第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
2 安全保障・国防政策

ギラード豪首相は13(同25)年1月、オーストラリア初の国家安全保障戦略を発表した1。同戦略は、今後10か年の国家安全保障の方向性を示すものであり、アジア太平洋地域における経済的、戦略的変化に対応していくことがオーストラリアの国家安全保障にとって重要であるという認識を示している2
同戦略は、オーストラリアの国家安全保障上の目標は、<1>国民の安全と強靭性の確保、<2>主権の保護と強化、<3>資産、インフラおよび組織の保護、<4>望ましい国際環境の促進の4つであるとし、その実現のために、地域の不安定化、国益に影響する紛争と弾圧、悪意あるサイバー活動、テロリズム、スパイ活動、大量破壊兵器の拡散や重大な犯罪および組織犯罪などの国家安全保障上の課題や脅威に対処していく必要があると指摘している3
そして、今後のオーストラリアの国家安全保障を考える上で最も重要な要素は、世界経済の不確実性およびグローバル・パワーの重心の移動、継続する非国家主体の重要性、リスクの高い地域の低い烈度の紛争であると分析したうえで、オーストラリアは、<1>アジア太平洋地域への関与の強化4、<2>サイバー政策および作戦の統合5、<3>効果的なパートナーシップの構築6を今後5年間の最優先課題にするという方針を示した。
ギラード政権は同年5月、前国防白書が発表された09(同21)年5月以降の国家安全保障や防衛力整備に影響を与える国内外の重要な戦略環境の変化7を反映した新たな国防白書を発表した8。同白書は、今後数十年間のオーストラリアの戦略環境を決定する最大の要素は米中関係であり、それは米国のアジア太平洋地域への関与と中国の台頭に影響されるとしている。また、インド洋・太平洋地域という新たな概念で示される地域が台頭しつつあると指摘している。
新たな国防白書においては、オーストラリアの戦略的利益について、<1>自国の安全保障、<2>南太平洋および東ティモールの安全保障、<3>インド洋・太平洋地域の安定、<4>安定し法規範に基づいた国際秩序の維持であるとし、豪軍の任務についても、その優先順に従い、<1>自国に対する武力攻撃の抑止および撃破、<2>南太平洋および東ティモールの安定と安全に対する貢献、<3>東南アジアを優先したインド洋・太平洋地域における有事への貢献、<4>国際的な安全保障に資する有事への貢献であるとしている。
また、豪軍の戦力構築については、オーストラリアとその戦略的利益を守るためには、最高の能力が適切に組み合わされた戦力の維持が必要であり、豪軍が信頼できる最高の能力を保有することによってこそ、オーストラリアが必要なときに決断力をもって行動し、潜在的な敵を抑止し、地域への影響力を強化できるとしており、限りある資源の配分には選択が必要であるとしつつも、新型潜水艦、防空駆逐艦、強襲揚陸艦、F-35統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)9などの主要装備品の取得は引き続き追求するとしている。さらに、オーストラリアの戦略環境は豪軍の基地配置に大幅な変更は必要としないものの、現在および将来の必要を満たすために一部の基地や施設、訓練区域の改修が必要であると結論づけた豪軍の戦力態勢見直しについても、長期的に実行していくとしている10


1)同戦略は、08(平成20)年12月に発表され、オーストラリアの国家安全保障上の論点を明示し、国家安全保障コミュニティの改革を始動させた「国家安全保障声明」に続くものであり、5年ごとに見直しが行われる予定である。
2)12(平成24)年10月に発表された「アジアの世紀におけるオーストラリア白書」では、オーストラリアがアジアにおいて念願を達成し、効果的に競争することを確実にするため、オーストラリアが25(同37)年までに達成すべき国家目標が示されている。
3)同戦略は、オーストラリアの国家安全保障上の主要課題を以下のように整理した。<1>テロ、スパイ行為などへの対処、<2>自国および国益に対する攻撃の抑止および撃破、<3>国境の保全、<4>重大な組織犯罪の防止、探知および根絶、<5>国益増進のための安全な国際的環境の促進、<6>国民、資産、インフラおよび組織の強靭性の強化、<7>米豪同盟、<8>国際社会、特にアジア太平洋地域における理解促進と影響力の確保。
4)米豪同盟の強化。中国、インドネシア、日本、韓国、インドなどの影響力のある地域諸国との二国間協力の拡大。多国間フォーラムの優越性および効果性の促進など。
5)13(平成25)年末までに設立されるオーストラリア・サイバー・セキュリティ・センター(ACSC:Australia Cyber Security Center)に、国防省、司法省、連邦警察の能力および犯罪委員会のサイバー関連の人材を統合。
6)国内外のパートナーとの確実かつ迅速な情報共有、民間との情報共有の強化など。
7)<1>インド洋・太平洋地域への経済的、戦略的、軍事的な重点の移動、<2>アフガニスタン、東ティモール、ソロモン諸島における作戦からの豪軍の撤収、<3>アジア太平洋地域への米国の重点の移動、<4>米豪同盟に基づいた米国との実質的な協力の強化、<5>世界経済、オーストラリアの財政事情および国防費に重大な影響を与える世界的な金融危機の継続。
8)オーストラリアの国防白書は、国防に関する政府の将来計画および実現策を示すものである。現国防白書は、当初は14(平成26)年に公表される予定であったが、12(同24)年5月、豪軍の戦力態勢見直しに関する最終報告書の発表と同時に13(同25)年上半期に前倒しすることが発表され、13(同25)年5月に公表された。同国防白書は、「国家安全保障戦略」および「アジアの世紀におけるオーストラリア白書」とともに、オーストラリアの安定と繁栄、国家安全保障上の課題に対処する強健な豪軍の維持についての政府の優先事項を示す一つの文書としてみなされるべきものであるとされている。
9)同国防白書では、F-35Aへの移行期までの航空戦闘能力を保証するためとし、現有の24機のF/A-18Fのうち12機をEA-18Gグラウラー電子戦機に改修する計画を取りやめ、新たに12機のEA-18Gの調達を決定したことも発表された。
10)豪国防省は11(平成23)年6月、アジア太平洋地域や環インド洋地域が世界的にも戦略的重要性を有する地域として台頭しつつあることや、アジア太平洋地域各国の戦力投射能力の増大、オーストラリア北西部および北部の資源保護に関連する安全保障上の問題などに対処するため、現在および将来の戦略上および安全保障上の課題に対応する豪軍の適切な地理的配置を検討する戦力態勢見直しに着手した。12(同24)年5月に公表された有識者委員会による最終報告では、北部における基地施設の強化や豪軍のプレゼンスの拡大、海軍および空軍基地の強化・拡張などの提言が示された。
 
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