじめとする国際テロ組織の活動の温床となる例も顕著にみられる。こうしたテロ組織は、不十分な国境管理を利用して要員、武器、資金などを獲得するとともに、各地に戦闘員を送り込んで組織的なテロを実行させたり、現地の個人や団体に対して何らかの指示を与えたりするなど、国境を越えて活動を拡大・活発化させている。さらに近年では、インターネットなどを通じて世界中に暴力的過激思想を普及させている。その結果、欧米などの先進国において、社会への不満から若者がこうした暴力的過激思想に共感を抱き、国際テロ組織に戦闘員などとして参加するほか、自国においてテロを行う事例がみられる。ISILやアル・カーイダなどのテロ組織は、支持者に向けて、機関誌などを通じてテロの手法を具体的に紹介し、テロ実行を呼びかけている。こうした中で、テロ組織が拡散する暴力的過激思想に感化されて過激化し、居住国でテロを実行する、いわゆる「ホーム・グロウン型」テロが引き続き脅威となっている。特に近年では、欧米などにおいて、国際テロ組織との正式な関係はないものの、何らかの形でテロ組織の影響を受けた個人や団体が、単独又は少人数でテロを計画及び実行する「ローン・ウルフ型」テロが発生している。「ローン・ウルフ型」テロの特徴としては、刃物、車両、銃といった個人でも比較的入手しやすいものが利用されることや、事前の兆候の把握や未然防止が困難であることがあげられる。

また、2019年3月には、ニュージーランドのクライストチャーチにおいて、テロ事件(銃乱射事件)の実行犯が犯行時の様子をソーシャル・メディア上でライブ配信し、その映像が瞬時に拡散されるという、これまでにない事案が発生した。同事件ではイスラム教の礼拝所であるモスクが白人至上主義を信奉する者により襲撃を受けたが、こうした極右思想を背景とした特定の宗教や人種を標的とするテロについても欧米諸国で特に顕著となっている。

さらに、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行に伴い、テロ組織などが各地で勢いを増す可能性が危惧されている。2020年9月、グテーレス国連事務総長は、テロリストが新型コロナの感染拡大で生じた社会的、経済的苦境につけ込み新たな支持者の獲得を試みていること、また、ネオナチや白人至上主義者がコロナ禍に乗じて社会の分断を扇動しているなどと警告し、国際社会が結束して対応することが緊要であると訴えた。国連の報告書によれば、テロ組織や暴力的過激主義者はソーシャル・メディアを介して新型コロナウイルスに関する偽情報や陰謀論を流布し、政府に対する信頼の失墜、自らの思想の正当化、リクルート活動の強化などを目論んでいるとされる1。こうしたオンライン上でのリクルート活動に対しては、新型コロナの蔓延によって通学や雇用の機会を失い、インターネットの使用時間が増える若者が特に脆弱であると指摘されており、新たな課題となっている。

このように、国際テロ対策に関しては、テロの形態の多様化やテロ組織のテロ実行能力の向上などにより、テロの脅威が拡散、深化している中で、テロ対策における国際的な協力の重要性がさらに高まっている。現在、軍事的な手段のみならず、テロ組織の資金源の遮断、テロリストの国際的な移動の防止、暴力的過激思想の拡散防止などのため、各国が連携しつつ、様々な分野における取組が行われている。

1 2020年11月に国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)が発表した報告書「Stop the Virus of Disinformation」による。